今思えば一目惚れだったのかもしれない。スレイと共にイズチを離れ、初めて人間の住んでいる街にやって来た僕とスレイはイズチとは比べ物にならない広さに驚いた。穢れが強いものの、街は活気で溢れている。何もかもが僕たちにとって新鮮で楽しかった。
街の探索をしている時にアリーシャを狙っていたキツネ男とひと波乱があったりしたが、僕たちはその後に宿屋へ向かった。
「いらっしゃいませ。お部屋の御予約ですか?」
「っ」
からんと扉についたウェルカムベルが鳴ると受付けの女の子が挨拶と共にお辞儀をする。そして顔を上げた彼女の顔を見て僕は固まった。まるで全身が麻痺したかのように動かない。
陽だまりのような笑顔が僕たち…… 正確にはスレイに向けられる。すると今度は全身が脈打ち、何とも言えない感覚に陥る。何故か沸騰したかのように頬が熱い。新手の天響術かと一瞬考えたが、相手はただの人間だ。現に今も天族である僕の事は見えていないので、スレイの予約した人数に首を傾けていた。天響術でないなら先程の感覚は一体何だったんだ。
それから僕はレディレイクを訪れる度に彼女を観察し続けた。観察して分かったことと言えば、彼女の名前と性格、趣味くらいで肝心の動悸の原因は分からなかった。むしろ彼女を見ていると余計動悸が激しくなる。それならば彼女を視界に入れなければいいのだが、気付いた時には目で追ってしまう。終いにはおっちょこちょいで危なっかしい彼女を見てられなくて助けてしまった。
風で飛ばされたシーツを掴んで彼女に渡したり、子供にリンゴを盗まれた時には軽くその子供の足を引っ掛けた。また、彼女が男の集団に絡まれて襲われそうになっていた時は何故かふつふつと怒りが湧いて一般人にも関わらず気づいた時には上位天響術であるスプラッシュの詠唱をして男たちの頭上に水流を落としていた。
威力は抑えた代わりと言ってはなんだが、一発ずつ殴っておいた。後は本棚の上のほうにあって届かない本を取ってあげたりもした。
これだけ干渉すれば流石に怪しまれていると思う。それでも手を出してしまうのはどうしてなんだろうか。僕の存在を彼女に気付いてもらいたいのかという考えに辿り着いたが、それはあまりにも馬鹿げている。彼女は人間で僕みたいな天族は端から見ることは出来ないのだから。そしてもう1つの可能性を見い出したが、それこそどうかしているで認めたくなかった。それなのに……。
「ミクリオさーん! 恋ですかー? 恋なんですかー? あ、恋と言っても魚の鯉じゃないですよー」
今まで必死に違うと否定してきたのにライラはそんなことも知らず僕が彼女を好いているのかと直球で聞いてきた。言葉では違うと返答していても、何処か納得してしまえる自分に頭を抱える。
エドナにも釘を刺されたように天族と人間の恋愛なんてあまりにも無謀だ。これ以上深く関わるべきじゃないと初めての感情にそっと蓋をするつもりだったのに、どういう訳か前より仲が深まった。彼女と筆談し、名前を呼び捨てで呼び、水の試練をクリアしたスレイのおかげで彼女に僕たちの声を届けることも出来るようになった。これからもっと力を付ければいずれはきちんと天族の姿を認識出来るようになるのではないかと淡い期待をしてしまう。もうこの気持ちに蓋をして嘘をつくことは無理だった。僕はエレインが好きだ。
*
「なぁ、ミクリオ。機嫌直せよ」
「…… 別に僕は機嫌など悪くない」
「どう見ても悪いだろ……」
スレイは僕の様子を伺うように困った顔を向ける。ルーフェイから戻ってきた僕たちは次の試練神殿に向かう前にレディレイクで数日休息を取ることにした。勿論その間泊まる場所はシャオルーンだ。
エレインがスレイを通じて僕たち天族と会話を出来るようになったと知ってからというもの、ライラはエレインと話たがって事あるごとにスレイとエレインの手を繋がせた。
「スレイさーん。またエレインさんとお話したいのでよろしくお願いします」
「ちょっ?! ライラ!! 今さっきも話してたよね。もうやめといたほうが……」
ちらりと僕の顔色を窺うスレイだが、ライラにぐいぐい手を掴まれてエレインの元に連れていかれた。
またかと僕は溜め息を吐く。ライラもライラでにやにやと僕の顔を見た。女性陣たちは僕の反応を見て楽しんでいるのだ。からかわれていると分かってはいるもののスレイとエレインの繋がれている手を見てついつい口を挟みに行ってしまう。
「ライラ、エレインと話をしたいなら筆談すればいいだろ。何もわざわざスレイを使う必要はない」
「だって〜。ねぇ、エドナさん」
「ええ。筆談するほうがよっぽど面倒だもの」
人間の為にいちいち文字を書くなんて冗談じゃないとエドナは吐き捨てた。確かに人間嫌いの彼女が筆談していたらそれこそ槍が降るなと思った。ライラに限っては文字が書けない等と見え透いた嘘を言う。
「私はミクリオ様のお声を聞くことが出来て嬉しいですよ」
「っ?!」
突然放たれたエレインの言葉に僕は固まった。ニコニコと彼女は裏のない純粋な笑みを僕に向ける。途端に僕の顔は熱を待ち始めた。してやったりとライラたちは真っ赤になった顔を手で覆い隠している僕を見てニヤついている。エレインはというと返答のない僕を不思議に思ったのか首を傾げていた。
……どうやら僕は彼女の笑顔に弱いらしい。