アルネトーゼ

#16.帰還


 冷たい部屋でシエルは目を覚ました。身体を起こしキョロキョロ辺りを見回してみたが、全く知らない場所だ。
 今まで見ていた夢がアルネトーゼの見せた古い記憶だということは理解できた。そのおかげでどうにか正気を保つことができたわけであるが、シエルの心を侵食しようとしたアルネトーゼがなぜあのようなものを見せたのだろう。その意図を理解することはできなかった。ただ、アリアーヌの知識を読み取ることで分かったことがある。アルネトーゼは生きた女性にしか憑かないということだ。夢を見る前にアルネトーゼがシエルに語りかけたことに関しては、考えないことにした。ドツボにハマりそうだった。
 ふいに、扉が開く音がした。その時初めて、扉があったことを認識した。扉から入ってきたのは、かなり年老いた、真っ白な男だ。男は黒い目をシエルに向け、目尻の皺を深くした。
「初めまして、シエリオル。いや、アルネトーゼ。会いたかったよ」
 人懐こく挨拶をしてきた老人に、シエルは警戒の色を隠さなかった。
「あんたは? あんたが復讐者の頭か?」
「ああ、紹介が遅れたな。私はマグスだ。とはいえ、アルネトーゼさえ手に入れば終わる縁だ」
 マグスの表情は、何を考えているのか一切読み取れない。それがとても無気味だった。シエルは思わず立ち上がった。
「アルネトーゼを手に入れて、あんたはどうするつもりなんだ」
「分かりきったことを。我々が〈復讐者〉と名乗っていることをすでに存じているはずだ」
「アルネトーゼは同時に救世主だとも聞いたが」
 ルティはアルネトーゼが救世主だと言っていた。アリアーヌの記憶からも、それは間違いないだろう。見る人が違えば、その存在の意味はいかようにも変化するのだ。
「リーフムーンには何と伝わっている? 少なくとも、救世主などとは伝わっていないはずだがね。悪魔、復讐者、死神などと伝わっているのでは? 我々のように信じる者にとっては救世主に代わりはないが」
 まあ、そんなことはどうでもよい。マグスは優しく微笑んだ。
「ようやくこの時がきたのだ。お前は全てを捨て眠るがよい」
「何を――」
 マグスの皺だらけの手がシエルの視界を覆う。思ったより大きなその手は、シエルの前頭葉を掴んだ。
「アルネトーゼは私が貰い受ける。よくぞ封印を解き、ここまで運んできてくれた。感謝している、シエリオル」
 マグスが何をしたのかは分からないけれど、シエルの意識は遠のいていった。

★☆★☆

 人の気配を感じてセリィは立ち上がった。側に寄ってきたのはマグスだった。
「セリィ、喜ぶがよい。アルネトーゼが我が手に入った」
 マグスが顔中の皺を深く深く刻んで笑った。眼球が見えないほどだが、それがこの老人の不思議な魅力であるとセリィは思っていた。その笑顔を見ると、セリィも嬉しくなって、目を細めた。
「ああ、マグス様……。私たちの願いが叶うのですね」
 長年の願いだった。あと少しで豊穣の女神として生命を捧げるという時にアルスに救われ、今目の前にいる老人と出会ったあの時から、ずっとずっと願い続けていた。復讐の成就と、そのためにアルネトーゼを手に入れることを。最初に聞いた時こそ、よくある老人の戯言だと思って本気にはしていなかった。しかしそれを心から信じるアルスを見て、そして土から生まれたラファを見て、マグスは本気なのだと悟った。だからセリィも、マグスを信じてここまで来た。人間の身体を捨て、生きたまま化け物になった。
 サミエルが死者だと知った時、ラファは狼狽えたようだった。セリィは、もしラファが地中から出てこなくても、その事実を受け止められる自信があった。
 ただ気になっていたのは、血を分けた兄のことだった。
 今でも覚えている。セリィが生贄に選ばれ連れて行かれた時、抵抗したラスタの両目が抜かれた瞬間のことを。思い出すだけでも悪寒が奔る。くだらない神話のために、ラスタは一生涯光を失った。どんな奇跡が起きようとも、ラスタは永遠に、美しい景色も、おいしそうな料理も、言葉を交わしている相手の顔も、何ひとつ見ることができないのだ。セリィ自身もその神話を信じていた――自分が生贄に選ばれるまでは。その時になって、こうして日常や未来が失われるのだと分かった。全員が全員幸福に生きていくことなど不可能かもしれない。が、その可能性を奪ってまで安心を得ようとすることこそ、最もおぞましいことだ。
 親の顔を知らないことが救いかもしれない。村の人たちに死を望まれ、強要された時にそう思った。もしかすると、実の親でさえセリィの死を望んだかもしれない。だからその姿を見ることもなく、ただ強く美しい虚像を抱き、神聖視することのできる存在になってくれたことが、セリィにとって結果的に良かったことのように思えた。だからセリィは復讐するのだ。自分の未来を奪い、ラスタから光を奪い去った村の神話に、そして、そのような神話をつくった世界に。
 ――私は、こんな馬鹿げた神話なんか、なくしてやる。
 それが今のセリィの全てだった。
「では、アルネトーゼの宿主となってくれるね」
「はい」
「頼んだよ、セリィ。お前だけが頼りなのだからね」
「はい、マグス様」
「では始めるよ。準備はいいかね?」
「愚問です」
「それは良かった」
 そう、それまでの祈は地獄のような時間だった。その願いを、今度こそ叶えることができるのだ。こんなに嬉しいことがあるだろうか。セリィの心は、これまでにないほど踊っているようだった。
 ――兄さん。これで私は、悲しみを断ち切ることができる。兄さんの光は戻らないけれど、それでも、私が側にいられるから。
 セリィの口許には綺麗な弧が描かれた。

★☆★☆

 暗闇の中にいた。声がこだましている。シエルを呼んでいる。シエルは意識を声の聞こえる方へと集中させたことで、声を一つに絞ることができた。こだまのようにたくさん聞こえてていたのは、シエルの意識が散漫であったためのようである。シエルはゆっくりと口を開いた。
「なんだ、お前は?」
 なぜか、出ないと思っていた声が出た。シエルの問いかけに答えるように、どこかで見たことのある人型の白い影が暗闇に発生する。その光が発しているのか、シエルの頭に低い女の声が響いた。
 ――お前は我が器には弱すぎた。
「誰だ」
 ――この紋様を見ても分からぬか?
 何者かの顔に当たる部分に、見覚えのある紋様が浮かぶ。それは先ほどアリアーヌの記憶で見たばかりの、アルネトーゼの紋様だ。
「お前、アルネトーゼなのか? ……それともアリアーヌか?」
 ――アリアーヌとは、おかしなことを。私はアルネトーゼ、お前を救いに来たというのに。
「救う、だと?」
 ラスタやセリィの対峙やクリムの憎しみ、ユーノの苦しい顔――これまでのことがシエルの頭の中に、一瞬にして蘇る。
「救うだと? だったらなんであんたは、あたしをリブル島から……クリムゾンテイルから引き離した?」
 ――そのために、お前は外の世界を知ることができたはずだ。
「そうかもしれない。そうだろう。だがそれは、救うということとは関係ないじゃないか。そのためにあたしは、いつも淋しかった」
 ――淋しかった、か。
 何かを得るためには、何かを諦めなければならないのかもしれない。これまで積み上げてきたものを、必死に手にしたものを手放すのは嫌だ。歳なんか取らなくたって、嫌なものは嫌なのだ。
「そんなに言うなら、教えてくれよ。あんたはあたしを何から救おうとしたんだ」
 ――知らない方がいいこともあるが、まあいい。望むのであれば見せてやろう。
 アルネトーゼの光が別の姿に変容していく。シエルの知っている姿を映した。〈彼〉は垂れ下がった優しい目でシエルを見つめ、口を開いた。
「シエル」
 どうしてユーノがここにいる。ずっと会いたかったはずの笑顔なのに、今は目の前にいるユーノが怖くて怖くて仕方がなかった。アルネトーゼの仕業なのだと分かっていても身体が震える。
「ユーノ、どうして」
「シエル、遅いぞ。俺はもう待てない。お前には他に居場所がないだろうから待っていたが、お前の代わりなんていくらでもいるんだ。お前がいなくても仕事はできるんだよ」
 鈍器で後頭部を強く殴られたかのような衝撃が奔る。
 考えたことがないわけではなかった。リブル島を出るときの「お前がいなきゃ駄目なんだ」という言葉はとても嬉しかった。だがクリムゾンテイルにシエルが絶対に必要であるとは言い切れない。シエルにとっては唯一無二の居場所――しかしその居場所は、シエルが無理やりにでも作らなければ確保できないものだった。そして今、確保されていないのだという現実が突きつけられた。他でもない、ユーノの口で。
「嘘だ。こんなの嘘だ。じゃああたしは一体何のために、こんなところまで来たんだ」
「全ては無駄だったんだ。お前は何も得ることができず、何も守ることができなかった。誰一人として救うことができなかった。その身にアルネトーゼという救世主を宿しながら」
「やめろ、言うな!」
「お前を待っている者は誰もいない。誰もお前を待ってなどいない。クリムゾンテイルに、すでにお前は必要ない」
 ユーノの声を聞きたくなくて、シエルは声の限り叫んだ。けれど「必要ない」という言葉がよりはっきりと、より鮮明にシエルの耳に届いた。

★☆★☆

 痛みは常にあった。むざむざシエルを連れて行かれた悔しさ、身体に受けた傷、そして妹。ラスタは心身共に痛みを抱えていた。
「信用できるでいないは別にして、やはりお前は休んでいた方が良かったんじゃないか?」
 腹に抱えた痛みに耐えながら歩くラスタに、プライムが言った。
 事の発端は、情報収集に出たケンが、金髪の小柄な女性を抱えた男が、見るからに怪しげな建物に入ったという話を持ち帰ったことだった。ただの旅人に聞いた話であったため、信じるか信じないかがまず議論となった。ただの旅人が通りすがりの風剣士に嘘を吐く理由はないとラスタが言って、その場所へ向かうことになったのだ。しかしラスタの傷は決して浅くはない。身体を動かすだけでも激痛が襲いかかってくるほどである。だからニーレル村に残るよう言われたのだが、ラスタはそれを拒否した。全くもって医者泣かせであると、ラスタ自身も思っていた。仮に今何者かに襲われでもすれば、ラスタが足手まといになることは避けようもない事実だろう。
 それでもラスタは、今何かをせずにはいられなかった。あの場にいながら何もできなかった苛立ちもある。アルスの言葉も気になっている。アルスはセリィを連れて行ったのが自分だと言っていた。そのことをもっと詳しく知りたい。シエルを追えばアルスにも会えるはずだ。もしかしたらセリィにも会えるかもしれない。ラスタも行くのであればと、結局四人そろっていくことになったのである。ラスタが普通に歩くことができるのは、クリムのまじないのおかげである。
「ラスタ。気が逸るのは分かるけど、自分の身体のことをもっと考えて。せめて、もう少しゆっくり歩いてちょうだい。今ある物資でもやっとなのよ、あなたの手当ては。途中で倒れてしまっては、元も子もないわ」
「すみません、しかし……」
「ラスタ、それくらいは聞くんだな。無茶をして足手まといになるのは、お前なのだから」
 ラスタが反論するのを遮り、プライムがため息交じりにたしなめる。
「今のあんたじゃクリムにも勝てないことくらい、自分でも分かっているはずだろう」
「そうですね、冷静さを欠いているようです」
「しっかりしてくれよ、ラスタ」
「申し訳ありません」
 プライムの言う通りだ。プライムだけではない、皆がラスタに言って聞かせることが、いちいち正しい。もし人が正しさだけで行動するものなのだとしたら、この世に悪魔など存在しないはずだ。それを分かっているから、今の行動が正しくなくても、一刻も早くシエルの許に行きたい。アルスに追いつき、疑問に思っていることをたくさん尋ねたかった。
 ひたすら歩いていると、ケンが立ち止まった。一番背が高いため、一番にそれらしきものが見えたようだ。
「あれっぽいな」
「でしょうね。他に何も見当たりませんし」
 まだはっきりと〈あれ〉の存在が分かるわけではないが、そこに何かがあるということだけは分かった。
「行くぞ」
「あ、待てよプライム!」
 スタスタと歩くプライムに、ラスタもどうにか付いて行く。建造物らしきものがあった。あまり大きくはなく、そんなに複雑な構造をしているわけでもなさそうだ。
 入り口に差し掛かる。足音が反響する。自分たち以外の人の気配も感じた。足音が止まる。誰かがそこにいる。
「遅かったな」
 聞き覚えのある声だ。
「アルス」
 以前のアルスとはあまりに違う声や雰囲気だが、アルスと対峙したからこそ彼なのだと確信することができた。
「アルス!」
 クリムが金切声と共にアルスに飛びかかろうとするのを、ケンが止める。
「クリム! 俺がやるから。俺がケリをつけるから、だから」
「離してケン! あいつが、あの女が!」
「男だがな」
 冷静にツッコミを入れるプライムですら、その目に殺気を帯びている。つい先日まで仲間だと信じていたものが、性別さえも偽った復讐者であったという衝撃は計り知れない。
「随分サッパリしたものだな」
「そうだな。すっきりしたよ。プライムも散髪するか?」
「遠慮しよう。俺がこれ以上切ったら、間違いなく坊さんになるからな。それより、あんたシエルを連れて行っただろう? どこにいるんだ、あのお嬢さんは?」
「ああ、お目当ての人物が見えなかったらしいな。ここにいるよ。何のために目がついているんだか」
 一人ついてない奴がいるけどな、と笑ったアルスの真後ろには、人が仰向けに寝ていた。本当になぜ、その人物に気が付かなかったのか。いや、気づくはずがない。いつもの覇気がない気配に対して、なぜそれをシエルだと思えるだろうか。それでもラスタがそれをシエルだと思えたのは、彼女のにおいだろうか。
「ま、あの元気な嬢ちゃんとは似ても似つかねぇからな、気づかねぇのも当然ってやつか。こいつは今や抜け殻だよ。残念だったなぁ、苦労してここまで来たってのに」
「てめぇ、シエルに何をした!?」
 頭に血が上ったのか、ケンがアルスに拳を振り上げる。アルスはそれをいとも簡単に避けた。
「おいおい、少しは冷静になれよ。そんなんじゃ俺でなくたって、目を瞑ったままでも避けられちまうぞ、ケン」
 アルスは微かに笑っていた。その口が小さく動く。次の瞬間、ケンの拳にカマイタチが生まれた。
「うわああ!」
「紋章術か!」
 ケンの拳には無数の切り傷ができているのだろう。血のにおいがラスタの嗅覚を侵す。その耳に、今度はプライムが剣を抜く音が聞こえた。
「全く、厄介なものを使ってくれる」
「いいだろ? わざわざ道具に頼らなくても、呪文を唱えるだけで使えちまうのさ。こんなに便利のいいものはないよな」
「便利、か。そいつに違いはないが、そのうち痛い目を見るぞ」
「はっ、そりゃオレに紋章術使われると困るからってんで脅してんのか? それとも忠告か?」
「好きなように受け取れ、小僧」
「小僧だと?」
 アルスから笑顔が消えた。それは大人に馬鹿にされたことに対する子どもの憤りのようにも思えた。そして正にラスタがそう感じたように、アルスは半ばやけっぱちでプライムに紋章術を次々繰り出した。プライムは紋章術に対する戦い方を心得ているのか、どうにか剣を駆使して対抗している。
「なんなんだ、てめぇ!」
「小僧は俺をオッサン呼ばわりしたが、それだけ経験が上なんだ、そう簡単にやられる俺じゃあないぞ」
「チッ」
 その時、一瞬――ほんの刹那ではあるが、アルスがぐらついた。プライムも気づいたかもしれない。その隙を逃がすまいと、ラスタは間合いを詰めようとした。しかしアルスにやられた傷が痛み、動けない。その隙を逆に利用したのか、アルスはすぐに飛びのき、プライムとラスタの間に距離を取った。
「ふっ、ラスタ。その傷に助けられたな。オッサン、あんたもだ」
「さて、どうでしょう」
「強がりはよせよ。あんたには特大の紋章術をお見舞いした。それに、どうせまた会うんだ、お楽しみは取っておこうぜ」
 またあの時のように、アルスはラスタたちを馬鹿にしたような笑い声を残し、姿をくらませた。
 アルスが消えてすぐ、クリムがシエルに駆け寄る。脈を取り、呼吸を確認する。
「生きてる」
 クリム曰く、シエルには意識もあるらしい。シエルを囲むように、プライムとケンもシエルに歩み寄った。
「シエル、起きてるんでしょう? 返事をして」
 クリムが肩を軽く叩きながら何度も呼びかけるも、シエルは応える兆しさえ見せない。プライムがクリムの後ろからシエルの頬をペチペチと叩いても、やはり反応がない。いつもなら食って掛かるにもかかわらず、シエルはまるで自分のことではないかのように、微動だにしない。ケンもあらゆる方向からシエルをつついてみたり、声を掛けたりしていた。ラスタは痛む腹部の傷口を左手で抑えながら、徐にシエルに近づいた。
「シエル?」
 信じられなかった。あんなに元気で、プライムを呆れさせる程度にお転婆だったシエルがこのような状態になるなど、予想できただろうか。アルスに連れ去られる前から様子がおかしかったことを考えると、予想できない事態ではなかったのかもしれない。アルネトーゼが彼女に何をしたのかは分からないが、彼女がアルネトーゼに屈してしまっていたのは明白なのだから。
 ラスタは自分の顔の高さをシエルに合せるべく、膝をついた。そして右手をシエルの左肩に載せた。
「シエル。シエル、聴こえますか? 返事はしなくても構いませんが、聴こえているのであればこのまま聞いてください」
 この呼びかけに意味があるのかは分からない。ただ、これは賭けだった。もしあの時のことが関わっているのであれば、シエルは何かに悩んでいたのかもしれない。そこにアルネトーゼ、または復讐者の誰かが付け込んだのかもしれない。
「シエル、大丈夫です。皆、あなたを待っていますよ。ケンもクリムもプライムも、そして私も」
 ラスタがシエルと離れている間、彼女が何を見て、何を聞いたのかは定かではない。ただラスタにできるのは、今の彼女を受け入れ、言葉をかけ続けることだけだった。
「あなたは無力などではありません。何度も私の手を取ってくれたじゃないですか。何度も、素直ではないけれど、優しい言葉で勇気づけてくれたじゃないですか。それは他ならぬシエルなのです。だから、無力なんかではありません」
 不思議と言葉が淀みなく流れた。
「シエル。私はあなたを、愛しています」
 心からそう思った。そこに偽りなどなかった。ただ、今シエルにそう伝えたかった。抜け殻になって心を閉ざしてしまったシエルの声をもう一度聞きたいと思った。
「本当に……?」
 シエルが口を動かした。
「あたしはここにいてもいいのか?」
「勿論です」
 シエルの声は震えていた。泣いているのかもしれない。起き上がったシエルが、肩に触れるラスタの手に自分の手を重ねた。
「おかえりなさい、シエル」
「ありがとう、ラスタ」
 今はただ、シエルが戻ってきたことを喜んだ。



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