古のフェリクシア

#12.知の欲望


 目の下に隈ができている。フィラに気を遣ってこっそりと指摘したのは、メリアだった。夢見が悪くて何度も起きたことは見抜かれているだろう。意識がようやく落ちたと思ったら、夢を見たのだ。今のフィラにとっては悪夢というより他ない。なぜあのような夢を見たのか――それはノアが原因なのだろうと、ぼんやりと考えた。それ以外に思い当たる節がない。あるいは、もし本当にフィラがキリウやメリアの言う「王」であれば、その記憶だということもあり得る。今までに見ていた、望郷の想いを抱かせる青い夢も、まるごと全部。騎士と名乗るキリウは世迷い言を口にしているのではなく、本当にフェリクシア王家に仕える者だったのだ。
 ――でも、もし本当にそうだとして、なぜ今になって滅びた国を再興しようというのかしら。
 どんな根拠があったのだろう。もし同じ夢をキリウも見ているのだとしても、夢だけでは信じるにはあまりに信憑性が低い。夢など、眠っている間に見る幻なのだ。
「指の腹で優しく押さえるんだよ。強く押さえたりしたら駄目だからね」
 冷たい水で顔を洗ってぼうっとした頭を無理矢理覚まし、実演してみせるメリアに目を向けた。
「はい。ありがとうございます、メリアさん」
 メリアの真似をして涙袋の下にそれぞれ三本ずつ指を添え、そっと力を入れた。気持ちがいいような気はする。効果のほどは分からないが、何もしないよりはいいだろう。
「昨日様子が変だったけど、何か悩みでもあるの?」
「悩みっていうか……」
 それもある。それもあるけれど――。
「夢に、あの人が出てきたんです。たまに見る、青い夢。あの夢を見た後は、どこかに帰りたいって気持ちが芽生えてくる。生まれ故郷じゃなくて、もっと遠くのどこかに。その夢に、昨夜はキリウさんが出てきたんです」
 メリアの顔を見るのが怖くて、フィラは視線を落とした。
「ただの夢だっていうことは分かってます。夢に誰かが出てくるのに、そんなに大した意味はないんだって。でも、いざ夢にあの人が出てくると、なんだかとても怖くなりますね」
 今は、キリウから逃げている。何のために? 追われているから。親しい人をことごとく殺されたから。キリウが恐ろしいから。だがもしキリウが本当にフェリクシアの青の騎士ならば、フィラにとっては信用に足る人物なのだろう。あるいは――。
 ――きっと、私はあの人から逃げられない。逃げ続けることは、できないんだ。
 だが、立ち向かったところで、何をどうすればいいのか分からない。だからディオに従うしかない。もう誰も、あんな風に悲しい結末を迎えないように。
「夢って、自分でどうにもできないから、困ったものだよね」
 柔らかいものが頬に当たる。メリアに引き寄せられて、彼女の胸に触れたのだ。フィラは心地よい柔らかさに、瞳を閉じた。
「ディオとタルナのところ、行けそう? 出発できる?」
「はい」
「じゃあ、行こうか」
 メリアはフィラの背中を軽く二度叩き、そのままゆっくり押した。


 風が強い。せっかく整えた髪も、風にあおられて大変なことになってしまっている。
「船、出るのか?」
「出ますよ! さ、乗って下さい」
 船の航行には特に支障はないらしい。フィラたちは船員の指示に従って船に乗った。タルナの自動車は、荷物として船に乗せることにした。タルナが自動車に乗って積み込んだのだが、船員が「馬じゃないのに」などと驚く様は、自分も当初同じような反応をしていたけれど、少しおかしかった。きっと船に乗っていても、紋章自動車を目にする機会はほとんどないのだろう。フィラだってあのまま村から出なければ、紋章自動車を見ることはなかったかもしれない。あの村には、紋章機械はほとんど入っていなかったのだから。
 船に乗ってしばらくすると、船笛とともに船が岸から離れた。そんなにヘリから、離れていく岸を眺める。海を渡る強い風が、髪をさらっていく。心地よくはない、むしろ寒いくらいの風だった。船はそんなに大きくないから、誰か不審な人物がいればすぐに分かるだろう。今この船に彼らは乗っていないけれど、ノアは、ノアも来るのだろうか。フィラを憎んでいると言っていたノアは――。
 そんなことをぼんやり考えながら、もう見えなくなった港を見ているフィラの肩に、男性のものと思われる手が載せられた。
「フィラ、大丈夫か?」
 かけられた声で、手はタルナのものだと分かった。
「はい、大丈夫です」
 フィラの答えを聞いて、タルナは少し悲しそうな顔をした。
 フィラは知っている。タルナが、フィラの様子がおかしいことに気が付いていることを。大丈夫などという上辺の言葉など伝わっていないということを、フィラは知っていた。でも、口にしたことを取り消すことはできないだろう。
「大丈夫ですよ」
 もう一度笑って見せた。だが、タルナは目を逸らさない。それどころか、咎めるような目でフィラを見つめた。咎めるように――そう感じたのは、フィラに自覚があったせいだろう。自覚があるから、二度も「大丈夫」などと口にしたのだ。今さらながらに、その言葉を後悔した。だがそれでも、笑顔を崩すことはしなかった。
「フィラ、その顔で大丈夫はないだろう。言いたくないならそれでもいいから、本当のことを言ってくれ。せめて、言いたくないって」
 タルナは怒ったり責めたりするわけではなく、淡々と紡いだ。子どもじみた嘘だとは分かっていたけれど、どれほど子どもじみていたかが身に染みた。フィラは小さく「ごめんなさい」と答えた。
「そうですよね、何でもないわけなんて、ないです。ショックだったんです。ずっと大好きだった人に、嫌いだって、憎んでるって言われて。私にはどうしようもない理由で。それでびっくりして、落ち込んで、タルナさんに八つ当たりするなんて、最悪ですよね。昨日は本当に、ごめんなさい」
「そうだったんだな。好きな人に嫌われるのは、すごくきついよな」
 悪かったと、タルナがそっとフィラの頭を撫でる。
「フィラ、辛いことがあったら、言える人に言えばいい。それは俺じゃなくていいし、言えないならそれでいい。言わないという選択肢があったっていい。でも、話してくれてありがとな」
 もしも本当に言いたくないのならば、絶対に悟られてはならないのだと思った。心なしか、気持ちが落ち着いてきたようだ。同時に、フィラはとんでもないことに気が付いた。それはフィラにとって恐ろしい可能性だ。けれど、一度考え始めると止められなかった。
「タルナさん、ありがとう」
 タルナの手が頭から離れて刹那、フィラは駆け出した。もしかすると、フィラの杞憂かもしれない。杞憂であればいい。けれど、もうフィラの頭をその可能性は離れてくれない。それを打ち消すことができるのも、あるいは確定させることができるのも、今はディオだけだ。
「ディオ!」
「なんだ、血相変えて?」
「聞いてくれる? あの、ノアと話した時のこと。今になって冷静に考えてみたら、ものすごく怖くて」
「あ?」
 ディオはフィラを不機嫌そうに睨みながらも、しっかりと話を聞く姿勢をとってくれた。フィラは息を整え、唾を呑んだ。少しは口の中もサッパリしたような気がする。
「ノアとキリウさんは繋がっていたの。ノアの話だと、私はノアの持っていないもの……この髪で、ノアに憎まれているんだって。キリウさんは、私を求めているって。もちろん、キリウさんの目的はともかく、追われていたことは分かってるから、だからこれまで、あの人と会ったりしてたんだって思ってた。でもだったらなぜ、あの人は私を捕えないのかって。ディオと出会う前のあの瞬間なら、あの人には造作もないことだったはず。そして、ノアはジルバにいた」
 言いながら、フィラは肌が粟立つのを感じた。手足がどんどん冷たくなっていく。頭がくらくらする。それくらい、彼女にとっては恐ろしいことだった。
「私は、もしかしてキリウさんに誘導されているのかな。そこへ行くように」
「そこへ――メリアの地元に?」
「分からない。アスカルが目的地かまでは断言できないけど、その可能性は高いんじゃないかって思うの」
 声が震える。安心を得たくて、ディオの目を見上げた。
「誘導されている……そいつはいい線いってるかもな。どうする、このまま引き返すか? あんたが望むのなら、船頭を脅して船長をジルバに向けさせてもいい」
 引き返す。それも立派な選択だろう。だが、引き返せるというのだろうか。フィラは最早知ってしまった。フェリクシアを、キリウを、ノアの憎しみを。過去は変えられない。母親のことも、ユーリやセスのことも。それに、すでに船は動き出しているのだ。フィラが取れる道は一つしかない。迷う余地など、ありはしないのだ。
「ありがとう、ディオ。そんなことしなくても大丈夫。杞憂ならそれでいいし、もし仮に、本当にそうだったとしても、現状を受け入れるしかないから。でも……」
 フィラはディオの大きな手を取った。そこでようやく、声だけでなく自分の手が震えていることを自覚した。分かっている。恐怖はいつでも心の奥底に潜んでいた。今だってそうだ。だが母との約束がある限り、ディオは必ずフィラを守ってくれる。そのことは、フィラに安心を与えていた。
「少しの間だけ、こうしていてもいい? 私に選択肢は限られているけれど、限られた道でも進んでいけるように。進むしかないのなら、前を向いていられるように」
「それであんたの気が済むんなら、好きにしろ」
「ありがとう」
 ディオの手は、温かかった。


★☆★☆


 聡明そうな面差しの青年エリスは、今、たったひとつのことに囚われていた。それはエリスにとって魅力的で、魅惑的で、未知の領域で、知ることができればきっともっと深みにはまる、そんな危険なものだ。好きなもののことは全て知りたい――エリスの愛の対象は、古に存在していたとされる国だった。
 かつて、世界を支配するほどの力を持つ強大な国があった。その国の名は、フェリクシア。建国はより以前にさかのぼる出来事が発端とされている。後に暗黒時代と呼ばれる、魔王ヴァルフェリオが太陽を隠し、空を闇に閉ざした時代らしい。暗黒時代を終わらせたのは、太陽の戦士ソルだった。彼は七日七晩、魔王ヴァルフェリオと戦い、散った。そして世界に再び、太陽の光が戻った。フェリクシアは世界を救った太陽の戦士を讃え、建国された国である。
 これは、文献でよく見かける記述である。一見するとただのお伽噺のようにも思われるが、歴史的に信憑性が高いとされているな文献でさえ、フェリクシア王国が存在したという記述がなされていた。あるいは、存在を示唆するような記述がなされていた。強国フェリクシアは、世界で一番小さな大陸全土に根を張りながら、その勢力を、海を越えて伸ばしていたらしい。
 ――だが、それだけの力を持つ大国だったはずなのに、あちこちで確認が取れたのに、具体的な資料が圧倒的に少なすぎる。
 そのような伝承があって、そのような記述の書物があって、そのような信仰がある。たったそれだけのことに過ぎないとは言い切れない。ある一部にフェリクシアの記述が留まっているのであれば話は違ってくるものの、ジンガー大陸にも、バンディ大陸やユリヤ大陸にも同様の記述がなされているのだ。エリス自らそれぞれの地へ足を運び、確認したので間違いない。それが史実であるとは限らない。フェリクシアという国は跡形もなく、そこにかつてフェリクシアがあったという文言の記された石碑のみが、ネストリア大陸の中央に置き去りにされているだけで、その他に物証となる遺跡や、出土品なども見受けられない。ある時突如として地底に沈んだという記述を最後に、フェリクシアという国は、地上からも歴史からも姿を消したのだ。
 様々な書物で、その国の名を見た。それは多くの目撃者がいることに他ならない。だから、きっと本当にフェリクシアという国はあったのだろう。しかしその国にまつわる記述は、エリスの常識では計れないことばかりであったし、大事な部分はすっぽりと抜け落ちていた。
 その国は、世界を支配するほどの力を持っていた。だがその力は、強大な兵力ではなかった。神聖国というわけではなく、ヴァルフェリオと戦って死んだという太陽の戦士のようなカリスマの力でもなかった。そう、紋章術――それならば、理論的には可能であろう。だが、世界を掌握できるほどの紋章が存在しうるのだろうか。分からない。フェリクシアの謎は、若きエリスを虜にした。エリスはフェリクシアを追い求めた。求め続けた。エリスの脚は、ネストリア大陸を目指した。
 ネストリア大陸――かつてフェリクシアがあったとされる大陸だ。様々な文献を読んで、ネストリア大陸にあったという説が最も有力であるとエリスは判断していた。
 ジンガー大陸のワシール領の港町から船に乗り、バンディ大陸へ向かう。バンディ大陸の港町ジルバから、ネストリア大陸行の船が出ている。遠い道のりではあるが、運があれば馬車なんかに載れるかも知れないし、実際にその遺跡を確かめることができれば、得るものがあってもなくても、無駄にはならないとエリスは考えていた。

 長い道のりを経て、エリスはジルバに到着した。あとは船に乗れば、目的のネストリア大陸だ。エリスは嬉々として船着き場を目指した。どうやら運よく、船が停泊しているようである。
 そこでエリスは、我が目を疑った。それは、文献でも見たものだった。なぜここにそれが?
「光り輝く、白銀の髪――?」
 そんな。そんなまさか。ここまでうまい話があるというのだろうか。フェリクシアを追い求めてきたけれど、確かにここまでの道のりは決して楽なものではなかったけれど、こんな、このような偶然が。
 エリスはその後ろ姿を追いかけた。赤い髪の大男と一緒にいる、銀髪の後ろ姿を見失わないように。
 銀の少女は、ネストリア大陸行きの船に乗り込んだ。


 船は、ジンガー大陸からバンディ大陸に渡った時に乗ったものほど大きくない。それに、銀髪の少女など、小柄といえども見つけるのに苦労はないだろう。予想通り、エリスはすぐに銀髪の少女の姿を船べりにみとめた。
 エリスは何もためらわずに、銀髪の少女に近づいた。首筋がはっきり見えるくらい短く切っている髪だが、本当に美しかった。
「あの――」
 声をかける。少女が振り返る。赤みがかった紫の光彩に吸い込まれそうになった。
「あなたのその髪は、染めたものですか?」
「え……」
 素直に気になったことを尋ねた。すると少女は、エリスの問いに答える代わりに、眉根を寄せて一歩後ずさった。突然名乗りもせずに話しかけてしまって、失礼を働いたようだ。それは自分の落ち度であると、エリスも一歩下がって頭を下げた。
「あ、いや。驚かせてしまって申し訳ありません。僕はエリスと申します。フェリクシアの研究をしていて、あなたのお姿が文献にあったフェリクシア王家に関する記述と特徴が一致していたので、つい……」
 エリスは笑顔をつくり、努めて少女の警戒心を解こうとした。だが少女は警戒を解くどころか寧ろ、その表情をますます恐怖の色に染めていた。



 フィラは恐怖と警戒で、その場に凍り付いた。エリスと名乗る温厚そうな男の質問が原因である。痩せていて目力もあるけれど、研究者と言っていたので、それが本当ならばフィラを襲うようことはないだろうが、今ここで軽率に、彼の問いに答えてもよいものなのかと、フィラは思案した。だってもし、それが嘘だとしたら? フィラにはそれは見抜けないので、判断はいつもディオに任せているというのに。
「あの……」
「こいつの髪は生まれつきだ。他に質問は?」
 質問に答えたのはディオだった。答えとともに、エリスと名乗った男の喉元にナイフを突きつける。ディオの行動はおっかないけれど、彼が近くにいて、すぐに駆けつけてくれたという事実は、フィラをほんの少しだけ安堵させた。エリスはおそるおそる両手を上げた。
「えっと、質問が気に障ったのなら謝ります。こういうことを言えた立場ではないかもしれませんが、とりあえずナイフをしまってはいただけませんか? 私は決して怪しい人間ではありませんし、詳しい説明なら、私の出生から行き先まで、つぶさに、嘘偽りなく話しますから」
「悪いが、てめぇの出生や行き先なんざ興味ねぇ。俺が興味あるのは、てめぇが俺の依頼人に危害を加えないかどうか、ただそれだけだ」
 ディオの三白眼が鋭く光る。エリスと名乗った男はさすがに震え上がって、声を裏返した。
「危害を加えるなんて、とんでもない! 武器になるようなものは何も持っていませんし、納得がいくまで調べてくださって結構です。だから、お願いですから命だけはご勘弁を!」
「そんなんじゃ信用ならねぇんだよ、こっちだって命かかってんだからな。そうだ、お前、青い男に心当たりあるか?」
「青い男? さあ。フェリクシア王家を守ったという、青き守護者なら知っているが」
 青き守護者。
 フィラは船に乗る前に見た夢を思い出した。あの人は、自らを青の騎士と呼んでいた。そのことと関係があるのかもしれない。フィラはディオの上着の裾を引っ張った。
「ディオ、私、この人の話が聞きたい」
 顔を青くしながらも、口を真一文字に結ぶフィラを見て、ディオはナイフをしまい、エリスから一歩離れた。
「えっと、エリスさん、でしたね。怖がってしまってすみません。私はフィラといいます。あなたが知りたいことを私が知っているとは思えませんが、私もフェリクシアを追っています。とりあえず、どこかで落ち着いてお話しませんか?」
「あ、ああ、ありがとうございます。生きた心地がしませんでしたよ」
 こわばった笑顔のエリスは、よく見れば身なりが整っている。しわの入っていないハンカチを徐に取り出し額を拭う姿には、品が感じられた。



 フィラは船内で買った、なんだかよく分からない果実を絞った、酸味の強い緑色のジュースを飲んだ。口に含んだ瞬間に思わず目を瞑るほどの酸っぱさではあるものの、ずっと飲んでいるとクセになる味だ。名前は長くて忘れてしまったが、ともかくそのような飲み物を片手に、メリアと一緒にエリスの話を聞いた。エリスは宣言通り、フィラの質問で分かることにはよどみなく答え、分からないことにもよどみなく「それはまだ分かっていない」と答えた。現在も調査中であるということまで、はっきりと答えてくれた。
 フィラの知識は、メリアから聞きかじったものに過ぎない。ここまででエリスの知っていることとメリアの知っていることに大した差はなく、エリスの「証拠がない」という言葉に、より現実を突きつけられ、どん詰まりのような感覚になったというのが、今のところの収穫――少なくともフィラの体感はそのようなものだった。
「では、それ以上のことを知りたくて、かつてフェリクシアがあったというネストリア大陸に向かってるんですね」
「そうなのです」
「それでは、先ほどエリスさんが言ってた、青き守護者って、何なのですか?」
「それに関しては、フェリクシア研究の第一人者であるパーヴァリ=コホネン教授の書『フェリクシア王国の外交記録』に記されていましたが――」
「そういうのはいいから」
 エリスは研究の際に読んだ資料が何なのかまでしっかり説明してくれたが、正直なところ、そのような話をされてもさっぱり分からないので、どういう内容であるかが知りたかった。それを察してくれたのか、メリアの率直な指摘はフィラにとって非常にありがたいものである。エリスは残念そうに咳払いをすると、本に記されていたとされる内容を教えてくれた。
「フェリクシア王国は当初、国王が最も権力を持っていました。王は初代より青き守護者と赤き従者を側に置いておりました。しかし五代目べレグ王の頃から青き守護者が力を持ち始めたようです。その後も特に治世には変化はなかったようですが、八代目シラ王の頃には実権はほぼ青き守護者に移り、外交は王を飾りに、ほとんど青き守護者が行っていたようです。ここまではコホネン教授が独自に、当時フェリクシア王国と交流のあった国や地域の記録をまとめた内容になります。ただ、十代目セム王の治世になぜフェリクシアが姿を消したのか、それに関しては依然分かっていません。地底に沈んだというのは世間一般でもかなり有名な噂ですが、本当に国や臣民ごと、忽然と姿を消したのです。あれはフェリクシア王国で一番の謎です」
 なんとなく話がずれ始めたような気がしたけれど、フィラは口を挟まなかった。代わりに、メリアが喉を鳴らした。
「おっと、申し訳ありません。フェリクシアのこととなると、どうにも周りが見えなくなってしまう癖がありまして。直さなければなりませんね」
「そうしておくれ」
「とにかく、私から提供できそうな情報はこんなところです。外交的にはもっと踏み込んだ話ができますが……」
「いえ、ありがとうございます」
 きっとその先は、本当に専門的で、せっかく話してもらっても、さっぱり理解できない内容なのだろう。悲しいけれどそんな予想は簡単にできたので、フィラは頭を下げて丁寧に断った。
 難しいことはよく分からなければ、フェリクシアの王とやらが何を考えていたのかだって、十一代目の王と呼ばれるフィラには分からない。村長や母親が聞かせるような昔話が、少しだけ難しくなったようにしか聞こえなかった。
「ところでフィラさん、あなたはなぜ、フェリクシアを追っているのですか?」
「私は……」
 いつも考える。相手にどこまで話すべきか。
「私もです。私もフェリクシアのことが知りたくて。だって、地底に沈んだ国なんて、なんだかすごいじゃないですか。メリアさんの地元にそういう伝承があるそうなので、是非お話を聞きたいと思って。なんでも、太陽の護り手という方がフェリクシアの伝承を受け継いでいるのだとか」
「なんと」
 希望と好奇心に目を輝かせるエリスに、メリアは空咳をした。
「聞かせられるとは限らないよ、エリスとやら。あんたの見てのとおり、フィラの髪と目はあたしたちの一族に伝わるフェリクシア王家と同じものだけど、護り手の伝承はあたしたちだって普段は聞かせてもらえないんだ。フィラは特別だから、もしかしたらってところだよ。確約はできない」
「ああ、そうなのですか……ああ、もったいない。やっぱり一緒に聞かせていただくことってできないのでしょうか?」
「それも全部、族長の判断だ。何度も言うけど、確約はできないね。あんたはそれを持ち帰って記録するんだろう? それがあんたの仕事だ。だったらなおのこと、聞かせられる可能性は低いと思うけど」
 研究者ってそいういうものだよね、とメリアは腕を組んだ。フォリアで勉強していたから、そういうことが分かるのかもしれない。
「そうですか……」
「でも、まあ、頼んではみるよ」
「えっ、本当ですかっ?」
 エリスの瞳が光り輝く。それはもう、顔も生き生きとしているし、若干落ち込み気味だった表情には生気どころか笑顔さえ認められる。
「あたしだってただ本を読んでただけじゃないよ。研究者ってのがどんなものか、その端くれくらいは理解できるつもりだ。なんのつもりであんたがここにいるのかもね。だから、まあそれくらいしかできないけど、とにかく頼んではみる」
「わあ、ありがとうございます!」
 なんだかよく分からないけれど、いつのまにやら二人の話はまとったようだし、きっとそれは悪いことではないのだ。フィラはそう思って、苦笑いを浮かべた。



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