「えっ千冬何その怪我!」
「えっ⁉︎ こっ……これは、階段から落ちました!」
「嘘つけ馬鹿! 階段から落ちたら全身怪我するんだよ!」
「いや待って違う、違う! ブランコから落ちたんです!」
「はあ⁉︎」
竜胆くんと部屋でお喋りをしていたんだけど、突然お友達が来てると母に呼ばれて玄関まで行けば千冬とタケミっちがいてかなり驚いた。約束なんてしてないはずだし、家なんて教えたっけ。
そうは思いつつも顔中に怪我をしている千冬の胸ぐらを掴んで揺さぶりながら問い正せば、突然意味のわからないことを言い出した。それならまだ階段から落ちたの方が言い訳としては成立している。ブランコから落ちてなんでそんなことになるんだよ。
しかし千冬も千冬でどうしても怪我の原因を誤魔化したいようだ。……その時点で何となく分かっちゃうんだよなあ。
はあとため息をついて胸ぐらを離せば、目に見えて安堵している。そういう所が分かりやすいんだよなあ、本当に。可愛いヤツめ。
「昔、ケースケもブランコから落ちて大怪我したんだよ」
「場地さんがっすか?」
「うん。立ち漕ぎしてた時に、アイツ馬鹿だから何思ったのか手放して吹っ飛んでってさ。私もマンジローももうぽかーんってしちゃって。あの頃から本当に馬鹿なまんま。図体ばっかり大きくなっちゃってさあ」
「……」
「今日君たちが聞きに来たのはその馬鹿の話であってる?」
「……はい。タケミっちから二年前に場地さんたちの起こした事件の被害者はマイキーくんのお兄さんとリコさんだって聞きました。知ってること教えてもらえませんか」
「大した話が出来るかわからないけど、それでも良ければ」
そういって千冬が頭を下げるものだから断ることも出来ず、二人を家に招き入れる。今日竜胆くん来てるんだけどなあ。部屋に通すことは出来ないし、仕方ないから兄の部屋を使うか。
エマちゃんに家の住所は聞いたらしい。それでわざわざ来てくれるんだから今回の件に本気で向き合っているのだろう。女子の家が珍しいのかキョロキョロと辺りを見ている二人には申し訳ないけど、今から案内するのは兄の部屋だ。私の部屋は既に竜胆くんが居るしかなり散らばっているから弟のチームの隊員を連れて入るのはちょっと。
さっさと二階に登って、先に自分の部屋のドアを開けて中を覗き込む。ちょっと待っててねと言えば二人は大人しく頷いてくれた。
「竜胆くん、お客さん来たからちょっと外すね。お兄の部屋使って話してくるから、ここで待ってて」
「客?」
「うん、タケミっち。あっ待ってストップ。こら、威嚇しないの!」
私のベッドに転がって雑誌を読んでいたのにタケミっちの名前を出した途端に起き上がってこちらに向かってくるものだから、抱き着いて動きを妨害する。一度格下認定したとはいえやっぱりタケミっちが気に食わないらしい。この前の集会で会った時も、なんだかんだと私服がダサいとまた詰っていた。竜胆くんはお洒落さんだから余計そのセンスが気に食わないのかもしれない。
妨害虚しくドアの向こうを覗き込んだ竜胆くんはタケミっちと目が合ったのか鼻で笑って、千冬が目に付いたのかもう一人いるじゃんと言ってくる。うん、もう一人いるよ。
「ケースケの所の副隊長の千冬。千冬、この人のこと知ってると思うけど、私がお付き合いしてる人」
「灰谷兄弟の……」
「そうそう。竜胆くん、なるべく早く終わらせるからちょっと待っててね。ほら、すぐ戻ってくるから」
「オレ以外の男と同じ空間にいて欲しくねえんだけど」
「私の方が強いから平気!」
そういう問題じゃないという顔をする竜胆くんの背を押してベッドに座らせて、部屋を出る。どうせ招き入れてしまった以上話はするんだし、竜胆くんとしてもさっさと終わりにした方がいいだろう。私も竜胆くんと出来るだけ長く一緒にいたい。
最早癖になっているのか竜胆くんに怯えているタケミっちを笑って、兄の部屋に連れていく。千冬は灰谷兄弟とどこで知り合いったのかと聞いてきたけれど、縁があってとしか答えられなかった。振り返ってみると実際そうだったし。
そう言えば蘭ちゃんは初手気道塞ぎのヤバい奴だったよなあと思い出しながらすぐ隣の兄の部屋に辿り着き、ノックもしないでドアを開ける。兄のベッドで携帯を弄る蘭ちゃんがこちらを見て呑気に間延びした声をあげ、漫画を読んでいたらしい兄は迷惑そうにこちらを見た。今から追い出されることが分かっているらしくかなり嫌そうな顔をしているが、知ったことではない。
「この部屋使うから私の部屋行って」
「いやオレの部屋だぞ」
「お兄の部屋は私の部屋だから。ほら、早く出て」
「無理矢理すぎるだろ……」
「ほら出てった出てった。千冬、タケミっち、入っていいよ」
蘭ちゃんをベッドから引きずり下ろすようにして立たせて、部屋の外に追い出す。兄はこうなった私が言うことを聞かないのが分かっているらしく大人しく出て行ってくれた。ふむ。千冬とタケミっちが心做しか小さく見える二人の背中を目で追っているけれど無視しておこう。兄の部屋は私の部屋、私の部屋は私の部屋だ。
クッションも何も無いので適当に座らせて、私は勉強机とセットの回転椅子に掛ける。日々進化を続ける兄の体重に耐えきれるようなものなので私の部屋に置いてある椅子よりもゴツイのだ。その分回ると楽しいからたまに回っている。
ベッドを背もたれにするようにして床に並んで座った二人は、やはり人の部屋が珍しいのかあちらこちらをチラチラと見ている。小説や伝記だらけの本棚もじーっと見ていたが、よく分からなかったのか興味は他に移ったようだ。
「お茶とか出せなくてごめんね。リビングの方なら出せたかもしれないんだけど」
「そんな気にしないでください。っていうかわざわざ部屋まで上げてもらわなくても大丈夫ですよ」
それこそリビングとかでと顔の前で手を振る千冬に私は首を横に振って見せる。残念ながらそれは無理なのだ。
「今日は祖父が来てるからリビングは無理。かと言って私の部屋も人招ける状態じゃないし、ここが一番適してるんだよね。まあ話は出来るし」
先日の集会で私がまた怪我をして病院に運ばれたということで、祖父はピリピリしているのだ。今回の件は後ろからナイフ持って突っ込んできた馬鹿が悪いということで落ち着いたが、竜胆くんと蘭ちゃん以外の不良はしばらく祖父の前には出さない方がいいだろう。私たちを「普通」に戻すことを祖父はまだ諦めていないのだ。
そこまでは語らなかったが何か事情があると納得してくれたのか、千冬とタケミっちはこの部屋で話すことを受け入れてくれたようだった。怪我は大丈夫なのかとか二言程度会話を交してから早速ですけどと口火を切ったのは千冬で、タケミっちは真剣な顔をしてこちらを見ている。
「事件のこと教えてくれませんか」
「経緯と結果どっち?」
「どっちもお願いします」
「了解。とは言っても、ある程度は聞いてるんじゃない? ケースケと羽宮一虎がシンイチローくん……私たちきょうだいの長男ね。二人が兄さんの店に盗みに入って、たまたま私が携帯と財布忘れて店に行ったらドア空いてるしガラス割れてるしでマンジローたちに頼んで警察とか呼んでもらってから私も店に入った。そしたらケースケと兄さんが向き合ってて、ちょうど羽宮一虎が兄さんのこと工具で殴ろうとしてるの見て庇った……間に入ったって感じかな」
「……その時場地くんたちが盗もうとしてたのがマイキーくんの今の愛機なんですよね」
「うん。らしいね。ケースケたちはあのバブをマンジローに贈ろうとして盗みに入って、結果的にマンジローのお兄ちゃんとお姉ちゃんを病院送りにしたってわけ」
押し黙ってしまった千冬に代わってタケミっちが口を開く。私はそれに頷きを返し、マンジローや、それこそ警察から説明された話を思い返した。病室でイザナと竜胆くんに事の顛末を聞かされた時にはどうしてそうなるかなぁと思ってしまったけれど、今は二年も経ったし何となく整理がついている。
空気が重くなってきたので取り繕うわけではないが、でもと口を開く。
「私も兄さんも死にかけてはいるけど今こうやって生きてるから、まあ私は気にしてないの。私は傷が残ってるしちょっと痺れもあるし、兄さんもあれから仕事量セーブしてるけど、結局生きてるから。死んでたら元も子もないでしょ」
「でも……場地さんとマイキーくんは気にしてるんスよね」
「そうだね。私と兄さんがいくら気にしてないって言っても、あの二人はずっと気にしてる。ケースケなんてこの二年間露骨に私のこと避けてるぐらいだし、目も全然合わせてくれなくなったし、やっぱり気負ってるんだよね」
ケースケのこと大好きな千冬の前で言っていいことかと少し迷ったけれど、まあそれでも知りたいと本人が言っているんだから隠さず伝えた方がいいだろうと思って伝える。千冬の前ではそんな所を見せなかったのかも知れないけれど、この二年間私と対峙する時ケースケはいつも目を合わせようとしなかった。それでも、私が泣きながら連絡すれば間違い電話だと分かっていても迎えに来てくれる優しい子のままであることも確かなのだ。
タケミっちはまた押し黙ってしまった千冬を気にしつつも、どうしても気になることがあるのかこちらを見ている。 どうしたのと聞くのも野暮な気がしたので頷いて見せれば、ごくりと唾を飲んでから意を決したように口を開いた。
「一虎くんのことは何か知りませんか。本当に些細なことでもいいんです」
「……悪いんだけど、羽宮一虎に関してはさっぱり。あの日以来会ってないし、そもそも会おうともしてないからね」
「でも、リコちゃんは東卍の創設メンバーとはその頃からの仲なんじゃ……」
「いや、皆知り合いではあるけどそういう訳では無いよ。チームが出来たばっかりの頃はケースケと、ケンチンくんと、三ツ谷くんしか知らなかった。ケンチンくんはその前からマンジローに紹介されて知り合いだっただけだし、三ツ谷くんは本当に偶然ケンチンくんと一緒に歩いてるところをすれ違って紹介してもらっただけなの。羽宮一虎に関してはあの時が初対面で、会うのは最後なんだと思ってたぐらい」
何か勘違いさせてしまっていたらしい。思わず饒舌になって否定し、手を横に振った。あの時は本当に死にかけたから私の周りでは羽宮一虎の名前は今でも禁句なのだ。ケースケでさえも竜胆くんの前で名前を出すと苦い顔をされるし、祖父もそういう顔をする。そんな状況でわざわざ関わり合いになろうとは流石の私も思わない。
そもそも私は羽宮一虎に関してはこれといって興味もないし、なんだか意味不明なこと言ってたよなあという朧気な記憶しかない。あと救急車呼べよと思っていたことは覚えている。
羽宮一虎からの謝罪はないが、それに関してはケースケが羽宮一虎の分もと言って私に頭を下げてきたのでそれでチャラと言うことにしている。色々と不安定だったマンジローがすぐそばにいたし、私はあの時マンジローのケアを優先していた。だから謝罪を受け取って、それでもう終わりということにしたのだ。その点でいえばシンイチローくんの方がきちんと叱って再犯防止を誓わせたらしいから、良い大人だったんだろう。
それに、そもそもの話、マンジローは羽宮一虎のことを許していないのだ。東卍と芭流覇羅の問題になってきている以上ネックになるのは私が羽宮一虎をどう思っているかよりも、マンジローが羽宮一虎をどう思っているかだろう。
タケミっちと千冬にオブラートに包んで回りくどくそう言えば、二人は顔を見合せた。視線だけで何かを交わしあっているらしい。仲が良くて良い事だ。
「リコちゃんは明日の決戦、見に来るんですか」
「うん。お兄たちと行くよ。マンジローと約束してるから」
「約束?」
それはなんだとばかりに揃って小首を傾げた二人に少し笑いつつも、言っていいのかと一瞬迷う。あの約束の場にいた竜胆くんとイザナ、それから私とマンジローだけで共有している約束だ。
でもこの二人もこの二人で、真剣にケースケや羽宮一虎との問題に向き合おうとしている。伝えなければ野暮というものか。真剣さには真剣さを持って答えなければ。
「マンジローがもし次に羽宮一虎に会った時に自分の気持ちが抑えられないって思ったら私を呼んで。私がマンジローを止める。だから殺しはダメ、って約束」
「! それって……」
タケミっちがはっと目を見開いてこちらを見つめてくる。なにか思い当たることがあったのかもしれない。
「これはここだけの話にしてね。あの子、そういう所があるの。境界線が曖昧で揺らぎやすい。だから私たちきょうだいがそんなマンジローを殴ってでも止めるって約束をしてる。心を支えるって約束。ケースケもきっと、マンジローの心を支える大切な人なの」
「……」
「マンジローの姉として、二人にお願いさせて。二人の目からマンジローが危うく見えて、それでもマンジローが私を呼ぼうとしないなら、二人が私を呼んで。明日の決戦とやらでは私はあくまでも観客でしかない。当事者が呼んでくれないと乱入出来ないからね」
ケースケにはもう既に私は両方を選んだとメールを送ってある。返事は来ていないけれど、絶対に見たはずだという確信を持っている。ケースケは絶対に私のメールを見て、真剣に考えてくれている。私のもう一人の弟はそういう子だと、知っているのだ。
再び顔を見合せた二人は頷き合い、私に向き直った。
「呼びます。絶対にリコちゃんのことを呼んでみせます」
「だからリコさん、あの、場地さんのことも……殴ってでも止めてくれますか」
「うん、任せて。あの子も私の弟だ。絶対に止めるよ」
「……あと、明日の決戦前後に夜ノ塵に誰かが絡んできて騒ぎになって、リコちゃんが呼ばれる事態になったとしても、その……行かないで欲しいんです」
「うん?」
「明日は決戦を最初から最後まで見届けて欲しいんです。すみません、今はこれしか言えなくて……でも、お願いします」
突然のお願いに目を白黒させていれば、千冬もそんな話は聞いていなかったのか驚いた様子でタケミっちを見ている。でもタケミっちは頭を下げてすっかり私にお願いをする姿勢になっているから、そんな私たちの様子はわかっていないみたいだ。今度は私と千冬が顔を見合わせる。やはり打ち合わせになかったことらしく、首を横に振られた。
どういうことなのかはよく分からないが、年下の男の子にいつまでも頭を下げさせるわけにはいかない。頭を上げてと伝え、恐る恐るこちらを見上げたタケミっちの瞳を覗き込むようにしてその顔を見つめた。その目はあの真っ直ぐで力強い瞳だ。なるほど、真剣に言っているらしい。
「……なんか、タケミっちって魔法使いみたいだね」
「え?」
「この先の色んなことを見てきたみたいに言うんだもん。で、それが本当に当たる」
「そっ、それは……!」
「いいよ、明日はチームに何があっても私はその現場に向かったりしない。ついでにお兄も行かせないようにしとく。それでいい?」
「……はい! でも、その、言っといてなんですけど本当に大丈夫なんですか……?」
一瞬かなり嬉しそうな顔になってから、今度は申し訳なさそうな顔をするタケミっちの表情の変わり具合に笑いつつ、ふふんと笑って見せた。私には頼もしい仲間が沢山いるのである。私に従順で可愛いチワワとか、ね。
+
「うわ、マジじゃん」
「どうかしたか」
「タケミっちの言う通りになった。私たちのこと出せって言ってる連中にヒラ何人かタコ殴りにされたって」
「ヤベェな、相手」
「うん。命知らずにも程がある」
クマから送られてきた報告のメールへの返信として了解と入力し、数秒迷ってから相手が意識を飛ばした辺りで止めるように言っておいてと付け足して送信した。兄は私の報告を聞いたあたりで興味をなくしたらしいが、逆に蘭ちゃんは興味を持ったらしい。後ろから手を伸ばしてきて私の携帯を取り上げ、そのままクマからのメールを読み上げ始めた。隣の竜胆くんにも聞かせようとしてくれているらしかった。
メールを読み上げ終えた蘭ちゃんはふむふむとわざとらしく呟き、私に携帯を返しながらケラケラ笑う。竜胆くんはため息をついていた。
「よくあの獅音をここまで飼い慣らしてるよな。何したらここまで言うこと聞くようになんだよ」
「上下関係叩き込んで、よくやったら褒めてあげて、やらかしたら叱る」
「ペットの躾じゃねえか」
蘭ちゃんはしおんちゃんが私の舎弟兼ペットになっていることが面白くて仕方がないらしく、この話になる度によく笑う。狂犬だとか言われていたらしいけれど、私に見えないしっぽを揺らして駆け寄ってくる様はただの忠犬チワワちゃんだ。可愛い。褒め待ちをするところもばかわいいってやつだ。
メールが読み上げられたことで事態を把握したらしい竜胆くんは竜胆くんでやはりタケミっちのことが気に食わないらしく、ふんと不満げにひとつ鼻を鳴らして後ろから私の髪を梳いてくる。デブが上に乗ったら落ちてきそうで怖いということで、車の山の最下段にデブを設置して、そのひとつ上に私、二つ上に竜胆くんと蘭ちゃんという順番に座っている。竜胆くんは先程から私の隣と蘭ちゃんの隣を行ったり来たりしているので、まあデブだけが落下からの巻き込み事故防止で一人になっているということだ。
「今日はあのクソダサ男も来んの?」
「特服はまだ仕立ててもらってないらしいけど、三ツ谷くんの隊に最近入ったみたいだから来るでしょ。あの子かなり今日のこと気にしてるみたいだし」
「あー、めちゃくちゃ私服ダサイって奴? オレも見てみてえなあ。どんぐらいダサいの?」
「ダサいっていうかセンスが独特って言うか……集会の時にもいたよ。ほら、ラブアンドピースとか書かれた服着てた子」
蘭ちゃんも顔は合わせている筈なんだけど、あの時はあの時で慌ただしかったからよく覚えてないらしい。昨日家で会ったよと言っても顔ボコボコになってた方しか覚えていないと帰ってきた。まあ昨日は二人とも制服だったから確かに千冬の方がインパクトはあった。竜胆くんも蘭ちゃんに覚えてもらっていないタケミっちに心が満たされたのか小さく笑っている。
兄は兄でタケミっちのラブアンドピースTシャツを思い出しているのか、ぽつりと獅音に着させたいなどと言い出した。思わず冗談じゃないと反論してしまう。
「しおんちゃんがそういう服着ると私のセンスが疑われるの。それにあの子ラブアンドピースって面じゃないでしょ。まだデッドオアダイとかの方が似合う」
「ガリ子って獅音のこと適当に扱いすぎじゃね」
「いや、本当の話だから。あの子がラブアンドピースなんて書かれてるTシャツ着てるのみたらワンちゃんが怖くて泣いちゃうでしょ」
「いや乾は泣くってタイプじゃねえだろ。普通に獅音に殴り掛かるだろ、アレは」
買い込んできたファーストフードに夢中な兄と私の髪を編み込んでなにかしている竜胆くんを置き去りに、蘭ちゃんと盛り上がる。最終的に今度四人でしおんちゃんに似合う漢字Tシャツを買いに行こうということで話はまとまり、今日の仕切りを務める阪泉くんが挨拶に来たので一旦会話を終えた。
随分早く来てるんだなと言われたので、代表して私が弟のチームのことだからねと返す。兄と同じくチームを作る以前から名前の知られていた阪泉くんとも随分長い付き合いになるので、基本的に私たちは縄張り争いもせずだからといって不可侵協定を結ぶことも無く仲良くやっている。
「そういや東卍のマイキーはガリ男とガリ子ちゃんの弟だったか」
「うん。あと弟認定してる奴がもう一人いるんだけど、そいつ芭流覇羅に入っちゃったんだよね」
「ああ、元壱番隊の場地だったか」
「そうそう。やっぱりケースケが抜けたことも噂になってる感じね」
「東卍は黙りだが、芭流覇羅が東卍の創設メンバーが寝返ったとか騒ぎ回ってたからなあ。まあ、今日ここに来てる連中の耳には入ってるだろ」
「うわあ、それって東京中に知られてるってことじゃん」
まあオレらの耳にも何度か入ってきてるからなと蘭ちゃんが呟き、兄は食事が一段落着いたのか阪泉くんとどこぞのチームがなんだかんだと情報共有を始めた。蘭ちゃんがそれに積極的に口を挟み、私と竜胆くんの下の子コンビは二人で小声で会話しつつ、時折兄たちの話にくちばしを突っ込む。
その途中で黒龍は今日顔を出さないのかと阪泉くんが辺りを見回したので、大親友のチームのことでもあるしと私が代わりに答えることにした。
「一緒に来ない? って聞いたんだけど、そもそもボスは興味無いらしくて、特攻隊長も人が多いところは嫌だって言ってて、親衛隊長は来る気あったみたいだったけど私が誘ったらすっごい嫌そうな顔してその日は用事が入る予定だって言ってた。つまりトップの三人はここには来ないはず」
「……ガリ子ちゃん実は嫌われてんのか?」
「いや、照れ隠しでしょ」
よく考えてみると用事が入る予定ってなんだよって感じなんだけど、うん、多分照れ隠しだ。大寿くんに関してはまあ来るはずもないと分かっていてダメ元で一応誘っただけだったし。断られたからって悲しくなんてないんだから。そう言いながらまたこちらの車側に降りてきていた竜胆くんに身を寄せれば、肩を抱いてくれたので万事解決である。兄たちは私たちをスルーすることに決めたのかさっさと三人の会話に戻っていった。
そのまま兄たち三人が話しているのを見ながら冬の海に行きたいとか、昨日のお泊まりの時に夜目が覚めて竜胆くんの寝顔を少し見ていたとかいう話をしていたのだが、そろそろ時間らしく阪泉くんが離れていったので話は一旦中断する。何も無いといいとは思いつつも竜胆くんに手伝ってもらって軽く車上で柔軟をして、いつでも動いて殴れるように準備を始めた。
兄の手元から盗んできたらしいハンバーガーを食べながら蘭ちゃんが私たちをぼーっと見ている。それから思い出したようにあ、と声を上げた。
「お前らのトコの過激派の件、良い感じに話が回ってるってらしいぜ。黒龍のあの金作る天才だっけか、ソイツのことも使ったんだろ?」
「うん。シマでヤク売ってる売人辿れって言われたから、シンイチローくんのお友達に頼んで顧客リストも回してもらったら満足してくれたみたいでやってくれた」
「へえ、金持ってこいとは言われなかったんだ」
「ココくん頭良いから、私が無理そうな方吹っかけてきたんだと思うよ。まあ個人的には金要求されたら諦めるつもりだったから、逆に良かったけど」
「へー、ココクン可哀想〜」
とは言いつつ興味は無さそうで、ハンバーガーを食べながらあそこにハゲがいるとか、アイツのてっぺん見てみろよ光ってるぜとか私たちに囁いてくるのだから困ったものだ。それでも結局暇なので、私と竜胆くんも蘭ちゃんに同調してなるべく聞こえないように声を潜めながら、やれあのチームは弱かっただのそっちのチームは副総長がこの前ヤクザの女に手ェ出して歌舞伎町で市中引き回しの刑にあっていたのを死神と見ただのと話す。あれは本当にやばかった。煙を吐き出しながら無言で見ていた死神がケツが削れてるだなんて言い出すものだから地面に残った血の跡が悲しいものに見えたのだ。
そんなくだらない会話をしつつ、ふと視線を感じたのでそちらを見てみれば千冬とタケミっちがいた。約束守ったよと手を振れば、タケミっちは力強く頷いてくれる。あの子本当に魔法使いなのかな。もしくは未来が見えてるとか? まあないとは思うけど、本当にそうなら少年漫画の主人公みたいだ。
今日は私服じゃないけど冴えない顔をしていると竜胆くんがあけすけな悪口を言い出すので、腕を軽く小突いておく。初対面の時の出会い方が出会い方で良い感じのところをタケミっちに邪魔されてしまったものだから、竜胆くんはタケミっちの悪口ばかり言うのだ。蘭ちゃんも本当だとか学ランの下にラブアンドピースTシャツ着てねえかなとか言い出すし、兄は兄でいつまで食べているつもりなのか周囲の視線を無視して食欲に走っているし。
というか兄はそのサングラスをそろそろ外してほしい。お洒落のつもりなのかもしれないけれど、なんというか、似合っていない。正直恥ずかしい。
「お兄、頼むからサングラス外して。これ以上見た目に要素付け加えてどうするつもり?」
「……お、阪泉出てきたぞ」
「無視すんな」
どうしてそんなにサングラスに拘るのか分からない。でも蘭ちゃんが私たちの応酬に笑いを堪えきれていないから、多分なにか吹き込まれたことは間違いないのだ。前回のY字バランスといい今回のサングラスといい、なんでこのデブは蘭ちゃんの言うことを何でもかんでも信じてしまうんだろう。我が兄ながら情けない。
はあとわざとらしくため息をついて、面倒だから諦めることにする。恥をかくのはお前だからな。デブがサングラスとかして気取るな。先に痩せてから装備品を増やせ。まずはその腹の肉を削れ。
デブのことは諦めて、阪泉くんの呼び掛けに従って入ってきた両チームを見る。東卍の方は相変わらず三ツ谷くんの顔がかっこいい。クソガキの三途は相変わらずすんとした顔で猫を被っているようだ。その猫を剥ぎ取ってやりたくなってくる。パチリと目が合った後に恐らく鼻でこちらを笑ったのであろうクソガキに拳に力が篭もる。マスクをしてるからってバレないと思ったら大間違いだ。年上を敬う心を持て。
クソガキを見ていても苛立つだけなので目を逸らしてまた三ツ谷くんを目で追っていれば、その後ろにいた八戒くんと目が合った。分かりやすくその表情が固まるので、小さく手を振ってウィンクしておく。激励の意を込めたのだがダメだったらしく、サッと目を逸らされた。大親友同様素っ気ない。
「誰に手振ってんの」
「大寿くんの弟くん。三ツ谷くんの後ろにいる子」
「……なんかリコのこと嫌がってない?」
「女の子苦手なんだって」
「うん、辞めてやろうぜ」
竜胆くんに宥められたので大人しくやめておく。あれは私が女だからダメなんじゃなくて、大寿くんの大親友を名乗っているからビビられているだけだと思うんだけどなあ。大親友だからねと名乗る度に怪物を見るような目で見られる。
八戒くんから目を逸らして東卍の連中の中から知り合いを探しつつ見ていれば、三ツ谷くんの隣に見慣れない顔があることに気が付いた。その顔を見た瞬間にすんと感情が落ちていき、長く見ていて目が合うのも癪なのでさっさと目を逸らす。
多分嫌すぎて視界から勝手に排除していたから今まで気付かなかったんだろうな。それにしてもムカつく面しやがって。もう全部が受け入れられない。本当に無理。土下座の練習してんだろうな羽虫が。
羽虫のくせして地に足つけて歩き回りやがってと心中で悪態をつきながら、不快にしかならないので何とか気持ちを落ち着けようとマンジローを見る。私の熱視線に気付いたのか一度目が合い、お互いに瞬きを交わしてマンジローはまた前を向いた。今のはここに居るからちゃんと私を呼べよの合図である。お互い考えていることがよく分かるのでマンジローが本当に来たのかと思っていたことも分かったけれど、向こうにも私の気持ちは伝わったことだろう。
何となく嫌な予感はしているんだよなあと思って軽く手足を伸ばしていれば、兄が振り返って私を呼んだ。何と聞くよりも早く竜胆くんと蘭ちゃんも声を上げる。三人の視線を追うようにしてそちらを見て、ぴしりと固まった。あのクソ野郎。
「緊張感無さすぎだな」
「アイツがそんなもん持ち合わせてるわけない。今もケンチンくんと羽宮一虎がなんだかんだ言っててもあの間抜け面晒してんだから。あー目立つ、やめろ」
気色悪いぐらいの満面の笑みで手を振ってくる死神に中指を立ててやる。私からの親愛の情だよ、受け取れ。でもさらにご機嫌そうに笑い出したので逆効果だったみたいだ。周囲から寄せられる視線が痛い。最悪だ。
東卍の方から寄せられてくる気味の悪い視線は無視して親指で首を切るジェスチャーを死神に捧げる。これでも響かないなら無視しようと思ったのだが、そのタイミングで阪泉くんが羽宮一虎に殴られた。死神から目を逸らしてそちらを見る。蘭ちゃんが愉快そうに口笛を吹いた。
いや、アイツやばいな。仕切り殴りやがったよ。ルール無用にも程があるだろ。近くで呆然としていたICBMの連中に乱戦になる前に回収しろと声を掛けてやりながら、相変わらずファーストフードに夢中な兄に声を掛ける。死神との応酬に夢中になっていたせいでどういうくだりで阪泉くんが殴られたのかよくわからない。
「ドラケンが東卍が勝ったらケースケ返せっつって、羽宮がケースケは自分からこっち来たんだっつって、で、阪泉が殴られた」
「いや阪泉くんそれじゃとばっちりじゃん」
「おい、ガリ男省きすぎだろ。東卍側がもう一回返せっつって、羽宮一虎がキレたんだよ。それで仲裁に入ろうとした阪泉のこと殴って仕切りも条件も生温いっつって、今こうなってる」
「竜胆くん説明してくれてありがと。デブ、お前を頼った私が間違ってた」
「説明したのにこの言われようかよ」
グダグダ言っているデブを無視して、さっさと乱戦を始めた東卍と芭流覇羅を見る。阪泉くんは無事に離れられたようで、こちらに手を上げてきたので別にいいよと手を振って返した。部下の子達も咄嗟のことで動けなかっただけだろうし、私が言わなくても誰かしら動いていただろう。
しかしどうにもこういう乱戦状態の現状を見ていると混ざりたくて仕方なくなってくる。血が疼くというかなんというか。ここまで大きな抗争は内輪揉めが長引いていたウチでは最近無かったし、やはり近々本気のイザナとマンジローと一度に戦いたい。なんだかんだ言って三つ巴が一番楽しいのだ。
そうは思いつつも混ざれないことは百も承知なので、疼く血は抑え込んで人混みの中ケースケを探す。どこに隠れているのか全く見つからないし、というか羽虫も見当たらない。また面倒なことを企んでいるのだろうか。舌打ちをひとつして、グッと腕を伸ばした。やはりどうにも嫌な予感がしている。
「これは独り言なんだけど」
呟けば、蘭ちゃんが面白そうに笑って先を促し、兄と竜胆くんはため息をついた。気付けば近くにいた阪泉くんがこちらを見上げているので私は敢えてそちらを見る。
「所詮は抗争と言えどガキの喧嘩だよね」
「……まあな」
「殺しはナシで、獲物もナシだ。但し部外者の乱入もナシ」
「ルール上はそうだ」
「でも羽宮一虎は仕切りも条件も生温いって言ったんだったね」
「違いはない」
「つまり片方はルールを捨てたって訳だ」
「……ガリ子ちゃん、本気か?」
阪泉くんがこちらを見上げて、分かっていただろうに驚愕の表情を浮かべる。なんとも愉快そうに笑っているのは蘭ちゃんだけで、楽しくて仕方がないらしく肩に腕が回された。竜胆くんがそれを引き剥がし、すっと手首を掴まれる。顔を覗き込まれたので、にっこり笑ってみせた。
「いつだって私は本気だよ。──自分たちから捨てたルールを強要するだなんて、罷り通っていいことじゃないでしょ? 私もルールを破るのはすごく嫌だけど、郷に入っては郷に従えって言うじゃない」
芭流覇羅は仕切りも条件も捨てたんだよともう一度言い含めれば、阪泉くんは正気を疑うという顔でこちらを見ていたが、兄が一言こうなったら止まらないといえばそれっきり押し黙って深いため息をつく。それから数十秒たっぷり迷って、口を開いた。
「芭流覇羅が自分たちの体以外を使って、東卍に明確な殺意をぶつけた時だけだ。悪いがそれ以外では流石に認められねえ」
「いや、それで十分だよ。どの道マンジローに呼ばれたら乱入する気満々で来てたし」
「はあ⁉︎」
「姉として、だよ。あの子たちの姉として、弟が殺されるのも、人殺しになるのも、嫌に決まってるでしょ。きょうだいたちのことはこの命続く限り溺れるぐらい愛してあげるって決めてるの」
生意気な弟も、馬鹿な弟も、その全部を引っ括めて抱き締めて愛してると伝えてやる決意だけはもう何年も前から出来ているのだ。
笑う私に笑顔を返してくれたのはやっぱり蘭ちゃんだけで、後の全員からはため息が返ってきたのであった。
一寸のデブにも五分の贅肉