祭りの日の空気は好き。みんな楽しそうで、あちらこちらが賑やかで、色んな人が笑ってる。
エマちゃんとヒナちゃんの着付けを手伝って会場まで送り届けたあと、事前に宣言した通りふらふら歩き回って屋台を冷やかしながら、私は祭りの雰囲気を楽しんでいた。竜胆くんとこういう祭りに来るんなら浴衣を着込んで髪型もばっちり決めるけど、今日は一人だから普段着。食べ歩きする気満々で来たから、竜胆くんがお泊まりの時に置いていって私が勝手に着てるTシャツにスキニー、スニーカーで適当に出てきた。
今は焼きそばとたこ焼きとわたあめを買い込んで一旦食料確保をやめて座る場所を探している。目指せ全屋台のたこ焼き制覇。熱は下がったけれど、その途端に祖父に受験勉強をそろそろ始めろと雷を落とされてこの夏は家に軟禁されることが決まった兄に代わって、今日の私の使命はそれだ。
竜胆くんは私が一人で祭りに行くことに少し渋っていたけれど、蘭ちゃんがナンパしてきたやつの前歯抜いてお土産として持ってこいと私に言ったぐらいでやっと認めてくれた。前歯は抜いてこなくていいけど、触ろうとしてきたら鼻の骨を折れとのことだ。竜胆くんも竜胆くんでわりと殺意が激しいんだよね。まあ私も言われなくても触れられた瞬間に投げ飛ばすぐらいのことはしたけどさ。
私は自分で言うのもなんだけど顔は整ってるしスタイルも良いので、一人で歩いてると結構声を掛けられるのだ。祭りだからみんな浮かれてるのもあるんだろうね。初手で肩を組んできた奴は竜胆くんに言われた通りに鼻っ柱を叩きおって、腕を掴んできた奴は顔面を蹴り飛ばして前歯を両方へし折って、何度断ってもしつこく誘ってきた挙句に手を触ってきたやつは投げ飛ばした。それから誰も声を掛けてこない。やっぱり力を見せつけるのが一番なのだ。
喧騒から少し外れた神社の境内の裏手に回り、誰も周りに居ないことを確認してから何故か置かれているベンチに座り込む。お祭りに来ている旨を伝えてから大親友に買い込んだ食べ物の写真を送り、ついでにイザナにも写真を送った。アイツはアイツで鶴蝶くんを巻き込んで横浜で不良活動を再開させており、最近あまり顔を合わせていないのだ。自分たちの王国を作るらしい。私のことも召使いとして召抱えてくれるそうだけど、飯炊き要員にしようとしているのが目に見えていて笑った。
鶴蝶くんもすっかり大きくなって、イザナとマンジローはもう何年も前から分かりきっていただろうに弟が自分たちより遥かに身長が高くなったことにショックを受けているようだった。シンイチローくんも何を食べたらそんなにデカくなるのかと本人に聞いていたし、何故かデブがともかく食いまくれとシンイチローくんにアドバイスをしていたしで、基本うちの男衆は自由気ままだ。
今度久々に鶴蝶くんとも手合わせをしたいなあと思いながら、さっさと焼きそばもたこ焼きも食べ進めていく。美味しいけど屋台飯って感じだ。喧騒から外れて一人で食べているのもあってかそこまで買ってよかったとも感じない。食後のデザート枠のわたあめも流れるように食べ終え、まだ空腹感はあるので何か買いに行こうと立ち上がる。次は別の屋台を選ぼう。
何を食べようかなあと思いながら表に回ってゴミ箱にパックのゴミをまとめて捨てて、そこでふと気付いて息を吸い込む。なんとも独特な、雨の匂いだ。この匂いがする時は雨が降る。そう思って空を見上げた時にはぽつりと頬に水滴が落ちてきた。
傘なんて持ってきてない。ここからコンビニに買いに行ってもいいけど、この雨足の強さだと雨宿りする場所を探した方がいいだろう。咄嗟にきょろきょろと辺りを見回してみたけれど、神社ぐらいしかなかった。でも勝手に境内に入るのは罰当たりな気がするし、気が引ける。
やっぱりどこか別の場所を探そうと境内に背を向けて石段を三段飛ばしで駆け下りながら思案していれば、スキニーのポケットに突っ込んでいた携帯が着信を告げて震えた。特に確認することもなく立ち止まって応答ボタンを押す。
「もしもし」
『リコ? 今そっちどうなってる?』
「マンジロー? どうって、普通に雨降り出したところ」
『違くて……ケンチンとエマと一緒に居ねえの?』
「居るわけないよ。さすがの私も妹のデートに首突っ込まないって。一人で周ってたの。……何? 何かあった?」
『一昨日リコの言った通りだった。嵌められた。すぐそっち行くからケンチンのこと探して』
何が何だかわからなくて説明を求める私を無視し、慌ただしくマンジローは電話を切る。思わず通話の切れた携帯を見つめていたが、しかしそうしてもいられないようなので色々言いたいことは飲み込んで、また足を動かして駆け出した。
本当はどこかで雨宿りをしたいんだけど、もう全身びしょびしょだしこれ以上濡れようがそう変わらないだろう。風邪を引く気しかしないけれど、まあそれも仕方ない。私ってなんだかんだと風邪を引くと拗らせるから最近は気を付けていたんだけど、今はマンジローの頼みを聞いてやらなければ。
一昨日私が言った通り。思い当たるのは愛美愛主の件に関して忠告したことだけだ。まだ警戒は続けておけと伝えたが、やはりそれか。死神の憎たらしい人を小馬鹿にした笑みを思い浮かべて舌打ちをしながら、雨を避けるように駅の方に走っていく浴衣姿の人々とは反対方面に駆け抜ける。厄介事を起こすなら多分広いところでしょ。確かこっちに駐車場があったはず。
雨に足を取られそうになりながら曲がり角を曲がって、まず最初に人の多さが目に付いた。白の特服を着た見るからに不良集団とわかる連中が集まって、ざわついている。その中に一際背の高い人影が見えてまた駆け出そうとすれば、急に背後からぎゅっと手首を掴まれた。
「お姉ちゃん、ドラケンが……!」
「……エマ」
すわ敵かと勢い良く振り返ったが、そこにいたのはぽろぽろと涙を流す妹だ。近付いて抱きしめるようにしながらその手を握って背を撫でれば、所々言葉に詰まりながらも促すまでもなくエマちゃんは私に状況を説明してくれる。ペーやんくんに会って、一人だと思っていたのに他にも仲間がいて、ケンチンくんは頭を殴られた。その簡潔な説明を最後まで聞いて、想像していたのとはまた違う現状に思わず舌打ちをする。
人数的に加勢に入った方がいいのは確実だ。頭を殴られてて血が出てるとエマちゃんは言っているし、雨が降って気温も下がってきている。さすがのケンチンくんも状況が悪すぎる。普段なら勝てる相手でも、今は無理だ。
でもこの状況だと私は下手に手を出せない。東卍の参加に下った愛美愛主が単体で暴れてるんじゃなくて、その上に東卍の幹部であるぺーやんくんがいる。これじゃあ東卍と愛美愛主の抗争じゃなく、東卍が内部分裂しているだけだ。私が乗り込んでいって手を出すと確実に余計厄介なことになる。私だけならまだしも、話を膨らませて夜ノ塵が東卍に喧嘩を売ったなんて言われたらたまったもんじゃない。
マンジローに場所と状況を伝えるメールを送りながら、思考を回す。放っておいたらケンチンくんが危ないのは確かだけど、私から手を出すことは出来ない。出すなら出すで向こうに先に殴られておかなければ言い訳も出来なくなる。いっその事突っ込んでって誰かに殴られる? そうすればそっちが先に殴ったんでしょうと言い返すことだって出来るし。
どうしようどうしようと考えながらケンチンくんの方を見れば、もう結構ふらふらだ。それでも気丈に相手を殴り続けているけれど、やっぱり本当にダメそうなら私が突っ込んでいくしかない。念の為にエマちゃんに鞄を預けて、中に止血に使えそうなタオルなどは入れていることを伝えておく。私とスイッチしてケンチンくんがエマちゃんの元に戻って来れたなら止血をしてあげてと伝えれば、硬い表情で頷いてくれた。
どのタイミングで、出来れば向こうが勢いに任せて私を殴るように突っ込むかと様子を伺っていれば、エマちゃんが声を上げた。私もその視線を追うようにしてそちらを見る。三ツ谷くんとタケミっちだ。二人もケンチンくんを探していたらしい。
二人が来たことでケンチンくんはようやく肩の力を抜いたらしく、その場に座り込む。二人にならあとを任せられると判断したんだろう。それでも人数的にはこちらが不利だ。負傷者もいる。もしここで喧嘩が始まって五分経ってもマンジローが到着せず、こちらが分が悪いと判断したら私が助太刀に入る。うん、そうしよう。
そう思っていた時にちょうどタイミングよく、聞き慣れた排気音が聞こえてきた。マンジローだ。エマちゃんが小さくその名前を呼ぶ。ここからじゃ少し距離があるけれど纏う空気がかなり刺々しい。周囲も押し黙ってしまって、その声はよく聞こえる。ぺーやんくんに誰にそそのかされたのだと尋ねているのだ。お前はそんなことを考えるような奴じゃない、と。
多分それが引き金だった。それまでは予兆の欠片もなかったのに、粘ついているのに穿つようですらある視線が刺すようにこちらに向けられ、その元を確認するよりも早く咄嗟にエマちゃんの肩を掴んで背後に庇う。マンジローが来たことで少し私も肩から力を抜いていたのに、その視線を認識した瞬間に背筋が一気に粟立って息を呑む。
「お姉ちゃん?」
「ごめんエマ、多分離れてた方がいい。何かあったらすぐに呼んで」
一気に暴れ出した心臓を鎮めるようにして深呼吸をしながら、背後のエマちゃんに声を掛ける。そっと後ろ手にその肩を押せば大人しく下がってくれたけれど、尚も私に傘を差し続けようとするのでそれも断った。もうこれ以上濡れようが濡れまいが関係ない。
視線の主はマンジローと話していて、その蹴りを食らったにも関わらず相変わらず人を舐め腐った態度で私を手招きしているものだから、このままここに留まり続けてエマちゃんまで目をつけられることにならないようにと大人しくそちらに向かう。タケミっちが私の名前を呼んでくれているけれど、今は無視。ごめんね。
「リコ、お前の知り合い?」
「こいつが例の死神。アンタもう総長にまでのし上がったんだ? 随分お早いご昇進ですこと。どこからどこまでが仕込みだったわけ?」
「仕込みィ? 訳分かんね〜。不死鳥ちゃん何言ってんの?」
「もう顔がわざとらしいんだよなあ。まあどうでもいいよ、それは。ねえ、なんで私の事呼んだ? 東卍に喧嘩売りたいんだろ。わざわざ私を呼び出す理由って」
次の瞬間には身体が吹っ飛んで、少し離れた位置に倒れ込んでいた。何度か転がって勢いを殺すようにして受け身をとって、それでも久々に真正面から防ぐこともせずに食らった痛みに悶える。駆け寄ってきてくれたタケミっちに肩を抱くようにして助け起こされ口元を覆いながら俯けば、指の隙間から鼻と口から溢れる血がだらだらこぼれ落ちていった。
あ、と思った時には罰の方の拳が目前に迫っていたのだ。ボクシングをやってるからこれで動体視力は悪くない。防ごうと思えばあそこからでも十分防げた。マンジローのぎょっとした顔も見えたけれど、敢えて防がないことを選んだのは私だ。
派手に切れた口内が痛い。舌を噛んだみたいでどちらの傷も合わさって口の中は血だらけで、多分数日間はものを食べるのにも苦労するだろう。防がずに避けないことを選んでも体は咄嗟に逃げたのか、衝撃は上手く逃したようで鼻は多分折れてない。でも鼻血はしばらく止まらなさそうだ。
泣きそうになりながら大丈夫かと聞いてくれるタケミっちに頷きを返す。悪いけれど今喋ると口の中が絶対痛いから、しばらく喋りたくない。一切手加減せずに殴るんだもんよ、アイツ。
ゆっくり顔をあげれば、顎と首筋を伝って血がTシャツの中まで入り込んでいく。その気持ち悪い感覚に眉を顰めつつも、汚してしまったことを竜胆くんにどう詫びようかと考える。分かりやすいぐらいの現実逃避だ。見切っていたのにわざと正面から食らったとバレれば、二年前に宣告されている監禁にまた一歩近付きかねない。あの時から分かっていたことだけど、多分竜胆くんは本気で言っているし。
瞳に怒りと困惑を乗せたマンジローがこちらを見て私の名前を呼んでいる。空いた手を振ってそれに応えた。駆け付けないのは、死神に背を向けないためだろう。それが正解。
タケミっちの助けを借りながら起き上がる。血は止まらないけれど問題なく動けるし、脳も揺れてないようで手足にもなんの痺れも動かしにくさも感じない。本当に大丈夫かとまだ心配してくれるタケミっちを軽く手で制して、身を離した。未だ顔の下半分は手で抑えたまま、軽くその場で飛び跳ねる。問題なくいけそうだ。
抑えていたところで血が止まるわけでもないような気がしてきたので、血に塗れた手を顔から話して意味もなくスキニーで拭う。すぐ血を落とせる訳でもないし、もう二度と履けないだろう。買ったばかりだったのにまた買わなきゃ。
少々名残惜しくそんなことを考えていれば、先程殴られたあたりから色々な人に注目されてはいるのだが、ふとその中でも一際強い視線を感じた。軽く目を動かしてそちらを確認する。三ツ谷くんだ。パチリと目が合って心配そうに眉を寄せられたあとに、ちらりと視線がマンジローと死神に移される。……なるほどね。了解した。
「リコは今は関係ねえだろ。なんでアイツを殴った」
「なんでってそりゃあ、手っ取り早くオレの実力示すためには上野のガリ子を殴るのが一番いいだろ。お姉ちゃん殴られたからってキレんなよ、マイキーちゃ……」
不機嫌丸出しな顔で死神にマンジローが意見を始め、それになんとも愉快そうに死神が答えている。ここだ。
お姉ちゃんの辺りでぐっと踏み出し助走をかけ、その勢いのままちょうどいい所で空中に飛び上がる。かつてマンジローを吹っ飛ばしたあの日よりも綺麗にその横っ面に回転飛び蹴りが決まって、死神は先程の私と同じように転がって吹っ飛んだ。
難なく着地して、口の中に溜まっていた血を先程まで死神が突っ立っていたあたりに唾を吐くようにして吐き捨てる。止まらない鼻血が邪魔でグッと手の甲で拭ったら頬にまで伸びてしまったようでどうにも違和感があるけれど、これも雨で流れ落ちてくれるだろう。
「いってぇな……女殴る時は加減ぐらいしろよ」
「……バケモンかよ」
また血を吐いて掠れる声で呟けば、死神は吹っ飛んだ姿勢のまま半笑いで呟いた。失礼な。これでもかなりダメージは受けているのだ。ただ体に染み付いた動きで上手く衝撃を逃せただけ。あとは殴られ慣れてるのもある。
死神に気取られることのないようにマンジローにちらりと視線を向ける。わざと殴られたことはやはり分かっていたのだろう。しかしその理由までは分かっていないらしく、じっと見つめ返された。
まあ、簡単な事だ。
「歯ァ折れた?」
「折れてないよ。死神こそ折れてないだろ。自分の歯が折れてたらアンタの歯だって折ってる」
「ア? ……あー……そういうことかよ。一発食らったのもわざとって訳か」
「ん。覚えてんでしょ。喧嘩にすれば私の勝ちが決まってる。でも勝ちが決まってる勝負ほどつまんないものもない。だから私たちの間に喧嘩は持ち込まない」
「でもオレが手ェ出した時はまた別、ってか」
「そういうこと。テメェ如きがワンパンで私の事どうにか出来るわけねえだろ。浮かれてんじゃねえよ」
ゆっくり立ち上がって首を回すその身軀にそう言い捨ててやる。私をどうにかしたいならマンジローかイザナを連れてきて欲しい。それでも私が二人を一発で倒すことが出来ないように、二人も私を一発で倒すことは出来ないだろうけど。
すんと表情を消してこちらを見下ろしてくる死神に、両手を開いて揺らしアピールをする。言いたいことは分かっている。
「アンタのことはムカつくしボコボコにしたいけど、アンタのチームの連中には私からは手を出さない。約束する」
「……ヘェ。つまりこっちから手ェ出せば、不死鳥ちゃんもかかってくるってことね」
そのまま死神は言葉を切って東卍潰しだのマンジローをぶっ殺すだのと声を張り上げ始める。マンジローが平然としているので基本私も静観の姿勢だ。先程言った通り、そちらから手を出されなければこちらは手を出さない。余計な面倒事は抱えたくないし、そもそもあまり動かない方がいい気がしている。
死神が東卍を潰して得することが一切ない。そしてコイツの最近の言動や態度からして、死神のそばに居る「面白そうな奴」は「人を使える奴」だ。今日は用事があるとか、待たせると怒られるとか、私との勝負の時に死神が漏らす情報はそれだけ。それだけでも十分すぎるぐらいに、死神がその「面白そうな奴」の命令を大人しく聞いていることは分かる。
この男がだ。歌舞伎町の死神が。普通に考えてありえないだろう、そんなの。
恐らくこの件の裏にもその「面白そうな奴」がいる。死神を使って東卍に喧嘩を売って何をしたいのか知れないが、なるべく静かにしておきたい。チームも厄介な奴に目を付けられているのに、私単体で他の面倒な奴に目をつけられるのは余計に最悪だ。
と、思っていたのに、死神はそれまでベラベラと回していた口を止めてすっと私を指さして見せた。どうにも嫌な予感がしてその指をへし折ってやろうと手を伸ばしたが、あえなく避けられる。
「この女もやれ」
「……はあ? 何匹雑魚寄越したって私には敵わないってわかってんでしょ? 何、ゴミ処理に私使おうとしてる?」
「今日のオレの目的はマイキーなんだよ。弟クンぶっ殺してから構ってやっから、不死鳥ちゃんの相手はそれまでコイツら」
語尾にハートが浮かびそうなぐらい弾んだその声に眉を寄せる。正気か? 死神じゃあマンジローには勝てないだろ。コイツは自爆覚悟で特攻を仕掛けるような奴じゃない。裏にいる「面白そうな奴」にマンジローの実力を測ってこいと命令されてるとか? それが一番ありそうな線だけど、逆にそこまで死神を使える奴がどんな奴なのかが気になって来てしまう。
ダメだ。思考がさっきから同じところをぐるぐる回っている。ただでさえも頭を使うのは苦手なのに、雨に長時間当たっているせいで寒気もしてきたしこれ以上の思考はやめておくことにする。死神のことは無視してもう堂々と三ツ谷くんを振り返った。軽く目線で問いかければ、すっと頷かれる。
どうやら私の時間稼ぎは成功したらしい。
東卍四人相手にこっちは百人だと嬉しそうに宣言した死神はそもそも私のことは勘定に入れていないらしい。まあ、こっちも百人ぐらいは集まるだろう。うるさいぐらいに聞こえてくる排気音が響いて頭痛を覚えつつ、はあと大きくため息をつく。マンジローがちらりとこちらに視線を寄越してきたので、小さく疲れたと呟いた。絶対熱出るよ、これ。家に帰るまで持つ気がしない。今日は大人しく佐野家に止めてもらおうかな。
駆け付けてきてくれた東卍の皆さんがわあわあと死神率いる愛美愛主に食ってかかるのを本格的に疲れの出てきた頭は動かさず、ただただぼんやり見つめる。私居なくても大丈夫だったりしないかな。こっそり帰っちゃおっかな。ようやく鼻血の止まってきた鼻を軽く撫でて骨が折れていないか最終確認しながら、またため息をついた。帰れないよね、そりゃまあ。
マンジローにはなるべく後ろにいると伝えて、人混みに紛れるようにして駐車場の外れの方に向かう。東卍の隊員はそれなりに私のことを認識してくれているので、サッと道を譲ってくれた。うん、ありがとうね。
死神がなにかごちゃごちゃ言っていたけど無視だ。雑魚共をこちらに寄越す気満々のようだけど、両チームの人数が拮抗しているのだから私の元まで辿り着くのなんてほんの数人だろう。ブロック塀に寄り掛かるようにして座り込みながら、顔を上げてエマちゃんを探す。心配そうにケンチンくんや私の方を見ているので、ひとまずこちらは無事だと手を振っておいた。
ぶつかり合いだした東卍と愛美愛主を座り込んだまま見つめながら、額に手を当てる。あー、やっぱり結構熱い。こんなに雨に当たってる時点で熱は出るだろうと予想していたけれど、考えていたより案外早かった。
私はこれで案外熱を出しやすい人間なのだ。兄は昔病弱だったけれど今はマシになっていて、だけど些細なことで熱を出すし一度風邪をひくと症状は酷くなくとも割と長引くタイプ。対する妹の私は幼い頃から兄とは違って病弱でもなかったけれど、こうやって雨に当たったり他に怪我をしたりしている時だとかに風邪を引きやすく、それが重い上に兄同様長引くタイプだ。母に言わせれば両方面倒で、タイミングが最悪な私の方が厄介とのこと。
熱があることを自覚した途端に更に重くなった体を無理矢理持ち上げるようにして立ち上がる。ここ最近ずっとチームのことやマンジローのことなど色んなことを考えて色んな方面に気を配っていたから、自分でも知らないうちに気疲れしていたのだろう。これは絶対竜胆くんに雷を落とされる。前に熱を出した時も私と一緒にいるようになってから看病の腕が上がったと言っていたから、今回もきっと完璧な看病をしてくれるんだろうけど、怒られるのは確定だ。
その時はTシャツの件も含めて言い訳はやめて素直に謝ろうと決意しながら、ぼーっと争う二チームを見つめる。三ツ谷くんはやっぱり強いな。あれはタケミっち? あの子喧嘩弱いのかな。結構やられてる。でも何度殴られても立ち上がるところは、なんだっけ、何かに似てるな。あ、そう。
おきあがりこぼしだ、と思うのと、タケミっちがなにか叫んで膝を着くのは同時だった。何かあったのかと雨で相変わらず悪い視界の中、じっとそちらを見る。誰かが倒れてそのそばにタケミっちは膝を着いたのだ。……あれは。
咄嗟に駆け出して、わざわざ離れたはずの不良の波にまた突っ込む。重い手足を動かして雑魚を殴り飛ばし蹴り飛ばし投げ飛ばし、状況が上手く把握出来ていない三ツ谷くんにすれ違った時には「ケンチンくんがやられた」と伝えて彼らの元に向かう。マンジローと相対している死神が欲張って私の道すら塞ごうとしてきたので、邪魔だと叫んでタックルして吹っ飛ばしてやった。私を舐めるなよ。竜胆くん仕込みのタックルはアンタみたいなヒョロっちいやつ吹っ飛ばすぐらい訳ないのである。
「タケミっち! ケンチンくんは⁉︎」
「刺されてます! でもまだ息はある……!」
「おっけー分かった、ひとまずここから離れよう。私が背負った方がいいと思うんだけど、ごめん、今ちょっと体調悪くなってきちゃってて。タケミっちが背負って。寄ってくるのは全部どうにかするから」
タケミっちにケンチンくんを頼んだと言ったマンジローを振り返り、頷いてみせる。多分マンジローにも熱が出てきていることはバレているけど、ここは私に任せるしかないと判断したんだろう。苦々しい顔ながら頷いて、死神のことは任せろとばかりにマンジローは死神に向き合った。
それを確認してから、よろよろとケンチンくんを背負って立ち上がろうとしているタケミっちを支える。体格の差が大きくてキツイのだろう。それでも相変わらず諦めようとはしないものだから、場違いにも感心してしまう。やっぱりこういう所がシンイチローくんに似てる。
宣言したとおりに寄ってくる愛美愛主の雑魚共を適当に一撃で意識を飛ばすようにあしらいながら、数歩先を行くタケミっちを支えて先へと進む。息の切れてきたタケミっちを見るあたり、多少キツくても私が変わった方がいいかもしれない。路地裏に差し掛かったあたりでそろそろ変わると声を掛けようとすれば、タイミングよくエマちゃんとヒナちゃんが駆け寄ってきた。
「あー、救急車……そうだね、先にそっち呼ぶべきだった。……エマ、鞄からタオル出してケンチンくんの止血してあげて」
救急車を呼んでくれたというヒナちゃんにお礼を言ったあたりで思わず気が抜けて座り込む。深く息をついて地面に手を付き、エマちゃんににじりよって患部を押さえる手に自分の手を重ねた。空いた手で背を撫でて大丈夫だと励ます。
「……お姉ちゃん、体調悪いの?」
「んー、多分ちょっと熱出てる」
「わ、おでこ熱い! 休んでなよ」
「雨凌げる場所ないし、いいよ。今も大して何もしてないから休んでるようなもんだし」
とは言っても、意識が朦朧としてきているのも確かだ。雨に当たりすぎたし、多分自分が体調が悪いと認識してしまったのがダメだった。気付かなければ案外動き回れたりするんだけど、こういうものって一度意識してしまうとダメになるのだ。
尚も休んでてよと言ってくれるそのお言葉に甘えて少し休憩をしようとエマちゃんの肩にもたれかかって、一度目を閉じる。
+
「で、目が覚めたら病院だったって?」
「……はい…………」
「運ばれてから四日間ほとんど意識はないし、熱は下がらないし、挙句殴られた跡があるけどなんか知ってるかって医者に聞かれたオレの気持ち、分かるか?」
「分かります……ごめんなさい……」
「だよな、リコなら分かるよな。心配かけないようにする無茶はしないって言ったのはこの口だもんな?」
「あーっ、いひゃいいひゃい!」
無遠慮に伸びてきた手にぐいっと頬を横に引っ張られる。その手首をひしっと掴んで離してと揺さぶるものの一切無視で、力が緩められることはない。ぼーっとしてるこの六日間で口の中の傷は塞がったのにまた痛くなってしまう。
一分近く私の頬を引っ張ってようやく満足してくれたのか、その手が離れていく。と思ったら、バチンとデコピンされた。痛いと喚けばリコが悪いと取り付く島もなく言い捨てられる。
ちょっと休憩と目を閉じたはずなのに目が覚めたら病院で、体はだるいし重いしで私だって驚いた。目覚めたのが何日目のいつなのかも分からないけれどそれからすぐにまた眠りにつき、また起きて、また寝てを繰り返したのが八月四日から七日まで。八日になれば熱も下がってきて意識も保つようになり、そこから更に二日間の面会謝絶期間を経て今日、十日を迎えている。竜胆くんは事前に今日から病室に入れると聞かされていたらしく、いの一番にやって来て私を抱き締めて一頻り良かったと呟いた後、こうして尋問タイムに移行した。
ごめんねと何度目になるか分からない謝罪をすれば、ため息を返される。怪我をしての入院ではないと分かっていても相当肝を冷やしたらしい。喧嘩をして敢えて会わなかった期間はあっても、会いたくても会えなかったのは一昨年の秋に私が入院して以来だ。あの頃はなんだかんだと私は目が覚めていなくてもお見舞いには来れていたそうだし、竜胆くんが私の顔を見に来れない期間としてはこれまでの付き合いで最長レベルだったのかもしれない。
私に対する心配とまた問題に突っ込んでいって無茶をしたことに対する怒りのようなものをその紫がかった瞳に浮かべながら、竜胆くんはムスッとした表情のまま私にこれが本題だとばかりに問うてくる。
「結局誰に殴られたんだよ。正面から食らったんだろ」
「えっ、マンジローに聞いてないの?」
「マンジロークンがリコに聞けって言ってんの。で、誰? 骨折れてないしさほど腫れてもいないあたり上手く逃げはしたんだろ。でも正面からわざと食らった。オレとしてはリコが敢えて殴られにいく相手なんてイザナかマンジロークンぐらいしか考えらんないんだけど」
「あー……死神。歌舞伎町の死神だよ。愛美愛主の総長にのし上がったらしくて、それでね」
アイツが殴ってこない限り私は殴れないから仕方なく、と答えれば、またひとつデコピンが飛んでくる。甘んじて手加減のされていないそれを受け入れたが、竜胆くんは竜胆くんでなにかに納得したような表情をしていた。どうしたのと聞くまでもなく懐から何故か私の携帯を取り出す。えっ、なんで?
言葉にはしなかったがどうして持ってるのとじっと見つめていれば、私の携帯を触って何かを探していたものの視線に気付いたらしい竜胆くんがこちらを見て笑った。エマちゃんが私の荷物一式を母に預け、中身を改めている時にメールやら着信やらが入っていることに気付いた母が確認しておいてと竜胆くんに携帯を預けたらしい。我が母ながら適当すぎる。蘭ちゃんが付けたというゴリラのストラップがすごく気に触る。人の携帯に何してんだよ。
「半間から死んだのかってメール来てたんだよ。意味わかんなくて無視してたけど、アイツもその場にいたんだな。だから今、死ねって返しといた」
「めちゃくちゃなことするじゃん」
「リコのこと殴ったんだろ? これぐらい当然の報い」
「ええ……私のアドレスで死ねって返したんだよね……?」
「そうだよ。オレからも死ねって送っとく」
アイツとの勝負は夏休み期間も継続されていて、それを無断で休んだわけだから死んだのかと思われてもまあおかしくない。今までは行けない時は必ず連絡していたし、死神が最後に私を見たのは多分タックルをぶちかましてやった時だ。あれから見ていなくて戻っても来なければ、どこかで行き倒れたか何かだと思われたのだろう。
相変わらず変なところで殺意の高い竜胆くんに苦笑していれば、私のその顔に何を思ったのかベッドの上に腰掛けてにじりよってきた挙句に鼻の頭にキスをされた。そのまま顔中のあらゆるところに落とされる唇をくすぐったいとは言いつつも受け入れ、時折私からもキスを返す。
竜胆くんはキスが好きで、よくしてくれる。私たちの些細な言い争いや喧嘩の終了の合図はいつだって竜胆くんからのキスで、つまり今回も私は許されたということだ。わーい、監禁回避! 悪くない生活が出来そうだとは思うけど、せめてチームのことをどうにかするまでは外で自由に生活したい。
敢えて唇のすぐ横に繰り返しキスをしてくる竜胆くんに思わず笑えば、ふっと竜胆くんも小さく笑う。こちらからも唇のすぐそばにキスをし、ゆっくり竜胆くんの首に腕を回して目を閉じる。今は誰も来ませんように。
「ちわッス! リコちゃん、今いいっすかああああ⁉︎」
「来ちゃったよ……」
「は? おいリコ、誰だよコイツ」
ノックのひとつもなしにドアを開け放ち、おそらく私たちを見て声をひっくり返したであろうその子に諦めて目を開ける。ひええと情けない悲鳴を上げつつも引き戸にしがみついてこちらを見ているんだから良くも悪くも図太い子だ。
突然の乱入者に気を悪くした竜胆くんの背に腕を回してあやす様にリズムを付けて軽く叩きながら、その肩に頭を寄せる。くっ付いているのが好きな人なので、今はちょっとご機嫌を取らせて欲しい。
「タケミっち、ノック忘れてるよ」
「すっ、すみません!」
「竜胆くん、あの子が前にちょっと話したマンジローのお気に入りのタケミっち。で、タケミっち、この人が私がお付き合いしてる竜胆くん」
「コイツなんでリコのこと名前で呼んでんの?」
「リコちゃんって呼んでって言ったら呼んでくれたから呼ばせてる。早めに呼び方指定しとかなきゃまたあだ名で呼ばれることになるじゃん」
「オレがリコのことずっと名前で呼ぶからそれでいいだろ」
「エマちゃんもすっかりお姉ちゃんだし、鶴蝶くんも名前で呼び捨てだし、リコちゃん呼びは新鮮で」
「ああ……だから前に今日はリコちゃんって呼んでとか言ってきたんだ」
すんと不機嫌そうな声で呟いたものの私が呼ばせているのだと納得してくれたのが分かって私もその肩から頭を離す。竜胆くんは相変わらずドアのそばで立ち尽くすタケミっちを上から下まで見つめ、視線を何巡かさせたあとにひとつ鼻で笑って見せた。格下認定したな、今。
ぎゅっと距離を詰めて抱き締められたので、私もそれに応えて腕の力を少し強める。絶対タケミっちに見せつけるようにやっているんだろうなあとは分かるけれど、まあこのままでいいだろう。私は竜胆くんに抱き締められるのは好きでなんの問題も感じないので、タケミっちには耐えて欲しい。
「話があるんだよね。私もタケミっちに謝りたかったの。エマちゃんからの言伝聞いたんだけど、あの後大変だったんでしょ? 最後までそばにいられなくてごめんね」
「リコは悪くないだろ」
「そうですよ! リコちゃんは何も悪くないです!」
「おいオレの発言に乗っかんなよ。ってかお前そのダサい服なに? センス母親の腹の中に置いてきたの?」
「ひぃっ」
「もー、竜胆くん言い過ぎ! タケミっち大丈夫だよ! ヒナちゃんはタケミっちがどれだけダサくても好きでいてくれるって!」
「フォローになってない!」
泣き真似を始めたタケミっちに竜胆くんがつまらなさそうに舌打ちする。年下の男の子に対してガラが悪いよ。まあタケミっちと同い年の鶴蝶くんはもっと堂々としてるし、この子ちょっと情けないところがあるから竜胆くんとしては面白くないのかもしれない。
このままでは竜胆くんの罵倒語録が活躍してしまいそうだしそうなるとタケミっちが可哀想なことになりそうだし、それで話って結局なんなのと先を促す。わざわざ病室まで来てくれるあたり、大事な話なんだろう。タケミっちはまだまだ竜胆くんに脅えつつも、まっすぐこちらを向いて表情を切りかえ、口を開いた。
「リコちゃんは覚えてないかも知れないんですけど、キヨマサくんたちが来てもうヤベェって思った時、実はオレ逃げそうになってたんです」
「うん」
意気地ねぇなとばかりの顔をした竜胆くんの背に回す腕に力を込める。ちょっと今は黙ってて。頑張ってくれてるんだから。
「でもあの時リコちゃんもドラケンくんも、自分だって辛いのにオレに逃げていいって言ってくれました。自分たちがどうにかするから、もう逃げろって。あの言葉を聞いて頑張れたんです。ここで諦めてたまるかって、絶対助けてみせる、リベンジしてやるって」
「……私そんなこと言ってたんだ?」
「はい。オレに頑張れって言ってくれました。そのお礼を言いたかったんです」
「…………覚えてないんだけど、私の言葉がタケミっちの励みになったなら良かった」
真っ直ぐ射抜くように私を見つめながら力強く頷いてくれるタケミっちに私も頷いてみせる。本当に何も覚えてないし本当に言ったの? って感じなんだけど、私の言葉があって勝てたなら何よりだ。結果良ければ全て良しということで。
大人しく無言になってくれた竜胆くんが話が終わったなら出てけよとばかりにタケミっちを威嚇している。もう、竜胆くんったら。私と二人でいたいと思ってくれるのは嬉しいけど、年下の子をそう威嚇しちゃダメだよ。この子彼女いるし、その彼女のこと大好きみたいだし。
竜胆くんをチラチラと気にしつつも、タケミっちはそう言えばと思い出したようにまた口を開く。この後マンジローとケンチンくんが二人で来てくれるらしい。ケンチンくんも重症だったわけだし私がそっちに行ってもいいんだけど、ずっと寝てたからそろそろ動き回りたいんだって。それは私も一緒だよ。
「あの、じゃあオレ、もう帰ります」
「うん。わざわざ来てくれてありがとう」
「もう来んなよ」
「こら、竜胆くん。タケミっち、気にしないでいいからね。今度はヒナちゃんと一緒においでよ。それなら竜胆くんも何も言わないから」
「はい……」
「それと、今後もビシバシ私の事頼ってくれていいからね。困ったことがあったら連絡寄越してよ」
竜胆くんに気圧されつつも、私の言葉にタケミっちはまた強い瞳を見せてしっかりと頷く。タケミっちがたまに見せるこの瞳はシンイチローくんにやっぱりそっくりで、それがなくてもすごくいいと思う。
はよ出てけとばかりに竜胆くんに手で払われてすごすごと退室していくタケミっちのどこか肩の落ちた背中を見ながら、次に彼が頼ってくるとしたらどんなことなんだろうかと考えていた。
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またヒナを助けられなかった。それどころかアッくんは変わらずに稀咲の言いなりのままで、ドラケンくんは死刑囚。
やっぱりどうにかするためにはオレが東卍のトップに立って、東卍を潰すしかない。根っこを叩かなければ、もうどうにも出来ないのだ。
そう勢い込んで相変わらずごちゃごちゃとしたホワイトボードを見つめる。一つ一つの情報を頭に叩き込むようにして目で追い、そこでふと気付いた。左から右まで、くまなくホワイトボードの全てを探す。でもどこにもその名前が無い。
「どうかしましたか」
「ナオト、あのさ……そう言えばニュースとかでも名前聞かなかったけど、高賀警備ってこの未来ではあんまり目立ってないのか?」
「……」
「リコちゃんはナオトの言う通り、めちゃくちゃ強い子だったよ。マイキーくんの血の繋がらないお姉さんらしくて、凄い仲が良さそうだった。過去のリコちゃんは稀咲について何も知らないみたいだったけど、こっちのリコちゃんなら何か知ってるんじゃ……」
「…………」
「……ナオト?」
十二年前、リコちゃんの病室で言われた言葉を思い出す。また何かあれば頼れと言ってくれた。年数は経ってしまったけれど、きっとリコちゃんなら今でも有効だと笑ってくれるだろう。
過去に戻って会ってみるまでは分からなかったけれど、高賀警備が東卍を潰したがっているのは誰か身内が東卍の被害にあったからなんかじゃない。身内が、東卍の総長、佐野万次郎だからだ。
リコちゃんとマイキーくんは本当に仲が良かった。血の繋がった本当の姉弟だって言われても信じられるぐらい笑い方がよく似ていて、東卍のみんながリコちゃんのことを総長のお姉さんとして扱っていた。
マイキーくんのことを話す度にあんなに優しい顔をしていたリコちゃんなら、絶対にマイキーくんを止めようとしているはずだ。
そう思ってナオトにリコちゃんの話をしたのに、何も言葉が返ってこない。ホワイトボードから目を逸らしてナオトを振り返れば、言葉に詰まってらしくもなく何か言うのを躊躇っているようだった。そのままオレの視線を無視するように机の上からファイルを取り出し、こちらに差し出してくる。
その行動にどうにも嫌な予感がして、ファイルを受け取る手が震えた。まさか。
「ナオト、リコちゃんは……」
「タケミチくん、落ち着いて聞いてください。高賀警備はそもそもこの未来では創業されていません。社長の高賀リオも副社長の灰谷蘭も、副社長秘書の灰谷竜胆も、表には出ていない。目につく犯罪は起こしていませんが、三人揃って警察からも巧妙に逃げ回っています。きな臭い噂だけがある」
ナオトのその言葉に息を飲む。灰谷竜胆って、あの日リコちゃんの病室で会った「竜胆くん」のことだろう。リコちゃんを抱き締めて離さず、オレにすら嫉妬をしていた。傍目に見ても仲のいいお互いを想い合う二人なんだと分かった、あの光景が頭に浮かぶ。
あの時はこの二人はこの頃からの付き合いなのかと思っていた。お兄さん同士が作った会社の秘書同士縁があって結婚したのかと思っていたけれど、きっときょうだい同士最初から付き合いがあったのだろう。いつかオレとヒナもこんなに仲良くなれればと思ったのだ。
「未来が変わった時、ボクも改めて高賀警備関係者に関しては覚えている限り調べ直しました。それがその情報をまとめたものです」
その言葉に、震える手でファイルを開く。一ページ目。開いて直ぐに飛び込んでくる小さな新聞記事の切り抜き。二〇〇五年十月二十五日午後二十二時頃、東京都台東区の廃工場裏で男女二名が血を流して倒れていると通報があり、消防が駆け付けた所──
「所属している暴走族チームの集会後だったようで、現場状況から言って恐らく先に刺された男と犯人との間に背を向けて入り、庇ったとされています。男の方は一箇所腹部を刺され、それが致命傷になったようですが、高賀リコは心臓を刺された後も執拗に攻撃を受けたらしく……」
そこで歯切れ悪くナオトは口を閉ざす。オレの顔色を伺うようにしてこちらを見たあと、その記事の通りですと呟いた。
「高賀リコは十二年前の十月二十五日、何者かによって刺殺されています。犯人は未だ逮捕されていません」
雨垂れデブを穿つ