同級生になった三人──その中でも五条を除いた二人は、本当に事前に聞いていた通り「良い奴」だった。幼い頃からこの業界の陰鬱とした空気に慣れきっていた私が驚くぐらいにはさっぱりとしていて、性格に多少癖はあるけどコミュニケーション能力に問題もない。そりゃあ、あの五条とでも仲良くなれるだろう。
遅れて入学してきた私にさほど気遣うこともなく、それでも二人はクラスメイトとして、苦楽を共にする友人として私を受け入れてくれた。日々の授業ではふざけあい、任務中は協力し、休日に予定が合えば遊びに行く。まるで物語の中に出てくるような理想的な友情だったと思う。
クラスメイト四人の中でも私はやっぱり同性の硝子とは仲が良くて、休日には示し合わせてよく街中に出掛けた。雑誌を見て目をつけていた可愛い服や少し高い化粧品を、呪霊を祓って得た給金で購入する。とびきりオシャレをして街中を歩けば、私も硝子もよく男の人に声をかけられた。それを適当にあしらって二人でウィンドショッピングをしたり、カフェで何時間もくだらないことを話したりするのは本当に楽しかった。
今思えば、あの楽しさは若いからこその特権だったと思う。あの青春の日々から十年経った今でも私たちは二人で出掛けるしそれを楽しいと思うけれど、あの頃は今とは違った情熱のようなものがあった。それは多分もう二度と返っては来ないものだ。
五条とはやはり幼馴染みとして、馬鹿をやることが多かった。夜蛾先生にイタズラをしたり、二年生に上がってからは後輩をからかったり。馬鹿馬鹿しくて、それが楽しかった。私たちの背中にはそれぞれ重さは違えど家督がのしかかっていたけれど、高専にいる間はそれを忘れられた。何もかもがこのまま上手くいくのではないかと、根拠の無い自信すら私は抱けた。
それから、もう一人の同級生。あの人と二人で居る時は、硝子と居る時とも五条と居る時とも違う熱が私の中で燻っていた。目が合うだけで胸が高鳴ったし、二人で泊まりがけの任務に行く時なんて心臓の音が聞こえてしまうのではないかというぐらい緊張した。少しでもいいからよく見られたくて、五条から聞き出したあの人の好きなタイプに近付けるようにと努力だってした。硝子にあんなののどこがいいのと言われた時には、硝子があの人を恋愛対象として見ていないことに卑しくも少し安堵した。
傍から見ても分かりやすいほどに私はあの人に好意を寄せていた。恋をしていたのだ。あの人の全てを愛していた。
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ご丁寧にも石段の下で待っていてくれたらしい五条は、私を見て驚いたように口を開いた。
「百地は? 一人で来たの?」
「楓は仕事。連れてきた方が良かったなら出直すけど」
「いや、いいよ。千里がマネージャー連れずに歩くなんて珍しいと思っただけだから」
「今日はあっちの仕事じゃないからね。一応休日って扱いなのに、私のプライベートでまで連れ回したら可哀想でしょ」
本当のことを言うと、一緒に行こうかという楓の申し出を断ったのは私だけれども。私用なのにマネージャーを連れ歩くのもどうかと思ったし、楓だって高専にはあまり良い思い出はないだろうから積極的に連れて来たくもなかった。
だいたい、五条に呼び出されたのは私だけなのだ。事が進めば楓にも助力を頼むことになるのかもしれないが、今のところは巻き込まないでおきたい。事を大きくしすぎて相手側に勘づかれても困るし。
「それで、例の特級くんは上に居るの? 紹介してくれるのよね」
「特級くんじゃなくて乙骨憂太ね。もちろん紹介するよ。というかしないと意味ないでしょ」
「わざわざここまで来た理由がなくなるものね。この階段本当に長いなあ。エスカレーターにしてくれればいいのに」
「それは流石に和洋折衷が過ぎるでしょ。てかさあ、千里、一年の冬にこの階段で転けて下まで落ちたことあったよね」
「ちょっと、そんな恥ずかしい記憶思い出させないでよ」
「任務帰りで寝惚けてて階段から落ちて三回転ぐらいしてたなあ。それでも無傷なのに傑とかめちゃくちゃ心配しててさ」
「……そうだったわね」
五条の言葉に合わせて過去を振り返りながら返事をすれば、存外小さな声しか出なかった。暫し無言になり、二人で石段を昇る。こんな時は話してくれた方が気が紛れるから良いのだけれども、お互いにそんな気遣いをするような仲でもない。十年前までは毎日のように潜っていた立派な門を通り抜けたあたりで、ようやく五条が口を開いた。
「真希と恵が千里に会いたがってたよ」
「あら、そうなの? 私、懐かれてるのよね」
「会う度にお土産渡してるからだろ。しかも学生からしたら高いやつ」
「五条の金銭感覚が狂ってるだけで学生以外からしても高いと思うけどね」
せっかくなら今日も買ってくれば良かったなと手ぶらでここまで来たことを少し後悔しつつ、扉や門をいくつも越えていく。暫くして開けた場所に出て、見知った学生二人が私達に気付いて声を上げた。乙骨くんは今はここに居ないらしい。狗巻くんも居ないようだし、任務だろうか。それならそうと言ってくれれば、帰りのタイミングに合わせたのに。
「千里! お前が高専まで来るなんて珍しいな」
「五条に呼び出されちゃったからね。乙骨くんと狗巻くんは任務? 二人が戻ってくるまで修行付けてあげる」
嬉しそうに駆け寄ってきてくれた真希に私も歩み寄って、遅れて近付いてきたパンダくんにも手を振った。二人とも元気そうでよかった。最近は女優業が忙しくてあまり会えていなかったけど、大きな怪我もなく生き残ってくれているなら何よりだ。
誰かと電話をし始めた五条は放っておいて、二対一で構わないからと模擬戦を始める。真希もパンダくんも最近は全然会えていなかったけれど、最後に会った時と比べて動きが格段に良くなった。振りかざされるパンダくんの拳を避けて、右足を軸にして上段蹴りで真希の呪具を蹴っ飛ばす。そのまま空中に飛んだ呪具を掴み、二人から距離をとった。術式メインではなく体術メインでの戦闘は訓練でも久々だったけれど、それなりに良い動きが出来ているような気がした。
誰からともなく攻撃の手を止め、ちょうど三人の中間地点になる位置に集まる。二人に会うのは久々だったけど、会わない間にかなり腕をあげていた。思わず感心の声をあげてしまう。
「見ないうちに随分と強くなったわね。一本取られる日も近い気がする」
「これでも毎日やってるからな。油断してると痛い目見んぞ」
「恋する女は強いってな。折角だし千里に恋愛相談したらどうだ?」
「はあ⁉︎ だからちげぇっつってんだろ! 余計なこと言うな!」
パンダくんの言った恋する女は強いという言葉とそれに顔色こそ変わらなかったもののわずかに耳を赤くした真希に、二人の頭を撫でようと伸ばした手が不自然に止まる。動揺を悟られないように訝しげな表情を浮かべた二人に軽く頭を振り、今度こそはしっかりとその頭を撫でて見せた。震えを隠そうと些か乱暴に手を動かす。
恋をすることは自由なことだ。大人だから子供だからと人の恋路まで制限することは許されない。ましてや、想いは力になるということを私はよく知っているのにそんなことは絶対に出来ない。
そもそも恋愛にトラウマを抱えているのは私であって、恋愛に対して臆病になっているのも私なのだ。この子たちが私のようになる可能性は確かにゼロではない。一生消えることのない傷を心に負うことになる可能性だって、この界隈にいるなら十分すぎるほどにありえることだろう。だからといってその原因を私が根本から取り除いてやることが正しいことなのか。……正しいはずがない。
胸の痛みを感じながらも嫌がる二人の頭を撫で続けていた私を、珍しく真剣な声音で呼んだのは五条だ。私も思考と手の動きを止めて五条を見つめる。包帯越しに、何を考えているのか分からない瞳が真っすぐに私を見つめているときに言われることなんて、大抵決まっている。二人の頭から離した両手を、止まらない震えを隠すようにして胸の前で握り合わせた。
「真希たちとの話、終わった? ちょっとついてきてほしいんだけど」
「……真希もパンダくんも、くれぐれも怪我には気をつけてね。危ないことはしないように。何か困ったことがあったら連絡して」
五条には返事をせずに二人に声をかけた。名残惜しそう表情を見せてくれる真希に、先ほどまで考えていたことを思うと申し訳なくなってくる。結局恋の応援も諭すことも出来なかったけれど、どちらも私の身には余ることだ。きっと真希なら、私と違って前へ進めるだろう。私の言葉なんて必要ではない。
手を振って離れて、ここにやってきたときのように五条の隣に並ぶ。教師らしく二人に一言二言告げる姿に場違いにも笑いそうになった。こうやって見ると案外様になっている。
五条だってこうやって前に進んでいくのだろう。一歩を踏み出すことも、前を見ることも出来ずにいるのは私だけだ。私だけが今もまだ、あの青い春に囚われ続けている。
「なにかあったの」
「憂太と棘のところに傑が現れた可能性がある」
「一応聞いておくけど、それってどれぐらいの確立で正しい話?」
「ほぼ百パー正しい話。アイツなら絶対に憂太を狙ってくる」
「ああ……特級過呪怨霊だっけ。確かにそれなら、あり得る話ね」
それに五条がそういうのなら、間違いないだろう。
自然と思い出された記憶の中心に残り続けるその後ろ姿に、振り返って差し伸べられた大きな手のひらに、私に向けられた笑顔に、優しい瞳に、ひどく泣きたくなった。そのどれもがきっともう二度とかえってはこないものだ。私たちの行く道は違え、引き返せはしないところまであの人は歩を進めた。今でも別れ道に立ち尽くしたままなのは私だけ。
そうやって私だけが今もずっと、あの青い春に縋っている。