瞳石という宝石のようなものを集め終わったらしいスレイ様達がザフゴット平野の奥の辺境の地にあるローグリン、別名塔の街に旅立ってから早いものでもう数週間経つ。彼等はローグリンに何をしに行ったのだろうか。導師信仰の強い街だからきっとその街でしか出来ない何かがあるのかも知れない。
今回もまた長旅になるのかなと思っていたちょうどその晩、宿屋に彼等がやって来た。彼等はローグリンで用事を済ませた後、ペンドラゴに行き、そこでひと悶着あって次の目的地はグレイブガント盆地になったとのこと。グレイブガント盆地に向かう前に下準備も兼ねてレディレイクへと赴いてくれたらしい。
しかし今日は夜も遅いのでこの宿屋で一夜を過ごすようだ。幸運にもご予約を取られているお客様もあまりおらず、彼等をすんなり部屋にお通しすることが出来た。
ロビーには彼等以外のお客様がいないのでスレイ様やロゼさんはゆったりと寛いでいる。私にはお姿を拝見する事は出来ないが、四色の光もそれぞれ色々な場所に浮遊しているので天族の皆様も各々寛いで下さっていると思う。
「…… そうですか。アリーシャ様もご同行していらっしゃったのですね」
「うん、アリーシャはレディレイクにお屋敷があるし、そのまま帰って行ったんだ。グレイブガント盆地にも来てくれるって」
「戦争を止めに…… ですか」
スレイ様はこくりと頷く。アリーシャ様はハイランド王家に属するディフダ家の女性で王女様でもある。王位継承権は極めて低く、ハイランドの大臣達からは煙たがられているようであるが、私はアリーシャ様が好きだ。
王女様でいらっしゃるのにも関わらず槍の使い手で姫騎士とも呼ばれ、自国の民の為に闘っておられるのである。偶にこの宿屋にも近況を聞きに来られるので面識はあった。何事にも一生懸命に頑張る彼女は身分は違えど親しみやすい。スレイ様達ともきっと仲良くなったのだろう。
それにしても、彼等は訪れる毎に成長している気がする。何がどう成長したのかを問われれば正確な答えを言う事は出来ないが、顔付きが違うのだ。スレイ様もロゼさんも。それと同時に彼等の団結力も深まっていた。ずっと一緒に世界を回っているのだから当たり前だ。行く先々で訪れる試練に協力して立ち向かっていくうちに自然と絆を深めたに違いない。
「良かったわね、ミボ。今回は早く来れて。嬉しいんでしょ。素直に言いなさい」
「う、うるさいな! 僕は別に嬉しくなんか──……」
不意にエドナ様とミクリオ様の大きなお声が聞こえたので私は視線をそちらに向ける。何やら揉めているようだが、その声音にはお互いに対して敵意や嫌悪感はない。むしろエドナ様とミクリオ様の間には私とミクリオ様が話す時のような壁がなかった。
当たり前と言ったら当たり前だ。私自身も彼に対して少なからず壁を作っていたのだから。
エドナ様とミクリオ様の親密な関係を目の当たりにして何故かチクリと胸が痛んだ。
「エレインちゃん、どうした? そんな悲しそうな顔して」
「あ、ザビーダ様」
これ以上二人の声をなるべく聞かないよう意識を違う所に持っていこうとしたら、いつの間にか私の近くにいらっしゃったザビーダ様に声を掛けられた。肩に感じる重みはきっと彼が手を回しているからだろう。
「それでその悲しい顔になっちゃった訳をザビーダお兄さんに話してみないかい?」
「私、顔に出てましたか? 大した事じゃないんです」
ただあの二人の仲がとても良さそうなのが羨ましく思っただけですと今も尚言い争っているエドナ様とミクリオ様を一瞥する。
ミクリオ様はどんな表情をエドナ様に向けているのだろうか。そんな事を考えているとモヤモヤとした気持ちになり、思わず眉根を寄せてしまった。
「悲しい顔したり怖い顔したり、エレインちゃんは忙しいねぇ」
「……すみません」
「いやいや、感情豊かなのは良い事だろ。それにしても、エレインちゃんも嫉妬とは……。これはもしかしなくとも脈アリな感じ?」
ザビーダ様の嫉妬と言う単語にピクリと私は反応する。どうやら無意識の内に嫉妬していたらしい。しかもあろうことか天族であるエドナ様にだ。
なんてことをしてしまったんだと項垂れる。以前はこんな感情を持っていなかった。ミクリオ様が誰と仲良くしていても大丈夫だったのに……。
一度否定はしたものの、やはり私は彼に対して恋慕の情を抱いてしまっていたのではないだろうか。そうだとしたら身の程知らず過ぎる。相手は天族だ。崇拝すべきお方に好意を寄せてしまっては駄目だろう。
ミクリオ様だって迷惑に違いない。私のような一般市民よりも彼にはエドナ様がお似合いだ。
「はぁ……」
「落ち込むのは早いぜ、エレインちゃん。さっきからミク坊がチラチラと俺たちの事見てるの気付いたか? きっと俺がエレインちゃんに何かしないよう見張ってるんだぜ。すげぇ顔で」
「え……。どうしてですか?」
見てみなとザビーダ様に促され、ミクリオ様の方を見るが、見たところで私には彼が今どういう表情をなされているのか拝見することは出来ない。
そんなに警戒する必要はないと告げたが、彼はまだザビーダ様のスキンシップに注意を払っているようだ。
「どうしてって…… そりゃあ、あれでしょ。ミク坊は──……」
「ザビーダ!!」
私の耳元で囁く声が遮られた。肩に回されていた彼の手も離れたのか、先程まで感じていた重みがない。どうやらこちらにやって来たミクリオ様が振り払ったようだ。
「ザビーダ。…… 余計な事を言うな」
「へいへい」
ミクリオ様の言葉にザビーダ様は緩みきった声で返事をした。また、「エレインは気にしないでくれ」とややテンパった声で仰るが、気にしないでと言われたら逆に気になってしまうのが人間の性だろう。
しかし私が問う前にミクリオ様はザビーダ様を連れ去ったので聞くことが出来なかった。
*
ぐっすりと睡眠をお取りになったスレイ様達は遅めの起床をし、当初の予定通りグレイブガント盆地に向かう為の下準備をしにレディレイクの武具屋や市場にお出掛けになった。
かく言う私は相変わらず代わり映えのない1日を過ごしていた。いつもと同じ時間に起きて身支度を済ませ朝食を作り、お客様が朝食を食べ終わった後はお皿を片付けてチェックアウトを終わらせる。そして現在は洗濯物に取り掛かっている最中だ。
パンパンと叩いてシーツの皺をなくす。勿論昨日使用していないシーツもきちんと洗う。いつも清潔なシーツで快適に眠って欲しいからだ。
「よし、洗濯物終了!」
「ねぇ、ちょっといいかしら」
「ひゃっ!!!」
洗濯物も全て干し終わり、額の汗を拭いながらギラギラと照りつける太陽を見て新鮮な空気を吸っていると、つんつんと何かで背中をつつかれたので思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
後ろを振り向けば黄色い光がふよふよと浮遊しているではないか。その球体の色から私に話し掛けて来た人物、正確には天族が誰だか分かり、私はサーっと先程の汗が嘘かのように引いていくのが分かった。
「す、すみませんっ。決してエドナ様とミクリオ様の邪魔はしませんのでお幸せに!!」
「何のこと? 別にワタシとミボはそんな関係じゃないわ」
何故エドナ様が此処にいるのか、とか、お買い物は終わったのかを聞くよりも先に私は彼女に謝った。
昨日私が彼女に対して嫉妬をしてしまった事を悟り、牽制しにいらっしゃったのかと思ったのだ。しかし私の読みは外れた。「勘違いも甚だしいとこよ」と彼女はまた私を何かでお突きになる。加減はしてくれているのか、痛くはないが、一体何でつつかれているのだろうか。
「単刀直入に聞くわ。アナタ、ミボの事をどう思っているの?」
「へっ? み、ミクリオ様はお優しい方で……」
「ワタシが聞きたいのはそう言う事じゃない。好きなの?」
エドナ様の質問に当たり障りなく答えるが、彼女は私の言葉に被せて来る。好きか嫌いかの二択なら間違いなく前者だ。嫌いなわけが無い。
再び口を開こうとした私に彼女は「勿論、恋愛的な意味で」と先手を打たれた。彼女の視線なんて分かる筈がないのに、じーっと見られている気がしてその視線から逃れられない。今更な気がするけれど、周囲に居ない事を確認する。
「大丈夫よ。ミボたちはまだ市場で買い物しているから」
「そ、そうですか……」
辺りを気にし始めた私にエドナ様はそう仰った。その内容はまるで本人はいないからさっさと白状しなさいと遠まわしに仰っているようだ。もはや彼女から逃げる事は不可能なので、私は「……はい。その通りです」と小さな声で呟く。この距離ならしっかり彼女にも伝わったに違いない。
彼女は私の返答をどう思うのだろうか。人間が天族に想いを寄せるなんてやはりいけないのかも知れない。
「ふ〜ん。ミボなりに頑張った誠果かしら? ヘタレだけど、よろしく」
「えっ? あのっ……それってどういう……」
エドナ様の予想外な言葉にどういう意味ですかと聞こうと思った時には既に黄色い光は私から遠ざかっていた。肝心な部分を聞く事が出来ずに終わるケースが多い気がしてならない。
それは単に私が不甲斐ないからかもしれないのだが。事実、今だってエドナ様を追い掛けて聞けば良かったのにそれをしなかったのだ。……情けない。
それにしても、彼女の言葉が引っかかる。これはつまり、…… 期待しても良いのだろうか。そう思わずにはいられなかった。