「いや、キッッモ! なに⁉︎ 本当に何⁉︎」
「稀咲がリコさんに持ってけって押し付けてくるんで……」
「それで素直に持ってくんなよ! うわあキモすぎる……ケースケ見て、鳥肌立った」

 ワンピースの袖を捲り上げてケースケとついでに千冬にも鳥肌の立った腕をみせつけたのだが、興味が無いらしく素っ気ない反応しか返ってこなかった。特にケースケなんて固形食は看護師さんに許可を取らなければ駄目なのに、どうせなら果物でも持ってこいよと千冬の腕の中の花束をつついている。よく触れるよな。花には悪いけど私は触りたくもない。

 千冬から、この後場地さんのお見舞いに行くけど良ければ一緒にどうかというメールが私の携帯に届いた時、ちょうど私はケースケの病室で時間を潰していた。少し前にお見舞いに来たエマちゃんはマンジローやケンチンくんからケースケが暇そうにしていると聞いていたらしく適当な間違い探しを買ってきてくれていて、一緒にそれを解いていたのだ。

 ハロウィンのあの日から十日が経って、夜ノ塵で雑魚に腕を刺されてからも二週間以上経ったので諸々の傷の経過観察でちょうど病院まで来ていたので、診察までの時間をケースケの病室で過ごしていたというわけ。すっかり顔見知りになった看護師さんがケースケの担当らしく、ケースケも大人しい奴では無いのでよく怒られるらしい。だよねあの人怖いよねなどと話しながら間違い探しをコツコツ進めていたタイミングでのメールだった。

 もちろんそれには素直にもう居るよと返して、じゃあ今から行きますとの返信になにか私に用があるのかとケースケと話していたのだ。八戒くんから私宛に何かお見舞いの品を預かって来てくれてるのかもしれないと提案したのだが、この馬鹿は何を言っているんだという目で見つめ返されたりもした。どうやら東卍の中では八戒くんが私に脅えているのは知られた話らしい。
 何をしたのかと聞かれても、私が大寿くんの大親友であること以外思い当たる節がない。大寿くんはもう慣れたもので私が大親友だもんねと言っても無視するか黙れ気狂いと言ってくるかの二択になってきているのだが、八戒くんは私が大寿くんの大親友を名乗り出した四月からの七ヶ月間ずっと新鮮に私に脅えてきてくれていて、楽しいのだ。

 以前八戒くんが私を人間の皮を被った化け物だと言っていたとケースケが言うので、どうやら本当に私は怯えられているらしい。化け物呼ばわりはまあ大親友の弟なので許そう。

 そんなこんなで間違い探しを進めながら談笑をしていたのだが、暫くして病室に訪れた千冬の腕の中に件の花束は収まっていた。へえ千冬はお見舞いに花持ってくるタイプなんだと声を上げた私に、固い表情をした千冬は首を振って答えたのだ。
 これは稀咲さんがリコさんに渡せって言ってきた花です。

「稀咲は自分のこと庇って腕痛めたって聞いたから持ってけって言ってましたよ」
「へえ、庇ったのかよ。ヤサシーんだな」
「アンタが後ろから鉄パイプで殴り掛かった時だよ……私は蹴っ飛ばせてラッキーぐらいにしか思ってなかったし、これは普通にあの羽虫がウチの雑魚のこと煽ったせいで刺された傷だし」

 抜糸も済んでガーゼを貼られているだけの腕を摩りながら、早く受け取れと千冬が差し出してくる花束は見ないふりをする。本当に気持ち悪い。どんな伝言ゲームが起きたら私の怪我の原因がお前を庇ったことになるんだよ。元はと言えばお前のせいではあるけどお前を庇ったことが原因である可能性は万に一つもない。
 もうすっかり文句を言いすぎて羽虫呼ばわりでもケースケと千冬には誰の話をしているのか伝わるようになってきた。タケミっちにも伝わる。

 結局ケースケは東卍の壱番隊に籍こそ置いているものの、復帰はしていない。刺傷が深かったし出血も多かったからぜったい安静の入院は長引くし、そうなってくるとリハビリ期間も必要だという話になったのだ。それにケースケは一度抜けると言ったんだからヒラからやり直すと殊勝なことを言っており、周囲もその本人の意思を尊重する形を選んだ。よって現在壱番隊隊長の座は空座だ。
 それから、ケースケが稀咲を怪しんでいることも夜ノ塵にちょっかいをかけてきていた奴が稀咲だと私が確信していることも、マンジローには伝えてある。だけどアイツは先日の抗争でマンジローを守ったという功績を持っていて、私たちの方には証拠がない。マンジローは警戒は続けると言ってくれたけれど、稀咲はまだ東卍の参番隊の隊長のままだ。他の幹部陣も稀咲を評価する方向に動いているんだという。

 上手くいかないと度々話はしているんだが、千冬もタケミっちもあまり下手な動きをすると消されかねないということは理解しているらしく目に見えて敵対するようなことはしていないらしい。本当かなあ。この二人直情型なところがあるからちょっと信用していない。

「本当は直接渡した方がいいんだろうけど突然家に押し掛けるのもなんだからって言ってました」
「は⁉︎ 住所まで知られてんの⁉︎ キモい無理怖すぎる。よし決めた、引っ越すわ」
「どこに?」
「佐野家」

 いやまあ引っ越すも何も第二の実家みたいな感覚なんだけど。

 花より団子を地で行くケースケは花に興味なんて抱くはずもないので、千冬の腕から花束をもぎ取ってそのまま花瓶に突き刺している。元々用意されていた空の花瓶はなんなのかと聞いたところ、マンジローが花はよく分からないからと花瓶を持ってきたらしい。我が弟ながら意味のわからない思考回路をしている。花もセットで持ってくればいいのに。
 しかしケースケが引き取ってくれるというならそれに越したことはないのでそのままにしておき、千冬も椅子に座らせて間違い探しを続ける。嫌なことは忘れるに限るのだ。

「ってか、あの花なんて花? 私桜とか向日葵ぐらいしか分かんないんだけど」
「途中で会ったヒナちゃんはガーベラだっつってましたよ」
「あー、聞いたことはある」

 真剣に間違い探しを解くケースケを横目に千冬と花瓶の中の花を見つめたのだが、ガーベラだというピンクやオレンジの花々をあの姑息な野郎が真剣に選んでいるところを想像すると笑えてきてしまって二人揃って目を逸らした。


 +


「今年はどうするの」
「ケーキ」
「……もしかしてその二段ケーキじゃないよね」
「流石にそれはやらねえよ。こっちのショートケーキ。去年はお前が飾り付けで失敗したからな。今年は飾り付けをシンイチローと鶴蝶に任せて、それ以外がオレらだ」
「去年のアレはまあヤバい失敗したなとは思うけどさあ……シンイチローくんの切った苺ガッタガタだったのもあるよ、アレは」
「だから今年はオレらが飾り付け以外は全部やるんだよ」

 こんな会話をしたのが、エマちゃんの誕生日の一週間前のとある日。それから我が家で試作に試作を重ねて、試食係の竜胆くんと蘭ちゃんはもう当分甘いものはいらないと言い、デブは四キロ太った。去年のこの時期も全く同じようなことをしている。違いはシンイチローくんと鶴蝶くんがいるかいないかぐらいだ。

 私たちきょうだいたちは、お互いの誕生日に毎年毎年分かりきったサプライズを仕掛ける。恒例になっているのでみんな分かっているのだが、予想を超えるクオリティのサプライズを提供することを目標に当人を除いた六人でせっせと仕込みをするのだ。

 それでも何となくの型というものはあって、私の場合は決まってエマちゃんを審判に据えてその他六人で総当たり戦。その最中にサプライズを仕掛けられることもあれば、終わったあとになにか用意されていることもある。必要だと判断したらきょうだいたち以外も巻き込むのは可となっているので、昨年はしおんちゃんと竜胆くんが巻き込まれたらしくサプライズに参加していた。
 デブは分かりやすくて沢山ものを食べさせてやるだけ。特に唯一の社会人であるシンイチローくんの懐がかなり痛む結果になるが、こちらとしても毎年毎年デブが喜ぶ未知の食べ物を考えるのは苦痛だ。アイツなんでも食べるくせに無駄にグルメなんだよ。

 エマちゃんの誕生日は、彼女自身からの要請できょうだい揃って何かしら料理をして振る舞うことが毎年の恒例行事になっている。毎年イザナがめちゃくちゃ張り切ってなんちゃらかんちゃらのなんちゃらかんちゃらとかいう横文字だらけのフルコースを振る舞っているので、基本私たちは献立を決める作業には混じらず料理をする時に参加する形になる。マンジローは悲しいことに料理の才がなかったので、私たちがせっせと仕込んでいる間にエマちゃんとお出かけをしておく係と、その日の目玉のケーキを運ぶ係を担っているのだ。

 あとの男衆は毎年毎年サプライズの内容を変えて、その時本人が望んでいるものに一番近くなるようにする。中でもわりと高度なものを望まれて四苦八苦することになるのは鶴蝶くんに対するサプライズだ。あの子何気なくテレビでやってたブレイクダンスが見てみたいとかカラオケで百点を三連続とかで出す人なんて本当にいるのかとか言い出すからね。大体いつもイザナもマンジローが兄としての矜持がうんたらとか言って必死こいて練習している。

 そんなこんなで今年もエマちゃんの誕生日を迎えたわけだが、今年は鶴蝶くんが午後に少し用事があると言うことで午前中のうちからさっさと四人で集まって諸々の仕込みをしていた。無事に夕食も元気も完成し、イザナに終始怒鳴り散らされながら三人で半泣きになって作業を進めたケーキも出来上がった。イザナは満足気に笑っていたけれど、私たち三人は疲労困憊だ。
 逃げるように一度佐野家を出ていった鶴蝶くんを見送り、さてこの後はどうするかという話になる。仕込みは終わったし、後は直前に焼いたり温めたり煮たりするだけだ。

「お兄も夕方には来れそうだって」
「プレゼント忘れるなってデブに言っとけよ」
「あー、リオ去年忘れてきたんだっけか」
「うん。忘れたからってピン札何枚か渡してビンタされてた」

 あのビンタは強烈だったなあと思い返す。エマちゃんは私とはまた違ったタイプの女の子なので、兄は可愛がりつつも手を焼いているのだ。まあそれにしたって用意していたプレゼントを忘れてきた挙句にピン札で誤魔化そうとするのはどうかと思うが。あれはさすがに擁護が出来ないとシンイチローくんと鶴蝶くんにも批判されていたし、イザナとマンジローと私で足蹴にした。
 アレはないよなあと三人で話しながら、各々が用意したプレゼントの話になる。

「エマちゃんが最近買ってたニットに合わせられるような冬物のスカート」
「ショルダー欲しいっつってたからこの前買ってた服に合うヤツ買った」
「新しく買ったって見せてきた服に合いそうなコートにした」

 そこで押し黙って三人で目を見合わせる。これって三人とも同じ服に合うもの買ってるよなあという沈黙だ。イザナがひとつ頷いてから席を立ち部屋に向かい、シンイチローくんもそれに続き、私もマンジローの部屋に隠しておいたショッパーを取りに向かう。ついでに出掛けているエマちゃんに心中で断りを入れてから部屋に入れさせてもらい、件のニットを拝借した。
 リビングでは既にイザナとシンイチローくんがショッパーから取り出したお互いのプレゼントを見せあっており、私が持ってきたニットとスカートも合わせてみる。エマちゃんの好みドンピシャをぶち抜くお互いのセンスに尊敬の意を示しつつ、シンイチローくんがすっと腕を組んだ。そしてそのまま声を上げる。

「手袋」
「耳とか首とかにアクセ」
「ショートブーツ」

 順繰りに提案し、また三人で目を見合わせて深く頷き合う。買いに行くか。


 +


 三人であちこちの店を回って時間をかけて吟味したせいで、今かなり目が疲れている。シンイチローくんも目頭を抑えながら唸り声を上げており、イザナも気丈に振る舞いつつも表情には疲れを滲ませながら荷物を持ち直した。

 しかし悩んだ甲斐があって、選んだ品々は絶対にエマちゃんに似合うと言い切れるものばかりだ。多分その格好をしたエマちゃんと誰が最初に出掛けるかでもう第何次かも分からないきょうだい戦争が起きる。もしエマちゃんがケンチンくんを選ぼうものなら、彼を妹に近寄る不届き者として敵視している節のあるイザナは叫ぶかもしれない。でも最高に可愛い格好で一番に好きな人に会いたいという気持ちはよく分かるので、そうなったらそうなったで私はエマちゃんの擁護をしてしまいそうだ。

 休憩のために立ち止まっている間に竜胆くんからの準備は順調かと尋ねるメールにばっちりですと返しておく。竜胆くんも竜胆くんでエマちゃんと仲がいいのだ。おめでとうと伝えておいてとすぐに返事が来たので、もちろんと返して今度またエマちゃんと話してあげてとも書いておく。
 以前二人で何の話をしているのかと尋ねた時に私の話だと言われた時はそうなんだと頷いたけれど、実はあれからずっと私の何の話をしているのか気になっている。妹に恋バナをするのが小っ恥ずかしくて竜胆くんとの事は聞かれない限りあまり話さないんだけど、それにしてはエマちゃんは私と竜胆くんのことをよく知っているのだ。もしかしなくても竜胆くんがエマちゃんに話を流している予感がしている。

 大親友には恋バナを出来るけど、やっぱりきょうだいに恋バナを聞かせるのは少し恥ずかしく感じてしまうんだよなあ。もちろん聞くのは大好きなんだけど、こっちからするのはちょっと。イザナなんて聞いたら聞いたでキレるくせに聞きたがるし、意味がわからない。

 軽く腕を伸ばしながらそんなことを考えていれば、メールの受信を携帯が告げる。エマちゃんからだ。

「ねえ、エマちゃんとマンジロー今パフェ食べてるって。私たちも行く?」
「前にエマが行きたいって言ってた店か。オレは別に行ってもいいけど、イザナは?」
「腹減ったから行こうぜ」

 今度連れて行こうとリサーチしていたので道は分かると申し出たのだが、イザナもこの前デブと食べに行ったらしくスタコラサッサと先導し始めたので大人しくそれに着いていく。どうやら腹が減っていたというのは本当らしく、足取りが目に見えて軽くなった。甘いものでもいいから空腹を満たしたい気分なんだそうだ。

 甘いものといえばと今年のケーキの出来に関して話しながら、去年以上に最悪なものを作ることは今後も難しいだろうという話になる。去年のアレは失敗の原因である私が言うのもなんだけど、本当に最悪だった。イザナと鶴蝶くんが完璧にスポンジを焼き上げて生クリームを塗ったのに、シンイチローくんが切った苺がガタガタで、私がそれを飾り付けるのに失敗して、最後には運ぶ役のマンジローが躓いたせいで落ちはしなかったものの片側に寄ってしまったのだ。
 エマちゃんは見た目も愛嬌があって可愛いし味も美味しいし私たちが自分のために頑張ってくれたのが嬉しいと沢山食べてくれたが、雪辱に燃える私たちは必ずリベンジすると誓っていた。そして今年見事リベンジを果たしたわけである。ケーキに愛嬌があって可愛いもクソもないというのが私とイザナの意見であった。エマちゃんが本気でそう言ってくれているのは分かっているが、それはそれとして、だ。

 今年は絶対にエマが飛び上がって喜ぶと断言するシンイチローくんに同調するイザナのあまりの勢いに笑いながら歩いていれば、案外早くエマちゃんとマンジローがいるというカフェに辿り着いた。何故かケンチンくんが出てきたので手を振っておく。律儀な子なので、驚いたような顔をしつつも頭を軽く下げてくれた。マンジローもケースケもケンチンくんに見習ってこれぐらいの礼儀は身につけるべきだ。アイツらには年上を敬う心というものが欠如している。

 なんでアイツがここにと呟くイザナに、シンイチローくんと声を揃えてエマちゃんにプレゼントを渡しに来たんじゃないのと指摘しつつ、店に入ろうと歩を進める。相席は無理だろうけど三人で座ることぐらいは出来るだろう。

 と、予想していたのだけれども。

「えっ、リコちゃん⁉︎」
「おー、タケミっちにヒナちゃん」

 ちょうど出てきた二人に手を振る。二人も来てたのかと聞けば、少し恥ずかしそうに頷かれた。デートかな?
 二人の後ろから山岸くんともう一人男の子が出てきて、ヒナちゃんがあっという顔をしてその子が自分の弟だと紹介してくれる。ナオトくん。礼儀正しそうな子だ。私はヒナちゃんのお友達ですと挨拶して、後ろで空気を読んでいるのか思考を放棄しているのか押し黙っている二人を紹介する。

「二人とも、この人たちは私の兄さんのシンイチローくんと、お兄ちゃんのイザナ」
「シンイチローくんって、マイキーくんのお兄さんの……」
「は? オレもマイキーの兄ちゃんだけど」
「えっ」
「こらイザナ、そうやって喧嘩腰で絡みに行くのやめろよ。お前がマンジローがよく話してるタケミっちか?」
「そうそう。タケミっちと、タケミっちの彼女のヒナちゃん。それからタケミっちのお友達の山岸くんに、ヒナちゃんの弟のナオトくん。四人でお出かけ?」

 話のタネにでもなればとそう振ったのだが、四人は少し押し黙ってからぎこちなく頷いた。何かあったらしく、ヒナちゃんが特に恥ずかしそうにしている。デートなのに二人が着いてきちゃって照れてるのかな。
 私たちは三人で買い物してきたのと言ってショッパーを掲げ、中にエマちゃんとマンジローが居たか尋ねる。四者四様ではあるが頷いてくれたので、やはり中にいるらしい。そろそろ食べ終わりそうだったとのことなので、私たちもというかイザナの小腹を満たすためには少々急いだ方がいいかもしれない。

 イザナだけでも先に行かせようかとシンイチローくんと目配せをしていたのだが、タイミングが良いのか悪いのかタケミっちがあの、と声を上げた。

「ってことは、三人もエマちゃんとマイキーくんのきょうだいってことですか?」
「うん。シンイチローくんが長男で、イザナが三男で、マンジローが四男。私が長女で、エマちゃんが次女。あとの次男と五男は今日は遅れて合流する予定」
「七人兄弟なんですか?」
「そうだよ。大家族でしょ」

 頷いて、まあ血が繋がってないことは説明しなくていいかと勝手に納得する。きょうだいであることに変わりはないし。
 あとはケースケも私としては弟みたいなものと付け足しておきながら、そろそろ本格的に腹が減ったらしいイザナに手を引かれて引き摺られるようにして店の方に向かう。ヒナちゃんにまた今度遊ぼうねと手を振る余裕はあったのだが、ほかの三人に個別に何か言っている暇はなさそうだ。

 またね、気を付けて帰りなよとシンイチローくんと共にまとめて声を掛ける。デート楽しめよの意味も込めてタケミっちに頷いておいたのだが、またもやタケミっちは何か勘違いしたのか力強く頷いて叫ぶように声を張る。

「リコちゃん! 三年後のクリスマス、車に気をつけてください!」
「三年後⁉︎ めちゃくちゃ先じゃん、ええ……? でもまあ、分かったよ」

 本当に未来が見えてるみたいな言動をするなあと思いつつ、閉まり掛けのドアの向こうで真剣な顔をしているタケミっちに手を振る。本当に魔法使いみたいな子だ。


 +


 二十四日は竜胆くんと蘭ちゃんを家に呼んでパーティーをしてそのままお泊まりしてもらって、二十五日は竜胆くんと一日中デートする。十二月はそういう過ごし方が既に当たり前になっているので、今年もその予定だ。

「それで、今年はどこ行きたいかもう決めた?」
「……んー」

 ベタにイルミネーションを見に行くとか、遊園地で遊び尽くすとか、美味しいものを食べに行くとか。思い浮かぶのは去年までにやってきたことと同じことだ。今年はもっと別のことがしたい。
 私のそんな考えが透けて見えているらしい竜胆くんは笑いながらゆっくりでいいよと言うけれど、そうは言ってもあと一ヶ月でクリスマス当日を迎えてしまう。なんだかんだとデブと蘭ちゃんとは違って受験生らしく勉強をしている真面目な竜胆くんとは今年の冬はあまり会えないことがもう分かっているのだ。将来に結び付く勉強を優先して欲しいし、わざわざ呼び出すのも気が引ける。

 だから私のためだけに一日を捧げてくれるその日は特別なことがしたい、んだけど。

「いくつかやりたいこととか行きたい場所とかあげてって、今年全部出来なかったら来年に回せばいいだろ」
「うーん……」
「兄貴とガリ男は日帰りで大阪まで行くらしいしさ」
「……あの二人、全然勉強してないけど受験どうするつもりなんだろ」
「まあオレらは推薦貰えそうではあるからなあ。ガリ男はともかく兄貴なら上手くやりそう」
「蘭ちゃん要領いいもんね。デブは……あれはもうどうでもいいや」

 竜胆くんと蘭ちゃんの手を借りてこの三年間留年もせずにやってきたわけだが、ここに来てデブは進学の危機を迎えている。就職したくないか起業する、そのために大学に行くなどと宣っていたがこのままでは浪人生活の幕開けだ。別にそれが悪いことだと言っているわけじゃないけど、アイツは竜胆くんと蘭ちゃんという手本がそばにいないと多分勉強なんてしないだろうし、竜胆くんと蘭ちゃんは自分たちが無事進学してまで兄の世話を見てくれるとも思えない。

 幸い我が家は祖父の財力権力がバックに控えているが、祖父も祖父である程度努力する姿勢を見せなければデブを切り捨てるだろう。あの人は私たちを愛してくれているが、時に非情になる人でもあるし、何より今回の件に関してはデブが悪い。勉強しとけよ、馬鹿なんだからよ。

 我が兄の馬鹿っぷりにほとほと呆れてため息をついていれば、竜胆くんがなにか思い出したかのように声を上げた。

「海は?」
「海?」
「そう。冬の海、行きたいって言ってたろ。午前中は買い物したりして、夕方ぐらいに海行こうぜ。こっから近い海ならオレが運転するし」
「行く! 海行く!」

 バッと人目を気にせず飛び付いて、思わずわあと歓声を上げる。
 そうだ、なんで忘れてたんだろう。海に行きたかったんだ。海なんて夏ぐらいしか行かないし、冬の夜の海が見てみたいと思っていた。竜胆くんと一緒に、見たかったのだ。

 授業時間に我が高校の校門前で先程から繰り広げているやり取りなので校舎の方からバシバシ視線を感じるのだが、振り返ればそれがサッと霧散する。大寿くんなんて露骨に私たちの存在自体を無視しているが、逆にそれが意識してるってことなんだよ……と指摘したくなってきた。殴り飛ばされる気がするけれど。
 一気に上がったテンションの赴くままにこの後出掛けようとかアレを食べに行こうとか話しながら、さっさと校舎に背を向ける。竜胆くんは学校をサボってきたらしい。私も竜胆くんから外にいると連絡を受けた時点でこの後の授業はサボることを決めて薄っぺらい鞄に必要最低限のものを突っ込んできたし、もう教室に戻る必要は無いのだ。

 ひと月先のクリスマスに思いを馳せながら、竜胆くんの腕に自分の腕を絡めて鼻歌を歌う。ご機嫌だなと笑って言われたので、竜胆くんと一緒にいるからだよと返せば、竜胆くんもオレも楽しいよと返してくれた。私もすごく楽しいとそれに返して、腕に力を込める。幸せってこういう瞬間のことを言うんだろう。

デブが流れて地面が沈む

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