不意打ち





「魚を釣りに行きます」

「は? ……ちょっ! エレイン?!」

 読んでいた本をパタンと閉じたエレインは決心したかのようにそう言った。何がどうしてその結論に陥ったのか全く分からない。
 頭が追いつかない僕を余所にエレインはテキパキと支度をしている。いつの間にか釣竿やバケツも用意していて、宿屋の女将に行ってくると伝えた彼女は意気揚々に扉を開けて出て行った。呆気に取られていた僕も急いで彼女を追い掛ける。

「ちょっと待つんだエレイン! 外に行くのは危険だ! 憑魔が沢山うろついているんだぞ!」

 前を歩くエレインに必死に声を掛けるが、そこで漸く僕の声は彼女には聞こえていないことを思い出す。あまりにも慌てていたからすっかり忘れていたのだ。
 僕はすかさず彼女の前に先回りしてメモ帳に伝えたい事を書き記す。

「ひゃっ?! ミクリオ様ですか。びっくりしました。えっと…… 外は危険…… 憑魔? 大丈夫ですよ。憑魔さんには一度も会ったことがないですから」

 僕の書いた字を読んだエレインはそう言った。自信満々に言い張る彼女に僕は頭が痛くなってきた。心配しているこちらの身にもなって欲しい。絶対に憑魔を理解していない。恐らく悪人か賊かと思っているのだろう。
いや、憑魔は人間には見えないので知らないのは当然であるが、もう少し危機感というものを持って貰いたい。それなのに彼女は外で無闇にメモ帳を出すなと言ってくる。

「どうしたんですか、ミクリオ様。今日はやけに青い光が忙しなく動いてますけど……」

 エレインに見えている青い光とやらがどういう原理で動いているのかは知らないが、僕の心情にも左右されて動いているならば忙しなく動いているのも納得出来る。
現に僕はどうやってエレインを外に行かせないよう説得するかが思いつかずに頭を掻き毟っていた。そこで僕はふとレディレイクが湖の上に浮かぶ都であることを思い出す。都は湖に面しているし、外縁水道区には湖を一望出来る広場がある。そこで釣りをすればいいじゃないか。何も外に赴く必要はない。
 いくらウーノの加護領域だからといってレディレイク周辺が安全という訳ではないのだ。一歩外に出れば憑魔がうろついてる事に変わりはない。にも関わらずエレインは川に行かないと釣れないから外に行くと言って聞かなかった。

「モーガン大滝の近くのがよく釣れそうですよね」

「そんな遠くまで?! やはり危険過ぎる! 引き返そう!!」

 当然僕の声は届いていないのでエレインはレディレイクを出てどんどん進んでいく。モーガン大滝付近はルーフェイの近くだ。レディレイクから歩くとかなり距離がある。憑魔と出食わす確率だって上がる。そう思ってた矢先にウルフがこちらに牙を剥けてやって来た。

「っ双流放て! ツインフロウ!!」

 即座に詠唱し、長杖を回転させながら水流をウルフに向けて発射させる。この辺の憑魔は強くないから今の僕なら難なく一人で倒せるが、僕に気付いた憑魔たちがどんどん寄ってくからキリがない。
 憑魔は基本的に認知出来る人物しか狙って来ないのでエレイン1人で行かせた方が安全だったのではないかと後悔するが、逆に宿屋で待っている方が気が気じゃなくなっていたに違いない。



「うーん、中々釣れませんね」

 エレインがモーガン大滝付近で釣りをし始めて1時間。一匹も魚が釣れていなかった。僕はというと此処まで来る間に憑魔と連戦して来た為、エレインの横に座って休憩している。
そもそもわざわざ魚を釣る意味をまだ聞いていなかった。レディレイクはハイランドの王都というだけあって物資や食料はキャラバン隊から運ばれて来るから困ることはない。魚が食べたいのであればいつものように市場で買えばいいだろう。

「自分で釣った魚が一番美味しく感じると本に書いてあったんです。本当にそうなのかを確かめたくて釣りに行こうと決めました」

 僕がメモ帳に聞きたかった事を書いて伝えると、エレインはそう言った。あまりにも単純過ぎる。自分で釣った魚が美味しく感じるのは当たり前だろう。努力して自らが釣ったのだから。やはりエレインはどこか抜けている。
「今思えば当たり前ですね」と漸く気付いたらしいエレインは苦笑いした。しかし此処まで来たからには釣りたいらしく、ひたすら浮きが沈むのを待っている。僕としては暗くならない内にレディレイクに戻りたい。
 このままでは日が暮れてしまうと思い、僕は目の前の川に霊力を施して長杖を振り上げた。それに呼応するかのように川の水が湧き上がる。その水に巻き上げられた魚が上から降ってきた。

「み、ミクリオ様! いきなり水がブワーってなったら空から魚が降って来ました! こんな事もあるんですね」

 ぴちぴちと動いている魚を抱き抱え、嬉しそうに言ってくるエレインには悪いが、そんな事は普通起こらない。僕がやったと伝えると、「ですよね」と残念そうな顔をされた。なんだか居た堪れない気持ちになる。
 しかしその後は僕が魚を浮き上げたからか、川の下の方にいたらしい魚が沢山釣れるようになった。エレインが楽しそうに釣っているので良しとしよう。

「いっぱい釣れましたね。ミクリオ様のおかげです」

 エレインの持って来ていたバケツが満帆に魚で埋まったので僕たちはレディレイクに戻ることにした。満足げな顔をしてバケツを大事そうに抱えながら歩いているエレイン。
そんな彼女とは違い、僕は行きと同じく憑魔の相手をしていた。特技と天響術を使ってどんどん倒していく。

「何だかこれってデートみたいですよね」

 いきなりエレインが呟いた言葉に一瞬僕の動きが鈍る。ウルフはそれを見落とさなかった。飛び掛って来たウルフになんとか詠唱破棄してツインフロウを放つ。危なかった。変異憑魔やドラゴン等の強力な憑魔だったら確実に大怪我をしていただろう。

「……頼むから不意打ちはやめてくれ。僕の心臓に悪い」

 そう口に出すが勿論彼女には届かない。その後もレディレイクに戻るまで僕は憑魔の攻撃とエレインの不意打ち攻撃と戦ったのだった。




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