イザナやマンジローたち、それこそ兄への気持ちと、竜胆くんへ向ける気持ちが全然違うのだと、私は兄に指摘されるまで気付いていなかった。

 イザナを愛している。同じぐらいマンジローやエマちゃんのことも愛しているし、鶴蝶くんとシンイチローくんのことも愛している。だから私はそれをちゃんと言葉にできる。愛してるって伝えて、抱き締められる。兄もそうだ。直接言うのは気恥しいけど、兄は生まれた時からずっと私のそばに居た。兄が私を大切にして愛してくれるのと同じだけ私は兄を大切に思い、ずっと愛している。

 じゃあ竜胆くんは? 同じぐらい大切で、ううん、イザナたちよりも大切で特別に思っている竜胆くんに私は、愛していると伝えられるのか。愛してると伝えて、抱き締めて、そんなこと出来るのか。

 イザナたちは家族だ。私の愛しい家族。愛しいきょうだいたち。とんだ大家族の大きょうだいだけど、本気でそう思っている。これから先もずっとイザナたちは、みんな私の大切な家族。
 イザナたちには弱さを見せられる。家族だと思っていて、向こうも私を大切に思ってくれていることが分かるから。私が多少弱くたって、泣き虫だって、わがままだって、きっと仕方ないなって笑ってくれる。受け入れてくれる。心配をかけたとしても、ごめんねって謝ってもうしないっていって、仲直りができる。

 でも竜胆くんは違う。竜胆くんと私たちはお友達でしかなくて、私が一方的に縋り付いているだけの関係だ。最初からずっとそう。竜胆くんは私のはじめての友達だけど、私は竜胆くんのはじめての友達じゃない。竜胆くんは私の大切で大好きで、一番の友達。でも竜胆くんにとって私はそうじゃないのだ。
 竜胆くんに二年ぶりに会ったあの日、私がそばにいさせてと頼めば竜胆くんはそばにいてと返してくれた。でもそれだって結局は私のわがままだ。だって私には竜胆くんじゃなきゃいけない理由があっても、竜胆くんに私じゃなきゃいけない理由がない。私は竜胆くんじゃなきゃダメなのに、竜胆くんが居てくれなきゃもう息が出来ないのに、竜胆くんはそうじゃない。竜胆くんは私じゃなくても平気で、私がそばにいなくたって大丈夫な人なのだ。

 だから怖い。竜胆くんに弱さを見せてしまえば、一度弱さを捧げてしまえば、私はきっと竜胆くんに弱さを見せない生き方が出来なくなる。
 そもそも竜胆くんは竜胆くんのために修行して隣に居られるぐらい強くなった私を、私のこの強さを気に入ってくれてるんじゃないの? 不良の世界は弱肉強食だ。弱者には舞台に上がる権利すら与えられない。強くなければ意味が無い。強くなければ竜胆くんの隣には立てない。だから強くなったのに、弱さは捨てなきゃいけないのに、竜胆くんのそばにいると弱さを捨てられない。竜胆くんに弱さすら受け止めて欲しいと願ってしまう。わがままになってしまう。


 痛いのは嫌。辛いのは嫌。苦しいのだって嫌。喧嘩は好きだけど殴られるのは嫌だ。痛いもの。いくら私が強くたって殴られたら当たり前に痛い。でも私にはその痛みを隠す強さがある。痛くないふりができる。平気だよ大丈夫だよって、普通の顔をして笑うことができる。できる、はずなのに。
 竜胆くんのそばにいたい。だから強くなければならないと思っている。でも強くなって竜胆くんのそばにいると、弱さが溢れ出して止まらなくなる。矛盾しているのだ。竜胆くんに弱さを知られたくないのに、竜胆くんのそばでは弱さを隠せない。

 心配をかけるって迷惑かけるってことで、竜胆くんがそれを受け止めてくれるか分からないから心配はかけたくない。竜胆くんがそばにいてくれる理由は私の強さなんじゃないかと思ってしまうから弱いところは見せたくない。これ以上望んだら罰当たりだからわがままなところを知られたくない。面倒だって思われたくないから痛みと苦しみを知られたくない。竜胆くんに、嫌われたくない。
 それは全部兄やイザナたちには思わないことだ。嫌われたくないなんて思わない。結局、家族だから。受け止めてくれるだろうって分かってるから。

 兄は私のこの迷いや悩みに最初、竜胆くんのことも愛しているのだろうと言った。でも違う。みんなに抱く愛と竜胆くんに抱く感情とは違うのだ。全然違う全部が違うってわけではないけれど、一緒ではない。そのあとに兄に言われた言葉の方がああそうなんだって納得出来た。出来てしまった。
 退院してからの一週間修行の合間合間に辞書を引いたり本を読んだりして、活字を読むのは苦手だけれど色々考えたのだ。一人だけじゃ堂々巡りになって進めないことはもう分かっていたから、先人たちの知恵を借りた。愛の定義ってなんなんだろうとか、家族ってなんなんだろうとか、友達ってなんなんだろうとか。大切だって思う気持ちに変わりはなくて大好きだって思う気持ちも一緒なのに、でも違う。相手によって変わってきていいものなのかが私はそもそも分からなかった。
 血迷って花占いで決めようかなとも思ったんだけれども、好きと好きでしか占えなくてやめた。意味がないし、花に申し訳ない。それにもうその二択しか出てこない時点で私の中で答えが出ていることに、私はその時ようやく気付けた。

 正直まだそれがなんなのかよく分かってない。友情とは何が違うのかも、全然分からない。ほとんど何も分かっていないのだ。分かることはといえばふたつだけ。イザナたちに抱く愛とは別物だということと、結局私が竜胆くんに抱く感情に一番近いのは、好きの気持ちだということ。

 口の中でいちごミルクの飴玉みたいに甘いその言葉を何度も転がす。好き、好き、好き。竜胆くんのことが好き。


 私は、竜胆くんが好き。


 +


 痛いぐらいに強く私を抱き締める竜胆くんの肩に目元を押し付けて、なんとか涙を止めようと息を吸い込む。でも汗の混じった竜胆くんの匂いに安心感を覚えてしまってこれは失敗だった。余計に涙が出てくる。勇気が出なくて背中に腕を回すことが出来なくて、服の裾を握り込む。それが伝わったのかなんなのか、竜胆くんの腕にまた力がこもった。
 何か言わなくちゃとは思ってる。それに私はさっきまで地面に転がって大喧嘩をしてたわけだから、全身土埃で汚れてるし顔とか腕とか傷だらけの血塗れだし、竜胆くんは気にしなくても私が気にするのだ。こんな適当な格好で竜胆くんの前に出るのも初めてだし、髪はボサボサだし、あんな泣き言を聞かれてしまったわけだし。

 竜胆くんに聞きたいことは沢山ある。留守電聞いてくれたのかとか、聞いてくれたんならそれってどこまでかとか、そもそもどうしてこんなに息せき切ってらしくもなく駆け付けてきてくれたのか、とか。でもそのどれもが言葉にならない。今口を開いても出てくるのは泣き言と嗚咽だけだ。だったら何も言わない方がいい。

 しばらくの間竜胆くんは私を抱き締めて、ゆっくりと体を離すと私の肩を掴んで顔を覗き込んできた。あの日みたいだ。竜胆くんに嘘をついたあの日。あの時の私から逃げるように離れていく竜胆くんの後ろ姿を思い出して、ただでさえも滲んでいた視界がどんどんぼやけていく。それでもいくら手を伸ばしても届かなかったあの日と違って竜胆くんは私の頬を伝う涙を何度も拭って、私が手を伸ばすまでもなく近くにいてくれる。目尻を拭うために頬に寄せられた手に甘えるように擦り寄って、心配の色が浮かぶその瞳をぼやける視界で見つめた。

「痛い?」
「……うん」

 少し迷ってから頷いて小さな声で認める。言葉少なに答えたのはこれ以上喋ると声を上げて泣き出しそうだからだった。竜胆くんのそばにいると、弱さが溢れ出してしまうから。隠すべきものだと分かっているのに、竜胆くんに私の情けない弱さを認めてもらいたくなってしまうから。
 私の返事に自分の方が辛そうに眉を寄せた竜胆くんは、肩に乗せていた手をゆっくりおろして私の手を握る。壊れ物に触れるかのようなその手つきに、それでも固く握りこまれた手が痛かったことに今更気付いた。人を殴ったら痛いに決まっていると喧嘩の前までは分かっていたのに、すっかり頭から痛みごと飛んでいたのだ。ひとつの痛みに気付いたらだんだんと全身が痛くなってくる。笑えるぐらいどこもかしこも痛い。前回負った傷は治ってないのに、また怪我をした。これも竜胆くんの無茶するなって言葉を破ったことになるの? ……なるかな。

「どこ? どこが痛い?」
「ぜんぶ」
「うん」
「ぜんぶ、いたい」
「うん。よく頑張ったな」
「……」
「リコはよく頑張ったよ。あのイザナに勝ったんだろ。あとマンジロークンだっけ? 二人に勝ったんだもんな、リコはすごい。それに痛いのも苦しいのも辛いのも、全部耐えたんだろ」
「…………」
「だからもう泣いていいよ。我慢なんてすんなよ。オレのそばではいつだって泣いていい」

 何も言えずにしゃくりあげる私を竜胆くんはまっすぐ見つめて、とうとう止めどなく溢れ出した涙をそれでも何度も拭う。握られていない方の手でその服を掴んでも何も言わなかった。


 ねえ竜胆くん。私、勝ったよ。ちゃんと愛してるって伝えたよ。これからが大変なんだろうけど、ねえ、ちゃんとイザナに私たちは血が繋がってなくたって家族だって伝えられた。あの日言えなかったことをちゃんと伝えて、きっとイザナもまだ難しくても、少しは受け入れようとしてくれてる。私たち家族はこれからもずっとイザナと一緒にいるって、何があったって愛してるって、伝えたの。

 声にならないのに、竜胆くんは私の思ってることが全部わかってるみたいにして相槌を打ってくれる。全部わかってるよって顔をして、優しい目で私を見ていてくれる。泣いていいんだと言ってくれる。

「あのさ、リコ」
「うん」
「オレが頑張れって言ったら、弱い自分を隠せるって言ったよな。強い自分になれる、泣かないで頑張れるって。リコは今でもそう思ってる?」
「おもってる……」
「そっか。じゃあオレ、もう絶対にリコに頑張れなんて言わない」
「……」
「頑張んなくていいよ。強くならなくていい。……弱いリコでいいんだよ。他の誰がなんて言ったってオレは、絶対にリコを嫌いになったりしない。離れたりなんてしない」
「……りんどうくん」
「馬鹿にすんなよ、リコ。オレはさ、喧嘩が強いからお前が好きなんじゃない。本当は甘えたで、誰かにくっ付いてるのが好きで、何でもかんでも自分一人で背負おうとして、泣き方もよく分かってないし、嘘は下手で、隠し事はド下手くそ。手は早いし、気紛れだし、結構飽きっぽいよな。面倒ごとはいつも後回しにして最後に泣きを見るし、大雑把だし、適当だ」
「…………」

 竜胆くんはつらつらと私のことをあげていく。涙を拭う手は止めないまま、私を見つめる優しい瞳は変わらないまま、温かな声のまま。何も言えずに泣くだけの弱い私を許して認めて受け止めるみたいに、竜胆くんは全身で私に思いを伝えてくれる。

「だけどオレの前では動きにくくてもスカート履いたり、可愛いって言ってもらいたいって努力してくれたり、名前呼んでって甘えてきたりさ。そういうの全部引っ括めてリコが好き。わがまま言って困らせてくれよ。オレのこともっと振り回していいよ。泣きたかったら泣いて、辛かったら辛いって言って、痛いんならどこが痛いのか教えて」
「……」
「他の奴らの前では泣けなくても、オレの前ではいつだって泣いていいし、弱くていい。あの時約束しただろ。オレはリコのそばにいる」
「……うん」
「それに悲しいから、バイバイなんて言うなよ。なあリコ、オレからもう離れないで。ずっとそばにいて。オレはリコを嫌いになんてなれないから、リコもオレを嫌いにならないで」
「……うん……!」
「あの時怒鳴ってごめんな。リコだっていっぱいいっぱいだっただろ。怖かったよな。本当にごめん。これからは頭から怒鳴ったりしない」
「私も、たくさんうそついてごめんね」
「うん。これからはちゃんとオレに相談して。話してくれない方が心配なんだよ。リコのことはなんでも知りたいし、オレがリコを支えていきたいから」
「ちゃんと話すよ」
「そうして。ああ、そうだ。聞こうと思ってたんだよ。オレが今できることで、リコがして欲しいこと。何がある?」
「……ねえ、りんどうくん」
「うん、なに」
「抱き締めて」

 しゃくりあげながら、嗚咽で聞き取り辛いだろうなと分かっていながら、それでもちゃんと竜胆くんに伝える。竜胆くんは分かってたよって顔で笑って、ゆっくり私の背中に手を回した。だからもう私も今度は何も躊躇わずにその背に腕を回して、しがみつくみたいに力を込めた。竜胆くんもだんだんと腕に力を込めていく。
 全身まだまだ痛くて、涙は当分止まりそうにない。竜胆くんの心音が私の心音と混ざり合っていく。再び竜胆くんに出会えたあの日のことを思い出した。数ヶ月前のことなのに、もうずっと昔のことのように感じる。あの時も私は思っていたはずなのだ。竜胆くんの心音は私の精一杯の虚勢をゆっくり紐解いていく。こうしてお互いの心音が溶け合うくらいに抱き締めあっていると、幸せで幸せで息が出来なくなる。竜胆くんの全てが、私の弱さを許して認めて受け止めてくれていると感じる。

 涙で濡れた頬に当たる竜胆くんのピアスが擽ったくて身を捩る、以前この擽ったさを感じたのは私の入院していた病室でのことで、私たちはあの後すぐに離れ離れになってしまった。でも今は違う。きっと竜胆くんはその言葉の通りにずっと私のそばにいてくれる。弱い私がわがままを言って泣いたって、手放さないでいてくれる。

 だから今はひとつだけ、もうひとつだけ、お願いしてもいいだろうか。

「ねえ、竜胆くん」
「ん? どうかした?」
「もう泣いてもいい?」
「……うん、いいよ」

 今でも泣いてるだろとは言わないで、竜胆くんは少し呆れたみたいに笑って私の背中に回す腕に力を込める。それから全部許すみたいに頭を撫でてくれた。私よりも大きなその手のひらが髪を梳くようにして私の頭を撫でていく。

 竜胆くんの心音に混ざって溶けていった私の柔くて脆い虚勢とか、まだ残る竜胆くんに嫌われてしまうことへの恐怖とか、そういうものをひとつひとつ竜胆くんは拾い上げていってくれるのだと、なんとなく分かってしまった。私が落としてきたものも捨てていくものも竜胆くんはひとつひとつ全部拾い上げて、必要なものは全部私に返してくれる。捨てていいものも竜胆くんの手で形を変えて、必要なものにして、私に差し出してくれる。そうしていつしか私の前に立って、竜胆くんはいつだって私の行き着く先にいてくれる。

 今度は声を上げて泣き始めた私の背と頭をゆるゆる撫でながら竜胆くんは笑う。オレの前では弱くていいんだよと何度も私に言いながら。


 +


「……よし! 行きます!」
「ん、来い。……待て、やっぱりストップ」
「なんなんだよせっかく行くって決めたのにさあ!」

 壁に拳を叩き付ければ存外大きな音がして、キッチンの方からエマちゃんが私たちに向かって暴れないでと怒鳴る声がする。思わずイザナと顔を見合わせて二人ですんと押し黙れば、聞いてるのと再度怒鳴られた。これ以上怒られてもたまらないと咄嗟に聞いてますと叫び返す。エマちゃんは私の返事に満足してくれたらしく、暴れないでねと再び注意してきたっきり作業に戻って行った。イザナと再び顔を見合わせ、ここは一旦やめとこうと頷き合う。

 第一次きょうだい戦争と名付けられたあの諍いから数週間。イザナは居住地こそ施設から移していないものの週の大半を佐野家で過ごしている。普通ならば施設長さん辺りから何か言われてもおかしくないのだが、ただでさえ少年院に入っていた上に出所してすぐ更なる問題を起こしたイザナに手を焼いていたから母とシンイチローくんが言葉を尽くして説得して何とかしてくれたらしい。将来的には引き取る予定で云々家族に慣れてもらうため云々。物は言いようである。
 まあかくして佐野家に迎えられたイザナはエマちゃんとシンイチローくんを筆頭に大歓迎され、師範からも実家のように思ってくれと言われ、ただ一人を除いて円満な仲を築いている。そう。ただ一人を除いて。

「今日マンジローは?」
「知らね」
「でも私が呼ばれたってことは家には居たんでしょ?」
「あー、なんか突っかかって来たけどどっか行った。興味ねぇ」

 散々喧嘩しておいてよく言うわほんと。私は今日竜胆くんと出掛けるはずだったのにわざわざ呼び出されて放っておけなくてここに来てるんですけど。で、エマちゃんが私をわざわざ呼び出すのなんてここ最近ではイザナとマンジローが喧嘩してて手が付けられない時だけ。それでも道場に来るのとはまた別に週一のペースで私は呼び出されている。
 そもそも頬にでかでかとガーゼ貼り付けておいて知りません興味ありませんを貫き通せるわけがないでしょ。止めに入ったシンイチローくんも今日はどちらかに顔に頭突きされたらしく何十分も鼻血が止まらなかったと私に愚痴ってきたし。エマちゃんはもう私に電話してきた時からめちゃくちゃに怒っていて、私は泣く泣く竜胆くんに電話をしてドタキャンを詫びて逆に励まされてここにいるのだ。だというのに一切反省した様子が見られないイザナを睨み付ける。

 イザナとマンジローには時間が必要なことは分かっている。二人にとっては多分ぶつかり合って喧嘩するのが一番お互いをよく知れる方法なんだろうなとも理解している。だからってイザナが佐野家に身を寄せている間ずっとくだらないことで喧嘩するなんて有り得ないだろう。イザナは知らんぷりを貫き通すようだが私は今日の喧嘩の理由だって知っているのだ。パンダの毛はゴワゴワかふわふわか。さすがの私だって殺意が芽生える理由だ。パンダはパンダなんだから毛がゴワゴワだろうがふわふわだろうがどうでもいいだろうが。
 竜胆くんにもう帰りたいですとメールを送りながら、ぼけーっと庭を見ているイザナに一体どんな復讐をしてやろうかと考える。こいつら分かっててやってるんじゃないかってぐらい私と竜胆くんが出掛ける予定の日に問題を起こすのだ。本当にぶん殴るぞ。

 開幕ハグ攻撃は避けられたのでそれ以外だ。罰として抱き締めると宣言した後でも冒頭の如く許可を出した直後にやっぱり嫌だと断られたし。照れてるのは分かるからこの線で押すのが多分一番いい。恒例の愛してる連撃で行くか。

「イザナ、愛してるよ」
「お前は本当に脈絡がねえんだよ」
「それで愛しいイザナ、マンジローはどこに行ったの?」
「その呼び方やめろ」
「何? もっと言って? うん分かった。愛してるよイザナお兄ちゃん」
「耳聞こえてんのか?」
「うーん、愛してる愛してる愛してる! 愛してるよお兄ちゃん!」
「分かったよ、分かった。マイキーはダチと出掛けてったから居ねえんだよ。なんだっけ、エマの好きなヤツ」
「あー、ケンチンくん? あの子いい子だよね〜。頭に入れてるスミ見た? 竜胆くんたちも入れてるし私もなんか入れよっかな」

 愛してると叫びながら飛びかかって押し倒すようにして抱き締めればとうとうイザナは音を上げた。離れろと頬を押されるが、午前中にマンジローと喧嘩して体力を使っているイザナは私の敵ではない。押し返される分強引に詰め寄って、イザナとの距離を詰める。
 数分の攻防の後諦めて私を好きにさせて置くことにしたらしいイザナは大の字になって今度は天井をじっと見つめている。何か面白いものでもあるのだろうか。まあ多分ないのでべたーっと頬をイザナの胸板にくっつけて私もくつろぐ。

「言われてみれば頭になんか入れてたな」
「あんな目立つのに気付かないとかある?」
「なんだっけ。蜘蛛?」
「それは竜胆くんと蘭ちゃん。ケンチンくんはドラゴンだよ。苗字が龍宮寺だから、龍でドラゴンなんじゃないの」
「へえ。リコは何入れんの?」
「えー……えー? なんだろう。被んない方がいいよね。……パンダとか?」
「ゴリラでいーんじゃね」
「もしかしてイザナ私に喧嘩売ってる?」
「事実だろ」
「開き直りやがってよ……」

 入れようかなとは言ったものの特に入れたいものもなかったので、イザナとマンジローの本日の喧嘩の原因であるパンダをあげる。この前イザナとエマちゃんと鶴蝶くんと見に行ったパンダの毛はゴワゴワ……だったような気がするなあ。遠目に見ただけだから実際のところは分からないけれど。
 ゴリラだとまた私をからかってきたイザナの体に回す腕の力をぎゅっと強めれば、イザナは苦しそうに呻いた。わざとらしいヤツめ。

 キッチンの方からエマちゃんとシンイチローくんが話す声がする。今日は師範は町内会の集まりだとかで朝から居ないらしい。マンジローは遊びに行ったかどこぞのチームに喧嘩を売りに行ったかで居ないので、お昼は四人。エマちゃんとシンイチローくんが本格煮込みうどんが云々と言っていたから、多分煮込みうどんが出てくるのだろう。夕方には竜胆くんと落ち合う予定だし、やることが多い一日だ。でもそれを嫌に感じることは無い。

「ねえ、イザナー」
「なに」
「これからもさー、こうやって、ちょっとずつ皆で思い出増やして、何年か後にあんなことあったねーって話そうね」
「……ん」
「私、今、すごく幸せ。だからイザナもさー、いつか振り返った時に、あの頃幸せだったなーって、今も幸せだなーって思えるように、一緒に生きていこうね」
「…………うん」

 私たちはこれから色んなものを見て色んなものを知って、歳をとって変わっていくけれど、それでも変わらずずっと家族なのだから。離れていたってずっとずっと、変わらずに。

今泣いたデブがもう笑う

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