「いってらっしゃい、エレイン。気を付けるんだよ」
「大丈夫です。市場に買いに行くだけですし……」
一通り仕事を終えた私はさっそく今日の夜使う食材を買いに行くことにした。女将さんは心配症なのか、結局店の外にまで出て来てお見送りをしてくれた。市場は宿屋と同じ中央区に位置しているのでそんなに心配しなくても良いのだが……。ハイランド兵も沢山警備をしている。余程の事がない限りは安全である。しかし、この前荒手のナンパに出食わしてしまったのもまた事実。
大水車を横目に見ながら長い階段を上り、賑わっている市場で目的の食材を買う。既に冷蔵庫にあって今晩は足りそうな食材は間違えて買ってこないようにきちんと買うものリストを作って持ってきた。アユの塩焼きにトッピングするレモンに豚肉じゃがに使う豚肉とじゃがいもに人参。品質の良さそうなものをしっかり見極めて買っていく。
「あ……」
買い忘れがないか確認をして宿屋に帰ろうと歩き出したちょうどその時、階段を上ってこちらに歩いてくる導師様とロゼさんがいた。レディレイクにいるということはもうマーリンドとレイフォルクの用事は済んだのだろうか。早朝から出掛けていたみたいなので多分そうなのだろう。
それよりも二人は互いに別の方向を向きながら会話をしているのが気になる。まるでそこに見えない何かがいるかのように。怪訝そうな顔をしていたからか、導師様が私の存在に気が付いた。
「あ、えっと…… エレイン……さん」
「え…… どうして私の名前……」
名乗った覚えはないのに導師様は私の名前を呼んだ。勿論彼に名前を聞かれたこともない筈だ。それなのに何故彼は私の名前を知っているのか。お客様同士で私の変な噂でも流れていたらどうしよう。
「みっミクリオから聞いたんだ。…… っ痛っ!ミクリオ叩くなよ! しかも何でオレの後ろに隠れるんだ?」
「……」
彼は一体何を1人でやっているのだろうか。彼の後ろには誰も隠れていないし、私の知り合いにミクリオなんて名前の人はいない。お客様としてもそのような名前の人は私の知る限り来ていない筈だ。
「あの……後ろにどなたかいらっしゃるんですか?」
「う〜んと、いるって言ったら信じてもらえる?」
私の質問に困った顔をした導師様は意を決したのか、私に質問を返してきた。信じるも何も私には何も見えない。見えていないものを信じるには中々勇気がいるが、女将さんの言った通り、彼には見えているのだろう。普通の人間には見えない天族が。
「……にわかに信じ難いですが、導師様には見えているんですね」
「うん。こっちにいるのがライラで、ロゼの隣にいるのがデゼル、それからエドナ。オレの後ろに隠れてるのがミクリオだ。ほらっミクリオ!」
何もいないところを転々と移動して紹介してくれているが、何も見えない。恐らくミクリオと呼ばれる天族の肩を掴んで私の前に引きずり出して来たのだろうけれど、どう見ても私には導師様が空中に手を置いているようにしか見えなかった。
「えっと…… セキレイの羽の…… ロゼさんにも見えているのですか?」
「あっはは……。まぁね。最初はあたしも見えなかったんだけど、色々あってね」
「……分かりました。詳しい話は夜にでも宿屋で聞きます。これから夕飯の支度をしなくてはいけないので、それでもいいですか?」
ここでは何かと目立ち過ぎる。導師様の奇妙な動きに通行人達が不審な目を向けていた。私としても女将さんを待たせているし、夕飯の支度をしなければ時間通りに夕飯をお出しすることが出来なくなってしまうので後でゆっくり話を聞く形でも問題ないかと導師様に聞いた。
「オレ達は全然大丈夫だよ。むしろ邪魔しちゃってごめん」
「いえ、今から帰れば間に合いますので」
「あっオレ、荷物持つよ!」
そう言って導師様は私が手に持っていた食材の入ったトートバッグを自分の手に移動させて歩き出す。意外と導師様は紳士のようだ。
歩きながらも何やら私には見えない天族と言い争いをしていた。終いにはトートバッグが宙に浮いているではないか。それを見たロゼさんがにやにやした顔をトートバッグの方に向けていたが、私には何故彼女がそんな顔をしているのか分からなかった。
こうなってくると、最近頻繁に起こっている超常現象も天族の仕業なのではないだろうかと思ってくる。
私は傍から見れば怪しい動きしかしていない導師様とロゼさんの少し後ろに着いていく。隣で歩いていたら私まで不審に思われてしまうからだ。それだけは避けたい。
私は彼等と違ってこの街に住んでいるので少しでも何かおかしな行動を取れば街中に噂が広がって居心地が悪くなってしまう。
尚も空中で導師様が宙に浮いているように見えるトートバックを取ろうと必死になっているのを遠目で見ながら私は宿屋を目指すのだった。