導師様御一行は本日も泊まっていくらしい。早朝の時点で既に受付名簿にスレイと言う文字が書かれているのを確認した私は溜息をついた。溜息もつきたくなるだろう。かれこれ三日間は泊まっているのだから。
六人分の料理を朝夕三日間作り続けた。料理を作ること自体は好きなので問題はないが、どうせ来ない四人分を作る理由が分からないのだ。せめてもの救いは二人がきちんと六人前を食べてくれている事だった。万が一残されでもすれば即効二人部屋に移って頂くつもりだ。勿論料理も二人前の刑である。
そもそも今日も何故泊まるのかが分からなかった。女将さんから聞いた話によると、導師様御一行の本日の日程はレディレイクを離れ、橋を渡った先にある大樹の街、マーリンドと霊峰レイフォルクに行くらしい。
それならばマーリンドの宿屋に泊まっていく方が何かと便利なのではないだろうか。態々橋を渡って長い距離を歩いてまでレディレイクに戻って来る理由が分からない。マーリンドの疫病もすっかり良くなっていて今は安全な筈なのに……。
そんなにレディレイクが好きなのか、はたまたこの宿屋を気に入ってくれているのか。後者なら嬉しいことこの上ない。それに六人分の料金をしっかり払ってくれているのでこちらとしては万々歳だ。
「さて、今日も一日頑張ろう」
作業の邪魔にならない程度に髪を束ねて、早速仕事に取り掛かる。今日の受付けは朝から女将さんがやってくれているので、私はチェックアウトの済んだ部屋の布団からシーツを剥がす。
シーツはしっかり洗った後、布団と一緒に外干しする。今日はお日様の光がきちんと届いているし、心地良い風も吹いていて最高の洗濯日和だ。
干し終わったシーツを眺めていたら一昨日起こった奇妙な出来事を思い出した。その日は風が強く吹いていた。しかしお客様も多く、ましてや六人部屋を使っている導師様御一行もいたのでシーツのストックが切れたのだ。その為仕方無く外に干す事にした。
風と格闘しつつなんとか最後の1枚まで辿りついたちょうどその時、その最後の1枚が私の手からすり抜けて風に舞った。まずいと追いかけようとしたらシーツは何故か風向きとは逆方向である私に向かってふよふよと飛んで来た。
その時は不思議な事もあるもんだなと思ったが、よくよく思い出してみれば他にも可笑な超常現象は起きていた。
買い物帰りに買ったリンゴを子供に盗まれたのだが、リンゴを盗んだ子供は逃げる途中に何もない所でいきなり転んだ。
荒手のナンパに囲まれて捕まった時はいきなり水が上から降ってきて、気づいた時には私を囲んでいた人物達は何故か倒れていた。
またある時は棚上にあって取れない本が一人でに浮いて私の手におさまったのだ。
数えてみればキリがない。一体私の周りで何が起こっているのか。最近は超常現象の頻度が多いので、今日は起きませんようにと湖の乙女の聖堂で祈るべきかもしれない。尤も、祈ったところで改善出来たら世話ない。結局祈りを捧げても神様は何もしてくれない。行っても無駄だなと今日の日程に聖堂参拝の項目を削除する。
「エレイン〜! 洗濯は干し終わったかい? 今日の献立を確認して欲しいんだけど!」
「はーい! 今行きます!」
窓から大声で私を呼ぶ女将さんに同じく声を張り上げて返事をする。お客様が注文した料理のコース次第では食材を買って来ないといけない。それを女将さんも心配しているのだろう。
アユの塩焼きにヒメマスのテリーヌ、豚肉じゃが、フィッシュ&チップスにスモークドサーモン。本日泊まられるお客様の料理コースは様々だった。導師様御一行に限っては六人分全て違う料理である。これは今冷蔵庫にある量では間違いなく足りない。
「女将さん、私が午後に買い物行って来ます」
「あら悪いわねぇ。頼んだわよ」
お金はいつものところにあるから持って行って頂戴と女将さんは申し訳なさそうな顔をして言う。同じ区内の市場に買いに行くだけでなのでそれ程苦でもない。むしろ気分転換になる。取り敢えず今ある仕事を片付けてから市場に向かうことにした。