「違法賭博ゥ?」

 四ヶ月も一緒にいれば大親友である私の習性に関して学んできたのか、大寿くんはお昼に私用のパンを持ってきてくれるようになった。意地汚いと言われると陳謝するしかないんだけど、人が食べているものは美味しそうに見えるのだ。あと大寿くんご贔屓のパン屋さんのパンは全部美味しい。なのに大寿くんは生活圏まで私に侵されるのが耐えられないと言ってお店を教えてくれないので、折衷案としてパンを持ってきてもらっている。
 今日も持ってきてもらったパンと祖父の知り合いから大量に分けてもらったとうもろこし一本とを交換し、教室で食事をしていた私に大寿くんが投げ掛けてきたのが違法賭博の一言だった。私は当然なんだか分からないので聞き返し、大寿くんを見上げる。
 相変わらず私たちの周辺には無人の机で作られた薄っぺらいバリケードが展開されているし、クラスメイトは絶対にこちら側に寄ってこないしで、いつも二人きりの食事は存外静かなものなのだ。大寿くんから話が振られることなんて二週に一回あるかないか。大抵私がベラベラひとりで喋って、大寿くんはそれを無視している。

「賭博って、あれでしょ。賭け事みたいなやつ」
「今回は金だ。胴元が適当に二人選んで、それを戦わせる。勝った方に賭けてれば何も減らねえが、負けたほうに賭けてたんなら胴元に金吸い上げられる。ヤラセでもなんでもありだから違法賭博。そもそも認可されたもんじゃねえしな」

 賭けられるものとしていくつか思い付くものを指折り数えていた私を制し、大寿くんはペットボトルに口をつけながら至極つまらなさそうに説明をしてくれる。大寿くんとしては全く興味が無い部類のものなのだろう。私も別に賭け事にのめり込む趣味はないので、へえと相槌を打ちながら話を聞く。

 なんでも、最近になって少しその集まりが巨大化しつつあるそうだ。場所を決めて放課後に集まってやっているそうなのだが、周囲を気にせず騒ぐせいで一般人の目にも止まっている。獲物を持ち出しているせいで重篤な怪我人が発生し、それを放置したという話もあがっている。

「うちのシマじゃないね。池袋も阪泉くんがちゃんと締めてるから違うだろうし、六本木も違う。大寿くんの所でもないでしょ」
「黒龍のシマじゃねえが、掠ってる。東卍のシマで、東卍の連中のやってることだ」
「……ふむ」
「東卍の総長、無敵のマイキーはお前の弟なんだろ。早急に何とかしろと伝えろ」

 なるほど確かに、早急に片付けなければいけない案件だ。なんせ武力を売ってやりくりしている黒龍からすれば、武力を売っている相手と東卍の連中が行っているという違法賭博を取り締まるべき相手とは層が被る可能性が高い。それはつまり、そっち側から手を出されると黒龍まで要らぬ損害を被りかねないということ。

 クロワッサンの最後の一口を飲み込み、パックのジュースを飲み干して喉を潤してから左手の親指と人差し指で了解と丸を作る。大寿くんは私の反応を持って会話を終えることにしたらしく、パンの入っていた袋をぐしゃりと手の中で丸めた。そのまま席を立ち上がろうとするので、慌てて声を掛ける。

「大寿くんの名前は出さないからね」
「……まあそれが当たり前だが、一応聞いておく。理由は?」
「黒龍自体に借りがあるの。大寿くんならチームの歴史ぐらい知ってるでしょ。私の二つ上の太ってない方のお兄ちゃんが一時期荒れてて、そのせいで八代目黒龍はおかしくなって、九代目も荒れた。妹の責任って訳じゃないけど、兄がやらかしたことだからね。代が変わってたとしてもこつこつ借りは返してくよ」

 あと大寿くんは大親友だからね、とも思ったけれどそれは黙っておく。大寿くんに大親友だと言うと毎回机を外に投げ捨てられる羽目になるのだ。食後の運動にしては過激すぎるので、今日のところは心中でアピールするだけにしておいた。
 しかし大寿くんは敏感に私の考えを察知したのか、ギロリとこちらを睨み付けてくる。仕方ない奴だなと肩を竦めてそれに答えれば、荒々しく舌打ちをされた。殴りに来ないあたり大寿くんも食後の過激な運動は控えておくことにしたらしい。

 そのまま背筋を伸ばして教室を出ていった大寿くんの背中に手を振り、見えなくなってから今日の食事である母手作りの日の丸弁当を食べ進める。父と喧嘩したらしく、何故か私も兄も今日の弁当はこれだ。大寿くんが持ってきてくれたクロワッサンがなければいつまでも変わらない味に飽きていたかもしれない。やはり大親友、さすが私のことがよく分かっている。
 出来ればその大親友のエスパー的勘を発揮するついでに私が食べ終わるまでは隣にいて欲しかったなあと考えながらも、ああやって食べ終わると教室を出ていってしまうせいですっかり慣れた一人飯を楽しむことにした。


 +


 大親友のお願いを叶えるために、学校終わりにそのまま佐野家にお邪魔してマンジローの自転車を借り、早速東卍のシマに繰り出した。二年前に怪我をして以来単車を転がすのは余程の緊急事態だけと決めているので、今回は自転車だ。時折痺れる程度とはいえ後遺症も残っているので、周囲からも単車はやめておけと言われている。

 呑気に鼻歌を歌いながらしばらく自転車を漕いでいたが、そういえばとふと思い出して足を止めた。私、どこで違法賭博やってるのか知らないな?
 誰かに聞こうにもそもそもマンジローたち幹部陣が動いてないってことは事態を知らないってことだし、場所だって知ってるとは思えない。いつも私が頼ってる竜胆くんだって東卍のことまでは知ってるはずないし、イザナとエマちゃんは今日二人でお買い物に行くって言ってたから邪魔したくないし、兄も竜胆くん同様除外。シンイチローくんは多分知らないだろうなあ。

 初手で詰んだなと思いながら、結局自転車はまた漕ぎ出す。風を感じていたいので。今日は大寿くんと殴り合っていないので体力が有り余っているのだ。死神との勝負も竜胆くんにせめて三日に一回にしてと言われてしまったから、一気に数を減らして週二になってしまって、今日はその日じゃなかったし。せめて体育でもあればなあと思いながら、机に向き合うだけだった一日を思い出し、ふわと欠伸をする。

 さあどうするか、行き当たりばったりで適当に進むかと考えていたところで、歩いた方が早いだろう速度で漕いでいた自転車の後輪が蹴っ飛ばされた。思わずつんのめるようにして両足を地面に着いて止まり、呻く。危ないぞもう。私じゃなかったら怪我してたかも。
 なんですかーと声を上げつつ蹴っ飛ばしてきた奴のいるであろう方向を見れば、慌ただしく駆け抜けていく不良三人がいた。は? 蹴るだけ蹴って逃げるのか? 売られた喧嘩は全て買うタチなんだけど、私は。

 雑魚過ぎて気に止まりもしなかったわけだが、宣戦布告とも取れるようなことをされた以上は追い掛けなくては。準備運動にもならないだろうけれど殴ることは確定だ。せっかく優しく声をかけたのに無視されたことも気に食わない。
 そのままペダルに足をかけ、すーっと自転車を漕いで、そう足が早くないらしい三人衆に苦でもなく並走する。ギャーギャーと仲間内で煩わしげに騒いでいた三人も、並走してきた私を見てギョッとした。

「なっ、なんだテメェ!」
「なんだテメェってお前らがさっき蹴っ飛ばした自転車に乗ってる女子高生だよ」
「はぁ⁉︎ 急いでんだよ、ぶん殴られたくなきゃ失せろ! オレらは東京卍會のメンバーだぞ! 女だからって見逃すと思うなよ!」
「ほーん。東卍の下っ端ね。なのに総長の自転車蹴ったんだ。へえー、下克上ってやつ?」

 私の一言にぴしりと不良三人が固まり足を止める。仕方ないので私も少し進んでからペダルを漕ぐのを辞め、上半身をそちらに向けてあげた。
 効果覿面だったのか顔色を悪くしつつもくだらねえ嘘はつくなだとか言ってくるものだから、鼻で笑ってやる。これが嘘じゃないんだなあ。実は本当なんですよ。帰宅していなかったから本人には許可取らずに師範に許可をとって乗り回しているけれど、これは正真正銘東卍総長の自転車。マンジローが学校に行く日は乗っているものである。まあ二台持ちなのでこっちはイザナや私が勝手に乗り回してるサブだけど。

「自分のチームの総長にお姉ちゃんがいるとか聞いたことない? やっぱりないかな。でも私、これでマンジローの姉なんだよねえ」
「そんな聞いたことねえ話信用しねえぞ!」
「あっそ。じゃあ今から電話するから、代表選んでお話しな。総長の自転車蹴っちゃいましたごめんなさいって。直接話したことは無いかもしれないけどマンジローの声ぐらい分かるでしょ」
「は、はあ⁉︎」
「別に私がここでボコボコにしてやってもいいけど、マンジローのチームのメンバーなら一応総長に許可取るよ。マンジローは仲間思いだからさ、私が怒られちゃうかもしれないし。でも姉が怪我させられかけたってなったら許可してくれるんじゃないかな」
「……」

 見る見る顔色を悪くしていく三人に笑ってしまう。これで私がマンジローの姉を名乗っている無関係の不審者だったらどうするんだろう。騙されやすそうだ。人を疑うことを覚えた方がいい。まあ実際私はマンジローの姉なので、何も言ってやることはしないが。

「急いでるっつってたよね。どこ向かってんの?」
「……近くの広場で喧嘩賭博やってんだよ。そこに行こうとしてた……」
「当たりじゃん! オッケー、案内しな。マンジローには言わないでいてやるし、あんたたちが口滑らせたことも黙っててあげる。近くまで連れてってくれるだけでいいよ。っていうか近くまで案内したらそのまま帰ったら?」
「まさか総長に言うつもりか⁉︎」
「そりゃあね。下のやらかした事の責任取るのはいつだって上なんだから、教えるでしょ。早く行くよ」
「やめろ! バレたらオレらがキヨマサくんに殺される!」
「だから、あんたたちのことは言わないって。黙っててあげるから、あんたたちも知らないフリしてればいいの。なんか言われたら私に無理矢理吐かされたっていいなよ。上野のガリ子って言えばそのキヨマサくんも引くんじゃないの?」

 流石私、引きがいい。一発で賭博場のことまで知っている雑魚を引き当ててしまった。日常的に徳を積んでいるからかな。この引きの良さはあとで竜胆くんに自慢しなければ。

 しかしそれほどキヨマサくんとやらが怖いのかどうしても頷かないので仕方ないから名乗れば、またギョッと目を引いて三人揃って後退る。下っ端でも流石にガリ子というあだ名は知っていたらしい。そのキヨマサくんとか言うのがどの程度の実力かも知らないが、名前を聞いたことがないので幹部ではないのだろうし、マンジローから名前が上がってこない時点でその程度だということだ。私の敵ではない。
 尚も渋るので携帯を取り出し、マンジローにここで電話されるのと私を素直に案内するのどちらがいいかと脅しをかける。大親友大寿くんの珍しいお願いであるし、弟のチームが警察に目を付けられるのも決まりが悪い。早く決めろといえば私を案内する方を選んでくれた。

 不良三人が先導して走るその後ろに着いていきながら、気になったことがあったので聞いてみる。

「今日ってなんか特別な日だったの? ただの賭博にしては急いでたじゃん」
「キヨマサくんの奴隷がキヨマサくんに喧嘩売ったらしいんだよ。前に総長に会わせろって言ってボコられてた奴で、何考えてんのか分かんねえ」
「へー、マンジローになんの用なんだろ。あ、もしかしてあそこ?」

 そう時間も掛からずに遠目に見ても不良が百人近く屯している広場が見えてきたので足を止める。不良三人も止まり、私にそうだと返すとさっさと踵を返して戻って行った。あまり近付きすぎてバレても困るから、今日のところは適当に時間を潰して誤魔化すらしい。まあそうだよね。私を連れてきたことがバレたら、話を聞く限りそのキヨマサくんとやらに半殺しにでもされそうだ。
 去っていく三つの背中に曖昧に手を振って、そのまま携帯を取り出す。場所が分かったならさっさとマンジローに電話するに限る。三人衆が言うにはなかなかヤバい状況かもってことだし、万が一にも人死を出す訳にはいかない。乗り込んでいって私がキヨマサくんとやらを潰してもいいけど、夜ノ塵とツートップの片割れが東京卍會の雑魚に手を出したと大事になっても面倒だ。

 ハンドルに腕をついて、大声で騒いでいる集団を眺めつつマンジローが電話に出るのを待つ。少し待っても出なければケンチンくんに掛ければいいかな。あの二人はよく一緒にいるので、今日も多分一緒にいるだろう。

『もしもし、リコ? どうかした?』
「お、出た。マンジロー、元気ー? あのさ、今東卍がやってるって言う喧嘩賭博場の近くにいるんだけど」
『は? オレら喧嘩賭博なんてやってないけど』
「でもここは東卍のシマで、実際私のすぐ近くで不良が集まってるわけ。で、東卍のヤツが胴元やってるって情報も入ってきてる。名前までは分かんないけど、多分キヨマサくん? とかいう奴だと思うんだよね」
『ケンチン、キヨマサって奴知ってる? なんか東卍の名前使って喧嘩賭博やってんだって。……ん。リコ、今どこ? そっち行くわ』
「んっとねー、」

 恐らくケンチンくんからキヨマサくんは東卍に所属するどこぞの隊の隊員だと言われたのだろう。平坦な声で場所を聞いてくるから、正確な住所までは分からないのでどこに近いとか近くに何があるとか伝えていく。ケンチンくんが場所を分かってくれたらしく、案外近いから数分で来てくれるそうだ。私は手を出すなとの事なので、マンジローたちが来るまで遠目から見守っておくことにした。

 マンジロー怒ってたよなあと思いながら、しかし今はどうしようもないので電話を終えてそのまま大寿くんにマンジローが動いたことを伝えるメールを送る。返信は来ないが、返信が来ないのが確認したという証拠なので良し。明日はメロンパンが食べたいと書くのも忘れなかったので、覚えていたらメロンパンを買ってきてくれるだろう。私はトマトでも持っていこうかな。お互いの立場的に金のやり取りはどうなのかという話になり、物々交換しかしていないのだ。
 まだまだ家にある夏野菜を思い出しながら、あ、と思う。そういえば今日は七夕だ。今は晴れてるけど一日の予報はどうだっけ。星が見える時間になっても晴れてるのかな。七夕ってなんだかんだ雨が降る印象が強いよなあと考え、なんとなく会いたいなと思ったので竜胆くんに電話をかける。竜胆くんはマンジローとは違ってすぐに出てくれた。

「あ、竜胆くん? 今大丈夫だった?」
『全然大丈夫だけど、なんかあった? リコがこんな時間に掛けてくるなんて珍しいじゃん』
「やー、特になんにもない。普通に今から東卍の喧嘩賭博場に乗り込む予定なんだけど、マンジローたち待ちで暇してた。それでそういえば今日七夕だなーって思い出してさ。織姫と彦星は雨が降ったら会えないんだなあって思ったら竜胆くんに会いたくなっちゃった」
『オレだってリコに会いたいよ。オレたちはもう用事終わったし、せっかくだからこの後会おうぜ。迎え行くけど今どこら辺?』
「えーっ、会ってくれるの? やった、嬉しい! 今ね、学校からわりと近い辺りだから、渋谷集合でいい? マンジローの自転車返してからだからちょっと遅くなっちゃいそうなんだけど」

 我ながらわかりやすいぐらい弾む声で返事をし、この後の予定を立てる。マンジローのもう一台の自転車がなかったからそっちに今日は乗っているんだろうし、二台の自転車を器用に操縦することはさすがのマンジローにも出来ないだろう。私が借りたものだし、返しに行く必要がある。ここから折り返したらどんなに急いでも佐野家まで行って駅に向かうのに三十分は掛かるよなあと計算していれば、ああそれなら大丈夫と竜胆くんが言ってくれた。

『オレたち学校終わって渋谷まで来てるし今イザナとエマちゃんも一緒だから、チャリはイザナに押し付ければ。今日歩きみたいだし。いいよなイザナ』
「お兄と蘭ちゃんだけじゃなくて、二人も一緒なの?」
『うん。……は? いや、だから、オレこの後リコと会うから。代わりにマンジロークンのチャリ持って帰ってやれって言ってんだよ。リコ、イザナ了解だって』

 それにしてはイザナが何か竜胆くんに捲し立ててる声が聞こえるんだけどなあ。まあ、竜胆くんにはひとまず突っかかっていく姿勢をイザナもここ数年維持しているので問題はないだろう。いつも通りということで。
 じゃあ終わったらこのまま渋谷駅の方に行くねと竜胆くんに言っていれば、すっと自転車が横付けされた。わざわざ気配を消してくるあたり分かりやすいのだが、顔を横に向けた先にいるのはやはりマンジローだ。何回やめてと言っても気配を消すのをやめないし、どんどん上達していくから困る。私の「人間スカウター」もこのままじゃ追い付かなくなりそう。

「誰と電話してんの? リンドークン?」
「そう。竜胆くん、マンジロー来たから多分あと三十分ぐらいあればそっち行ける」
『喧嘩賭博場だっけ? リコも行く必要あんの? マンジロークンに任せとけよ』
「うーん……まあ一応、この目で顛末は確認しておいた方がいいかなーって」

 私の返事に満足したのか先に言ってしまったマンジローの背中を、竜胆くんと電話をしたまま追う。少し進んだ先で自転車から降りて待っていたケンチンくんが頭を下げてくれたのでそれに手を振って、私もマンジローが自転車を止めたその隣に自転車を止める。来るのかと二人から目線で問われたので、頷きで返した。

 大寿くんはマンジローにどうにかしろと伝えろと言っていたけれど、ここまで関わってしまったんだし事の顛末も伝えた方がいいだろう。大親友ポイントをあげるためにも、やると決めたら即実行の女ですよ、ついでにどんな感じで場を収めたのかも報告しますよと見せておきたい。

『あんま危ないことはして欲しくねえんだけど』
「危なくはないと思う。見る限り雑魚しかいないし……いざとなったらマンジローに盾になってもらうから」
『ほんとに無茶はしないでくれよ。危ないことしたって聞いたら怒るから。何かあったら誰か身代わりにして逃げて』
「りょーかいです。…………なんかこう、総長が出てくるとみんなバッて頭下げるの、いいよね。うちのチームだともっとみんな距離近いし、上下はハッキリしててもみんな仲良いからこういうのないや」

 キヨマサくんらしき人にボコボコにされている子が例のマンジローに会いたがっていたという子だろうか。防御すら出来ていないで殴られるままのようで、相当痛そうだ。でも全然引かないでフラフラでも立ち上がるせいでキヨマサくんの方がビビってるあたり、度胸はある子なんだろう。シンイチローくんに似てて私は好きだ。

 とうとうその不屈の精神に焦ってきたらしいキヨマサくんがバットを寄越せと叫び始める。力で圧倒しようとしているようだ。力こそ正義のやり方は私に似てるな。でも獲物を持ち出すのはいただけない。力で圧倒するなら相手と同じ土台で勝負をしなければ意味が無いし、その拳はなんのためにあるんだという話だ。やるなら拳でやれ。
 周りもキヨマサくんが焦っていることと、バットを寄越せと言っていることに引いてる。まあそうだよなあ。あくまでも喧嘩賭博のはずなのに殺してやるって言っちゃってるし。

 本当に誰かがバットを渡して殺す気でかかるというならボコボコの子に代わって私がキヨマサくんをタコ殴りにしてあげようと思っていたのだが、これまで無言でその光景を見ていたマンジローとケンチンくんはその辺りでキヨマサくんの処分を決めたのか、毅然と歩いていった。ケンチンくんがキヨマサくんを止めた途端に、それまでキヨマサくんの暴挙にざわついていた不良たちが慌て始める。

 わー、ケンチンくんただでさえ声が低いのにガラが悪い! 数歩後ろで眺めているだけの私ですらそう思うんだから、あの声で名前を呼ばれたキヨマサくんはたまったもんじゃないだろう。バレたらヤバいって言う自覚があるのかは分からないけれど、なんでここにという顔をしている。

 マンジローの姿を認めた瞬間に一斉に頭を下げた集団に思わず歓声をあげれば、相変わらず繋ぎっぱなしの電話の向こうで竜胆くんが呆れたように笑った。だって本当に滅多に見れる光景じゃないんだもの。統制が取れてていいな。うちのチームでもやりたい。
 仮にもツートップと呼ばれている私たち兄妹には礼儀を持って接してくれるメンバーがほとんどだけど、夜ノ塵は元を正せば兄の古馴染みたちを集めて出来たチームだ。結成から五年経ったけれどトップも幹部も顔ぶれは変わっていないし、規模こそ大きくなれど風通しのいいチームを保っている。兄派と私派で派閥のようなものもあるけれど、基本的に私たち兄妹が一緒に行動しているから揉めるようなこともない。ここ二年間チームのペット枠として癒しを届けてくれているしおんちゃんが両派閥をいい感じに癒しで繋いでくれているのもある。

『夜ノ塵でもやらせれば? リコが前に出たら頭下げさせるみたいな』
「いや、多分無理。やってって言ったらやってくれるかもしれないけど、面倒なことになりそう。いいや、私はしおんちゃんと東卍ごっこする」
『獅音と? それこそ無理……ああ、そういえばアイツまだリコのペットやってんだっけ』
「しおんちゃんが可哀想だから舎弟って言ってあげて」

 どうにかこうにかイザナを黙らせたらしい竜胆くんと話をしているうちに、どうやら終わったようだ。マンジローに殴られたキヨマサくんが倒れ伏している。わー、痛そう。でも結局その程度の実力ってことね。やっぱり私の敵じゃないや。


 途中まで迎えに来てくれるという竜胆くんにお礼を言って電話を終えた。早く会いたいだって。恋人になる以前よりいつも竜胆くんはそういう気持ちを素直に伝えてくれていたけれど、関係が変わってからはもっと沢山気持ちを伝えてくれるようになった。私も頑張ってそれに応えている。

 あとで竜胆くんの目を見て直接会いたかったとちゃんと伝えようと意気込んでいれば、ボコボコに殴られていた子にマンジローがまた会おうみたいな挨拶をしていた。相当お気に召したみたいだ。せっかくだから、殴られても殴られても立ち上がるその健闘を称えて私も挨拶してあげようかな。マンジローはあの子のことを気に入ったみたいだし、あの子はあの子でマンジローに会いたがっていたようだしで、素敵な出会いだ。花を添えるぐらいの気持ちで、うん、声を掛けよう。

 思い立ったら即行動がモットーなので、マンジローとケンチンくんの横を小走りで抜けて「タケミっち」の前に躍り出る。女子との接触に慣れていないのかぎょっと目を見開いて若干頬を赤くして、「タケミっち」は一歩引いた。さっきまで殴られていて傷も痛いだろうに素直な子である。

「やっとマンジローに会えてよかったね」
「えっ⁉︎」
「きっと私たちまた会うよ。じゃあね、タケミっち!」

 伝えたいことは伝えたので、踵を返して一応私を待っていてくれるマンジローとケンチンくんの元に駆け寄る。結局なんで喧嘩賭博のことを知っていたのかと早々に聞かれたけれど、噂を聞いて云々と適当に誤魔化す。この二人は私のことを計画性はないのに暴走癖はある怪獣か何かだと思っているみたいなので、それで納得してくれた。うーん、話を濁せて助かったはずなのにあまり嬉しくない。
 さっきまでは竜胆くんと電話をしていたから、ケンチンくんとは今日初のお喋りだ。会うのも久しぶりなんだけどエマちゃんからよく話を聞いているからそんな感じはしない。そう伝えればちょっと頬を赤くして照れていた。こういう所は中学生で可愛い。この子が将来の義弟かあ。もっと愉快な家族になりそう。

「リコ、タケミっちにまた会うの? 男に会うって言ったらリンドークンがキレんじゃね」
「いや、私が会いたくて会うんじゃないって。マンジローのお気に入りなんでしょ? だったら多分会うことになりそうじゃん。そういう話。……竜胆くんは多分、許してくれると思う。きっと、恐らく」
「全然ダメじゃないッスかそれ」
「うん……うん、まあ…………なんとかなる! 多分!」
「説得力皆無じゃん」

 わらわらと捌けていく不良たちに混じって、いつものようにくだらない会話をする。竜胆くんはきっと多分恐らく許してくれる。私が会いに行くわけじゃなくて弟のお気に入りだからたまに顔を合わせるかもしれないだけだと言えば、タケミっちが軽く威嚇されるぐらいで済むだろう。最近気付いて来たのだが竜胆くんも私の周りをよく威嚇する。私も竜胆くんの周囲の女子を威嚇し続けているので、おあいこかな。

 そのままケースケが相変わらず馬鹿でヤバいという話に移行し、じゃあそろそろここを出るかと私が一足先に自転車に跨ったタイミングで、誰かに名前を叫ばれた。しかもフルネームだ。上野のガリ子とかなら伝わると思うけど、残念ながらこの場で私のフルネームを知っているのはマンジローとケンチンくんだけ。私たち兄妹は竜胆くんたち兄弟と違ってあだ名呼びが主流なのだ。
 三人揃って声の方向を振り返れば、意外なことにタケミっちがそこに居た。先程と同じようにぎょっと目を見開いているが、先程とは違ってどちらかと言えば瞳の色は困惑の方が強いように感じる。なんで私の名前知ってるんだろう。

「あ、もしかして私のファン?」
「ちげーだろ」
「それはないでしょ」
「黙りな糞ガキ共。タケミっちー! リコちゃんでいいよー! じゃあねー!」

 生意気な年下坊主たちの頭を叩き、大きく手を振る。遠慮がちに振り返された。何あの子、めちゃくちゃいい子じゃん。リコちゃんでいいっていってもガリ子って呼んでくる馬鹿共しか周りにいなかったけど、あの子は本気でリコちゃんと呼んでくれそうだ。そういう意味では何処ぞの特攻隊長と親衛隊長は話にならないけれど、タケミっちは信用出来そう。
 大寿くんにリコちゃんって呼んでって言ったら病院に行けって言われたんだよなあと思い出しながら、ぐっとペダルを踏み込む。撤退中の不良たちは私を避けて道を開けてくれた。うん。轢き殺す必要がなくなっていいね。

 すいーっと行きにここに来たまでのように自転車を漕ぎながら、今日はせっかくだから竜胆くんにもリコちゃんと呼んでもらおうと思った。……あ。マンジローとケンチンくん置いてきてる。


 +


「高賀リコって……あの、高賀警備の?」
「そうです。高賀警備会社社長秘書、高賀リコ。過去を変えるなら、彼女は味方につけた方がいい」

 ホワイトボード中に書き散らされた東京卍會の情報の中、大きく丸で囲まれたその人の名前と写真は言ってしまえば場違いですらあった。斜め後ろの角度から隠し撮りされたであろうに、その一対の瞳は目が合っているのではないかと思うぐらい真っ直ぐにこちらを見ている。上半身だけ振り返った姿勢で、そう背の変わらない紫と青に近いツートンカラーのウルフカットの男に腰を抱かれ、表情は凍り付くような真顔だ。間違いなくカメラを向けられた気配を察して振り返ったのだと分かる。

 メディアで目にする時のにこやかで人当たりのいい様子からは想像出来ないその異様さに息を呑めば、ナオトは分かっているとは思いますが、と前置きをしてからつらつらと高賀リコに関して説明していく。

「高賀警備は高賀リコの兄と、その友人だという男が大学在学中に起こした会社です。彼女も会社設立と同時に、兄である高賀リオの秘書として籍を置いています。最近ではメディア出演も果たしているんですが、流石にそれは知ってますよね」
「そりゃ知ってるよ。ニュースとかだけじゃなくてバラエティにも出てるだろ。なんだっけ、確か社長と副社長が人前に出たがらないから代わりに自分が出てる、みたいなこと言ってたよな」
「はい。高賀警備は設立からそう時間が経っていないにしては急速に成長しています。ですがこれまで社長副社長は一切表に出てこなかった。彼女はそこで経営が波に乗っている今、更に知名度を広めるために……そして何よりもうひとつの目的のために表に出てきました」

 この男は副社長の弟で、高賀リコの夫ですと写真の中で高賀リコの腰を抱く男を指し、ナオトは一旦口を止める。思わずそちらを見れば、目が合っていると錯覚するほどにこちらを見つめている正直気味の悪い写真をナオトはまじまじと睨み付けていた。先を促すことを控えその様子を伺う。並々ならぬその瞳に燃えるのは怒りや疑念、更には困惑にも見えた。

「もしかして……高賀リコも東京卍會に所属してるのか?」
「……いえ。逆です」
「逆?」
「彼女は、彼女たちは、東京卍會の早急な壊滅をボクたち警察に求めているんです」
「彼女たちって、高賀警備が⁉︎」
「そうです。その為には如何なる協力も惜しまないから、早急に、一分一秒でも早く、東京卍會をどうにかしろと。嫌味のように情報を送り付け、時には警察相手に高額な値段で売り付けることも厭いません」

 ぎょっと目を見開いて叫べば、苦々しい表情を隠そうともせずにナオトは頷いた。咄嗟に高賀リコの写真を見て、また目が合っているように思ってしまって慌てて逸らす。刺すようなその目はどうにも苦手だ。これから先メディアで彼女を見る時も、この写真を思い出してしまう気がする。
 ナオトはそんなオレの様子に気付いているのか気付いていないのか、じっと写真を見つめながらまた口を開いた。見慣れているのかなんとも思わないらしい。

「高賀警備は元は高賀兄妹の知り合いを集めて作られた会社です。その知り合いの一人で、今はもう経営には携わっていませんが役員として籍を置いているメンバーと、高賀リコ本人が主に代表として警察との交渉をしているそうです」
「しているそうですって……ナオトは会ってないのか?」
「ボクがそう簡単に面通しが出来るような相手ではありません。警察の上層部相手に対等に商売をしているような連中ですよ。高賀リコ本人は兎も角、もう一人の交渉役なんて顔写真すら上がっていません」
「そんな……」
「上層部が情報を統制していますが、警察内部での予想はこうです。高賀警備の重役や役員たちの誰かしらの関係者が東京卍會の被害を被った。高賀リコは身内に甘いという情報が上がっています。慎重派の彼女がここまで大胆な手に出る理由は身内に何らかの被害があったからとしか考えられない」
「高賀リコの家族とかが東京卍會の被害にあった可能性がある、ってことか」
「いえ。彼女の家族構成は両親、祖父、兄です。四人とも存命ですしからその線はないでしょう。彼女の夫である副社長秘書、灰谷竜胆に関しても家族は存命です。そもそもこちらは副社長である兄としか家族間の付き合いはないようで、探っても何も出て来ていません」
「なるほど……」

 ごくりと唾を飲めば、写真から目を逸らしたナオトの視線が突き刺さる。言葉にはしていないが自分の所属する国家組織相手に大立ち回りを演じて、更には対等な取引すら行っている高賀リコに対して思うことがあるのだろう。その目は相変わらず複雑な炎で燃えていた。

「この写真を見ても分かるでしょうが、彼女は気配に敏感です。あくまでも噂でしかありませんが、十代の頃は兄と共に暴走族を率いていたという話もあります」
「この人が⁉︎ 喧嘩とか全然しなさそうなのに」
「見た目に騙されないでください。彼女は間違いなく強者だ。そして過去の情報の一切を隠す力も持っている。味方に付けるなら、高賀リコでしょう」
「そうは言ってもさ、オレより歳も二つ上だろ? それに前なんかの番組で話してたけど、地元も上野の方だったはずだ。そもそも縁がないよ」
「高校は渋谷だったそうですよ。当時も今も名門として知られる高校です。それに彼女はこの通り目立つ容姿をしていますから、学校まで行ってファンだから会いたいと言えば一発で会えるはずです」
「ええっ⁉︎ ファン⁉︎ オレが⁉︎」
「姉さんを助けるためです!」
「いやいや、その頃のオレは橘と付き合ってるんだって!」
「……姉さんを悲しませたくはないですが、しかし姉さんのためにもなることですから。出来ますね、タケミチくん」
「いや無理だよ……」
「タケミチくん。出来ますね?」
「……はい…………」

井の中のデブ、ビュッフェを知らず

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