古のフェリクシア

#14.古の伝承


 メリアたちは雨をしのぎつつ、ようやく近くまでやってきた。見慣れた景色。見慣れた葉。見慣れた道。メリアは嬉しいような苦いような、そんな複雑な気持ちで他の面々を振り返った。酋長とは大喧嘩の果てに別れたものだから、お互い納得してのことだが、なんとなく居心地が悪かった。そんな地元に、メリアは戻ってきた。肩には、先ほどのコブラの重みがある。
 本当は、地理的にはすでにアスカルに足を踏み入れている。実際、メリアの地元集落にきちんとした名前などない。アスカルのある島をネストリア大陸だと認識したこともなかった。けれど島から出れば話は別だ。外の世界ではメリアの地元はネストリア大陸と呼ばれていて、メリアの住んでいた地域はともかくとして、集落をアスカルと呼んだ。アスカルの戦士を名乗っているのだから、それが最も自然なことだった。
 外に出るのは、不便なことが多い。今まで認識していないレベルの身近なものに名前が必要になる。地元をアスカルと呼んだり、ネストリア大陸という呼称を認めるのも、便宜的なものに過ぎない。外の世界に馴染むには、それが必要だった。
 上からどっしりと垂れた葉に手を掛ける。力を籠めて持ち上げると、視界が開けた。帰ってきたのだ。出発した時とあまり変わり映えのしない家や広場を見つめ、メリアはようやく実感した。
「ふう、着いたよ」
 四人を振り返り白い歯を見せると、ディオ以外は安堵の笑みを浮かべた。ディオは憎い相手を背負っているからか、いつにもまして人相が悪い。
「あはは、もうすぐ降ろせるから、そういう顔はやめな、ディオ。戦士たちに毒矢を射られても、それじゃあ文句は言えないよ」
 指摘されて少しは眉間のしわも薄くなるかと思いはしたが、それは彼にとって過度な期待だったようだ。さらに深みを増したしわを見て、メリアは苦笑するしかなかった。
「とにかく、いろいろあったし、もう疲れてるだろうけど、先に酋長に報告に行かないといけないから、呼ぶまでその辺で待っててくれる?」
 特に変わった様子もなくうなずくフィラの背後から、エリスが怯えた目でメリアの抱えるコブラを見つめる。
「それ、持っていくんですか?」
「いいや、ここに置いて行く。他のヤツらに取られないよう、しっかり見張ってておくれ」
 メリアの答えにエリスは更に慄き、目を逸らした。タルナを瀕死に追いやった毒蛇だ、怖がるのも無理はない。
「もう死んでるんだから、噛みつきゃしないよ」
「こいつ、降ろしていいか?」
 普段よりも声の低いディオに、視線を向ける。彼の体力は計り知れない。慣れない気候や土地の中を歩いたためにくたびれたとか、気疲れしたとか、そういった様子は微塵も感じられない。疲れたから降ろさせてほしいというわけではないようだが、代わりにタルナへの嫌悪感がありありと表現されている。
「もうちょっとだけ待ってくれよ。酋長に挨拶してからじゃないと、家に入れてあげられないんだ。まだちゃんとした治療は受けなきゃいけないから、もうちょっとちゃんとした場所に寝かせなきゃ、死んじまうよ」
 メリアは言い聞かせるようにゆっくりと語りかけた。当のディオは、非常に不服そうではあるが、納得している様子だ。口こそ開かなかったが、小さくうなずいた。

 鳥の骨でつくったのれんを鳴らしながらくぐり、酋長の家に足を踏み入れる。
「酋長」
 声をかけると、奥から「誰だ、不作法な」と報せのない来客をたしなめる、しわがれた声が聞こえた。
「悪い悪い、怒らないでくれ。メリアだ。フォリアから帰ってきたんだよ。土産もあるよ、途中で仕留めたリンドコブラ。外に置いてきたけど」
 メリアは酋長に向けて両手を挙げて見せた。けれど、彼の視線はメリアに向かない。
「あれだけ揉めておいて、突然戻ってきたと思ったら、詫びの言葉もなしなのか? リンドコブラはありがたく食べるが」
「まったく、そういうところは相変わらずだね。最後には和解したろ? みんなで送り出してくれたじゃないか」
「小娘が、一丁前のことを言ってくれるじゃないか。して、ただ帰ってきたわけではないだろうな。わしには見える」
 見える。そう述べた酋長の閉じられた目は、開かれることがほとんどない。白濁した目は、もう世界を見ることはできない。だから彼は目を閉じている。そうすることで、より世界が、その真実が見えるようになったのだと言っていた。
「王族の末裔を村にお連れした。本人に自覚はないけど、間違いないだろう。本人がフェリクシアの伝承を聞きたいと希望なさっている」
「ほう、そうか。だったら早速――」
「待ってくれ。ここまで長旅だったし、いろいろあって疲れておられるんだ。連れには怪我人もいるし、早く祈祷師のところへ連れて行きたい。簡単な挨拶くらいならいいけど、じいさん、話が長くなるだろ? 本当に一言二言程度に短くするってんなら、お連れするよ。頼むから、一晩くらいは休ませてさしあげてくれよ」
「そうかそうか、いや、お前の言う通りだ。不作法だったのは私の方だな。今日はご挨拶もせんでいい。お前さんのその報告が聞けただけで満足だ。それにしても、生きている間に王家の方とお会いできるなどとは思わなんだ」
 メリアはぎょっとした。もしかするとこの老人は泣き出すのではないかと身構えたけれど、そんなことはなかったので、ほっと胸をなでおろした。
「じゃあ、客間を使うから」
「王家の方に粗相のないようにするんだぞ」
「その辺は大丈夫だって。多少の粗相くらいで目くじら立てるような気の小さいお方じゃないんだから」
「何っ、もう粗相を働いたのか!?」
「おっと、話が長くなりそうだ。じゃ、よろしくね、じいさん」
 長い説教が始まりそうな予感から、メリアはさっさと逃れた。
 粗相がないとは言えないだろう。出会いの経緯を考えると、乾いた笑いさえ出る。
 もしもあの時、少しでも月明かりがなければ、メリアはフィラを見捨てていただろう。デルとバンの後押しがなければ、ここまで連れてくるようなこともなかっただろう。メリア一人だったなら、粗相どころか、フィラはどこかで死んでいたかもしれない。メリアは善人でも、優しいお姉さんでもなんでもないのだ。


 長老の家から出てきたメリアは、タルナを祈祷師の家に連れて行くと、すぐに戻ってきて、コブラを慣れた手つきで捌き始めた。まさか、とフィラは思ったけれど、違うかもしれない。意を決して尋ねてみた。
「メリアさん、それって……食べるんですか?」
「うん。タルナが噛まれて大変だったけど、肉はあっさりしているし、歯ごたえがあっておいしいんだよ。秘伝の味付けなんかもいい。それにしても、あいつは本当に運が良かったよ。村が近くじゃなかったら、今ごろオダブツだったね。ちなみにこれ、リンドコブラっていうんだけどね」
 メリアに引きずられていったタルナの姿を思い出した。今まで、ディオにもあったけれど、本当に生と死の紙一重のようなところに晒されることが多いのだ。考えて、ぞっとした。
 幸運なところはもう一つある。それはメリアが同行していたということだ。メリアがいなければネストリア大陸に来たかどうかも分からなかったけれど、メリアがいたから、噛まれてすぐに適切な処置ができた。
 捌いたコブラを火にくべる。ジュッと音を立てて肉が焼ける。胡椒を振っているようで、空腹を促すいいにおいがした。少し前までコブラを食べることに拒否感は未だに消えないけれど、今なら空腹もあって、食べられそうな気がした。
「ほら、焼けたよ。疲れた時はしっかり肉を食べないとね」
 メリアに最初にリンドコブラなるものの肉を渡され、はじめこそたじたじだったフィラも、空腹の助けもあり覚悟を決めた。目の前にあるのは、物言わぬ肉の塊だ。すでにイノシシなんかも食べさせられるままに食べてきたのだから、何を今さら怯む必要があるというのだ。味もメリアのお墨付きなのだから。フィラは手元の肉にかぶりついた。思ったよりも歯がよく刺さるし、想像よりも噛みちぎるのは容易だ。淡泊な味で、アスカルに伝わるという秘伝の味付けがピリッと舌を刺激し、肉の触感と辛みとコクで調和がとれていた。
「あ、これ、本当においしいですね」
「だろう? 気に入ったのなら、全部食べてもいいからね」
「そんなにはさすがに食べられないです」
「あはは、冗談だよ。タルナや酋長にも持って行かないといけないからね」
 冗談には聞こえなかったけれど、タルナのことを考えると腑に落ちた。メリアはコブラの切り身をディオに押し付け、タルナの所へ持って行かせた。相変わらず嫌そうな顔をしてはいたものの、以前より柔らかくなっているような気がした。

 日が沈み、暗くなった静かな集落に、聞いたことのない虫や鳥の鳴き声が聞こえる。フィラはあてがわれていた家から出て、星を見上げていた。
 そこに、布ずれの音が聞こえた。静かな夜には、些細な音も大きく聞こえるのだと感心しながら、フィラは振り返った。そこにはタルナが立っていた。
「いいんですか、タルナさん? 寝ていなくても……」
 疲れも溜まっているだろうし、何より、傷や毒の方はもういいのだろうか。
「フィラと同じ理由だから」
「え? それって、タルナさんも変な虫に刺されてるんですか? かゆいですよね。メリアさんが薬くれたけど、なかなか収まらなくて……」
 昼間にはいなかった小さな虫も元気よく飛び回り、何度もフィラの肌に止まった。彼らが原因だとは思ったが、初めてのかゆみにフィラは悪戦苦闘だ。
「掻かなければ、そのうち収まるよ」
「う、じゃあがんばって我慢します」
「がんばれ。かゆいだけじゃないだろ、眠れないのは」
「……やっぱり分かっちゃいますか」
「フィラ、分かりやすいからな。お兄さんが聞いてやるぞ」
「ありがとうございます。その……」
 再び星空を見上げた。
「ここで終わるなんて保証はどこにもないし、誰もそんなこと言ってないのに、なんとなくゴールなのかなって感じがして、なんか、駄目ですね。ここならなんとかなるって、何の根拠もなく思ってしまって。フェリクシアが昔この島にあったって聞いたからかな? 本当に私が王族でここに戻ってきたのだとしても、悪いようになるかもしれないのに」
「どうだかな。フィラの感じたことは、俺には分からないから」
「そうですね。でも、ここで終わるなら、どれだけいいかって思います。すごく思います。ずっと逃げ続けるのは、やっぱりつらいです」
 現状は受け入れるしかない。これまでに出た犠牲も、事件もすべて、起きてしまったことなのだから、なかったことにはできない。だがもしもこれから先ずっとこういうことが続いてしまうとすれば……。
「だめですね。静かな夜は、いろんなことを考えちゃって」
「そうだよなぁ。特に旅をしようとか、そういう目的じゃなくて、逃げるためにこんな時代に旅をして、いろいろあって……つらかったよな」
「そうですね」
「でも、ここなら大丈夫だと思うよ。まずディオがフィラを守る。俺やメリアも守る。アスカルの戦士たちが守ってくれる。だからきっと、怖いこともつらいことも、これ以上起きはしないさ」
「そうだと、ものすごくいいと思います」
「俺たちが守るから、安心してな。まあ、これっぽっちの言葉で安心できるなら苦労はないだろうから、いろいろ考えてしまわないように、お兄さんがたくさんお喋りをしてあげよう」
「うふふ、ありがとうございます」
 タルナは言葉通り、たくさんのことをフィラに話した。フィラの知らないおとぎ話や、遠い国の不思議な動物や、美しい風景のこと――本当にたくさんのことをフィラに話した。彼の物語はどれも魅力的で、不安を消すことはできなくても、気分を紛らわせることはできた。


 夜が明け、身なりを整えたフィラは、メリアに連れられて長老の家に入った。あてがわれていた家とは違って、見たことのない、用途の見当がさっぱりつかない骨の道具なんかがずらりと並んでいた。
「おお、よくここまでいらっしゃいました」
「こんにちは。よろしくお願いいたします」
「あなたが我々に頭を下げる必要はありませんよ。ささ、お座りください。メリアから話は伺っております。あなたが王族の末裔の方ですね?」
「あの、はい」
「フェリクシアの伝承をお聞きになりたいと伺っております。失礼ですが、現世のお名前は」
「フィラです」
「フィラ様ですね。では早速お話しいたしましょう」
 その物語は、世の暗黒時代までさかのぼる。
 かつて、世界から太陽が隠された極寒の時代があった。作物は育たず、人も弱り、このネストリアでさえ寒くなった時代である。太陽を隠したのは、魔王ヴァルフェリオだった。
 そのヴァルフェリオから太陽を取り返した、伝説の戦士がいた。彼が生まれたとき、その身体は光に包まれていたため、太陽の戦士として大事に大事に育てられた。太陽の戦士と呼ばれた彼は、少年の時、ネストリアの六部族を回り、その肉体に太陽の紋章を刻む。そして太陽の戦士は単身、魔王ヴァルフェリオに挑んだ。
 戦いは三日三晩続いた。暗い空で何度も光が爆ぜた。激闘の末、ついに魔王ヴァルフェリオは滅びた。空から永遠の闇は去り、太陽と月と青い空が再び人の上に戻った。太陽の戦士は二度と戻らなかった。
 太陽の戦士の死を悼み、勝利を祝い、ネストリアの人々は太陽の戦士を称え国をつくった。豊かな水を湛え、太陽の恵みを受け、緑に囲まれた、それはそれは美しい国――その国が今に伝わるフェリクシアである。
「太陽の聖戦だね」
「違いないが、メリア、お主は口を挟むでない。質問をしてもいいのは、フィラ様だけだ」
「分かってるって」
「よいですかな、フィラ様?」
「はい、続けてください」
 その国は、強大な力を秘めた紋章を有していた。その紋章は、魔王ヴァルフェリオを生み出したとも言われている。現在では、〈禁忌の紋章〉と呼ばれている。
「禁忌の紋章?」
「はい。禁忌の紋章は、すべてを支配することも、すべてを滅ぼすこともできる、恐ろしい力を秘めた紋章です。その紋章が、フェリクシアの都市機能を司っていました」
「フェリクシアの強さの源は、すべて禁忌の紋章によるものだったのですね。だから僕が住んでいたような場所にも伝承が残っている……」
 そこからは、エリスの話とも共通するものがあった。
「平和を願った十代目セム王は、強大な力で過ちを犯すことのないよう、紋章の力でフェリクシアごと地底に沈め、封じました。紋章は王家の血によってのみその力を発揮するものなので、永久に地上に姿を現すことはない……そう我々には伝えられておりましたが……」
 フィラが生まれた。フィラがここに来た。それが何を意味するのか、フィラにも分かった。キリウの言う〈強い国〉とは、紋章の力ですべてを思うままにすることのできる国だ。そしてキリウも長老も、フィラにならばそれができると考えている。実感はわかないけれど、本当にこの髪と虹彩がその証なのであれば、できるのだろう。
「私だけでは、ないんですよね、きっと」
 フィラはキリウを、そしてエリスの話を思い出した。しかし、長老はフィラの言葉を別の意味に捉えたようだった。
「はい。ディオ、あなたもまた、フェリクシア縁の血を継いでおられる」
「え?」
 フィラは黙って座っているディオを見た。ディオも少なからず驚いているようで、若干目が見開かれている。
「どういうことだ」
「私の想像が正しければ、あなたは赤き従者です。常に王のお側におり、王の身も心もお守りする重臣です。その赤い髪が何よりの証拠です」
「だが、赤い髪の男なんか、こいつなんかよりよっぽど珍しくもなんともねぇだろ」
「しかしそう多くいるものでもありません。それに、今の世に生まれたフィラ様のお側にいること、それ自体が、あなたの存在を裏付けているとも言えませんでしょうか?」
 胃がきりきり痛む。そうだとしたら、フィラを守るために獣と化した時のことだってつじつまが合う。繋がってしまう。ディオと一緒にいると安心するのも、ディオがフィラを守るのも、全部、血によって定められたものだった。フィラは身体が震えるのを押し殺した。
「あ、青き守護者も、現世にいます」
 ディオの話も気になる。ディオの話も大事だ。フィラにとって、とても大切なことだ。だがそれ以上に、実に迫っている問題の方が切実なのだ。
「私は、青き守護者と名乗っている方に追われています。青い服を着て、青い目をした男の人です。その人は、強い国を蘇らせよと、女王としてフェリクシアに戻ってほしいと私に言いました」
「青き守護者と、その者は確かに、そう名乗ったのですね? 確かに、王には青き守護者と、赤き従者という、二人の腕利きが側近として鍛えていたと伝えられていますが……」
「あの、私から質問してもよろしいですか?」
 ずっと質問したくて仕方がなかったのだろう、エリスが右手を上げて発言した。
「あ、私はエリスと申します、長老様。私はフェリクシアの研究をしている者で、フェリクシアに関する文献を読んでおります」
「質問はフィラ様にのみ許すと申したが」
「長老様、お願いできませんか?」
 フィラがお願いをしたところ、長老は不満げに少し唸ったものの、首を縦に振った。エリスがホッと胸をなで下ろし、質問を始める。
「フェリクシアが地底に沈んだのが、都市機能を司る禁忌の紋章の力だということは分かりました。それを実行したのはセム王だと私は考えますが、セム王がなぜフェリクシアを消したがっていたのか、その理由は伝わっていますか? えっと、セム王が平和を願っておいでだったことは分かりますが、そのためになぜ、フェリクシアを沈めるといいう決断をなさったか。例えば、その政治的な背景であったりとか……」
「分かりました」
 長老の言うことは、途中――青き守護者が八代目シラ王の頃にはほぼ実権を握っていたということ――までは、エリスの話していた内容とほとんど同じだった。
「実権を握った守護者は、外へ、外へと領土を広げていきました。ほとんど外に出ない王に紋章の力を使わせ、圧倒的な軍事力と紋章の力を前に、民たちをひれ伏させてきました。元々、青き守護者も赤き従者も、役目を同じにしている者たちです。王の身も心もお守りする――それこそが、彼らの役目でした。しかしそうなってしまった。想いの違いが原因でした。王は太陽の戦士の血族、ゆえに世の平和を望んでおられました。従者は王の優しい御心のままに、王のお側にあった。守護者は、王の居場所をお守りすべく、外に目を向けていた。領土を増やすことも、王の望む平和のためでした。そのどちらも、〈国〉を治めるためには必要なものなのでしょう」
 長老は息を吐いた。
「青き守護者が実権を握ることができたのは、人心を得られたことも大きな要因でした。王の内面にて完結してしまう御心よりも、目に見える環境の方が、賛同を得やすかったのです。青き守護者の目的は支配へと代わり、支配欲は際限なく広がり、やがて世界のすべてをフェリクシアのものにせんとするところまできました。その下には、いつでも世を崩壊に導くことのできる、強大な力を持った紋章がありました。そのことに王は大層心を痛められ、恐怖の名の下に世が支配される前に、フェリクシアを地上から消したのです。しかし、その青き守護者までもが現世によみがえり、その上フェリクシアを求めているとなれば……話は変わってくるでしょう」
 長老はメリア、エリス、ディオをみやり、まっすぐにフィラを見た。そして、深々と頭を垂れた。
「フィラ様、我らアスカルの民、全身全霊をかけてフィラ様をお守りいたします」
 今までもずっと、この件はただ事ではないのだろうと思っていた。しかし、それ以上に厄介で複雑なことに発展していたようだった。そのことを実感し、長老を目の前に、フィラの頬を冷や汗が伝った。



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