「勿体ない、か……」
ごろんとベッドに寝っ転がりながら天井に手を翳す。思い出すのは今日緑谷くんにノートを返した時に言われた彼の言葉。
お母さんの個性のうさぎ、それからお父さんの個性の雪。その両方を受け継いだ複合個性、雪うさぎ。それが私の個性だ。身体に顕著に現れたうさぎの個性のほうが当然扱い易かった。それに比べて雪の個性は自分の周りの大気中の水蒸気を昇華させて、云々。とどのつまり、難しかった。考えても見て欲しい。普通は条件が揃った時に起こる気象現象である。
尤も、発現当初はこっちの個性を暴発させては真夏でもお構いなしと言わんばかりに部屋中に雪を積らせていたらしいが。今や鳴りを潜めてちっぽけな粉雪を降らせるくらいしか出来ない。
ヒーローミルコに憧れるようになってからは正直、雪の個性のことは頭からよく抜け落ちしてしまう。夏と冬の季節にそういえば……と存在を思い出す感じである。お父さんには申し訳ないけれど無意識レベルで扱えるほど向き合ってこなかったのだ。
そんなの勿体ないよ、と私がぞんざいな扱いをしていたその個性の可能性を語ってくれたのは緑谷くんだった。
翳していた手を下ろし、ゆっくりと目を瞑る。そうして暫し数時間前の回想に耽ることにした。
「……つまり宇佐見さんは複合個性ってこと?!」
「そう言うことになるかな」
耳鳴りが治ったので草臥れていたうさ耳を持ち上げ、元凶である緑谷くんの問いに答えれば何やらめちゃくちゃ目がキラキラしているではないか。え、そんな目で見られても困る。
「雪の個性って今見せてもらえたりしないかな?!」
「緑谷くん、一応校内での個性発動は原則禁止だよ?」
「そっそうだった……。…………いやでもバレなければ……」
ぼそりと漏れた呟きもこの距離では聞こえている。しかしながら自分にも見に覚えがあり過ぎるその言い訳をされてしまっては緑谷くんに注意出来る立場じゃない。駄目だよ、なんてどの口が言えたものか。
「えっと、緑谷くんが期待するほど強個性じゃないの。昔は雪を積もらせたり出来てたらしいけど、今じゃ身の回りに粉雪みたいなのしか降らせられないもん」
気象現象の原理を添えていかに扱いづらいかを緑谷くんに教える。私の言葉に相槌を打ちながらも彼はノートから目を離すことはなくペンを進めている。
「……それってもしかして宇佐見さんが無意識に個性を抑え込んでるんじゃないかな?」
「え?」
「あくまで僕の仮定に過ぎないけど……何も知らずに考えないで使っていた小さい頃と違って今は雪の発生条件を知ってしまったからそのしくみを頭の中で難しく考えちゃって最大限の力を出せていないとか。あ、後は暴発した時に怒られたのがトラウマになってて抑え込んでるとか……」
「な、なるほど?確かにその可能性はどっちもありそう。特に一番目の。私、頭が良くないから……。雪の個性は扱いきれないし、難しくて。うさぎの個性があるし別にいいかなって。ほら、ヒーローミルコだって雪を使って戦ってないし?うさぎだけあれば……」
「勿体ないよ」
ぴたり。あれ程忙しく動いていた緑谷くんのペンが止まった。ノートから視線を私に戻した彼の表情は酷く悲しんでいるような、それでいて声色は怒っているかのようで。思わず半歩後ろに後ずさった私にハッとしたのか、私の知る緑谷くんに戻った。
「あっ……。ご、ごめんっ。僕、無個性だからっ。……折角持ってる個性を要らなそうに話すから……。どちらも君の力なのにって思って……」
「え?!無個性?!あっ……えっと。こっちこそごめんね……」
無個性であると知った緑谷くんの前で軽率に雪の個性は要らないと言ってしまったことへの罪悪感から咄嗟に謝罪の言葉が出たが、捉え方によっては同情していると思われてしまっても可笑しくない。それでも上手い返しが思いつく筈もない私には謝罪以外の選択肢がなかったのだ。
「大抵の人の反応が宇佐見さんと一緒だからそんな気にしないで!!」
「気を遣ってくれてありがとう……。正直ちょっと気まずいなって思っちゃってたから」
「うわぁぁぁ!そうだよねっ。何言ってんだ僕ぅぅ!」
ギスギスとした空気を変えてくれた緑谷くんに内心で安堵の息をつく。
「緑谷くん。もしよければ緑谷くんだったらこの2つの個性を使ってどう
何を、なんてことは勿論聞かれなかった。ヒーローになるにはさしてなくても平気だと思っていた雪の個性。ヒーローミルコと同じだからとうさぎの個性に一直線だった自分に喝を入れる。
「ぼ、僕で良ければ喜んで!」
笑顔でそう返してくれた緑谷くんの口から次々に出る私の個性の使い方は私が想像していなかったものばかりだ。あくまで雪の個性が今よりも強個性に成長したらの話であったが、是非実現させたい。そう思わずにはいられなかった。
結局お昼休みだけでは飽き足らず、今日ばかりは下校する時も緑谷くんを誘ってしまったのはしょうがないと思う。予定のない日はいつも爆豪くんを誘っているので隣のクラスの生徒たちは驚いていた。むしろ爆豪くん自身も目を見開いていた気がする。そんな彼にぶんぶんと手を振ってさよならの挨拶を忘れずにした私は緑谷くんと一緒に帰ったわけである。隣を歩く緑谷くんの顔は何故か青褪めていたけれど、それも個性の話をすればどこかへ消え去っていたので特別気に留めることはしなかった。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば視界に入る白い天井。壁掛け時計が知らせる時刻に自分が思っていたより長い時間、今日の出来事を振り返っていたことに気付く。
「まさか緑谷くんが無個性だったなんて……」
世界総人口の約8割が個性を持っている超人社会な現代。約2割は無個性ではあるものの、やはり私の周りには今までいなかったから驚いた。
「ヒーローになりたいのかな……」
きっとそうだ。本人に直接聞いたわけではない。それでもあの目はヒーローへの憧れと、そんなヒーローに自分もなりたいって感じの強い意志を感じた。無個性でヒーローになるのは無理に等しいと分かっているのに、緑谷くんならなれる気がしたんだ。