古のフェリクシア

#18.真実の声


 早足に歩いて行く。思ったよりも早く到着しそうな気がしていた。何かの存在を感じる。フェリクシアが復活したからだろうか。ディオもフェリクシアに関わりのある人間だから、その関係もあるだろう。だから肌に触れるような気配は、きっと女王のものだ。分岐点があれば、その気配にたどり着きそうな道を選ぶ。白、白、白。白い壁が続く道だが、かすかな道標のおかげで道を見失わずに進んでいられた。
 その途中で、エリスが「あっ」と声を上げた。
「どうした、エリス?」
 立ち止まったエリスを振り返る。エリスは壁をしきりに見回していた。彼に倣いディオも壁を見たところ、絵や文字が刻まれていた。気配に集中していて気にも留めていなかったが、壁という壁にぎっしりと紋様などが描かれており、そんな壁がずっと遠くまで続いていた。
「これがどうしたんだ?」
「ディオさん、長老様から頂いた剣に刻まれていた紋章に似ているものを見たような気がしました。もしかしたら何か分かるかもしれません。私はここで、この彫刻を調べます。ですから、ディオさんは早くフィラさんのところへ。何か分かったら、すぐにでも後を追いかけますから」
 エリスを置いて行くことに一抹の不安はあったが、もともとそういう条件でエリスは付いてきたのだ。ディオはうなずいた。
「分かった」
「気を付けてくださいね」
「お前もな」
 エリスに背を向け、走り出す。気配はもう近い。きっとまだ無事だと思うから、会いたいと思った。けれど、この手で殺さなければならないと思うと、会いたくない。ただ、殺すのであれば自分の手で――。
 角を曲がり、扉があれば開ける。どの扉も簡単に開いた。
 はっとして、足を止める。そこには小さな少女の姿があった。銀髪の少女は、ディオの姿をじっと見て立ち止まった。
「フィラ」
 名を呼ぶと、顔を歪めたフィラが涙を流しながら駆け寄ってきた。
 彼女を殺すつもりでいた。会いたくないと思いながら、顔を見るまでは覚悟を決めていたはずだった。エリスの申し出など、実際は本気にしていなかった。だが、ディオを見た途端に泣きながら胸に飛び込んできたフィラを殺すことなど、到底できなかった。

 どうなっているのだろう。がむしゃらだったから、状況を確認する余裕などなかった。キリウが追いつかないという事実だけが重要だった。もしあのまま術を掛けられていたらどうなっていたかは、あまり想像したくない。
 なぜキリウが追いつかないと分かるのか、実はよく分かっていない。ただ、キリウの存在を感じていた。少しずつ遠くなっていく彼の存在を。そして同時に、近づいてくるディオの存在も感じていた。きっと女王として目覚めたフィラは、青き守護者と赤き従者の存在を感じ取る力を持っているのだろう。原理はどうだっていい。今フィラにとって大切なのは、相手を感じることだ。
 そう、ディオがいる。もうすぐそこにディオがいる。感じる。早く会いたい。走る。頭がフラフラする。それでも、一刻も早く会いたかった。
 姿を見つけた。彼もこちらを見ている。燃えるような赤い髪が短くなっていた。
「フィラ」
 その瞬間、崩れるようにディオの胸へと飛び込んだ。枯れ果てたと思っていた涙が、ここにきてあふれ出した。
「フィラ、血が」
 ディオが手首の傷を見て、眉を顰めた。
「安静にしろ。できるか? 止血する。これ以上血を流したら死ぬぞ。手、こうしてろ」
 手当てをするディオの手は暖かかった。涙が止まらない。いつぶりだろう、こんな風に泣くのは。もうずっと泣いていなかった。
 ――ああ、だから、押しつぶされたんだ。何もかも捨てて、逃げ出したんだ。自分の内面だけに囚われて、外の世界を拒んだ。吐き出さなかったから、耐えられなくなった。
 今はなぜ泣いているのか分からない。ただ、ディオの温もりに触れていたかった。
「ごめんなさい、あの人を止められなかった」
「それはいい。これからなんとかすりゃあいい。だからもう、無茶なことはするな。今、こんなところでお前に死なれたくねぇんだ」
 そう思ってくれていたのか、ディオも。村の人や母親やセスはフィラを望んでくれた。けれど他の人たちは分からない。フェリクシアを望んでいた。フィラを受け入れてくれたアスカルの民は、フィラの容姿を望んだ。王家の血を引くこの容姿を。そして、ディオも赤き従者だった。フェリクシアの人間だった。ディオが生命を賭して守ってくれていたのは、母親からの願いで在ると同時に、仕えるべき者だったからだと分かった。けれど、ディオも望んでくれている。フィラという個人を望んで、死を厭っている。今はそれだけでいい。その事実さえあれば、フィラはまだ立ち上がれる。
「うん」
 やっと口から出たのは、そんなうなずきだけだった。
「俺が死なせねぇから。だから、無茶はしないでくれ。頼むから」
「うん。ありがとう」
「礼を言うのはまだ早えよ。あんたを取り戻しただけだ。まだ何も終わってねぇ」
「そうね」
 立ち上がる。少し足元がふらつくが、歩けないということはない。ただ、血を流し過ぎた。そんなフィラの目に、ディオの新たな剣が目に留まる。なぜ目に付いたのかといえば、鞘に対して剣が小さかったからだ。
「その剣はどうしたの?」
「ああ、今まで使ってたやつが折れちまったから、長老が譲ってくれた。なんでも、グロウ・サダスとかいう、太陽の紋章を刻みこんだ剣なんだそうだが、呪文が分からなくなったんだと」
 グロウ・サダスという名前には全く覚えがないものの、太陽の紋章と言われると長老の話を思い出した。
「太陽の紋章……。昔のすごい魔王を封じたっていう、あの?」
 ああ、とディオは剣をぶかぶかの鞘から抜いた。刃に紋章が刻まれている。
「こいつが実際に紋章剣として使えりゃあ、その禁忌の紋章とやらも破壊できるんだそうだ。呪文が分からねぇことにはどうしようもないが……」
「それだとお手上げね……」
「とりあえず、ここからずらかろう。フェリクシアは蘇っちまったが、手遅れじゃねぇ。たぶん何か手だてはあるはずだ。正直期待はしてないが、エリスも調べてくれている。村に戻ればちゃんとした治療もできる。エリスを拾って戻ろう」
「エリスさんも来てるの?」
「研究者の自分が来れば何か分かるかもっつって付いてきた。実際、何か見つけたらしくて、調べたいっていうから置いてきたが……こんなところで一人にしとくのも心配だ」
 エリスが調べていると聞いたときは、何か古い文献を読み漁っている様を想像したが、フェリクシアに来ていたのか。だが彼の知的好奇心を考えると、自然だろう。
「分かった」
 今まで走ってきた道に背を向けて歩き出そうとした、その時だった。凄まじい音と、凄まじい衝撃が地を伝い、足元を揺らした。



 実に凄まじい回廊だ。当時の英知や想いや生活が、壁一面に刻まれている。なんという幸福だろう。このような事態でなければ、今のこの感激を全身で表現し、この感動をもって全てを手に入れようとさえしたというのに。
 ざっと壁を見回す。一番下の床の際から、一番上の天井の際まで、ぎっしりと彫刻が敷き詰められている。こんなにも貴重な遺跡には、二度と出会うことなどできないだろう。他のどの遺跡にも、他人の手垢がついているのだ。こんなに幸福なことはない。本当に、今が非常時であることばかりが悔やまれる。
 そうやって彫刻を見ながら前に進んでいるその途中だった。
「ひっ!」
 ミイラがいた。壁にもたれかかるように腰を下ろす、ただのミイラだ。ただの? 違う。頭髪がフィラと同じ、銀色だ。なぜ、そこに腰かけるミイラに気が付かなかったのだろう。壁画に夢中になっていたからか。ひとまずそう言い聞かせることにした。それよりも気になることがある。
「王族の亡骸がなぜここに……」
 フェリクシアで銀の髪は、王の証だ。王ともあろう者が墓場で丁重に葬られることもなく、なぜこのようなところで、誰にも見放されたような姿で座っているのだろうか。
 あらゆる角度からミイラを見たものの、触る気にはなれなかった。罰が当たる気がした。研究者がそのようなオカルトを信じるなどあってはならぬことだが、不安に思ったものはどうしようもない。エリスはミイラから離れ、壁の調査を再開した。本来ならば全てをしらみつぶしに調べたいところだが、そうも言っていられない。エリスは「太陽」の文字を捜す。思ったよりも多くその記述があるものの、どれも太陽の紋章ではなく、暗黒時代の記述だった。だが暗黒時代があってこそ、太陽の戦士が現れ、太陽の紋章が使われたのだ。希望は皆無ではない。そんな時だった。
 ドサッ。
 その音に驚き、さっと振り向く。王族のミイラがあった場所からだ。あのミイラが倒れ、首がもげてしまっていた。何も今、このタイミングでなくてもいいのに。そう思いながら、エリスはミイラに歩み寄った。その時、気がついた。ミイラの背中に当たる部分にある彫刻は、エリスの探し求める紋章、そしてディオの剣に認めた紋章――太陽の紋章だった。その下には呪文も刻まれている。
 偶然か。偶然にしては出来過ぎている。ならば必然か。
 ――王がここへ導いたのか。真実の言葉に。
 呪文を解読する者を待っていた。ずっとここに鎮座して。そう思える程度に、エリスにとって都合のいい偶然だった。
 紋章に触れる。ミイラが守っていたからだろうか、状態は悪くない。本当にエリスを待っていたのだとしたら、ずっと真実を守っていたのだとしたら、エリスはそれを解読しなければならない。そしてフィラに伝えなければならない。その時だった。
「何をしている」
 すぐ側で声がした。集中していたこともあるが、このような何もない場所で、何者かがいる気配を全く感じなかった。元々そういったことには鈍い方であったが、それにしても驚いた。背筋が凍る。声の主は青い男なのだ、慄かないはずがない。彼は一瞬にしてタルナを肉の破片にした男だ。恐怖の脂汗がエリスを包む。
「貴様はノア様と共にいたな。答えろ、ノア様はどこだ」
「え、あ、あなたと一緒ではないのですか?」
 キリウに攫われたフィラを助けに行ったのに、キリウもフィラを捜している。これは一体どういうことなのだろう。エリスの知る情報から得られる結論ならば、ディオがフィラを取り戻したことになる。だがそれならば、キリウがエリスにフィラの居場所を聞く必要はない。
「質問しているのはこっちだ! 答えろ、ノア様はどこだ!?」
 温厚だった表情からは想像もつかないくらい剣幕で怒鳴られ、エリスは身を縮こまらせた。だが逆に冷静になることができた。
「お答えできません」
「なぜだ」
「あの子はノアとは違います。本当の女王なのだとしても……フィラとしての人生をしっかり歩んでいます。フィラとして生まれ、考え、苦しみ、生きてきたあの子の歴史を〈ノア〉という嘘の名前で否定するなんて、誰にもできません。フェリクシアの女王ノアを求めるあなたには、知っていても、あの子の居場所はお教えできません」
 ディオが言っていた。フィラをかけがえのない存在だと言えるのは、それを口にしてもいい人間は、フェリクシアに関係のない人間だけだと。そう、その通りだ。フェリクシアは遠い昔に滅びた国。二度と蘇らせてはいけない国。そんな国の女王だとしても、これまでの平穏な生活を奪われる理由にはならない。誰にも止められないエリスの好奇心でさえ、そのような権利を持ちはしないのだ。
「〈ノア〉は偽りではない。〈フィラ〉こそが現世の偽りの名だ。それでも教えぬと言うのか。所詮貴様にはその価値が分からぬのだ」
「価値という話ではありません。フィラは偽りではありません。だから目覚めたのでしょう、フェリクシアが。でも、フェリクシアは目覚めてはいけない国だ。絶対にお教えしません。なんなら、ここから出しません」
「貴様も、貴様も私の邪魔をするのか! 研究者風情が!」
 くる。タルナを肉の破片と成した力だ。エリスは身を固くした。身体に衝撃が奔る。
 ――故郷に残してきた家族に、私の死は届くのだろうか。
 死を目前に思い出したのは、母や妻や娘の顔だった。幼い娘など、エリスの存在すら覚えていないだろう。



 足元の強い揺れに驚き、フィラは咄嗟にディオの右腕にしがみついた。何が起きているのだというのだろう。突然の揺れだったが、すぐに収まった。フェリクシアがまだ浮上するとでもいうのだろうか。それとは違うようだ。フィラ自身が何も感じないから、そう判断した。
「ディオ」
「……悪い予感がするな。急ごう」
 ディオの呟きに同意する。このままここにいても、状況が好転することはないだろう。一刻も早く脱出するのが賢明だ。ディオがフィラの手を引き駆け出す。そんな二人の前に、突如として人影がぼうっと現れた。向こうが透けて見えるのは、幻だからだろうか。好奇心に満ちていた目は、今はびっくりするほど穏やかだった。そう、人影はエリスの姿をしている。
「戻ってはいけません。戻る必要は、ありません」
 影はゆっくりと話した。声がはっきり聞こえる。姿はぼやけているのに、これは一体何が起きているのか。影は慄くフィラに歩み寄る。警戒してディオが剣の柄に手を掛けるが、彼がそれ以上動くことはなかった。幻影から敵意も殺気も感じられない。キリウが見せている幻ならばどんな害を及ぼすか想像もつかないが、目の前の幻影はキリウとは無関係なようだ。相変わらず穏やかな表情を湛えるエリスの影は、フィラの手を握った。そのように見えたが、何も感じない。そこにはエリスの幻以外、何もいない。まさか彼は本当にエリスで、彼は、彼は――。
「ソッティ・チャ・オーバーソー・テー・ホートゥン」
 エリスが聞き覚えのある呪文を唱える。知っているものより幾分長い呪文だ。だが何も起きはしなかった。そこに生命の力がないから。だから、彼は。
「太陽の呪文です。これで、グロウ・サダスは力を出すことができます。禁忌の紋章を――フェリクシアを滅ぼすことができます。ですから、一刻も早く行ってください。僕はもう助からないから、戻る必要はありません。フィラさん、あなたは『今』の希望だから、あなたに……」
 手が触れる。フィラの手を握る、そのように見えた。だが何も感じない。そこにはエリスの幻影以外何もない。エリスは、エリスは……。
 いろんな人が、フィラに希望を託し、想いを託して死んでいった。それがたった一人でも、フィラにとってはとても悲しくてつらいことなのに、いろいろな人が――。
 涙がにじむ視界で、エリスの幻影が別の姿に変わったのが分かった。銀の髪と、アジーナの虹彩。目覚める時に見た、長い髪の同族。
「セム王……」
 口をついて出た。セム王。彼が先代の、フェリクシアを地底に沈めたセム王だった。彼がエリスをここへ連れてきたのか。彼が。
 セム王は何も言わずに、フィラを見つめたまま消えた。
「おい、今のが先代なのか?」
「うん。きっとそう」
 フィラは滲み出る涙を黒くなった袖で拭った。
「もう、これが最後であってほしい。こんなのはもう、たくさんよ」
「これで最後だ」
 頭上からディオの声が降ってくる。とても力強いものだった。ディオを見上げると、彼はもう一度言った。
「最後にする」
 ディオの大きな手が、フィラの頭に載った。これで最後――それはとても力強くて、手の平から伝わる彼の体温と同じように温かいものだった。そう、これで最後にするのだ。
 自分の生命に、本当にそのような意味が込められているのかは分からない。けれど、フィラは女王だ。最後にするのが、女王の役目だ。
「うん。ディオ、紋章のところへ行くわ」
「分かった」
 前を向く。今は前だけを見て走る。エリスから呪文は託された。だったら、フィラの役目は一つしかない。ディオの手が頭から離れ、フィラは地面を蹴った。向かうは禁忌の紋章のあった場所。フィラがタルナに手首を切られた場所。夢中で逃げていたからどう行けば戻れるか分からないけれど、今のフィラならば辿りつける。そこまでの道が見える。
 視界が歪む。ディオに心配されるほど出血していたのだ。それを思い出す。次の瞬間、身体がふわりと浮いた。
「ディオ?」
 肩に抱えられている。顔は一応前に向けた状態だった。
「分かるなら紋章の所まで案内しろ。この方が早い」
「ごめん、分かった。そのまま真っ直ぐ」
 フィラの想いが、紋章までの扉を開いていく。案内するかのごとく、目の前で重い音を立てて開く扉たちの前に、口頭での案内など必要なかった。



 歩く。歩く。気配を頼りにして歩く。そう、気配を頼りにして歩いていた。なのに、今はノアが感じられない。なぜだ。どこにいる。ノアは本当の意味でキリウを拒んだというのか。拒絶されているから感じられないのか。
 ――なぜ、こんな時に。ここまで来て。
 全ての始まりは、幼い頃のことだった。戦火で故郷を追われた。幼かったキリウに、戦という名の巨大な力に対抗する術はなかった。だから理不尽な世の中に復讐してやろうとか、戦のない世の中にしようなどという大義があるわけではない。そのような大層な理由は持たない。ただ思い通りになりさえすればよかった。力さえあればどうにでもなる世の中なら、自分が強大な力をもって思い通りにしてやる。青き守護者なのだ。フェリクシアを直接好きにできるような力はなくとも、腑抜けた女王さえ手に入れば思うままにできる。そのはずだったのに。
 ――まだだ。まだ終わらせない。あの紋章さえあれば、女王の血さえあれば、まだ機会はある。
 行く手を阻む扉を壊しながら、キリウは進んでいく。


 大きな扉をくぐる。人の力で開けようとすれば一苦労だろうが、フィラの想いひとつで、今まで見た中で最も重量のありそうな扉さえ開いた。その先には、セレストの噴水くらい大きな紋様が刻まれていた。
「禁忌の紋章。これが……」
 紋章の前で、フィラはディオに降ろしてもらった。膝をつき、指先で紋章に触れる。この紋章がフェリクシアを動かし、世の中の全てを思うままに支配できるほどの力を持つのだ。これを破壊しなければならない。これさえ壊せば、フェリクシアは地上から消え去る。
「ディオ、剣を」
 立ち上がったフィラに、ディオが抜身のグロウ・サダスを捧げる。
「ありがとう。これで終わりに――」
「それでは困ります、ノア様」
 声。何度も聞いた、穏やかな声。悲しくてつらい記憶と共に聞いた声。だがその顔は、声に反して余裕のないものだった。穏やかさも冷静さもなく、ただ焦りと狂気に満ちている。
「やっと見つけた。随分と捜しましたよ」
「キリウ、あなた」
 キリウは剣を構え、切っ先をディオに向けた。
「ノア様を渡せ。さもなくば殺す」
 今までに感じたことのない、不気味な殺気だ。ディオが前に出て、左手でフィラを後ろにやる。
「下がっていろ、フィラ」
 言われた通り、フィラは後ずさった。キリウが面白くなさそうに目を細める。
「貴様が一度でも私に勝てたことはなかった。何度やっても結果は同じだ、従者」
「そうかよ。戦う前から分かるのか、俺が負けると。てめぇにはそえが分かるのか」
 ディオもキリウに剣を向ける。今までキリウに対峙した時に使ったものと同じ剣ではない、小ぶりのグロウ・サダスだ。だが気迫で負けてはいなかった。
 キリウの言う通りだ。フィラの前で戦ったディオは、キリウに勝てなかった。けれど、今度は勝てる。そう信じられる。今のディオは負けない、絶対に。
「御託はいい。ノア様は実力でいただく」
「望むところだ」
 二人が同時に地を蹴る。剣を振りかぶり、あるいは下から振り上げ、二振りの剣が高い音を立ててぶつかる。



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