番外編1

※上忍昇格後の話※


私が上忍になって最も苦労した出来事は飲み会の幹事だった。

「とりあえず飲める奴なら誰でも歓迎。テキトーで良いからよ」

と、大先輩であるシカクさん(顔が似てるので多分シカマルのお父さん)から報告書を受け取るついでに言われて二つ返事で引き受けたものの、元女子高生の私には中々難しい仕事だ。体育祭の打ち上げみたいなものだと思ってやればいいのかな?
何故私に……と思ったが、酒席の幹事は各階級の新米が担当するものだと忍者界隈でも決まっているらしい。というか忍者も飲み会とかやるんだ。忍の三禁は?って感じなんだけど。
とはいえ幹事が必要な規模の飲み会は頻繁にあるわけではなく、中忍試験終了時とか、火影就任に伴う人事異動後とか、何かしらの節目で開催されるそうだ。ちなみに今回の飲み会は少し遅れたが私の上忍昇格祝いという名目で人を集めろとシカクさんから指示された。私の昇格祝いの席を私がセッティングするっておかしくないか……?社会ってこういうものなのか……?

社会の常識に戸惑いつつも早速準備に取りかかった。参加人数の確認、日程調整、店の予約、会費の計算などを普段の仕事と並行して進めていく。一番困ったのは店探しだったが、こういう時に必ず利用するお店があるとゲンマさんが教えてくれたのでそこで予約を取った。あまりに人数が多いので貸し切りになった。
シカクさんに沢山集めろと言われたので言葉通りに声を掛けまくったのは私だが、予想以上の参加率の高さに驚く。みんな何でも良いから飲める理由を探してるんだなと思った。忍者はストレス社会。
役職持ちはともかく定時という概念のない忍者が全員同じ時間に揃うことは不可能に近いため、当日は皆入れ代わり立ち代わり状態となった。幹事である私も例外ではなく、開始時刻より二時間ほど遅れて参加した。



「おっ、来たわねアイドル〜!」 

店に入った私に、真っ先に声を掛けてくれたのはアンコさんだった。待ってたわよ〜、と言いながら持っていた酒瓶に口をつけてラッパ飲みをする。流れるような動作に下忍の頃退治した山賊を思い出した。懐かしい。

「すみません、幹事なのに遅れちゃって」
「いーわよ、みんな勝手にやってるから。ご苦労さん」

アンコさんの言う通り、忍ぶことを忘れたのか店内は騒音レベルの盛り上がりである。けれど、気配や物音にはしっかり注意を向けているようで、私が来たことには全員が気が付いていた。流石忍者。
あちらこちらで「お疲れ」と手が上がったので軽く頭を下げて応える。

「つーか、あんた上忍待機所に来いって言ったでしょ。なんで来ないのよ」
「用がないので」
「用がない連中の溜まり場よ、あそこは。ゲンマもライドウもアオバも皆アイドルが来んのを待ってんだからさ」
「その呼び方やめてくださいよ……」
「なんで?野郎どものアイドルじゃん。よっ、アイドル幹事!」

最悪の掛け声。
アンコさんは空になった酒瓶をテーブルに置いて二本目を手に取ると「ハイ、アイドルの分」と言って私に差し出した。とりあえずお礼を言って受け取る。

「酒は飲んでも飲まれるな、よ。あんた適量わかってる?」
「さあ……?でも幹事ですし、程々でやめる予定です」
「アラ良い心掛け。もし酔いが回ってきたらこれ飲むと良いわよ」

言いながらアンコさんは上着のポケットを探る。薬でもくれるのかな?と思ったら手渡されたのは缶入り汁粉だった。アンコさんは大真面目に「頭がすっきりするわ」と続けた。これもう定番のギャグだろ。

「ほら、あっちにあんたのファンいるから行っといで」

バン、と背中を叩かれる。アンコさんの示したテーブルには私のファンなどという事実無根の括り方をされているゲンマさん達がいた。
側に行くと特別上忍のライドウさんがすぐに気付いて「お疲れさん」と席を空けてくれた。挨拶を返しながら座るとゲンマさんに「幹事って大変だろ」と声をかけられて頷く。

「でも良い勉強になりました」
「そうか、アザミは偉いな」
「うん、偉い偉い」
「お二人酔ってます?」

子供を褒めるかのような言い方に違和感を持ってそう聞くとライドウさんがけろりとした顔で「全然」と答えた。

「この程度で酔っ払う奴は忍失格だ」
「何があるかわかんねーからな。皆いつでも出れるように無意識にセーブしてんだよ」

二人はそう言って私に酒を勧めた。酔ってるわけでも何でもなく普通に私を偉いと思ったから褒めてくれただけらしい。こんなだからファンとか言われるんだぞ、と思ったが流石に口にはできなかった。 
二人の話を聞きながら、軽く店内の様子を窺う。私に幹事を頼んだシカクさんは二つ向こうのテーブルにいた。アンコさんは各テーブルを渡り歩いていて、前に私がお世話になったイビキさんに絡んでいた。奥にはガイ先生やアスマ先生がいる。

てっちゃんは少し前に来てすぐ帰ってしまったそうだ。夕顔ちゃんはまだ来ていない。シダ先生は任務で里を離れているので不参加。
友人二人がいないため、私は当分この席にいさせてもらうことにした。ハヤテさんがすぐ隣のテーブルにいるので、もし夕顔ちゃんが来たら真っ先にここへやって来るはずだ。
私は幹事として今日は最後までここにいることが確定しているので、ゆっくり待つことにした。途中、紅先生がお店に入ってきてあまりの美しさに目を奪われた。漫画で見るより綺麗。

暫くの間そうしていると、出入り口の方で人の気配がした。次いで扉が開く音がする。また遅れて誰かやってきたようだ。夕顔ちゃんかな?と顔を向ける。
入ってきた人物がカカシ先生だとわかった時、明らかに店内の空気が変わった。
しかしそれはほんの一瞬のことだった。別に静まり返ったとか、皆がカカシ先生を見ているとか、そういうわけではなかった。
奥のテーブルにいたガイ先生が声をかけるとカカシ先生はそちらへ向かった。店内は相変わらず騒がしいままだったが、あの一瞬の何とも言えない空気は新米上忍の私でも感じ取れたので、カカシ先生も当然気付いただろう。
何だったんだろ、と思っていると「お前が呼んだの?」とゲンマさんが私に向かって言う。カカシ先生のことだとすぐにわかって頷いた。

「呼んだらダメでした?」
「いや?そういうわけじゃなくて、普段声かけても来ないから驚いただけだ」

それに続くように「どうやって誘った?」とライドウさんが聞いてくる。え、飲み会するんですけどって声かけたけど。
任務受付所で偶然出会った時にそう言って誘ったのだ。その時は「あー、うん」しか言われなかったので忙しそうだし、騒ぐの嫌いそうだし、来ないだろうなと思っていたら意外にもこうして顔を出してくれたわけだ。

「普通に声かけましたけどカカシせ……さんって、あまり飲み会来ないんですか?」
「まあ、見たことないな」

二人はうん、と頷き合う。
カカシ先生は、ほぼ同世代の二人がそう言って驚くレベルのとんでもないレアキャラだったらしい。
確かに付き合い悪そうな感じだけど、今まで見たことがないって相当だと思う。そんな人がなぜ今回は出席したのか。
単純に飲みたい気分とか、そういうのだろうか?だったら一人で飲んでそう。勝手なイメージだが、漫画のカカシ先生ならともかく今の彼が大人数の集まりに気軽に顔を出すとは思えない。
そこでこの飲み会の開催理由を思い出す。建前上は私の昇格祝いである。

「え……つまり私に会いたくて来た………?」
「どういう思考回路だ?」
「お前やっぱ兄貴に似てるわ」

私の中のお調子者のDNAが疼いてしまった。それは冗談として、こんな機会は滅多にない。
ちょっと挨拶してきます、と二人に断りを入れて席を離れる。




「おお、アザミ!よく来たな!」

カカシ先生がいるテーブルまで近づくとその向かいに座っていたガイ先生が私に気付いて手招いてくれた。
挨拶をするといったものの、カカシ先生とはまだまともに会話したことがなく少し不安だったので、明るいガイ先生の存在にほっとする。

「カカシの隣に座ると良い!話があるそうだ」
「え……?」

カカシ先生から私に話……?衝撃的な一言に立ち尽くす。
当の本人は余計なことを言うなとばかりに「お前さ……」とガイ先生を軽く睨みつけていたが、ガイ先生は私のために散らかったテーブルを片付けていたので見ていなかった。
なんだ話って。マジで私目当てで来た?告白でもされるのか?
突っ立ったままの私にガイ先生は「さ、座りなさい」と年長者らしく声をかけてくれる。いつまでも立っているわけにいかないので指示通りカカシ先生の隣に座るとガイ先生は満足気に頷いた。

「よし、始めていいぞ!」

よくねぇ。
会話スタート!みたいな合図しないでくれ。そんないきなり始められない。
私と同じ気持ちらしいカカシ先生はわざとらしくため息をついた。

「いや、話とかないから。アザミちゃん、気にしないでいーよ」
「全く、我がライバルだというのにシャイな奴だな。聞かれるのが嫌なら俺は席を外してやる」
「オイ」

ガイ先生は即座に立ち上がると両隣で飲んでいた人達も全員巻き込んで別のテーブルへ行ってしまった。行かないで!?
喧騒の中、私達の周りだけ人が消える。ガイ先生の謎の計らいにより私とカカシ先生だけ隔離されてしまうという異常事態。嘘でしょ、こんなことある?多人数での飲み会なのになんでいきなりカカシ先生とサシ飲みしなきゃいけないの?私幹事だけどこんなイベント聞いてないよ。

「カカシせ……さん」
「カカシせさん?」

動揺しつつ、ひとまず当初の目的である挨拶を済ませようと口を開く。やべ、カカシ先生って呼びそうになった。

「あの、うちの夕顔ちゃんがいつもお世話になっています」
「母かな?」

とりあえず夕顔ちゃんの話をした。私とカカシ先生に共通する人物で名前を出しても問題ないのは夕顔ちゃんくらいだからだ。

「夕顔ちゃんがカカシさんのこと頼りになる先輩だっていつも言ってます」
「そうなの?へー、夕顔がね……」

ちなみにめちゃくちゃ嘘である。夕顔ちゃんはカカシ先生の話なんてしない。そもそも暗部の話なんて普通は外でするもんじゃないし。
カカシ先生も何となく嘘だと察しているのか薄い反応だった。

「………………」
「………………」

終わった……。
驚くほど話が続かない。これ当たり障りのない話しかできない私も悪いと思うけど、へー、で終わらすカカシ先生も悪いよね?全然話す気ないじゃん。いや、まあ話とかないって言ってたから仕方がないけど。
仕方がないけど、今のカカシ先生は漫画で見た時よりもずっと近寄り難い雰囲気を醸し出していて、全体的に素っ気なく感じた。激務で疲れているんだろうけど、それにしたって結構印象が違う。
第七班と絡んでた時って子供相手だからキャラ作ってたのかな。それとも子供達に癒やされて多少優しさが出てくるようになったのかな。

もう戻ろうかな、と席を離れるタイミングを図る。
しかし意外にもカカシ先生は私の名前を呼んだ。やっぱり話があるらしい。

「君って昔さ」
「はい」
「先生と………いや、やっぱいいや」

え〜?オイオイそりゃないって〜!
言いかけといてやめないでほしい。めちゃくちゃ気になる。一応「なんですか?」と聞いてみたが、カカシ先生の意志は固く「なんでもない」としか言わなかった。なんでもないわけないだろ。

口だけなく心まで閉ざしたように見えるカカシ先生の横で“先生”とは誰のことを指しているのだろう、と考えた時、ふと浮かんだのは四代目火影の顔だった。あの二人って師弟関係だった気がする。
もしかしてこの人、ずっと私に四代目の話をしたかったのだろうかと思った。
多分、いや、絶対そうだろう。兄達と仲が良かったわけでもない彼が、それ以外で当時中忍だった私にわざわざ声をかけてきた理由がなかった。
今の木ノ葉で四代目火影について詳しい人はあまりいない。彼の活躍を間近で見ていた世代は、大戦や九尾の事件で殆ど亡くなってしまい、大抵の忍は四代目について「なんかすごかった(らしい)」くらいの認識である。彼の為人について語れる者は相当少ないだろう。
カカシ先生はきっと、幼い頃に四代目と一緒にいた私になら、四代目の話ができると思ったんだ。したかったんだ。

でも私、あの人のことよく知らないのに。友達の妹だし、抱っこされてたからめっちゃ可愛がられてたと思ったのかもしれないけど、一回しか会ったこと無いよ……?
そう思うとなんだか申し訳なくなってくる。もしこの推測が当たっているのなら、私はまず間違いなくカカシ先生のご期待に添えないだろう。
けど、それでもいいのかもしれない。誰かと四代目の思い出を共有したかったのかもしれない。その気持ちはわかる。

「それより君、今も三代目の秘書やってんだよね」
「はい。あ、じゃあ三代目の話します?」
「いや今日はいいよ」

ふいに話題を振られたので答える。三代目の話を広げることは拒否されてしまった。

「あそこからだとアカデミーが見えるでしょ」
「はい」
「うずまきナルトって子わかる?」
「……はい」

予想外の名前が飛び出し、一瞬動揺した。ナルトは既にアカデミーに入学していて、姿こそ見ないものの彼のイタズラ武勇伝は私の耳にも届いている。
この頃のカカシ先生がまさかナルトについて話すとは思わず、少しばかり緊張する。その緊張にも気付いているはずのカカシ先生は、先程と変わらない様子でこう言った。

「ナルトについてどう思う?」

質問の意図が読めず戸惑う。これは、アカデミーの教師でも知人でもない、ナルトとほぼ接点のない私に聞くような話ではない。カカシ先生だってそんなことはわかっているはずだ。彼は私に何を言わせたいんだろう。
じっと答えを待つカカシ先生の目を見ながら恐る恐る「いたずらっ子……?」と返した。

「色々やってるって話は聞きますけど、私はあの子のことを噂程度しか知らないのでなんとも言えないです」

ナルト?あー、四代目の息子で九尾が封印されててアカデミー卒業後はサクラとサスケと一緒にカカシ先生の班に配属されて意外性No.1と評価される子ですよね知ってる知ってる漫画読んでたな〜。
とか絶対言えないので『新米の上忍ならこう答えるだろうな』と予測してそれをそのまま伝えた。
カカシ先生は私の答えに目を伏せると「そっか」とだけ言った。また沈黙が続く。
私は少し悩んでから「でも…」と口を開いた。

「人は、自分が受けたことのある分しか相手の痛みや苦しみが分からないじゃないですか」

私がそう言うとカカシ先生がもう一度こちらを見た。

「だから、きっと……苦しい思いだったり、辛い思いをした分だけ、ナルトは人の気持ちがわかる子になると思いますよ」

アカデミーの教師じゃなくても知人じゃなくても、ナルトが孤児で里の住人から遠巻きにされていることは、九尾事件を経験した者なら皆知っている。だからこれは言っていいことだ、と判断してそう続けた。
ナルトの「わかるってばよ」という共感力はそういった辛い経験から来ているはずだ。人は経験したことしかわからない。
カカシ先生は黙っていた。今更だけどマスクと額当てで顔の殆どが隠れているせいで、あまり表情が読み取れない。
もう酒飲むか……とこの微妙な空気に耐えきれずにビール瓶を手に取るとカカシ先生が口を開いた。

「その理論だと木ノ葉の忍は大体人の気持ちがわかる連中になっちゃうね」
「え?実際そうですよね」
「うん、まあ、そーね」

カカシ先生はちら、と他のテーブルに視線をやった。その先にはガイ先生やアスマ先生、紅先生がいる。
カカシ先生のコップが空だったのでビールを注ぐと「ありがと」と短くお礼を言われた。私も自分のコップにビールを注ぎながら、カカシ先生が言ったことを脳内で反芻する。
木ノ葉でも大蛇丸のように変な方向に進んじゃう人もいるから、そのことを言っているのかもしれない。よく知らないけど大蛇丸だって大戦を経験した忍者だから、嫌な思いも辛い思いも沢山してきただろう。人の気持ちが分かるからって善人とは限らない。誰の心にだって善人と悪人がいるし、必ずしも他者を思い遣れるわけではない。
でもナルトは違うじゃないか。

「ナルトは皆と同じような忍になりますよ」

そう言ってドン、と残り少なくなったビール瓶をテーブルに置いた。

「なれると思うんだ」
「思います」

途中くらいまでなら知ってるし。
カカシ先生はナルトの行く末を断言する私に少し驚いてるようだった。そりゃそうだ、ナルトを嫌う人は一定数いる。嫌ってなくても今の段階で何の実績もないただの悪戯小僧のナルトをこんな風に評価する人間はいない。
ひょっとしたらカカシ先生は私もナルトを嫌っている一人だと思っていたのかもしれない。

「この先色んな出会いがあるでしょうし、考え方はその都度変化していくと思います。今は嫌なことばっかりで、迷うことも多くて、辛い日々かもしれないけど、それもいつかあの子達の成長の糧になるんじゃないですかね」

サスケのことも思ってあの子達、と言ってしまった私にカカシ先生は特にツッコミを入れなかった。
ややあってから、小さく「だと良いね」と返ってくる。表情は相変わらずよく分からなかったけど、声色は思っていたより優しいものだった。
早くマスク外さないかな。素顔見たいんだけど。
Pumps