暗転





 変わり映えのしない毎日がどれだけ幸せなことだったかをその日、私は思い知った。

 レディレイクの周辺ではここの所天候が荒れている。規模にしては小さいが、竜巻なんかも発生していた。降り続ける雨のせいで洗濯物が乾かない。食材の買い出しも億劫だ。まとめ買いをしようにもお客様には新鮮なものを提供したいし、何より在庫を保存して置く大きい場所がない。必然的に豪雨の中でも買い出し行かなければならなかった。その結果がこれか。

「……熱だね。……39度ってとこかい」

「すみません……迷惑をおかけしてしまって……」

 額に乗せられた女将さんの手が冷んやりとしていて気持ちいい。今回の風邪の決定的原因は一昨日レディレイクに発生したゲリラ豪雨のせいだ。晴れていたからと油断していた。ザァザァと激しさを増す雨だったが、雨宿りをせずに小走りで帰り、宿屋の支度もあるからとタオルで全身の水気を落として急いで仕事に戻ったのだ。しかしそれがいけなかった。
翌日は寒気と頭痛に見舞われ、今日はついに仕事中にくらりと視界が揺れて気付けばこうして布団の中である。
 恐らく私が倒れていたのに気付いた女将さんが運んでくれたのだろう。体調を崩してしまったがばかりに女将さんへ余計な仕事を増やしてしまった。気にしないでくれと女将さんは言ってくれてはいるが、罪悪感で気持ちが沈む。熱のせいもあってか、情緒不安だ。


「今日は安静にしてないとだねぇ」

「本当にすみません……」

「だから気にしなくていいって。全く、あんたは何回謝る気だい?」

 女将さんのその言葉にまた謝罪の言葉が途中まで出かけ、それに女将さんが呆れた顔をする。しかし、今の返答に頭がぼーっとしている私は謝罪以外の返しが浮かばなかったので許してほしい。兎に角私に課せられた任務は一刻も早くこの風邪を治すことなので寝ようと布団を目深く被った。



 ドカンッという物凄い音と身体に伝わる振動に何事かと目を覚ます。あれからどれくらい眠っていたのか。出窓を覗いた私は目の前に広がる光景に絶句した。レディレイクの街が燃えていたのだ。辺りは薄暗いので夜だと思われるのに街並みは至る所で民家から炎が上がり、一部はすでに倒壊している家屋もある。あれは中央広場のほうだろうか。巨大な竜巻が渦巻いているのがここからでも見えた。

「エレイン! 早く逃げるよ!」

「女将さんっ……。あのっ! 一体なにがっ」

 切迫詰まった様子の女将さんに未だ寝起きの上に熱に脅かされていた私は状況が掴めていない。レディレイクはどうなってしまったのか、何故民家が燃えて、あの恐ろしく巨大な竜巻が発生しているのか。聞きたいことは沢山あったが、先程よりも強い揺れとそれによって割れた窓ガラスが私に飛んできた。次いで突き刺さるような痛みが身体中に広がる。

「いっ痛……」

「エレイン!」

「お、女将さん……逃げて下さいっ」

 その言葉を発した直後、不運にも私の丁度真上の天井が崩れ落ちた。それは時間にしてほんのわずかであるが、自分の死を覚悟する。無意識に彼の名前を叫んだところで私の記憶は途切れた。




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