あちらこちらにちょっかいをかけて私の視界で目障りな動きしかしていない姑息な野郎を認識してから丸一日。学校はサボって佐野家に泊まり込み、定休日だなんだのと昼まで寝ているシンイチローくんを叩き起して食料の買い出しに付き合わせて、家事やらなんやらも一緒にさせて体を動かしながら、その間中ずっと考え事をしていた。
 クマと兄と幹部陣に「ウチをつついてる人間は分かった。明日の集会後に話すからいつも通り残って」とだけ連絡をし、誰なのかとかもしかして自分で探ってるわけじゃないだろうなとかひっきりなしに届くメールは全部無視していた。心配してくれているのは分かるけれどあまりにもしつこくて思考の邪魔だったので、敢えて竜胆くんに電話して兄に明日まで待てと伝えてと言えばきちんと伝えてくれたらしくメールも着信も常識の範囲内に減ったので良しとし、そのまま無視を継続している。

 昨日までの私の考えは言ってしまえば、裏にいる人間とその目的が分かるまでは動くなというものだ。目的は分からないが裏にいる人間は分かったし、恐らく目的に当たりがついているであろう人間も見つけた。つまりもう殴らない理由がない。
 コソコソコソコソ嗅ぎ回って、弟のチームにまで所属して、それでも未だに死神の裏についていて、何がしたいのか全くもって理解出来ないし単純に不快だ。しかも自分だと気付かれないように巧妙に人を使って他所様のチームをぶち壊そうとしやがって。やり方が本当に姑息なんだよな。絶対コイツ素手の相手の後ろから獲物持って殴り掛かってくるような奴だよ。私の大っ嫌いな部類の人間。

 怒りに任せて適当に野菜を切ったせいで野菜と肉の量が釣り合っていない夕飯の野菜炒めは師範とエマちゃんには好評だったけれど、イザナとマンジローには不評だった。私が怒り狂いながら野菜を切り続けていたことを知っているシンイチローくんが冷や汗を流しながら二人を止めたけれど、一度口にした時点でもう遅い。何をしたかは言わないがその後二人は文句のひとつも言わずに食事を終えたとだけ。


 夕食後、今度出掛ける時の服を選んでもらうと言ってエマちゃんがイザナを連れてリビングを出ていって、シンイチローくんと師範もなにかすることがあると自室に戻っていってしまったあと、リビングには私とマンジローだけが取り残されていた。私はまだまだ湧き上がってくる怒りをどうにかするためにずっと知恵の輪を弄り回しており、マンジローはそんな私をじっと見つめているのか視線だけを感じる。それから徐に、口を開いた。

「一週間後の三十一日、芭流覇羅とぶつかる」
「どこだっけ、それ」
「愛美愛主の残りの連中を半間がまとめて、他の反東卍勢力とかいうのを一虎がまとめた新しいチームだよ。場地もそこに入った」
「ああ、死神の言ってたチームね。……だからケースケがマンジローの幼馴染みだろとかいう話振ってきたんだ。アイツほんとめんどくせぇ奴だな」

 考えて解くのが面倒になっていて知恵の輪をあちこち軽く引っ張って破壊工作に勤しみながら、マンジローの話にはきちんと相槌を打つ。ケースケは恐らく稀咲鉄太とかいう奴を危険視していて、その稀咲と並々ならぬ繋がりがあると予想される死神のチームに入ろうとした。羽宮一虎がそこに居るってなったら余計に色々感じてしまったのだろう。あの子はそういう、勘だとか感受性の強い子だから。
 あの時将棋盤で殴り掛かっておいて良かった。そうでもしていなければ私はこの話を聞いた瞬間に歌舞伎町に乗り込んで死神の腕の骨を折っていただろう。本当にムカつく奴だよ。

「それどこでやんの」
「向こうは観客呼ぶ気満々っぽいから夜ノ塵にももう話行ってんじゃねーの」
「ウチに来てても私のところには来ないよ。あ、言ってなかったっけ? 私明日でチーム抜けることになってるから」
「はあ⁉︎」

 ぎょっとしたように叫ぶ様がケースケに似ていて笑えてくる。なんでだよと聞いてくるので、軽く手を振って制止しながら言葉を探した。ケースケに説明した時とは色々と私の感情も違ってきているし状況も変わってきているので、どう説明したものか。

「賭けみたいな感じ。色々あって満足に動けてなくてにっちもさっちも行かなくなってきたから私がやめてどうにかしようとしたけど、裏にいる人間が分かったからさ。明日どうにか出来なかったら辞める。どうにか出来て、お兄たちと話して落とし所が見つかるんなら続けるかも」
「……それってもしかしてタケミっちの言ってた夜ノ塵が内部分裂してるかどうかってのと関係してんの」
「してるだろうね。あの子、色々知ってるみたいだから。私も今日中に連絡して明日五分でも会えるようにするよ」

 それで場所はどこなのと聞けば廃車場だと答えられた。廃車場ってあれじゃん。私とイザナとマンジローで戦ったところ。第一次きょうだい戦争を起こした、当時は黒龍のシマだった場所だ。今はどうなんだろう。大親友に聞いてみようかな。

 因縁深い場所だねえと言えば、来るのかよと聞かれた。もちろん行くけど。逆になんで行かないと思ったんだよ。行かない理由の方がないだろ。

「シンイチローとリコに怪我させた一虎がいるチームとの抗争だぞ。嫌じゃねえの」
「逆に聞くけど、マンジローはお兄ちゃんとお姉ちゃんに怪我させた羽宮一虎がいるチームとの抗争、嫌だなって思ったりしないわけ? 因みに私は別に嫌でもなんでもない。やられたことは気に食わないし許してないけど、結局生きてるから」
「……」
「あの日約束したでしょ。羽宮一虎と会ってみて無理だなとか殺したいとか思っちゃったなら私を呼んで。私が審判して駄目な時は止めるし、どうしても殺したくなるって言うなら代わりに半殺しにする。だから私はその抗争を見に行く。いいね」
「……本当に頑固だよな」
「よく言われる」

 とうとう飽きてきたので知恵の輪を放り出し、ぐっと伸びをした。そのまま机に放置していた携帯を取り、電話帳からタケミっちを探す。マンジローの話からして私の事、というかウチのことを知りたがっていたようだし、私も話がしたい。今電話してしまおう。
 私の放り出した知恵の輪を引っ掴んであれやこれやと弄り出したマンジローの気配を確認しつつ、電話をかける。出なかったらまた後でかけるか明日の朝イチでかけ直そうと思ったのに、タケミっちは一コール目が終わるよりも早く出た。

『っ、リコちゃん⁉︎』
「うん、そうだよ。久しぶりタケミっち、あのさ」
『生きてる……! リコちゃんが生きてる…………!』
「いや、生きてるけど……何、泣いてるの?」

 電話の向こう側でわあっと泣き出してしまったタケミっちに思わずマンジローを見れば、さっと肩を竦められる。マンジローにもよく分からないらしい。この子やっぱりちょっと泣き虫なところがあるでしょ。そんなところもシンイチローくんに似てるのか。
 そりゃあシンイチローくんのことが大好きなマンジローのお気に入りにもなるよなと思いながら暫く泣き止むのを待っていたのだが、五分たっても一向に泣き止まないためそろそろ待つのに飽きてきた。何があったのか知らないけれど勝手に私の生存を喜んで号泣しないで欲しい。死ぬ気は無いというのに。

「あの、タケミっち、いい?」
『ううっ、はいぃ……』
「全然良くなさそうじゃん……まあいいや、タケミっち稀咲鉄太のこと気にしてたよね? 夜ノ塵のことつついてるのも多分そいつなんだけど、目的とかって分かるかな」
『えっ……! 稀咲が、夜ノ塵を……⁉︎』
「うん。明日の集会で片付けたいの。知ってるなら教えて欲しい」
『ダメです!』
「うん?」
『明日の集会、リコちゃんと副総長の人は絶対行っちゃダメだ……! 詳しいことは話せないんですけど、絶対、行っちゃダメなんです!』

 尚も絶対ダメだと言い募るタケミっちに思わず苦笑してしまう。何があるのかは分からないけれど、どうやら明日何かがあるらしい。それも私とクマに、だ。
 タケミっちがここまで必死で言い募ってくれるんだから出来ればそれを受け入れたいんだが、今回ばかりはそうも言ってられない。

「悪いけど、行かないわけにはいかないよ。私も私で明日、全てを終わりにしたいと思ってる。誰かを崇拝することでしか意思表示も出来ない無能の雑魚共はもう目障りなんだ」
『そんな……』
「だから、タケミっちも明日の集会においでよ」
『……え?』
「明日私とクマに何かあるんでしょ。でもタケミっちはそれを私たちには話せない。なら、キミが来て何かあった時に私たちを守ってよ」

 電話の向こう側でタケミっちが息を飲む。答えはもう出ているのだろう。じっとこちらを見て話の流れを伺っているマンジローに軽く手を振って、なんでもないと示す。

 そういえばタケミっちはつい最近東卍に入ったんだっけ。それなら一応他所の集会に顔を出させる前に総長に許可を取っておいた方がいいのかな。まあマンジローならいいと言ってくれるだろう。
 タケミっちは確か弐番隊に入ってたはずだ。わーい、三ツ谷くんに連絡できる用事が出来た。好きな人は竜胆くんだけど、それはそれとして私は三ツ谷くんの顔が大好きなのだ。タイプの顔をしてる。ストレス発散というわけではないけど、好きな顔を見て癒されたいとは思う。

 いやよく考えたらメールか電話しかしないんだから顔見れなくない?

『行きます! 連れていってください!』
「おっけー、連れてく。集会は二十時からだから十九時に上野駅に来て。特服着てるから私の事分かると思うけど、分かんなかったら連絡してね。あと、私服で来るように」
『うっす! オレ、絶対にリコちゃんたちを守りますから!』
「頼もしー、じゃあタケミっちに命預けちゃおーっと」
「軽くね?」
「あ? なんか言った? そうだ明日タケミっちのことウチの集会に連れてくからね。タケミっちマンジローがいいって!」
「いや言ってねーけど」

 勢い込んで宣言してくれるタケミっちの声を微笑ましく聞きつつ、軽く集会場所の説明をしておく。しかしタケミっちは普通に夜ノ塵の集会場所を知っていた。廃工場ですよねと言われたのでそうだよと返したけれど、この子は本当にどこでそんなことを知ったんだろう。あんまり不良事情に明るくなさそうだなと思ったのに、意外なことばかり知っている。もしかして周囲を嗅ぎ回る小物に耐えられなくなって情報収集してたりするのかな。

 暫く言葉を交わしてから電話を切り、何がそこまで気になるのか知恵の輪をがちゃがちゃと弄り回しているマンジローを見る。これはヤケになってるな。
 でもそうだよね、これめちゃくちゃ複雑だよ。シンイチローくんが何年か前に買って意味が分からなくて放り出していたものらしいんだけど、冷静に物事を考えることの出来る師範あたりはきちんと解けるのかもしれない。いやでもあの人も脳筋な所あるからなあ。

「貸してみな」
「ぜってーリコには無理だって」
「いーや、行けるね。ほら」

 口では無理だと言いながらも解き方が気になるのか大人しく手渡してくれたので、受け取ってそのまま左右に思いっきり引っ張る。耳障りな音がして知恵の輪というか二本のちょっと歪んだ棒になった。私にかかればこんなもんよ。名付けて知恵の棒だ。
 片方をマンジローに渡してあげたのだが、違うだろと言われてしまった。何がだよ。いいだろ、一応解けたことになるだろこれでも。

「頭で考えるよりこうした方が私としては早いんだって。喧嘩にも頭は使うけど、殴り合ってる時にどこをどう殴ればいいかとか阿呆みたいに考えたって無駄でしょ」
「言ってることめちゃくちゃじゃん」
「例えばタケミっちが全国一ってぐらい頭がいい子だったとする。あの子喧嘩弱いんでしょ? そのタケミっちと私がぶつかっても、タケミっちがいくら喧嘩の最中に策を巡らせたって私が本気で殴れば意識は飛ぶし一瞬で私の勝ちじゃん」
「……つまり?」
「力こそパワーってこと」
「いやお前それ場地ぐらいじゃねえと引っ掛からねえって。期待して損したわ」
「お兄も引っ掛かったよ。というかマンジローもどちらかと言えば私寄りなんだからケチつけないで欲しいんだけど」
「オレに失礼すぎるだろ」


 +


 どうするかなあと悩んだんだけど、結局いつも通りスキニーに無難な無地の半袖のTシャツを着て、上から適当に特服を羽織った。そもそもサイズがあっていないので前を閉めてしまうとちんちくりんに見えるから、私は特服の前は閉めないのだ。兄はデブらしく年中暑がりなので上はずっと半袖のTシャツ。私は季節によって中を長袖にしたり、学校帰りにそのまま集会に参加する時は制服の上から適当に羽織るだけのこともある。

 改札のすぐそばで柱に寄りかかってタケミっちを待ちながら、大親友とメールで進展のないやり取りを続ける。珍しく返信はしてくれているがメリットがないから嫌だと反応は芳しくない。大親友だよねメリットなんて要らなくない? と送ったら大親友という体で連絡を寄越してきているならもう返事はしないと言う旨をもっと粗雑で乱暴な言葉で返してきたので、大人しくお互いチームの頭同士として会話を続けていた。
 もう一件の方は親指を立てている絵文字だけが返ってきたので、恐らく了解ということだろう。わざわざ個別で連絡して頼んだのに、その数分後に面白そうだから二人で見に行くと連絡を寄越してきたのは流石に殴りたくなったが。顔がタイプじゃなきゃ絶対殴ってたと思う。あの顔は損なわれてはいけない美術品みたいなものだから殴らないけど、あの顔じゃなきゃ殴ってた。

 君の部下が私の事着信拒否しててメールも一切見ていないどころか私と番号やアドレスを交換した後に携帯自体変えた疑惑すらあることが問題なんだよ、と説き伏せるように大親友に送ったものの、いつになく早いスピードでストーカー行為はやめろと返ってきた。なんで? 私なんだと思われてるの? ストーカーなんてするわけないだろ。
 大親友からの犯罪者認識に心を痛めつつ、そろそろかなと柱に預けていた体を起こす。そのまま顔を上げればタイミングよくタケミっちが改札を抜け、辺りをきょろきょろと見回した後に私を見て目を見開いた。この格好は初めてだからね。にしてもタケミっちの私服のセンスは相変わらずのものだ。

「直接会うのは久しぶり。元気そうで何よりだよ」
「久しぶりです……!」

 一体何がそこまでタケミっちの涙腺を刺激するのか、挨拶してそのまま涙目になられてしまったのでその背を押すようにして無理矢理歩かせる。イザナと同じぐらいの身長はあるようだけれど、私よりは低い。私がその背を押していても無理のない体勢だ。
 ここで泣かれると少し目立つ。特服を着てるし今日は髪を結んでいるせいでインナーのワインレッドがよく見えるしで、先程から周囲の視線は感じ続けていたのだ。これで男の子を泣かせているとなったら面倒だし、おかしな評判がついても困る。

「本当は適当にバイクで行こうかと思ったんだけど流石に人後ろに乗せて事故るわけにも行かないし、タケミっち的にも事故るかもしれないって分かってて乗るのは嫌でしょ。だから今日は歩きね」
「全然平気っす! でも事故るかもって、無免だからとかですか?」
「違う違う。そもそもキミの周りに無免運転してる奴らいっぱい居るでしょ。ソイツらと比べても、昔から乗ってるから下手でもないと思う。でも二年前にちょっと色々あって怪我して、今でも左手の指先がたまに痺れるの。本当にちょっとだけどバイク乗ってる時に出てきてもし事故っても困るでしょ」

 あれから何だかんだと連絡を取りあってたまにエマちゃんも一緒に三人で出掛けたりしているヒナちゃんにも合わせる顔がなくなってしまう。そもそもヒナちゃんだって彼氏が女のバイクなんて乗って必然的に身体が近くなるの嫌だろうし。私は竜胆くんに別の女を後ろに乗せて欲しくないので、そういうことだ。

 私の説明に納得してくれたらしいタケミっちが頷いてくれて、いつの間にかその涙も止まっていたようなのでじゃあさっさと行こうかと駅を出ていつもの廃工場を目指す。徒歩だと駅からは私の足で一人で二十分近くかかるから、話しながら歩けば三十分は軽くかかるだろう。少し早めに集合時間を伝えておいて助かった。
 お互い共通の話題は東卍の話かマンジローの話ぐらいしかないので、その話をしながら歩く。まだ特服は仕立ててもらって居ないそうだけど、三ツ谷くんとはちゃんと上手くやっているらしい。知り合いなんですかと聞かれたので、創設メンバーはみんな知り合いだし副隊長陣もみんな顔見知りだと話しておいた。

「あ、じゃあ一虎くんのことも知ってる感じですか?」
「うん。会ったの?」
「はい。あと、場地くんがマイキーくんのお兄さんのお店に盗みに入ってお兄さんとマイキーくんの大切な人に怪我をさせたって聞いたんですけど、その大切な人ってどこにいるか分かりますか。千冬とその人も何か知ってるかもって話してたんですけど、マイキーくんはあまり良い顔しなかったので……」
「ここにいるよ」
「え?」
「それ、私。っていうか千冬とも会ったんだ。まあタケミっちと確か年一緒だもんね。ケースケのことで会った感じ?」
「えっ⁉︎ リコちゃんって場地くんとも知り合いなんですか⁉︎ っていうか左手の痺れってもしかして」
「そうそう。シンイチローくんのこと咄嗟に守ろうとしたら左腕殴られちゃってさ。骨にも神経にも異常がないのは奇跡だーって言われたけどやっぱりたまに痺れが出てくるの。ケースケは幼馴染み? っていうか、やっぱり弟みたいな感じ。佐野のお爺様のやってらっしゃる道場で会ってさ」

 ずっと驚いているタケミっちにケースケやマンジローとの思い出話をしながら、やっぱりケースケもマンジローも私が何を言ったってあの日のことをずっと気にしているんだよなあと考える。まあそうか。何だかんだと傷は残っているし、そもそも私が傷が残ることを何も気にしていないから堂々としているし。あれ以来喧嘩でも蹴りばっかり使っているし、バイクもあまり乗らなくなった。そういうものを一つ一つ見る度に、あの二人はあの日のことを思い出すんだろう。

 とは言っても、私の主義主張はずっと変わっていないわけだ。あの日の行動を何一つ後悔なんてしていないし、何度同じことが目の前で起きても絶対に次もその次も庇う。この傷だってこんなもので済んだなら安いぐらいだろう。私もシンイチローくんも元通りとは言えずとも生きてるわけだし。

「千冬はケースケのこと何か言ってた?」
「場地くんは芭流覇羅を探るために東卍を抜けて芭流覇羅に入ったんだって言ってました。稀咲が芭流覇羅の副総長の半間と繋がっているところまでは分かったんです」
「うん。私もそこまでは掴んでる。死神……私はその芭流覇羅の副総長のことを死神って呼んでるんだけど、そいつはめちゃくちゃ気紛れな奴なの。人の下につくなんて出来る奴じゃない。一年ぐらいの付き合いだけどそれはよく分かってる」
「そんな半間が稀咲と繋がって、稀咲の言う通りに動いてる……」
「そうなんだよ。コソコソコソコソ人のチーム嗅ぎ回って、何がしたいのか知らないけど面倒事ばっかり起こしやがって……タケミっちは稀咲に会ったことある?」
「はい。この前の集会で会いました」
「マンジローより喧嘩の腕は強そうだった?」
「えっ、マイキーくんより⁉︎ そんな人いますかね⁉︎」
「ってことは、マンジローより強くはなさそうだったんだね。じゃあ私の敵じゃないや」

 しばらく歩いていれば、だんだんと同じ特服を背負った連中とすれ違うことが増え、ヒラには畏まった挨拶をされるし古参にはそれなりに砕けた、でも私がこのチームから抜けるという話は聞いているのか少し伺うような言葉を投げられる。それには集会後にねと適当に返し、譲られる道をそのまま歩いていく。何人か名前と顔を把握している過激派の連中が集まっていたが興味は無いので無視した。

 先程との私の言葉の意味を考えているのか無言になったタケミっちの背をまた押し、ようやく見えてきた廃工場の入口に向かう。屯して何かしている古参メンバーによれば、もう既に幹部陣や兄とクマは中に揃っているらしい。時間を確認したのだがもう集会二十分前を切っているし、ちょうどいいくらいだろう。

「タケミっち、着いたよ」
「あっ、はい!」
「……私のさっきの言葉の意味考えてるんでしょ」
「……はい。マイキーくんより強くないなら敵じゃないってどういう事なのかなって」
「そのままだよ。私すごいか弱い女の子に見えると思うんだけど、これでチームのトップを兄と張るぐらいの実力はあってね。マンジローとも引き分けるぐらいには強いんだ」

 また叫ぶように驚いてこちらを見つめてくるタケミっちにぱちりとウインクをしてみせる。この子の前でそこまで暴れたことがなかったから分からないのかもしれないけれど、私は君より全然強いんだよ。敢えて得意の拳を封印したってここまでやって来れてるぐらいにはね。
 既に中に入って集会が始まるのを待っているヒラたちが頭を下げてくるのでそれに手を振って応え、中心を目指す。集会時は私と兄とクマ、それから幹部陣は中央に集まるのが常だ。古参は大抵二階からの参加で、ヒラが下。あとはしおんちゃんはチームに入ってないのにたまに集会に参加するけど、その時は大抵私の隣。

 今日は私がしおんちゃん以外を連れて集会に来たので、それが珍しいのかあちらこちらから無遠慮な視線を投げ掛けられるが全て無視する。タケミっちはかなり気にしているようだけど、別に平気だ。とは言ってもまあこういうの慣れてなさそうだからなあ。東卍の集会よりも全然規模が大きいし、基本的に体格のいい奴らが多い。タケミっちからしたら見下ろされているようなものだろう。

「お嬢」
「うん。言いたいことがあるのは分かるけど、後でね。この子は私の客だから、今日はここに置く。タケミっち、このデブが私の兄で、こっちが副総長のクマ。それからあとはみんなウチの幹部」
「おい誰がデブだ」
「集会が始まってから改めて私の客だって言うけど、今日はここにいて。君が私たちのことを守るためにはそれが一番でしょ」

 何か言いたげなクマを言葉で制して、相変わらずのデブは無視する。私が帰ってこないと蘭ちゃんに連絡を入れたのは知ってるんだからな。心配してくれたのは分かるけど、そのせいで竜胆くんにまで事が知られてしまった。全部終わってから話そうと思ってたのに。
 力強く頷いてくれたタケミっちが周囲に居ないタイプの子だから気になるのか幹部陣がわらわらと囲んで、萎縮するタケミっちにあれやこれやと質問をして勝手に盛り上がっている。まあ、ああやって幹部に受け止められていると分かれば突然の客でもみんな文句は言わないだろう。あちらこちらにいる雑魚共の視線が鬱陶しいが、ひとまず無視だ。お楽しみは後に取っておく派なので。

 こちらに寄ってきたクマとチラチラと私を気にしている兄に思わずため息をつく。そんな分かりやすくしたら何かあるとバレるだろ。言いたいことや聞きたいことがあるのは分かるけど、もう少し隠して欲しい。

「分かってると思うけど、今は話せないよ」
「……リコ、二日前のアレ、本気か」
「本気だよ、お兄。私はずっと本気だ。……でも馬鹿な方の弟が色々迷って悩んでるみたいで、お手本見せてやるって啖呵切っちゃったんだよね。だから賭けようかとおもって」
「賭け? よく分かんねえけどお嬢、やっぱりオレらはお嬢の出した答えは受け止められねえ。本気だって分かってるが、それでもだ」
「ありがとう、クマ。それが皆の総意ってことでいいの?」
「ああ」
「ならやっぱり賭けるしかないね。私も迷って揺らいではいるんだ。集会の最後に私が炙り出す」
「それがリコの言う賭けか」
「うん。所詮は人に良いように使われてるのを自分の意思で動いてると勘違いしているような雑魚だ。多分出てくるだろうね。でもそれで上手く行くかは分からない。だから賭け」

 タケミっちから稀咲の目的は聞き出せていないけれど、恐らく何かしらは知っているのだろう。そして東卍の方には自分が出て行っている辺りからして本命は向こう。こちらは巻き込まれたか、その目的に差し障る障害物として認識されて攻撃されている。現状はそこまで分かれば十分だ。

 だから今日炙り出して、叩く。徹底的に追い詰めて過激派なんてものこのチームに存在出来ないぐらいにする。そこは兄と同意見ではあるのだ。不純物は切り捨てる。在り方を歪めるものは夜ノ塵にはいらない。
 すんと真顔になった兄がこちらを見てくるものだから、頷きで返す。これでもし上手く過激派を潰せたとしても、チーム内に不和があった事実は浮き彫りになる。ほとんどの隊員が既にこの不和に気付いているとは言え、私が手を下して表面化させれば恐らく当分の間はチーム内の空気も悪くなるだろう。

 でも私はそれを必要な事だと判断した。ここで消えるにしろこのチームに残るにしろ、いつか必ず私たちは夜ノ塵から退く。殴って言うことを聞かせるばかりではダメだとも思うが、それでも罪には罰が与えられると示す必要はあるのだ。制裁は必ず待っているのだと意識に叩き込んでやる必要がある。とんだ恐怖政治だが、こうしなければ付け込まれる馬鹿達の存在が今回の騒動でよく分かった。

「私はそうする。でもこれはチームの問題だから、お兄が反対するんなら大人しく引き下がるよ。炙り出して潰すんじゃなくて、信仰対象を失った烏合の衆を吸収するやり方も残ってる。お兄が選んで」
「……オレは結局馬鹿だから難しいことは分からねえ。でもどうせどっちを選んでも面倒なことにはなるんだろ」
「うん」
「だったらお前の判断に任せる」
「ありがと。じゃあもし上手くいったらこの話、蘭ちゃんとココくんに頼んである程度のチームには流れるようにしてもらうから」
「……は?」

 兄とクマが揃って顔を引き攣らせる。それに返した笑みは我ながら大層底意地の悪いものになっていたことだろう。

「誰に喧嘩売ったのか思い知らせてやるんだよ」

 人を使わなければいけない場面はもちろんある。だが臆病風に吹かれて自分の手は汚さないのならばまた話は違ってくるだろう。来るなら真正面から正々堂々と素手で来い。


 +


 集会は恙無く進んだ。──とは言い難く、客であるタケミっちに申し訳なくなるぐらいグダグダとした最悪な集会になった。恥知らず共が声を上げてあれやこれやと私や兄の不平不満を集団で垂れ、その他のヒラがツートップに対するその言い様に怒り、クマがそれを宥める。このくだりを数回繰り返し、気付けば二時間近く経つ。そろそろ二十二時だ。

 いつものドラム缶に腰掛けて、また始まった論争を耳に携帯を開く。集会中に何をしているのだという話だが、こんなものはもう集会とも言えないだろう。過激派が不平不満を垂れる会か何かだ。うざったらしい。
 竜胆くんからは外にいると数分前にメールが来ており、蘭ちゃんからは怯える父の肩に腕を回してピースしている写真が送られてきていた。今日の夕飯はカレーだったらしい。どこで時間を潰しているのかと思っていたが、我が家で夕飯を食べていたようだ。本当にめちゃくちゃ家に溶け込んでる。

 大親友からの「九井がお前と話すと疲れるから嫌だと言っている。失せろストーカー」というメールには泣いている絵文字を送っておいた。大親友相手にさっきから辛辣すぎるし大寿くんの中で私はストーカーで確定してしまっている。こんな酷いことってないだろう。
 一緒に過ごした月日が長くなるにつれ遠慮が無くなっていくわけではなく、最初から私を気狂いと言って憚らなかった大親友にため息をつきつつこの後出るまで電話をかけ続けようと決めた。それでダメならワンちゃんに頼んでココくんを引きずり出してもらおう。私にココくんを害する気がないと宣言し、対価として肉を焼きまくれば乗ってくれる気がする。

 ぱたりと携帯を閉じて、クマの仲裁虚しくまだ喚いている集団を見つめた。私たちに対する非礼に怒ってくれるヒラは良いとして、やはり問題はなにか調子に乗っているらしい過激派だ。私たちの意見を代弁しているつもりらしいが、私と兄の顔が見えていないのだろうか。
 それにしても何故ここまで馬鹿馬鹿しいことを言えるんだろう。私たちが本当は自分だけがトップでいることを望んでいるとか、どこに目付いてるのかな。これまで何を見てきたんだろう。

 いつもはここまで酷くないんだよとオドオドしているタケミっちに目で詫びてから、そろそろいいかと自分の座っているドラム缶の腹を思いっきり蹴る。揺れたのでそのまま飛び降りて、わざと大きくため息をついた。

「客が居るって日に情けない言い争いはやめろ。私の顔を潰す気か?」
「すみません、しかし……」
「謝罪は求めてない。引け」
「……はい」

 しんと静まり返った廃工場内には人が多くとも声が響く。奥行きがあって天井が高いからだ。大人しく引いてくれたヒラ数人に頷いてみせ、クマにも引くようにと目で合図をした。どのタイミングでかは分からないけれど、この後何かあるらしいからタケミっちのそばに居た方がいいだろう。
 一度兄を見て私に任せるという頷きを得てから、改めて工場内を見渡した。何人か私への敵意を隠せていない奴や気味が悪いぐらいに情熱的な目でこちらを見てきている奴がいるが、そいつらも今日で見納めになる予定だ。とくに名残惜しさは感じないな。

「今までは敢えて放っておいたんだが、この中に私とリオに不満がある奴がいるよな。全員前に出てこい」
「……」
「聞こえなかったか? 出てこいと言ってるんだけど。さっきもまるでこれが私たちの本音だみたいな面して随分勝手なことを言ってくれてたよな。私の目の前で、一語一句違わずにもう一度言って見せろ」
「…………」
「何度も言わせるなよ。引き摺り出してやってもいいんだ」
「っ、オレは!」

 さっきまではあんな大声で喚いていた癖に、いざ私が出てこいと言うと怯んでしまうらしい。そんなだからいつまで経っても人に利用されるしか出来ない雑魚のままなんだよ。何人かと目を合わせてやればたじろいで後退るものだから笑ってしまう。それでよく理解者面ができるものだ。
 何度言っても出てこないのでやはり手近な一人を選んで見せしめにするしかないのかと思っていれば、先程まで喚いていたうちの一人がだらだら汗を流しながら前に出て私に駆け寄ってくる。そのまま跪くようにして迫られ、手を握られた。うげーっと分かりやすく顔を歪めてしまう。

「オレは、オレだけが、リコさんのことを本当に理解してるんです! あなたは分かっていないだけだ! あなたこそが上に立つべき人なんだ!」
「……」
「あの無能と並んでいるうちはリコさんはいつまで経っても上に立てない! それなのに兄だからってあの無能を立てる必要なんてありません!」
「…………ふーん?」
「分かってくれますか⁉︎ オレはどこまでもあなたについていきます! リコさんの右腕にオレがなります! だから、だから……」
「ひとついい?」
「っ、はい!」
「キモイから触んな」

 勢い良く握られた手を振り払って、横っ面を膝で蹴り付ける。もんどり打って転がって、だらだら血を流しながらこちらを見上げるその姿はなんとも見物だった。何故と言っているが、まさか本当に私がそのくだらない発想に同意したとでも思ったのだろうか。そんなわけないだろうに、馬鹿はどこまでもおめでたい頭をしているものだ。
 一度ぐらいその思想とやらを聞いてやろうと思って話させていたが、想像以上にくだらなくて意味のわからないことを考えていたようだ。本当に笑えてくる。兄派の過激派共もこんなことを考えているのかは定かではないが、稀咲だって流石にこんな思想聞かされたら笑ったんじゃないの。あ、もしかして死神が私に会う度ニヤニヤしてたのってこれを知ってたからか。なら納得。

 よく見えるように手を払ってやりながら、近寄ってもう一度その横っ面を今度はつま先で蹴っ飛ばす。叫ぶように何故と問われても、それはこちらの台詞だ。

「偶像崇拝も大概にしておけよ。お前の理想の私が存在するみたいな言動はやめろ」
「そんな、オレは……」
「私はそもそも上に立つことになんて拘ってない。強くなりたいからこのチームに入って、結果としてリオとツートップなんて呼ばれるようになってただけ。いつ自分の兄貴を蹴り落として上に立ちたいなんて言った? 第一兄貴の顔立ててるつもりも一切ないよ」
「なんで……」
「お前が理解してる私っていうのがなんなのかもさっぱり分からないし、無関係な人間の理解者面が一番うざい。ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ私の代弁者みたいな面して喚き立てて人に迷惑かけて、何がしたいわけ?」
「オレは、あなたのために動いているだけです! あなたのためなんです!」
「そんなもの望んでない。願った覚えもない。そもそもお前、誰だよ」

 私の言葉にはち切れんばかりに目を見開いてこちらを見上げる雑魚は無視して、また工場内を見回す。露骨に表情を変えている奴らが過激派の連中だろう。私と兄、どちらを信仰の対象としているかは分からないが邪魔なことだけは確かだ。兄派の連中もここで潰しておきたいので兄を振り返る。すっと頷いて立ち上がり、兄もまた口を開いた。

「オレらのやり方に文句があるなら直接言いに来い。それが出来ねえなら裏で騒がず、大人しく黙ってるか出ていくか選べ」
「……その女と二人でやっていくことを選ぶということですか」
「選ぶも何も最初からずっとそうだ。受け入れられねえならウチでやっていくのは無理だろ」

 何処かからか上がった声に、兄は取り付く島もなくそう返す。つまりは出て行けと言うことだ。同意見なので何も言わず、そっと息をつく。まだ有効打を打てたと断言することは出来ないけれど、兄と私の意見は伝えた。他の連中もそりゃそうだろという顔をしているので、過激派は確実に窮地に追い込まれているだろう。
 あと一押し二押しか。

「リオもこう言ってる。分かるよね。ウチのやり方はこれだ。気に食わないなら出て行ってくれて構わないし、もう二度とその特服に袖を通すこともしなくていい。少なくとも私の目の前には今後二度と現れるな」

 ひらひらと手を振って出て行けと合図をする。まさかそれで動くとは思わなかったが、数人は背中を向けて覚束無い足取りで本当に工場から出て行った。どうやら意思も弱いらしい。本当に雑魚は雑魚だ。
 それ以降出ていくものがいないことを確認してから、クマを振り返る。そろそろ終わりでいいだろう。私はこの後稀咲に関して情報共有をしなければならないし、出て行くことすら出来ない本当の雑魚たちもさっさと解散になれと願っているはずだ。

 私の意を汲んだクマが、今日はもう解散だと一言だけ言う。渋るようにその場に残ろうとしたヒラたちも古参が上から解散だと更にいえば大人しく廃工場を出て行く素振りを見せていた。今はそれで十分だ。仲間内で話したいこともあるんだろうし。

 ざわめきの広がる方向に背を向けて、クマたちに向き直って大きくため息をつく。疲れた。

「お疲れ、お嬢」
「本当に。クマこそお疲れ。ひとまずこれで第一ターンは終わりかな。あとは私たちがこうしたって言う情報を上手く外に流してもらって、それでもしつこいようなら面倒だけど全員叩き潰す」
「オレ、リコが何言ってるかほとんどわかんなかったわ」
「それはお兄が馬鹿だからでしょ」

 ぐっと伸びをしながら兄と軽口を叩き合いながら、携帯を確認する。蘭ちゃんは暇だったらしくてっぺん禿げてる奴が三人いるとかメールを送ってきていた。やめろそういうところを見るな。竜胆くんからの無茶しないようにと言うメールにわかってるとは思うけど終わったよと返し、大寿くんがストーカーと私を詰るメールを送ってきていたのでワンちゃんに転送する。数十秒で「ガリ子はココのストーカーなのか」とだけ返ってきた。そんなわけないだろうが。そう言えばワンちゃんってこういう所あった。

 クマはどうやらタケミっちが気に入ったらしく、頭を掻き回して構っていた。そうだよね、ここまで良い子な知り合い私たちの周りに居ないもん。新鮮に感じるのはよく分かる。私もそうだったからね。何を話しているのかは知らないが、二人が仲良くなれそうでよかった。
 全然ヒラたちが捌けていかないけれどタケミっちがいるのにあまり遅くなるのもなんだし、そろそろ稀咲に関して話すかと軽く首を回す。本当に疲れた。今日は二日ぶりの実家でよく寝れそうだ。


 そんなことを思いながらクマに幹部のみんなを集めてもらおうとその名前を呼ぶのと、錯乱したような叫び声が背後から聞こえてきたのと、入口の辺りから蘭ちゃんが避けろと叫んだのは多分ほとんど同時だった。咄嗟に上半身を捻ったものの、カッと左腕が熱くなる。この感覚は、知っている。

 その次の瞬間には血相を変えたクマに肩を掴んで引っ張られ、振り返るよりも早く床に倒れ込む。私の上に覆い被さるようにして倒れたクマが呻いた。クマもクマで攻撃を食らったらしい。

「リコ!」

 竜胆くんだ。すんと落ちていく思考でどこか冷静にその声を分析し、クマを支えるようにして上半身を起こしながら飛び掛かった兄によって叩き落とされたそれと、それを持って私たちに襲いかかってきた男を見る。当たり前にウチの特服だ。青白い顔にぐるぐると回る目。何を言っているのか知らないがなにかブツブツと呟いている。ああ、この光景、あの日に似ている。

 駆け寄ってきてくれた竜胆くんとそれからタケミっちに背を支えられ、大丈夫かと聞かれ、大丈夫と返す。それよりもクマをと言う余裕は残っていた。私よりもクマの方が重傷だ。私は多分掠っただけで血は出ていても傷は深くないけれど、クマは結構グッサリ行ってる。

 やけに冷静に回る思考で犯人を見つめ続ける。今日一番に感情が湧き上がっているのは勘違いでもなんでもない。ふつふつと胃の底から湧き上がるようなこれは、紛れもなく怒りだ。
 駆け寄ってきた幹部陣に手際良く止血されているクマに意識があることを確認して、立ち上がる。竜胆くんにまさか本気かと言わんばかりの顔をされたので、にっこり笑って返して見せた。三分で終わらせるね。

「おい」

 兄と対峙すると言うよりかは完全に錯乱して頭を抱えているその男の元に近寄り、声を掛けてやる。さっき私が見せしめにした奴とは多分別だ。顔ははっきり覚えてないけど、こんな顔ではなかったような気がする。
 兄や竜胆くんが私の名前を呼ぶ声を無視して、もう一度声を掛ける。ぐるぐると回る目は視点が合っていない。まあそりゃそうか。殺す気で掛かってきたのに、殺せなかったんだもんね。それどころか殺そうとしていた相手に凄まれている。

「冥土の土産だ、良いこと教えてやるよ。私はなあ、素手の相手の後ろから獲物持って殺す気で来るやつが、いっちばん、嫌い」

 鳩尾を蹴っ飛ばして膝をつかせ、その背中に足を置いてゆっくり体重をかけていく。噎せているが知ったことではない。まさか殺される気もなく人を殺しに来たわけでもあるまいに。


「テメェ自体はどうでもいいんだよ。人の指示がなきゃ動けもしねえ雑魚が。でもテメェらの後ろにいる奴は気に食わないし、ムカつく。だから伝えておけよ。羽虫如きが調子に乗りやがって、誰に喧嘩売ったのか良く良く考えろ。私に頭を垂れて謝罪する覚悟を決めておけってな」


 まだまだ人の多い廃工場内をぐるりと見回しそう言えば、何人かが脱兎のごとく逃げ出していく。足元の男は完全に抵抗をしなくなったので、脇腹を蹴っ飛ばして遠くに転がしておいた。ナイフ持って襲いかかって来やがるくせに、弱すぎる。


 羽織っていた特服を脱いで傷を確認したが、やはりそこまで深くなさそうだ。血は出ているけれどまあ許容範囲内。寄ってきた兄と竜胆くんに頭を叩かれながら大人しく止血をしてもらい、心配してあれやこれやと声を掛けてくれるヒラには警察呼ぶからさっさと帰れと手を振る。

 クマもどうやら傷は深いようだが、命に別状は無さそうだ。と言っても専門知識のない私たちにはそこまで厳密な判断を下すことも出来ないので、提言に乗って救急車を呼ぶ。竜胆くんの心配かけるなという言葉にごめんねと返しながら、もうひとつ稀咲に言付けさせれば良かったなあと考えた。


 人を殺そうとしたんだから、殺される覚悟ぐらい出来ているんだよな、と。

無用のデブたたき

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