マンジローの姉として愛美愛主と東卍の揉め事に関わる。そう大寿くんに宣言してから一週間が経った。経ったんだけど。

「あー、ダメ! 無理! 私こういうの向いてないんだってば!」
「まあまあお嬢、そうは言わずに」
「お兄みたいに私も知恵熱だそうかな⁉︎ そうと決まったら今から熱出すから、クマ、後のことよろしく!」
「お嬢はリオとは頭の出来が良い意味で違う。この程度じゃ知恵熱なんて出ねえだろうよ」
「褒められてるのに嬉しくない!」

 駅前のファミレスの一角で、私はクマと二人で延々と話し合っている。この一週間ずっとだ。その間にも東卍と愛美愛主は一度ぶつかっているし、なんとパーちんくんが愛美愛主の総長を刺して逮捕されてしまっている。それに関連してマンジローとケンチンくんも揉めているらしく、東卍は二分化されているらしい。ウチと一緒だ。

 そう、ウチと、夜ノ塵と一緒。

 前々から、それこそ私が本格的にチームに加入した四年前からそういう動きはもちろんあった。私は女だガキだと刃向かってくる雑魚共を全員叩きのめして兄の隣に並んだわけだし、そもそもが異例のツートップ制だ。加入の理由は兄に惹かれて、私に惹かれてと大抵二分されるし、そうでなくとも兄妹揃わずに片方がチームを率いてぶつかった相手を吸収合併したこともある。
 それでもこの四年間は、上手くいっていた。夜ノ塵は兄の知人を集めて作ったチームだ。幹部も当時から顔触れが変わっていないし、その幹部の下にも結成からずっとチームにいるような古参メンバーが数人は居る。ここまでチームが大きくなったのは私という戦力が加入して本格的に他所のチームを力で制圧できるようになってからとはいえ、昔からのメンバーは常に変わらず私と兄が揃ってトップとしている。

 今までは派閥といえど、じゃれあいのようなものだったのだ。大抵は私たち兄妹をまとめてトップとして認めてくれていた。でなければチームもここまで大きくなっていないし、この五年間ずっとトップを変えずに続けられていない。
 だが最近は、どうにもきな臭い。兄派と私派の所謂過激派が目立つようになってきている。トップは一人でいいという思想をしている連中だ。幹部や古参だけではなくヒラからもそういう報告は上がっていて、その思想もどんどんエスカレートしつつある。このままではチームが内側から崩れることになりかねない。


 弟のことはもちろん大事だ。でもチームのことだって大事で、正直このまま放っておくととんでもない事になりかねない。マンジローはマンジローでどうにかケンチンくんと仲直りしてほしい。こちらを片付けたら必ず私も一緒になって解決策を考える。

 そのためにも早くうちのチームの問題をどうにかしなくてはならない、のだが。

「結局これって、誰かがウチをつついてるってことじゃんか……」
「まあそうだな。外に、誰かは分からねえが夜ノ塵を探って、馬鹿共を助長させてる奴がいる」

 クマはこの一週間で集めた過激派の情報と、それ以前から寄せられていたそいつらの目に余る言動をまとめた紙をボールペンで示しながら顎に手を当てる。私はぐでっと背もたれに身を投げ出し、隠すことなくため息をついた。結局行き着くところはそこなのだ。

 私たち兄妹と、クマ、それから幹部に古参メンバー。両手では収まらないが二十人にも満たないようなメンバーしかこの件には関わっていない。動いていることすら察されることのないようにこうやって集まっているのも私とクマだけだ。最初は兄も入れて幼馴染み三人が集まって談笑しているだけのように見せていたけれど、兄は兄で考えすぎたらしく知恵熱を出してここ数日はダウンしている。

 過激派の裏にいる人間がつんつんつんつんとウチをつついて何をしたいのかが分からないというのが、現状私たちの本音。そこで行き詰まってしまっている。相手の考えが理解出来ないから、目的を推測するに至らない。
 そもそも私や兄はこういう頭を使って考えることは苦手なのだ。クマや幹部陣が頭脳で、私たちが武力。もうずっと前からそういう風に役割分担がされている。

「そもそもウチを探って得することってある? 内部事情とか知りたいなら、しおんちゃんあたり適当に餌で釣って話させた方がいいよ。あの子はウチに入ってないのにウチの一員みたいになってるし」
「残念だが、まあその通りなんだよな。でも獅音を使えば間違いなくお嬢に情報が入ることも確かだ。アレはお嬢の忠犬だろ。それにアレで勘もいいから、お嬢やウチに関することを探られたとあれば即座にお嬢に連絡を寄越す」
「でも、それって結局時間の問題でしょ。しおんちゃんを使わなくたってこうやって私たちの耳にまで馬鹿共の行動は入ってきてて、その裏に誰かがいることも分かっちゃってる。不自然なぐらい詰めが甘すぎるんだよ」

 身を起こして体制を整えながら、すっかり氷の溶けたアイスティーに口をつけた。軽食として頼んだポテトフライも食べ終わってしまっていたので、一旦話を中断してハンバーグセットを頼んだ。夕食前にはお互い帰ろうと話していたけれど、この分だと今日は長引く。母に連絡が遅くなってしまったけれど夕食はいらないとメールを打ち、ステーキセットを頼んでいるクマを待つ。
 この話し合いを初めてもう一週間だ。私はチームのこともどうにかしたいけれど、弟のことも放っておけない。あれで不安定なところのある子なのだ。抱え込みすぎる前に殴ってでも吐き出させる必要がある。それにそういうチーム内の不和をそのままにしておくと、後々面倒なことになる可能性があるのだ。私はそれを今回の件でよく学んだ。

 これ以上この問題を長引かせるわけには行かない。恐らく今私たちが取れる有効な手は一切ないが、今後のやり方だけでも定めておく必要がある。トップの片割れと副総長として、その責務から逃げようとは思っていない。

「相手も相当頭がキレるよ、これ。上手く馬鹿共を煽てて、チーム内の問題にしようとしてる。このまま私かお兄のどっちかがお互いの派閥にリンチされたとしても、裏にいる奴は痛くも痒くもないもん」
「……なるほど。目的がリオとお嬢のどっちかを潰すことの可能性もあるわけか。確かにそれなら一石二鳥だな。ウチの情報も手に入れられるし、ツートップを潰してチームを内から崩せる」
「……でもそれならさ、私たち余計になんにもできなくない? ここで私がお兄の派閥の馬鹿共を鉄拳制裁っつってさ、ボコボコにしたとする。そんなことしたら制裁免れた他の馬鹿共が出てきて、何されるか分かったもんじゃない。お兄がやっても一緒だし、自分側の派閥の馬鹿共を制裁してもそれこそ余計に助長させかねない。もちろん今上がってる過激派に私に敵う奴も、お兄に勝てるような奴もいないよ。だけど」

 そこで一旦言葉を切ってクマを見る。クマは苦々しげな顔で頷いて、また資料をボールペンで示しながらコップの中身を一気に煽った。そのまま叩き付けるようにしてテーブルの上に戻し、唸るように呟く。

「過激派は何もこれで全部じゃない」
「そう。上がってるのがそいつらってだけ。で、名前を知られるぐらい堂々とやってる本物の馬鹿共だけだ。もっと頭がキレて物を考えられる奴はこんな堂々と、お兄と私のどっちかを潰せなんて叫んだりしないよ」

 ちょうど料理が運ばれてきたので、そこで二人とも押し黙る。カトラリーを取ってハンバーグを切り分けながら、端に寄せられた資料を改めて見た。私やクマの書き込みだらけでぐちゃぐちゃだが、要点は線を引いたり丸で囲ったりしているから目で追えばわかる。

 過激派が目立つようになってきたのは一ヶ月前。この半年以内にウチに入った比較的新人たちが集って、いつの間にか過激派同士で冷戦のようなことをしている。その辺りで幹部陣には情報が集まり始め、それらを統括したクマが私と兄にも話を持ってきたのが三週間ほど前で、ちょうど七夕の頃だ。
 それから私たちが密やかに話し合いを始めるまでの二週間、両派閥は何をどうやったのか少しずつ勢力を増していた。まず間違いなく誰かが余計な知恵を託し、助長させている。そうでなければこのスピードで過激派ばかりが増えていくのは有り得ない。

 元々あった私派と兄派の派閥は本当に穏やかなもので、クマが言うにはお互い好きなアイドルの良いところを紹介し合うような空気だったらしい。だがその両派閥は今では過激派のものになってしまっている。殆どのメンバーは「ツートップ派」所謂穏健派だが、そうでないものが目立ちすぎているのが現状だ。
 メンバー全体の割合で言えば、過激派は両派閥合わせても一割にも満たない。それでもチームとして見れば多すぎる。本当に大きすぎる不安の種だ。

「今回のことは、完全にオレらが後手に回ったな」
「うん」
「今までの刃向かってくる奴は、まだそこまで反発心がデカくないうちにお嬢がボコボコにして言うこと聞かせるってやり方してたのが多分一番良かった。止めたのはオレだ。本当にすまない」
「いいよ、別に。クマが悪いってわけじゃないじゃん。いつまでも私が殴って言う事聞かせてたら、私が抜けた時どうなるの? って話だし」

 大事なチームではあるけれど、だからっていつまでも上に立ち続ける気はない。クマは私を二代目にしたいんだろうけど、引き際ぐらい決めさせて欲しいのが本音。

 私がクマから生意気な連中を直ぐにボコボコにするのはやめたらどうだと進言されたのは数ヶ月前のことだ。私はそれを聞き入れ、目に余るような行動をしない連中は見逃すことにした。その弊害が今出ている。
 クマは自分が悪いと言うけれど、それを言うなら多分私も悪い。二代目に私を祀りあげてチームを継がせたい、余計な敵は作らせないようにとの進言だと分かっていて、私はそれを呑んだ。兄たちは半年後には高校を卒業する。その後も今までのメンバーが揃ってこのチームを続けていく可能性は低いだろうと予想して、なら私も抜けてしまおうと思ってそれを呑んだのだ。クマにも言った通り、暴力で制圧するやり方を続けていれば私が抜けた後にチームが回らなくなる。

 そこまでは言葉にしなくても分かってくれたのか、クマはため息をついて綺麗に切り分けたステーキを見下ろした。私はそれを見つつも、食事の手を止めることは無い。

「お兄にはこんなこと言えないけどさ、大事なチームだよ。色んなことを教えてもらったし、喧嘩ばっかりでも楽しい時間を過ごせたのはこのチームがあったからってのも大きい」
「……ああ」
「でもだからって、お兄やクマたちが引退してまでここに残る理由はない。クマは知ってるでしょ。私がここに入ったのは強くなるため。強くなりたかったのは竜胆くんの隣にいたいから。もう必要最低限の強さは手に入れたつもり。あとは修行を欠かさずにいれば、多分補っていける」
「……お嬢の強さはよく知ってる」
「うん。それにチームを残すにしろ、私たちの代で解散させるにしろ、私とお兄は二人合わせてトップだ。どっちかが残ったところで、上手くいかなくなるでしょ。今から自分の手で副総長選んで、幹部選んでって出来るほど器用じゃないし」
「……オレもみんなも支えるぜ」
「それは嬉しいけど、お兄もきっと私には無理だって言うよ。だからお兄たちがこのチームを引退する時、私もそこでやめる。続けるんなら引退するその時まで一緒にやる」
「…………頑固だよなあ、ほんと昔っから」
「それが私の長所だから」

 ふっとクマは笑って、とうとう諦めてくれたのかステーキを口に運んだ。そのまま二人してしばらく無言で食事を続ける。先に食べ始めていたこともあって私の方が食事を終えるのは早かったが、クマもそう時間を違えずに完食した。デザートのパフェを頼む。
 よく食べるなと呟いたクマにお腹空いてるからと返して、空いた時間にまた資料を引き寄せる。引退の時期は兄たちに合わせる。恐らくあと半年あるかないかだろう。それまでに、私たちの代で起きた問題は私たちの代で片を付ける。

「やっぱり今のところは静観しかないかな」
「だな。これ以上過激派を助長させないように、オレらの方でも軽く裏と目的探ってみる。リオとお嬢の方もよろしく頼むぜ」
「了解。でも私たちの場合は、ちょっと思い当たる節が多すぎてキツイかも。身内に東卍の総長もいるし、黒龍八代目総長もいる。しおんちゃんも入れれば私の周りだけで黒龍は八代目から十代目まで揃ってるし」
「灰谷兄弟もいるしな」
「あの二人は……うん、まあそうだね。良くも悪くも目立つし、敵視してる人たちもいっぱい居るだろうし。私たちとお互い揃って仲良いしね」

 でもまあ誰とも縁を切るつもりも離れる気も突き放す気も欠片もないので、私は全方位探るしかなくなったわけだ。愛美愛主の件も気になっているし、死神の「今はフツーにヒラ」発言からしてろくな事にならないのは確定だから、やはりそちらにも気を回す必要がある。体があと二つあればいいのに。
 ひとまずそちらは置いておいて明日あたりマンジローの方に探りを入れよう。愛美愛主は東卍の配下に下ったらしいけれど、どうにも嫌な予感がする。何があるか分からない以上、東卍には万全な状態でいて欲しい。死神は恐らくこの程度では手を引かない。それにアイツ、最近は本当に楽しそうにしているし。

 届いたパフェを少しずつ崩して食べ進めて行きながら、死神の憎たらしい笑顔と心底楽しそうな声音を思い出した。アイツの言う「面白そうな奴」は、一体どんな出会い方とアプローチをしたのか知れないが、死神を満足させるだけの何かを持っている。会ったこともないが、間違いなく永遠に関わりたくない部類の人間だろう。この先永遠に会わずに済みますように。

「お嬢顔ヤベェけど、どうかしたのか」
「言い方。別になんにもないの。ただムカつく奴のこと考えてただけ」
「ムカつく奴? チームの外の連中なら殴ればいいだろ」
「それはダメ。私の負けになるから。最初に向こうが殴ってこないとこっちから手ェ出せない」

 シュッと拳を前に突き出して殴る真似をして見せたクマに首を横に振る。勝負に武力を持ち出さないと決めた以上は、向こうにそれを破らせないと私の負けになってしまう。アイツにそんな理由で負けるのは癪だ。殴られたら殴り返すけど、こちらから手をあげることは出来ない。

 私の言葉にお嬢も大人になったんだなと笑いながら返すクマを睨み付け、パフェの最後の一口を飲み込んだ。


 +


 久々に会ったマンジローの機嫌は最悪だった。道場をお借りして軽く手合わせをしたけれど、顔にも態度にも蹴りにも「自分は今機嫌が悪いです」って思い切り出ている。今も私の作った冷やし中華を食べながら、ずっとむすくれている。私が佐野家を訪れたのと同時に鶴蝶くんに会いに行くと出ていったイザナの言っていた「マイキーめちゃくちゃ機嫌悪くて面倒」という言葉に心底同意する。

 しかしそうも言っていられないので、まだ冷やし中華は半分ほど残っているが手を止めて、マンジローに声をかけた。黒々とした瞳がじっと私を見つめてくるが、その食事の手が止まることはない。

「今日いないみたいだけど、エマちゃんは?」
「ヒナちゃんと遊びに行った」
「へえ、新しいお友達出来たんだ」
「タケミっちの彼女。お見舞い行った時に会ったんだって」
「あの子彼女いるんだ。って、お見舞い? 誰の?」
「タケミっちの」
「あの子入院してたんだ⁉︎」

 まあそりゃ私に伝える義務がないのは分かるけど、入院はなかなかな出来事だ。でもエマちゃんもタケミっちと知り合いなんだ。マンジローが紹介したのかな。それかお気に入りを集会にまで連れ回したらたまたま妹も来てて知り合った、とか?
 ヒナちゃんはオレにビンタするぐらい度胸があって良い子だとマンジローが言うからそれに頷きつつ、脳内でタケミっちの彼女ヒナちゃんを思い浮かべる。マンジローをビンタするぐらい度胸があって良い子でエマちゃんの友達でタケミっちの彼女。うーん、全然想像できない。マンジローをビンタするぐらい度胸があるというのがどうにもネックだ。

 いつか機会があれば会ってみたいと思いつつも、一応タケミっちが何故入院したのかも聞いておくことにする。あの子凄く良い子そうだったし、私のファンっぽかったから気になるのだ。彼女がいるのに良いのかなとも思うけど、まあファンは大事にしたいからね。

「パーと長内に殴られたんだよ。それで倒れて入院した。確か今はもう家戻ってて絶対安静だったはず」
「パーちんくんと、長内って……愛美愛主の総長ね。揉めて吸収したんでしょ。聞いたよ」
「ん。そういやパーがリコに礼言っといてくれっつってたよ。ダチとその彼女救ってもらってるから、直接言いたかったってさ」
「当然のことしたまでだから。手紙送るんなら大丈夫だよって書いといて」

 そうだよね。パーちんくんはその長内とやらを刺して逮捕されてる。相手は命に問題は無いそうだけど殺意があったことは確実だろうから、何年か少年院から出てこれないだろう。私ももう少し親しくしてれば手紙を送ってもいいんだけど、血の繋がらない弟の友人宛てとなると弾かれる可能性が高いし、わざわざ祖父に頼むほどのことでもないと思ってしまう。
 そして、パーちんくんのことを話した時のマンジローのより一層不機嫌さを滲ませた顔を見て、なんとなくケンチンくんとの諍いの原因が分かった。やっぱりそれなんだろう。そうだとは思っていたし、二人がそこまで揉めるとなるとそれ以外に何があるのかって感じでもあるだろうけど。

 さあどう話を切り出すかと少し考えたのだが、アホらしくなってやめた。回りくどいことはしない方がいい。私とマンジローの仲だ。そんなことしたってどうせ全部伝わるし、今日だって何を話しに来たかはもう分かってるんだろう。

「マンジロー、ケンチンくんと揉めてるんだってね」
「あんな奴知らねー」
「……まあそれは東卍の問題で、二人の問題なんだろうから口出しはしないけどさ。これは姉として、マンジローと同じくチームのトップ張ってる人間としての忠告ね。愛美愛主の件、終わったと思わない方がいいよ」

 すんと不機嫌な顔を引っ込めたマンジローが、何を言っているんだとばかりにこちらを見つめてくる。私もこれ以上放置するのは嫌で冷やし中華にまた手を付けながら、その目を見返した。

「歌舞伎町の死神。聞いたことあるよね。マンジローに言ったことあるか分かんないけど、私その死神とよく顔合わせるわけ。で、その死神が愛美愛主の件に一枚噛んでて、『自分は愛美愛主の中で今はフツーのヒラ』って東卍と愛美愛主が揉める前に私に言ってる」
「……でもソイツは東卍には入ってない」
「そう。私もそんな話本人から聞いてない。別の奴ならそれこそただ逃げたのかもしれないけど、アイツに限ってそれはないよ。だからせめてマンジローだけでも警戒を続けて。ケンチンくんとか幹部のみんなとかにそれを伝えるかはマンジローに任せる」

 手を止めて何かを考え始めたので、そのまま考え込ませておく。結局外から言葉を尽くされるより、自分で考えて結論を出した方がいい時もあるのだ。今のマンジローは正にそうだろう。

 数分ほどそうやってマンジローを見守りつつ冷やし中華を食していた時に、もうひとつ忠告できることがあったことを思い出した。ここ数日でよく身に染みたことだ。

「先達からの忠告だけど、チームの中で揉めてる状況そのままにしてると面倒なことになるよ」
「……夜ノ塵も揉めてんの?」
「揉めてるっていうか、面倒なことになってる。外からつつかれてるみたいなんだよね」

 目的が分かんなくてどうしようもないんだけど、と付け足してから、空になった冷やし中華の皿をマンジローの分も奪うようにして持ち上げて立ち上がった。信用はしているけれど、どこから話が漏れているのかも誰につつかれているのかも分からない現状ではマンジローにも詳細は話せない。警戒を続けなければならないのは私も同じだ。

 マンジローも言葉にせずともそれが分かったのか何も言わず、また何かを考え込み始めた。その間に私は食器を洗ってしまおう。


 +


 なんというか、マンジローとケンチンくんの喧嘩はタケミっちの言葉が良い方向に作用したらしく無事に終わった。タケミっちの思い出の品や、彼自身はなんとも悲しいことになってしまっていたけれど。
 マンジローと一緒にタケミっちのお見舞いに来たはずなのに、結局ろくにお見舞いが出来ていない。絶対安静なんじゃないのとは聞いたけれど大丈夫と頷いていたので、私はその言葉を信じることにする。

 そのまま連れ出された公園で、はしゃぐ男衆を眺めながらエマちゃんとヒナちゃんの会話に時折相槌を打つ。二人は同い年らしく、出会ったのはここ数日だと言うのに随分と仲良くなったようだ。年頃の女の子らしく恋バナをしている様はまさに目の保養。
 最初はお互い少し堅苦しく挨拶をしたけれど、ヒナちゃんはマンジローの言う通り良い子だった。芯も強そうなので、確かに大切な人に何かあったらマンジローをビンタするぐらいのことはしそうだ。でも理由なく暴力に走る子ではなさそうだから、多分マンジローがヒナちゃんになんかやらかしたんだな。

「リコちゃんも彼氏いるんだよ。ねえお姉ちゃん、ヒナにもリンドーくんの話してあげてよ」
「えー、別にいいけどたいした話ないよ? 逆に私はタケミっちとヒナちゃんの馴れ初めとかのが気になるんだけど」
「呼び出して告白したんです。それで、タケミチくんがいいよって言ってくれて」
「ヒナちゃんから告白したの⁉︎ いや、意外っていうか……タケミチくんからなのかと思ってた。あの子すごくヒナちゃんのこと好きそうだし」

 さっき軽く会話を見ただけでもよく分かった。あの子絶対にヒナちゃんのことめちゃくちゃ好きだよ。そういう感じの顔してるもん。多分竜胆くんと一緒にいる時の私も同じような顔をしてる。
 そう伝えればヒナちゃんは嬉しそうにはにかむものだから、幸せオーラにやられてエマちゃんに小突かれていた。でもエマちゃんもケンチンくんと一緒に二日後のお祭りに行く予定を取り付けたみたいだし、大きな進展だろう。ケンチンくんも分かりやすくエマちゃんのこと好きだから、いけるよ。気付いてないのはお互いだけってヤツ。

 年下の二人の恋愛に声援を飛ばしつつ、聞かれるままにぽつぽつと竜胆くんとのことを話す。本当にたいした話は無いのだ。八月に入ってから色々出掛ける予定も立ててるけど、二人で行動する時は大抵行き当たりばったりだし。まあそれが楽しいんだけどね。

「お姉ちゃんもリンドーくんと武蔵祭り来れば?」
「や、その日は竜胆くんが……うーん、用事があるって言ってたから無理なの。私は特に集会もなくて暇だし一人で適当にふらふらしてる予定」

 喧嘩とは言えずに用事とぼかして、誤魔化すように胸の前で手を振る。喧嘩も用事だろうし、嘘はついてない。エマちゃんはなんとなく気付いたみたいで半目でこちらを見てくるけど、ヒナちゃんは誤魔化せたようだ。よかった。

 二人は浴衣を着るというから当日の着付けを手伝う約束をしていれば、タケミっちのお友達だというメガネの子に声をかけられた。元気に挨拶をしてくれたので私もこんにちはと返す。この子の名前なんだっけ。なんとかくんだったことは覚えてるんだけど、そんなこと言ったらみんななんとかくんだよね。

「あの、リコさんってマイキーくんの彼女さんなんスか?」
「は?」
「お姉ちゃんが⁉︎ ウケる!」
「あっおい山岸!」

 何を聞かれるのかと思っていたらとんでもないことを聞かれて思わずフリーズしてしまう。エマちゃんは腹を抱えて大爆笑だし、駆け付けてきたタケミっちは顔色がすごい悪い。私のファンなんだとしたら、恋人事情とか聞きたくないよね。彼女であるエマちゃんがいるから何も言わないけれど、内心でそう同意しておく。私は誰のファンもやっていないからそういう感情は分からないけれど、理解はあるよ。

 一応マンジローとケンチンくんの方も見れば、二人も二人でめちゃくちゃ笑っていた。まあそうだよね。こんな勘違いされたのはじめてだし。私も多分マイキーくんってリコさんの彼氏なんですかって質問だったら大爆笑していたと思う。

「彼氏じゃないよ。マンジローは私の弟」
「えっ、弟⁉︎ お兄さんしか居ないんじゃ……!」
「もしかしてそれお兄のこと? タケミっちにお兄の話したっけ? 私、血が繋がってないきょうだいが何人かいるの。マンジローもその一人」
「じゃあリコさん、彼氏は……!」
「いるよ。二つ上の人」

 目を見開いて驚いているタケミっちが何に驚いているのかよく分からないけれど、タケミっちに山岸と呼ばれたメガネの子はショックを受けたような顔をしている。もしかしてこの子も私のファン? ヤバいな、私すごい人気じゃん。でもごめんね、心に決めた人がいるので。

 尚もショックを受けている山岸くんに面白がったエマちゃんが、お姉ちゃんの彼氏は六本木で有名な兄弟の片割れだなんだと言い出す。あー、こら。そういうことを言うと私のことまでバレかねないでしょ。軽く頭を叩けば、ごめんなさいと誤っているのかいないのかよく分からない声で謝罪をされた。うーん、可愛いから許す!

「六本木で有名な兄弟でリコさんの二つ上って……えっ⁉︎ 灰谷兄弟⁉︎」
「ほらバレちゃったよ」
「灰谷兄弟の片割れと付き合ってるってまさか……上野のガリ子⁉︎」
「あー、やめとけ。リコさんその呼び方されるとめちゃくちゃキレるから」

 突如叫ばれたあだ名にすんと真顔になって見せれば、頃合を見計らって乱入してきたケンチンくんが山岸くんを止めてくれた。最近だともうひとつのクソダサいリングネームみたいなあだ名で呼ばれることが増えてきて最悪だと思っていたけれど、やっぱりこうやって呼ばれてみると上野のガリ子も最悪だ。兄とセットで呼ばれればまだなんとかコンビ感が出るからいいけど、単体だとダメ。


 それ以上何も言うことなく山岸くんはケンチンくんに引き摺られてまた集団の中に戻って行ったので、私も立ち上がる。暑いしなんか飲み物買ってこよう。エマちゃんとヒナちゃんにも飲みたいものを聞いて、じゃあ買ってくるねと言ったところでまだ近くにいたらしいタケミっちと目が合った。

「……ヒナちゃん、タケミっちのこと荷物持ちに借りるね!」
「えっ!」
「ほら行くぞー、お姉さんがジュース奢ってあげる!」

 軽く背中を叩いて促し、私はさっさと自販機に向かう。まだ知恵熱で寝込んでる兄にお使いを頼まれているから、今日は兄の財布も持ち合わせているのだ。私の後輩は兄の後輩。私の妹は兄の妹。私の妹の友達は兄の妹の友達。私たちは一蓮托生の兄妹だからね。

 数十秒歩いて辿り着いた自販機で勝手に兄の財布から出したお金で適当にジュースを買いつつ、無言のタケミっちにも何が飲みたいか聞く。コーラで、と言った後にお礼を言ってくれたのでこの子は本当にいい子だ。マンジローだったら絶対お礼なんて言わないし、コーラにしてからやっぱりヤダとか言い出す可能性もある。いつまでも姉に甘えやがって。
 ついでにマンジローとケンチンくんとタケミっちのお友達の分もコーラのボタンを押しながら、私の斜め後ろに突っ立っているタケミっちを振り返った。

「何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
「えっ」
「タケミっち分かりやすい。顔に全部出てるよ」
「……あの、リコさんって」
「リコちゃん」
「…………リコちゃんって、稀咲鉄太って奴知ってますか」
「きさき……? ……ごめん、知り合いにはいない、と思う。チームにもそういう人間はいなかっただろうし」

 意を決しました、と顔にまた出ているタケミっちに、ペットボトルを拾い上げていた手を止める。頭の中に知り合いの顔と名前を思い浮かべて考えてみたけれど、そういう名前の知り合いはいない。そもそも私の交友関係は広くないので、やはり心当たりはなかった。
 その人がどうにかしたのと聞けば、タケミっちはうっと言葉に詰まる。

「いや、その……」
「私には話せない感じ?」
「はい……」
「ふーん、まあ分かった。その人に会ったりどっかで名前聞いたりしたら、タケミっちに連絡する。だからその人とのことで何かあったらタケミっちも私に連絡してくれない?」
「えっ?」
「なんとなーくだけど、嫌な予感がするんだよね。私のこういう時の予感ってすごい当たるから、念の為に、ね。まあうちのチームも今結構ゴタゴタしてて何かあった時に手を貸せるかっていわれるとちょっと微妙なんだけど」

 男衆に渡すコーラは全部タケミっちの腕の中に押し付けながらそう言えば、タケミっちは少し迷った後に頷いてくれた。何があるのか分からないけれど、ほとんど初対面の私に頼らなければならないようなことなのだろう。私が他の人より勝ってる部分って顔が良いところとスタイルが良いところと強いところと……わりとあったな。タケミっち、この人選正解だよ。

 お友達の分もコーラを押し付けたあたりで、タケミっちは慌てたようにお礼を言ってきた。さっきの山岸くんの発言に関しても詫びてくれたけど、まあリングネームの方で呼ばなかっただけ及第点なので不問とする。そちらで呼ばれていたら今頃山岸くんのメガネは大破していたことだろう。

「その、さっきのあだ名とかチームとかって、リコちゃんもどっかのチームに入ってるんですか?」

 当初の目的である自分たちの分のジュースも拾い上げたところで唐突に投げられたタケミっちの問い掛けに思わずフリーズする。この子はそれぐらいは知ってるのかと思ってた。知らないできさきとかいう奴のこと聞きたがってたのか。私が夜ノ塵のツートップ、上野のガリ子だって知らなければ、所詮私はただのマンジローの姉兼リコちゃん呼びを強制させる不審者でしかないだろうに。

「そうだけど……知らなかったんだ? 知ってて聞いてきてるんだと思ってた」
「いや、何となくそうなのかなとは思ってたんスけど……」
「上野の夜ノ塵ってチームに入ってるの。入ってるっていうか、兄と二人でツートップって呼ばれてる。だから兄妹でチームを率いてるって感じ」
「えっ⁉︎ トップ⁉︎」
「うん。本当に知らないんだね。マンジローとかから聞かなかったの?」
「マイキーくんと同じぐらい喧嘩が強いとは聞いてました。でもチームのトップとまでは……」
「あー、アイツあんまりその話しないからなあ……まあでも、そういうことだよ」

 冷たいうちに早くみんなに渡してあげようよと促して歩き出しながら、まだ驚いて何かを考えている様子のタケミっちを見る。この様子だと本当に知らないみたいなんだけど、じゃあどこで兄のことを知ったんだろうか。私に兄がいるとは知ってたみたいだし、あの言い方からしてイザナとシンイチローくんのことではない気がするんだよね。マンジローが私のきょうだいに関して説明するなら間違いなくイザナとシンイチローくんのことも話すだろうし。

 まあ私も結構名前を知られてるから、それこそお友達の誰かとかに何となく聞いていたのかもしれないし、どうでもいいか。この子にウチをつついて情報を得るメリットとか内部分裂させることで得することとかなさそうだし、その方面も気にしなくて良さそうだ。

「上はほとんど古馴染みでやってるチームなんだけどさ、さっきも言ったけど今ちょっと揉めててね。東卍も総長副総長で割れてるって聞いてたから、ウチみたいに面倒なことにならないといいなと思ってたんだけど……タケミっちのおかげで解決したみたいで良かった」
「いや、そんな、オレは特に何も……」
「謙遜しないでよ。タケミっちの言葉が二人に響いたから、あの二人は仲直り出来たんだよ。ケンチンくんも私の弟みたいなものだし、本当にありがとうね」
「……」
「マンジローってちょっと自分で抱え込みすぎちゃうところがあるの。私たちきょうだいがそれを吐き出させてあげたりしてたんだけど、タケミっちも良ければ、マンジローがなにか抱えてるようだったら気にかけてあげて」

 はいとしっかり返事をして頷いてくれたタケミっちに笑いかけて、さあ早く持ってってあげてと背を押す。私も早くエマちゃんとヒナちゃんにジュースを届けなくては。


 駆けて行った背中を見ながら、そういえば連絡するって言ったけど電話番号もメアドも交換してないなと思い出した。男衆は男衆で楽しそうにしてるし、ヒナちゃんに聞こうかな。でも彼氏の個人情報くれって言うのってちょっとダメな気がする。私も竜胆くんの個人情報教えてって言われたらめちゃくちゃ相手のこと威嚇するし。

 揃って大声でお礼を言ってくれるタケミっちのお友達と、言葉は無いものの頭を下げてくれるケンチンくんに手を振り、何故か手を振り返してきたマンジローにちょっと呆れながら、まあ連絡先に関しては後で考えるかと思考を放棄してエマちゃんとヒナちゃんの元に駆け寄った。

デブの耳に念仏

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