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急いでいた。この言い訳が通じる相手だろうか。眉どころか極限まで吊り上がった三白眼を見てほしい。もう白目の域に達している。目の前の彼は今にも飛び掛かって来そうな程キレていた。尤も“跳び”掛かったのは私なのだけれど。
 


長引いた帰りのHRホームルームのせいで道場に遅刻する可能性があった。さようなら、その挨拶と共に慌ただしく教室を後にした。風の如く廊下を駆け抜ける。他のクラスはとっくにHRホームルームが終わっているからか人通りは疎ら。占めたとばかりにそのままの勢いで下り階段に差し掛かった私は“跳んだ”。大丈夫、見たところ階段には誰もいない。校内での個性発動は原則禁止されているがバレなければ平気だろう。こっそりとうさぎの身体能力である跳躍を使う。校則を破るなんて昔の私だったらきっと卒倒していた。


着地点まであと少し。
これなら間に合うと確信した矢先の事だった。

「なんでっ?!そんなピンポイントで着地点に?!」

「あ?」

俯きながら階段に現れた人物は私の声に反応してこちらを捉える。お互いの赤い目がかち合ったがもう遅い。ドスンと響く大きな音。その割に衝撃が殆どなかった。どうやら咄嗟の判断で相手が私を庇ってくれたようで。私の頭を守る為にか、彼の胸元へ引き寄せられる形で身体ごと抱え込まれていた。私のせいで相手に怪我をさせてしまった焦りと不安。同時に抱き締められているこの状況が心臓に悪い。早く離れて謝らなければ。恐る恐る視線を上げれば痛そうに顔を歪めた彼と再び目があった。そうしてその歪んだ顔がみるみる怒りの形相に変わっていく。


アイボリー色のツンツン頭。赤目の三白眼。ギロリとこちらを睨むそれはとても目付きが良いとは言えない。そこで私はふと、お昼休みに話題になった爆豪くんの特徴を思い出す。……一致し過ぎているのではないだろうか。

そうして口を開いた彼の口調に全てを悟ったところで冒頭に戻るわけである。

彼こそ爆豪くんだ。
ぜっっっったいに爆豪くん。


「……本当にミルコみたいな喋り方だ。もはや男版ミルコ。そもそも彼女が男口調であるだけで男の子は結構こんな感じの口調多いかも……。いやでもここまでミルコっぽいのは凄い。しかも守ってくれた。男版ミルコに守ってもらっちゃった。……はっ!つまり私はミルコに守られた?……どうしよう。取り敢えず拝んどかなきゃ」

「クソきめぇな!!ブツブツ喋りやがって。てめェはデクかよ!」

いけない。ついうっかり興奮してしまった。爆豪くんは私が自分の世界に入り込んでいる間に離れたらしい。まるで汚物を見るかのような目を向けられている。

「デク……?よく分からないけど助けてくれてありがとう。それからごめんなさい。とっても急いでいて……なんて言い訳にならないんだけども。実際危ない目に合わせて怪我までさせちゃったし……。本当にごめんなさい。念のため保健室に行こう?」

「あ゛ぁ?こんくらい平気だわ!!」

ドスの利いた声で返されたが本当に平気なのだろうか。かなり強めに“跳び”掛かってしまった自覚はある。実際痛がっていたくらいだし。やはり当事者として一緒に保健室に行くべきだ。道場へは休みの連絡を入れよう。このまま向かった所で間に合わないし、何より相手に怪我をさせたまま放置だなんて出来ない。

「普通に痛がってたよ?だから行こう」

「痛がってねェ!……つーか急いでンだろ、はよ行けや。次階段から落ちてきたらブッ殺す」

「いやあれは落ちたんじゃなくてっ。ええ……。本当に保健室行かないの……。待って、どこ行くの?!」

「しつけぇな!!宿題取りに教室戻ってすぐ帰るわ!!」


何事もなかったかのように階段をズカズカと登り出した爆豪くん。足を引き摺ってるような感じもないので彼の言う通り保健室に行かなくても良さそうな気がしてきた。そもそも当の本人は既にいなくなっている。

「…………え。わざわざ宿題を取りに戻ってきたの……」

真面目か。見た目が不良っぽくて口調も荒々しいから皆が勘違いしてるだけで、根は優しいのかもしれない。階段から落ちたと勘違いしていたようだが、彼は私を助けてくれた。キレていた割に手が出る喧嘩もしていない。

「爆豪くん……良い人!しかもミルコっぽいし勉強になる」

巷で噂の“宇佐見の爆豪モード”はどうも迫力に欠ける。キレることが少ないが故に普段と違うからインパクトがあるだけ。やはりここは身近に手本となる人物が必要だ。



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