[04]



 高校に入って早々風邪を引いた。心労から来るものだろう。軽い目眩と頭痛。今朝計った時は微熱だったから登校してしまったが、やはりやめとくべきだったんだ。今日の午前1発目の授業は英語で朝からあのテンションにはついていけなかった。むしろマイク先生の声が頭に響いて悪化した気がする。

「ごめんね、心操くん。迷惑かけちゃって」

「気にしなくていいよ。それより、本当に一人で帰れるの?せめて校門まで一緒に行こうか?」

 机に突っ伏していた私に気付いた彼がマイク先生に断りを入れて保健室まで付き添ってくれた。寝たら良くなると信じてそれから暫く仮眠したが、リカバリーガールに早退した方が良いと言われてしまってこうして心操くんが教室から鞄を持って来てくれたのだ。

「大丈夫。鞄に常備してた薬も今飲んだし。それより心操くんのお昼休みがなくなっちゃう。今日は本当にありがとう。また明日」

 私の言葉に渋々した様子であったが、心操くんはお大事にと一言残して保健室から出て行った。

「随分優しい子だね。お前さんのコレかい?」

 親指を立てたリカバリーガールの意味が分からず首を傾げる。コレとは一体なんの事なのだろうか。リカバリーガールに意味を教えてもらった私は酷く動揺した。まさか彼氏という意味だったなんて。ちなみに小指を立てると彼女という意味らしい。

「全然そんなっ。心操くんはクラスメイトでっ」

 勢い良く首を横に振る私に青春だねと笑っているリカバリーガール。それに居た堪れなくなった私は立ち上がる。やや目眩がしたが、鞄を持って逃げるかのように保健室から出た。

 けたたましく警報が鳴ったのはそれから少し経った頃だった。あまりの音量にビクッと肩が上がってしまう。何やらセキュリティ3が突破されたと放送があった。火災とかではなくヴィランが入り込んできたという事だろうか。急いで屋外に避難したほうが良さそうだ。私の場合、避難というよりは下校だが。

 周りには人が見当たらない。警報で既に外に逃げたのか、もしくは生徒の殆どはこの時間、ランチラッシュの美味しいご飯を食べているので大食堂に多く集まっているのだろう。先生達もその対応と侵入者の対応に追われているのか閑散としている。遠くから生徒達の焦り声が微かに聞こえるくらいだ。

「正面玄関から帰れるのかな……。そもそもこの廊下真っ直ぐ行けばいいの?表示案内どこにあったっけ……」

 放送だけではどんな状況なのかいまいち分からなかった。雄英は兎に角広い。校外にも色々な設備があるが、校内も広いので入学間もない私達一年は自分のクラスを覚えるのですら苦労した。いや、もしかしたらそう思っているのは私だけかもしれない。道を覚えるのがあまり得意ではないので今も絶賛迷子だ。行きは心操くんに連れてきてもらったし、そもそも今より具合が悪かったから道を覚える気力なんてなかった。

「痛っ……あ、すみません。……ッ」

 軽い衝撃の為そこまで痛くもなかったが、反射的に痛いと口にしてしまった。閑散としていて足音もしなかったので油断していた。だから出会い頭にぶつかってしまったのだ。謝罪をして相手の顔を見た私は息を飲む。

「……おいおい、なんでこんなとこにまだ生徒がいんだよ?警報聞こえただろ。セキュリティが突破されたってね。早く逃げたほうがいいぜ。……まぁ、その突破した侵入者って俺と黒霧なんだけどさ」

 不気味な風貌の青年は大きな手を私の顔に向けて伸ばしてきた。彼は自ら侵入者だと言った。
ヴィラン―。今までテレビや街中で遠巻きに見かけたことがある程度の存在だった。まさか自分が標的とされるなんて。しかも此処はヒーローを育成する学校なのに。

 逃げなければ殺される。相手がどんな個性か分からない。少なくとも私と同様に触れたら何かしらが起きる個性なのだろう。でなければ不必要に手を伸ばす筈がない。逃げなければいけないと頭では分かっている。けれども初めてヴィランを前にした恐怖で足が動かなかった。あの時とは違う。勝己くんの個性を止めた時とは。今は明確な殺意を向けられている。

「やめなさい、死柄木弔。我々の目的は他にあります。早いところ例の物を頂きますよ。今ここで貴方の個性を生徒に使っては大事になります。マスコミを無駄にする気ですか」

「……チッ。じゃあどうすんだよ黒霧。俺達面が割れたんだぜ?口封じとか面倒だ……。崩したほうが早いだろ」

 ピタリと私の顔に触れる寸前で彼の手が止まった。どうやらもう一人のほうが彼に待ったをかけてくれたようだ。黒霧と呼ばれたヴィランは異形型の個性らしく、黒いモヤモヤとした風貌だった。一先ず難を逃れたが、何やら不穏な言葉が次々と二人の間で飛び交っているので今この隙に逃げたい。そんな気持ちとは裏腹に足は未だ動きそうにない。どの道逃げたところで鈍い私では直ぐ捕まりそうだ。助けを呼ぼうにもマイク先生の様に大きな声は到底出せない。……これは詰んだ。本当に死ぬのではないか。

 ……まぁ、それもいいかもしれない。

 両親もきっと邪魔な私がいなくなって喜ぶ。
 皆だって私の個性に怯えなくて済む。
 何より私自身がこの個性から解放される。
 なんだ良い事尽しではないか。

 ……でも死ぬ時痛いのは嫌だな。
 彼、崩すって言ってたし痛いかも。
 
 このまま何もせずに殺されるくらいなら少しくらい運命に抗ってみようか。目の前のヴィランに盗みの個性だと、ヴィランっぽいと間違われた大嫌いなこの個性を。私は手袋を外した両手で伸ばされたままだった彼の手を包み込んだ。

「……は?」

「……個性っ、使っちゃ駄目ですから」

 久しぶりに自分の個性を使った。
 久しぶりに直に手を触れた。
 
 お世辞にも綺麗とは言い難い手だったけれど人の温もりも久しぶりで、二度と味わえないかもしれないからとヴィランだとかお構いなしにもう少し触れていたかったが、ぐるぐると目が回って気持ち悪い。そういえば風邪を引いていた。体調が悪いのに慣れない個性を使ってしまって余計熱が上がったかもしれない。立っているのすら億劫だ。

「なんで崩れないんだよ。……おい餓鬼、おまえの個性の仕業か。さっさと戻せ……って……マジかよ、この餓鬼気絶しやがった」

 ヴィランの前で意識を失うなんて馬鹿な私。
 怒りと呆れが交ざった彼の顔と言葉を最後にぷつりと私の意識はフェードアウトした。
 


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