「それじゃあエレイン、行ってくるよ。お見送りありがとう」
「とんでもございません。スレイ様、ロゼさん、それから天族の方々、いってらっしゃいませ。ご武運を祈ります」
数日後、全ての準備が整ったスレイ様達はレイクピロー高地で見つかった遺跡に向かうべく、朝の8時に宿屋のチェックアウトを済まされた。早ければ午後には帰ってこれるらしい。何をしに遺跡に行くのかは知らないが、スレイ様とロゼさんの顔は真剣だ。私には分からないけれど天族の方達も皆真剣な表情をしてらっしゃるんだと思う。
導師は災厄の時代の訪れと共に現れ、災厄を鎮めると消えるという噂があった。本当にそうなのかは知らないが、きっとスレイ様はこの世界の為に頑張っているのだろう。導師様が現れて以来、心なしかレディレイクの街も過ごしやすくなった気がするのだ。空気が変わったかのような、言葉では言い表せない何かが起きたんだと思う。尤も、私の勝手な推測にしか過ぎない。
スレイ様は申し訳なさそうに軽くお辞儀をしてから私に背を向けた。続くようにロゼさんも私にお礼を言うと外に通じる扉に向かって歩き出す。私は彼等が宿屋を出るまでお辞儀をしようとしたが、不意に横からメモ帳が現れた。そこには行ってくる≠ニ綺麗な文字が書かれていた。
「いってらっしゃいませ、ミクリオ様」
私のために態々メモ帳に文字を書いてくれる辺り、ミクリオ様はとてもお優しいと思う。どういう原理かは知らないが、私がメモ帳の文字を確認し終えた後にメモ帳は消えた。これも天族の力なのだろうか。それならばこの前のおやつ作りの時も包丁を消すことが出来たのならリンゴを剥いても平気だった。やはり条件か何かがあるのだろうか。
興味深いなと私は思いながら今度こそお辞儀をする。
完全に扉が閉じる前に頭を上げると、スレイ様の周りに綺麗な四色の光がふよふよと浮いているのが見えた。錯覚かと目を擦った後に見ようとしたら既に扉は閉まってしまい、確認する事は出来なかった。
赤、青、黄、緑の光は天族の方達なのだろうか。私にも見えるようになったのかと思いつつも、天族の方達はきちんと人の姿をしている筈だと頭を左右に振る。あんな丸い球体では文字を書けないだろうし、スレイ様を叩いたりしていたのだから、まず有り得ない。考えても答えは見つかる訳でもない。あの光は錯覚の可能性だってあるので、スレイ様達が帰ってきてから確かめればいい。
私はいつも通り自分の仕事をこなさなければと部屋の予約を取りにくるお客様を笑顔で出迎える事に専念した。
*
「どうしたんだい、エレイン。そんなに時計を見てそわそわして。そろそろ店番変わろうかい?」
「いえ、大丈夫です」
……遅い。スレイ様達が帰ってこない。もうすぐ夕方になるのに帰って来ない。何かあったのではないかと悪い方向に考えてしまう。道中で事件に巻き込まれたのか、あるいは目的地である遺跡の中で何か起きたのか。私の頭の中はぐるぐると良くない事が浮かんで止まない。
「しっかし導師様御一行は遺跡に何をしに行くのかねぇ。モーガン大滝の後ろから発見された遺跡はハイランド兵や研究員達曰く、中には入れないらしいんだけどねぇ……」
「……スレイ様達は入れると思います。多分ですけど、天族の力を借りないと中には入れない仕組みになっているんです」
「おやエレイン、あんたつい最近までは天族なんているのかって疑っていたのに」
女将さんは私の変わりように目を見開いている。彼の呼び方まで変わっているのだから当たり前か。最初は私だって天族がいるなんて信じていなかった。そんな存在は導師と同じくお伽噺の人物だと思っていた。しかし実際、導師であるスレイ様が現れて、そのお仲間が天族であると知った。目の前で私の呼び掛けに反応する超常現象を見れば天族はいると信じるしかなかったのだ。
「大丈夫だよ、エレイン。導師様には天族がついているんだろう?そんなに心配しなくてもひょっこり帰ってくるさ。ワタシ達は彼等のためにとびっきり美味しい料理を作るよ」
「はいっ」
スレイ様達ならきっと大丈夫。心強い味方がいるのだ。私が出来る事はへとへとになって帰ってくるであろう彼等をもてなす準備をする事。
そうと決まれば早速準備に取り掛からなくてはならない。私は彼等の無事を願いながら夕飯の支度をするべくキッチンに向かった。