決意





 自分でもあの行動は軽率過ぎたと思った。しかしあの時の僕はどうしても腹の虫がおさまらなかったのだ。
ザビーダがエレインに挨拶だと言ってした行為を見た瞬間、ドス黒い何かが僕の身体を侵食し、警戒心のない無防備な彼女にも腹が立ってあの様な事をしてしまった。
 ここの宿屋の女将に彼女と恋仲であると勘違いされていると聞いて嬉しくなったが、あの時はそれよりもイライラとモヤモヤの方が嬉しさを上回っていたのだ。
 先程はドス黒い何かがと言ったが、僕はこの正体が何なのか分かっている。彼女の事が好きだと自覚した僕がこの正体に気付かない訳が無いだろう。僕はそこまで馬鹿じゃない。
スレイと彼女が手を繋いでいた時も訪れた感情の正体。そう、…… 嫉妬だ。

 今回はザビーダに対して生まれた醜い感情。自分でも見苦しいと思う。しかし一度湧き上がってしまうとどうすることも出来ないのだ。だからってあんな…… エレインにあんな恥ずかしい事をしてしまうなんて。どうかしていた。今更後悔の波が押し寄せてくる。

「そんなに恥ずかしがるならやらなければ良かったじゃない。ミボって馬鹿なの? ああ、馬鹿だったわね。人間なんかに恋をする大馬鹿者」

「…… うるさい。ってエドナ?! ま、まさか全部見て……」

「ええ、バッチリね。ミボがあの子にキスを……」

 壁に背中を預けて真っ赤であろう自身の顔を冷まそうとしていたのに、僕とエレインのやり取りを一部始終見ていたエドナが口にした単語にまた熱が顔に集まり始める。
 今まで口に出すまいとしていた単語をあっさりとエドナが言うものだから僕は手でエドナの口を押さえた。その単語は聞きたくない。僕がエレインの頬にそれをしてしまった事は事実であるが、恥ずかしくてその単語は言いたくなかった。

 口を押さえられたエドナは嫌そうに眉を寄せて離しなさいとでも言っているかの如く手に持っていた傘で僕の頭を叩く。

「痛っ! 何するんだよエドナ!!」

「それはこっちの台詞よ。たかが頬にキスしたくらいでそんなに取り乱して。しかも恥ずかしくてキスの単語すら言えないのかしら? 全く、おこちゃまね」

「わ、分かったからっ! そ、そんなに連呼しないでくれ……」

 解放されたエドナの口からは容赦無く聞きたくなかった単語が発せられる。しかもその部分だけやたら強調して言うものだから質が悪い。
 相変わらずの性格の悪さに僕は溜め息を着く。なんかもう色々悩んでいたのが全て吹っ飛んだ。エレインに次会った時はどんな風に声を掛ければいいんだろうとか、どんな顔をして会えばいいんだろうとか考えていたが、そもそも顔は彼女に見られないのだから、いつも通りの声音で普通に話せば何ら問題ないではないか。何をそんなに悩んでいたんだ。

「ミボ、前にも言ったけれど、あの子は人間でミボは天族。言ってる意味、分かるわよね? 仮にあの子と結ばれたとしてもミボよりも早く死ぬ。初めから辛い思いをするのは目に見えているのよ。それでもミボはあの子を諦めないわけ?」

「……ああ。きっと諦めたら後悔すると僕は思う。それにもうこの気持ちを無かった事にするのは出来そうにないんだ」

「そう……。ワタシには到底理解出来ないけど。ま、ミボを見てるぶんには面白いから、このエドナお嬢様が協力してあげないこともないわ」

 エドナは真剣な顔とは打って変わってニヤニヤとした笑みで傘の先端を僕に向ける。面白がっている彼女が僕に協力だなんて絶対にして欲しくない。ロゼもライラもエドナも皆僕の反応を見て楽しんでいるのは知っている。

「いや、余計なことはしないでくれ」

「何よ、ミボの分際で。大体あの子にちゃんとした姿さえ見てもらえないのに随分と余裕なのね」

「ぐっ…… それは、仕方無いだろう」

「いい? 確かにミボとあの子は仲良くなったわ。でもミボには最大の弱点がある。それはミボがあの子にアピール出来る機会が少ないことよ。もしあの子を好きな人間がいたりしたら確実に不利ね」

 エドナの言葉がぐさりと胸に刺さる。エドナの言っている事は正しい。僕がエレインと接する事が出来るのは周りに人が居ない時だけで、外出時は話し掛けると彼女に極力外では話し掛けないでと言われる始末。
それもその筈だろう。天族の姿も見えず、声も聞こえない人間の前で僕に話し掛ければ不審な目で見られるのは彼女だ。
 それに比べ、もし彼女の事が好きな人間が現れたらそいつは人目を気にすることなく彼女と話をする事が出来る。明らかに僕より彼女と接する機会が多い。外出しても彼女と気軽に話せるのは利点である。

「ミボの敵はあの変態ザビーダじゃないわ。真の敵は人間の男よ」

「それはスレイもなのか!? まさかスレイもエレインを……」

「スレイは違うわ。むしろミボが怖いからあの子と必要以上に仲良くなるのを避けているのが見え見えよ。全く、恋に盲目になると馬鹿になるのかしら。元から馬鹿だけど」

「僕に対して失礼じゃないか?」

 だってミボだものと訳の分からないことをエドナは言った。兎に角、真の敵がエレインの事が好きな人間の男と言う事は理解した。
 しかし、今のところそんな人は現れていない。それならば別に焦る必要はないだろう。これまで通りで大丈夫だ。そうエドナに言ってみたら呆れたような顔をされた。

「ほんと馬鹿ね。あの子を好きな人間の男、いるわよ。気付かなかったの? そろそろあの子に告白でもするんじゃないかしら」

「だ、誰なんだそいつは!!」

 突然過ぎるカミングアウトにエドナの両肩を握って揺らすが、直ぐにまた傘で叩かれた。エドナは僕の質問に答えることなくすたすたと皆のいる部屋に戻って行く。

 結局エドナからエレインの事を好きな人間の詳細を聞くことが出来なかった。そして夕飯時にエレインは全くと言っていい程何事も無かったかのように話し掛けて来たので少しだけ凹んだ。
彼女は何とも思わなかったらしい。少しくらいは意識してくれても良いんじゃないだろうかと思った。



「よしっ! 瞳石も手に入れたし、宿屋に戻ろう!」

 翌日、ヴィヴィア水道遺跡で瞳石を入手した僕たちはこの遺跡に長居は無用だと早々に立ち去った。
 この遺跡に着くまでの間にも何度かエドナに昨日の件について答えてもらおうとしたが一向に口を割らなかった。自分で探さなきゃ意味がないという事だろうか。協力してくれるんじゃなかったのかと口から出そうになったが、その申し出を断ったのは紛れもない僕である。

 一体何処の誰なんだと考えながら外縁水道区から中央区に戻り、宿屋を目指して歩いていると、目の前を歩いていたスレイが徐ろに足を止めた。

「スレイ? どうかしたのか…… っ?!」

「まぁ! エレインさんが男性の方と何やら話していますね。男性のあの様子、きっと告白ですわぁ〜」

 告白と言うライラの言葉が僕の頭の中で木霊する。慌ててエドナの方を向けば僕を見て「ほら見なさい」と呟いた。エドナが言っていたエレインを好きな人間は彼で間違いなさそうだ。
 彼の顔には見覚えがある。よく宿屋に顔を出していた青年だ。僕たちは彼等に見付からないように近くの民家の裏に隠れて様子を伺う。

「ミク坊がちんたらしてっからエレインちゃん、あの人間の小僧に取られちまうんじゃねぇ?」

「ザビーダの言う通りだよ! もうミクリオ何してんの!? 先越されてんじゃん!!」

 小声で僕を責め立てるザビーダとロゼに続くようにライラも僕に早く告白するよう急かしてくる。スレイに至っては既に僕が失恋しているかの如く慰めてきた。
その哀れみの顔を今すぐやめて欲しい。エドナは肩を震わせて笑っていた。そんなエドナに物申したいのは山々であるが、今はエレインたちのが気になる。

「その、ずっと前から好きでした! 良ければ付き合って下さい!」

「えっ…… と…… ごめんなさい。そういう目で貴方を見る事は出来ません」

 エレインの答えにホッとするも、彼女が彼に言った言葉がまるで自分にも向けられているかの様で胸が痛くなる。彼女に告白したら僕も彼の様に言われるのではないか。むしろその確率の方が高いだろう。
面と向かってあの様な言葉を彼女に直接言われたら立ち直れる気がしない。「やっぱりフラれちゃったか」と笑顔で去って行く彼が僕には勇者に見えた。僕には彼の様に告白する勇気はない。

「告白する前に何沈んでるのよ。諦めたら後悔するって言ってたじゃない」

「そうは言ったが…… 今は無理だ。エレインに想いを伝える事は…… まだ出来ない」

「……ミボの意気地なし。そのうち本当に他の奴にあの子を取られても知らないから。それに……伝えられるうちに伝えときなさい。あの子だっていつ何が起こるか分からないし、ワタシたちだってこの先無事でいられる保証はない。なんてったってワタシたちの敵はあのヒゲネコなのよ」

 エドナの言葉が僕に重くのしかかる。彼女の兄は自我を失いドラゴンとなった。いくら妹の彼女が声を掛けても通じることはなく、エドナは兄を救い出す方法を一緒に考えると言ったスレイに最後の希望を託してこの旅に参加したのだ。
彼女はきっと後悔しているのだろう。もっと沢山兄に言いたいことがあったに違いない。そんな取り返しの付かない事がエレインや僕にも起こる事だってある。だからエドナはこうして僕に後悔しないよう助言してくれるのだろう。何だかんだいって彼女は優しいのだ。

「エドナ…… ありがとう」

「そうよ。もっとワタシを敬いなさい。ミクリオボーヤ」

 ふんとそっぽを向いて逆さまのノルミンが付いた傘をくるくると回しながら僕に背を向けて歩いていくエドナ。
少しは彼女に協力してもらうのもいいかもしれないと思った。そして僕はもう少しだけエレインと親交を深めたら…… その時は思いきって彼女に告白しよう。結果がどうであれ、この先後悔しない様に……。




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