03

 「切島くんっ。おはよう!待たせてごめんね」

 あの日、お互いに自己紹介を忘れてしまったが私を助けてくれた赤髪男子高生の名前は直ぐに分かった。経営科生はいずれ自分の経営する事務所を構えたいと思っている者が大半だ。その為か早くもヒーロー科やサポート科に目を光らせ、大物になりそうな生徒をリサーチしている子が一年生でもちらほらといた。
 私の友人がその人種で、物は試しと彼の特徴的な髪色を伝えればヒーロー科1年A組の切島鋭児郎ではないかと答えが返ってきた。本人に直接確認してはいないので今度聞いてみようかなと思っていたのだが……。翌日の朝、駅のホームで彼の方から話し掛けて来たのは驚いた。痴漢の件もあっていつもより一つ早い電車にしてみたのにまさかこんなに早く彼と再会するとは。

 友人の読み通り私を助けてくれた彼は切島鋭児郎くんだった。改めて何かお礼をしたいと言えば、彼は首を横に振った。漢として、ヒーローの卵としても当然な事をしただけだから気にしなくていいと。私の方は気にするのだけれど、当人が言っているなら仕方ない。せめて今度さり気なくジュースとか渡そうと思う。

 切島くんはどこまでも優しかった。あの日以来毎日お互いに学校のある日は一緒に通学してくれている。目的地が同じだから一緒に学校へ行こうかと彼の方から言って来てくれた。勿論私に断る理由なんてない。何より毎日好きな人と登校出来るなんて贅沢だ。


 今日も私より先に駅に着いてホームで佇んでいる切島くんを見つけたのでまた待たせてしまったと慌てて駆け寄った。軽く手を上げて私に挨拶をした彼は待っていないから平気だと言うが実の所怪しい。

「気にすんなって。ほんと全然待ってねェからよ」

 ギザギザした歯を見せながらニカッと笑う切島くんは眩しい。待ち時間について疑いの目を向けようとしていたのに見事撃沈した。今回も私の負けのようだ。

 電車はどうやら遅延しているらしく、到着するのにもう暫くかかりそうだった。朝の時間帯だからか心なしか雰囲気が皆ピリピリしている気がする。

「……そう言えば切島くん、ちゃんと傘持って来た?見たところ手には持っていないようだけど」
 
 今日は午後から雨が降る。今もじめじめ湿った空気の匂いが微かにしていた。午前中は晴れているが、この後天気は下り坂で17時頃本降りになる。折り畳み傘で凌げる雨風ではないので私の手には草花模様が描かれたおしゃれなビニールの長傘が握られている。それに比べて切島くんの両手には何も無かった。前日に今日の天気を伝えておいた筈なのだが忘れてしまったのだろうか。

「あ〜……。朝バタバタしててさ、忘れたわ。ほら、髪セットしたり?」

「折角教えてあげたのに……。それに切島くんは髪の毛下ろしててもかっこいいと思う。あ……」

「え……」

 心の中で呟いたつもりが、ぽろりと口に出していた。慌てて口を閉じてももう遅い。後からどんどん羞恥が湧き上がってくる。どうすればいいんだろう。俯いて視線を外してしまった。再度切島くんの顔を見るのが怖い。気持ち悪いとか思われてないかな。恐る恐るちらりと様子を伺えば彼も耳まで真っ赤になっていた。

「ご、ごめんねっ。なんかほんとっ。困らせてしまって!」

「いやっ。別に困ってねェから!むしろ嬉しーし」

「そ、それならよかった!……と、とにかく話を戻そう。えっと、何の話してたんだっけ?……そうそう!下校時間帯は本降りなのにどうするの?」

「お、おうっ。あー……どうすっかな……」

 傘がないという事は雄英から駅まで走るのが有力候補だ。ただ、折角傘を忘れてまでして髪の毛をセットしたのに雨に打たれるというのもどうなのだろうか。後は予備で折り畳み傘を持って来ている人を探して借りるとか。……残念ながら私は折り畳み傘を家に置いて来てしまった。私の場合、個性のおかげで天候が分かるから態々雨の降らない日や確実に強い雨の降る日は折り畳み傘を持ち歩かないのだ。
 
「クラスに誰か借りれそうな子とかいないの?よく話に出てくる……ばくごーくんとか。あ!確か上鳴くんもいたね。一緒に入れてもらうとか」

「アイツ等ぜってー貸してくんねーだろ。つか野郎二人で一つの傘なんてなんつー拷問だ」

 気持ち悪いと両腕を摩る切島くん。女子同士だと気にしない人が多い気がするが、男子だと違うのか。成る程そういうものなのかとまた一つ勉強になった。けれどそうなると切島くんは雨に打たれて帰るしか選択肢がない。そう決めつけていた私であるが、ふと思いついた。もう一つあるではないかと。ただ、これも人によっては嫌がる気がする。

「……もし、切島くんが嫌じゃなければ私と一緒に帰りますか?」

 緊張して出会った頃のように敬語になってしまった。学校から二人一つの傘で帰るなんて仲を疑われる行為だと思う。私は全然良いのだけれど、切島くんは嫌かもしれない。彼に迷惑を掛けたくないし、断られたら出しゃばり過ぎてごめんと謝るだけ。勿論凹むが。

「いいのか?!マジか……。でも俺七限まであっけど平気か?」

「大丈夫だよ。課題とか図書室でしながら時間潰してるから」

「じゃあ頼むわ!」

 あっさりと頼まれてしまって驚く。心なしか切島くんが喜んでいる気がするのは私の都合の良い解釈だろうか。コミュニケーション力が高そうに見えるから切島くんからしたら女子と相合傘するのなんて特別じゃない事なのかもしれない。それでもやっぱり好きな人と少女漫画みたいなシチュエーションは憧れていた。だからまだ学校にすら着いていないのに私は今から下校が楽しみになってしまったのだった。

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