「おかえりなさいま…… っ?! スレイ様っ! ロゼさん! その傷はどうなさったんですか?!」
「あっはは……ちょっと手こずっちゃって。でも無事帰って来れたよ」
「どこが無事なんですか!! そんな傷だらけで!!」
日も暮れて空が真っ暗になり、殆どのお客様が夕飯とお風呂を済まされて各自の部屋に戻った頃、漸くスレイ様達は宿屋に戻って来た。
しかし身体のあちこちに痛々しい傷を作ってきているではないか。そんなに心配しなくても大丈夫だとスレイ様とロゼさんは自分の頭を掻きながら言うが、どう見ても大丈夫そうではない。
「これでもオレとロゼは傷を皆に治してもらったんだよ」
皆と言う単語に私はハッと天族の存在を思い出す。スレイ様とロゼさんの近くにはやはりふよふよと光り輝く四色の光の球体が浮いていた。見間違えなどではなかったのだと思うのと同時に天族の方達も怪我をしていらっしゃるのではないかと私の思考は働いた。
私が見えない天族の方達を心配していることに気が付いたスレイ様は皆も無事であることを私に告げる。しかし、彼の無事は些か信用出来ない。疑い深く彼を問い詰めると天族は人間よりも遥かに高い治癒能力を持っているから大丈夫だと説明してくれた。
「スレイの言う通り、あたし達は平気。それよりも、エレイン。今回はミクリオが頑張ったんだ。褒めてあげてよ」
「ミクリオ様が?」
ロゼさんは私の心配を余所にそんな事を言った。なんでも遺跡の中は仕掛けだらけで、その仕掛けを掻い潜る為にミクリオ様が活躍したらしい。褒める事は私にも出来るが、何故ロゼさんはにやにやとした笑みを私に向けているのだろうか。何か私の顔についているのかと手で確認してみるが、早く早くとロゼさんに急かされた。
「えっと…… ミクリオ様、頑張りましたね。偉い偉いです」
私は青い光の球体に近づいて手を伸ばし、球体よりやや上の辺りを撫でる。何故球体を撫でないかというと、私の目線でふよふよと浮いていたからだ。スレイ様の身振りや先日、棚にあった砂糖を取ってくれくれたミクリオ様は私よりも身長が高いと思われるので頭の位置はもう少し上だろうと推測して撫でてみた。これでちゃんと頭を撫でてあげられなかったら申し訳ない。
褒めると言っても褒める言葉が見付からずにあんな上から目線な台詞と小さい子供にするような行動をしてしまった。今更ながら失礼極まりなかったと後悔する。
「あれっ?! エレイン、天族が見えるようになったの?!」
「いえ、きちんと見えている訳じゃないんです。四色の光がスレイ様とロゼさんの周りに浮いて見えるんです」
スレイ様の問いに私はNOと答えた。それにこれは賭けだった。水の天族であるミクリオ様は四色の中で水っぽい色である青かなと勝手に判断して撫でたのだ。スレイ様とロゼさんの反応的にもこの判断は間違ってなかったと取って良いだろう。
この法則で行くと、火の天族であるライラ様は炎っぽい赤色の光で、風の天族であるデゼル様は風の色は何色と言われて選びそうな緑色の光、そして残る黄色の光は地の天族であるエドナ様だろう。私的に地面と言えば茶色を思い浮かべるが。
「へぇ〜。そんな見え方もあるんだ」
「それでその…… スレイ様。私はちゃんとミクリオ様の頭を撫でれていましたか?」
「あーうん…… ミクリオの顔面にクリティカルヒット」
「っ?! もっ申し訳ございません!!ミクリオ様っ!!」
私はなんたる無礼をしてしまったんだ。きちんとスレイ様に聞いておけばよかった。何故勝手な推測で行動に移してしまったのかと数分前の自分を恨む。
私が必死になってミクリオ様に謝っていると「そんなに謝らなくても大丈夫だよ。むしろ喜んでるというか、悶え死んでるというか……」とスレイ様は困った顔をして言った。ロゼさんに限っては先程からゲラゲラと笑っている。
ミクリオ様もミクリオ様で何故喜んでいるのか。あまり褒めてもらえないから例え顔面クリティカルヒットでも嬉しいとか?
スレイ様やロゼさんだって人柄的に褒めると思うけれど……。
地面の近くをふよふよと低飛行している青い球体を見ていたら、スレイ様が今度こそ天族の声が聞こえるかもと仰るので例によってまたスレイ様の手を握る。最初は手だけ握ったが前と変わらず、今度はスレイ様が私の手を握りながら目を瞑る。
「あーあー聞こえますかー?ライラです」
「?! い、今の女性の方の声が……ライラ様?」
確かに聞こえた。スレイ様でもロゼさんでもない方の声が。前までは何も聞こえなかったのにどういうことだろう。
なんて口に出して呟いたからか、ライラ様が今回の遺跡でスレイ様が導師の力を更に強め、私も天族の存在に疑いを持たなくなったから霊応力がそこそこの私でも天族の声が聞こえるようになったのではないかと説明して下さった。尤も、スレイ様の知覚を遮断しつつ彼の手を握らなければ聞こえない。それは私の霊応力がそこそこだからだろう。
「エレインさん。私たち天族は、あなたたちの心を見ています。万物への感謝の気持ちを忘れないでください。私たちは感謝には恩恵で応えます。決して天族を蔑ろにしないでください。その心が穢れを生み、災厄を生むのです」
「はい、ライラ様」
「おい、スレイ! いつまでエレインの手を握っているんだ!」
ライラ様とはまた別の聞いたことのない声が聞こえた瞬間にスレイ様と私の繋いでいた手が離れた。スレイ様が手を摩っているところを見ると、少し赤くなっているではないか。どうやら声の主に叩かれたみたいだ。
「ミクリオ、仕方ないだろ。手を繋がないとミクリオ達の声が聞こえないんだから。ミクリオだってエレインと喋りたいだろ…… って痛いっ! 叩くなよ!」
どうやらミクリオ様がご乱心のようで、スレイ様は手で頭を防御しながら逃げている。何がそんなに気に入らなかったのかが分からない。導師である彼に私のような一般人は触れるなという事だろうか。お決まりになりつつある恒例の言い争いにロゼさんは呆れている。
「あ、あのっ! 皆さん疲れているでしょうからお風呂に入って来ては如何でしょうか? 私はその間に料理を温めておきますので!」
言い争いに割って入るかの如く私は入浴を勧めた。傷だらけの身体には染みるだろうが、いくらか疲れは取れると思う。
ミクリオ様から逃げていたスレイ様はピタリと止まり、私の案に賛成した。彼等は荷物を部屋に置いてからゆっくり浸かってくると言い、予約していた部屋に向かう。私も彼等の夕飯を用意する為に台所に向かおうとしたらただいま≠ニ書かれたメモ帳が目の前に現れた。このコミュニケーションを取る天族は一人しかいない。
「おかえりなさいませ、ミクリオ様」
私は目の前で浮いている青い光に頭を深く下げる。今朝のお見送りと同じく彼等をこうしてお出迎え出来て本当によかった。私の中で彼等の位置付けがただのお客様でなくなってきている事に気付くのはもう少し先の話である。