「……一応聞いておくけど、ヤバい薬とかやってる訳じゃないんだよね?」
どうにも疑り深い声になってしまった。タケミっちと千冬が揃ってこちらを見て目を見開き、慌てたように両手を振って弁解を始める。慌てるな慌てるな。嘘ついてるみたいに見えるぞ。
呼び出されたのが昨日のことで、今日は起きたら十一時だったので学校はサボってジムに行っていた。ひたすらサンドバッグを殴り続けて日頃のストレスを発散し、約束の時間が近付いてきたので一度シャワーを浴びてから出てきたのだ。
私が到着してから五分ほどでやってきた二人に適当にジュースを奢ってやって、また泣き出してしまったタケミっちに困惑しながらも彼が泣き止むのを待ち、それから投げられたのが「お兄さんと竜胆くんの連絡先を教えてください」の一言だった。
どうにも嫌な予感がしてしまって顔を顰めてしまったのはご愛嬌だ。タケミっちは前と同じように詳しいことは話せないけれどどうしてもと言い募った。でも私だって竜胆くんと兄に関わることなら、そんなはいそうですかと簡単に受け止めて連絡先を教えるわけにもいかない。一応二人にお伺いのメールは送ったが食い下がる私とどうしても言えないと首を振るタケミっちとの間に仲裁に入った千冬が、少しなら話してもいいんじゃないかとタケミっちに言って飛び出してきたのがなんとも異常な発言だったというわけだ。それこそ私が薬の使用を疑うぐらいの。
「違いますよ!」
「リコさんタケミっちのことなんだと思ってるんすか⁉︎」
違う違うと首と手を振る二人にため息をついて、さっき買った紅茶のペットボトルに口を付ける。冷たい。暖かいものにすればよかった。
二人は依然として違いますと言い張っているが、だからといって、という話だ。思わずジト目になりつつ、じゃあどういうことなのという意味を込めて問い掛ける。
「いや、だって、私の知らない私と約束したんでしょ?」
「うっ……それはまあ、はい……」
タケミっちは素直な子なので言い訳はせずに頷いてくれた。本当のことらしい。余計に意味がわからない。
食い下がる私に投げられたのが、私の知らない私と約束したから、という言葉だった。いや私の知らない私って何。そんなことを言い出す人は、頭がおかしいか、ヤバい薬をやってるかの二択としか考えられないんだけど。もしくは本当にタケミっちが魔法使いか何かなのか。それならまだ頭の病気かヤバい薬をやってる方が可能性としては有り得るだろう。
今日は制服だし、見た目にも頭の異常やヤバい薬を摂取したことによる副作用か何かの異様性は出てないように見えるなとじとりとタケミっちを見つめ続けていれば、焦ったように前に出てきた千冬がタケミっちを庇うように口を開く。
「と、ともかく! 詳しい事情はどうしても話せないんすけど! 相棒のこと信じてやってください!」
「うん、まあ信じるけど……あ、お兄はいいって。竜胆くんは……うん、タケミっち余計なこと言わないでよ。竜胆くん怒ると怖いんだから」
どうしても言う気は無いらしい。はあとわざと大きくため息をついて、携帯を見る。兄からも竜胆くんからも返事は来ている。兄の方は別にいいけどと一言だけで、竜胆くんの方は何故だとか今一緒にいるのかとか、なかなかの長文が返ってきていた。そのひとつひとつの疑問に大雑把でも答えるようにして返信を書いていれば、タケミっちが怯えたようにか細い悲鳴をあげる。会う度会う度威嚇され続けているから、竜胆くんにはあまり良い思い出がないのだろう。
それでも私の返信に対して秒速で返ってきた文章には私を問い詰めるよりも本人を問い詰めた方が早いから今すぐアドレスを教えろと書いてあったので、恐らくタケミっちの目的はこれで達成だろう。勝手に送るからねと本人に一応言ってからタケミっちのメールアドレスを送っておく。
「……リコちゃんと会ってるってバレたらオレ、殴られますかね」
「関節キメられるね。竜胆くんってね、結構嫉妬深いんだあ。ふふ」
「いや、ふふって! おいタケミっち、頑張れよ!」
「でもそんな、さすがに私の知り合いの骨折ったりはしないと思うから安心して!」
「安心出来ねえッスよ!」
どうにも不安そうなタケミっちが携帯を覗き込み、すんと真顔になってから情けない悲鳴をあげたのを見て早速竜胆くんから連絡が来たんだなと察する。携帯を覗き込んだ千冬も頑張れよと無責任なことを言いながらその背中をバシバシ叩いており、相棒とは言えどそこを助けてあげるつもりは無さそうだ。千冬ってそういう所案外ドライ。ケースケも人の恋愛沙汰には首を突っ込まないタイプなので、似ているとも言える。
それでもポチポチ携帯をいじって竜胆くんに返事を送っているらしいタケミっちを見守りながら、千冬ときゃあきゃあと騒ぐ。ケースケが千冬にはカッコつけて話していなかったらしい看護師さんからの叱られエピソードを話してあげれば、目をキラキラさせてカッケー! と言っていた。ケースケの全てをリスペクトしていく姿勢だ。
話は二転三転して、やはり殴って止めるのもまた愛だと二人で頷きながら拳を突き合わせていたタイミングで、携帯を閉じたタケミっちが私を呼んだ。千冬と共にそちらを見遣る。真っ直ぐな目がこちらを見ていて、その力強さに思わず口角が緩む。その目は好きだ。
「…………リコちゃん、オレ、絶対に助けますから。やっぱりリコちゃんはそうやって笑ってた方がいいですよ」
「……うん。なんにも説明してもらえてないから正直まだよく分かんないけど、よろしくね」
私のこと助けてよと言えば、タケミっちはぐしゃりと顔を歪めて力強く頷く。また泣き出してしまったその背中を千冬と一緒になって叩きながら、泣き虫すぎでしょと笑った。この子はやっぱり人のために泣ける優しい子だ。
+
ぐっと腕と背を伸ばしながら、パイプ椅子の前足を浮かせる。悔し紛れに息を吐き出しながら死神を睨み付ければ、いつもの人を馬鹿にして世間を舐め腐ったような性格の悪い笑みを浮かべて楽しそうに煙草をすぱすぱやっている。いちいち動作が鼻につくんだよな、コイツは。
お互いの事情を鑑みて週二回に数を減らしたこの勝負も、もう七ヶ月目を迎えている。今朝は早口言葉暗記勝負だったわけだが、死神の野郎は常日頃の甘ったるいだらけた口調を放り出してペラペラとアナウンサーばりの滑舌を発揮しやがった。普段からくどくどと口が回る奴だとは思っていたけれどまさかここまでとは。
死神よりも早く題を用意した時点で早口言葉も知っていたという私のハンデも無視してこいつは勝利をかっさらい、私は舌を噛んで怪我した以外に何も得るものがなかった。最悪すぎる。
これで何連敗かなんてとうに数えるのはやめている。負け続けるのも癪なのでそろそろ私の反射神経や運動神経を利用した勝負に移りたいのが本音だ。
「またオレの勝ちかあ」
「黙りな。ほら、言われてた小さい頃の写真」
こんなもの何に使うんだよと聞きたいんだけれども、負けた以上は差し出さないわけにもいかない。相変わらず何も入っていないから薄っぺらい学生鞄から封筒を取り出し、何も置かれていない机の上に投げ出す。机の縁ギリギリまで滑って行ったそれを死神は難なく受け取り、煙草片手に封を開けている。
前回まではあれを買ってこいとかあれやって見せろとかどこそこのチームを潰してこいとかの命令が主だったのに、今回に限って「私の小さい頃の写真を寄越せ」だ。実はヤバい性癖持ちだったりするのかな。ドン引き。絶対三ツ谷くんとこの妹ちゃんたちには近付くなよ。
無難なものを五枚ほど選んできたが、死神としては一枚目から気になることがあったらしい。机に置いて指で写真の中の私をつつきながら問うてきたので、答えてやる。
「ソーラン節はもうやめてくれって泣いてる父親の背中に乗ってお馬さんごっこをしてる私」
「ちょ〜ウケんだけど。親父さんマジで泣いてんじゃん。不死鳥ちゃんそんなソーラン節好きなのかよ」
「今はそんなに。でも聞いた話だと、産院から家に移って寝床が変わって泣いて暴れて大変だったから試しに聞かせてみたら喜びだしたからずっと流してたんだって。この写真は三歳の時のだから、父親は三年間ほぼ毎日ソーラン節聞いて踊らされてたことになるんじゃないの」
「ヤベェ餓鬼だなあ」
ケラケラ笑っているあたりお気に召したらしい。言わないけどそれはまだマシな方だ。もっとヤバいのだと、草臥れたスーツ姿で泣きながらソーラン節を踊る父にもっと腰を落とせとばかりに笑顔でタックルしてる私の写真とかあったし。
机に頬杖をついた死神が壁で煙草の火を消しながら二枚目の写真を出してくる。今日は時間ギリギリに家を出たせいで満足に朝食を食べられなかったので道中で買ったプチシュークリームを袋から出して食べながら、大人しくその写真がなんなのか思い出す。なんだこれ。
「あー……リオの誕生日ケーキの蝋燭を私が消しちゃって喧嘩してるとこ……?」
「じゃあこっちは?」
「……多分どこかに旅行に行った時に撮ったやつ。旅館之近くに森があったんだよね。お祖父ちゃんに連れられて森行って、リオといっぱいセミの抜け殻集めて、寝てたお父さんの上に乗せたんだったかな。で、お父さんが起きて泣いてるのを見て笑ってるとこ」
「親父さん不憫すぎじゃね」
「ウチはお祖父ちゃんが率先してお父さんのこと弄りに行ってるから」
ムカつく刺青の入った手が私のシュークリームを攫っていくけれど仕方ないから目を瞑って、聞かれるままに答える。私は心が広いので死神にも食料を分けてやるのだ。
でも父に関しては言った通りで、何より祖父が父をいの一番にからかいに行く。母もそれに乗ることが多くて、成長した私と兄は流石にそこまで酷いことはしないようにしているが、ここ数年では蘭ちゃんが父弄りに参加するようになった。
蘭ちゃんはお爺様にそっくりだから、お爺様に何故か怯えている父としてはまさに天敵なのだろう。その癖して良く竜胆くんたちのお爺様に会うらしく、この前もまた灰谷さんに会ったと母に愚痴っていた。因みに父はその時こそ突っ伏していたので気付いていなかったが傍にはもちろん蘭ちゃんが居たので、顔を上げて自分の正面でニコニコ笑う蘭ちゃんに気付いた時はこの世の終わりのような悲鳴をあげていた。
そういうところが余計に蘭ちゃんと祖父を増長させているわけだが、やはり父も父で何年経ってもそれに気付いていない。絡まれる原因が自分にあると気付いたら一晩中泣きそうなので私達も指摘はしないし。
死神が祖父に関して聞いてきたので、デブを痩せさせて隻眼にして和服を着せたら多分そっくりになると答えておく。だがデブを痩せさせるというのがそもそも想像できないらしく、しきりに首を捻っていた。まあそうだよね。デブが痩せていた頃の写真は持ってきていないので、写真を見せて説明することは出来ない。頑張って頭を回して想像してくれ。
四枚目の写真は幼稚園の運動会で転ける瞬間の私を激写したものなので、説明はなくとも分かったらしい。顔が面白いとからかってきたので最後のふたつのシュークリームはどっちも食べてやった。片方分けてやろうと思ったけど慈悲を与えるのはやめたのだ。このクソ野郎。転けるってなったら驚くしそんな顔にもなるわ。
「あー、これも分かるぜ。小学校の入学式かなんかだろ」
「そうそう。友達との学校生活にまだ夢見てた頃の私」
「結局ダチ出来なかったのかよ」
「うん。お兄があんなだから全然出来なかったし、十一歳の時に竜胆くんに会うまで友達ゼロ人の女だよ、私は」
「でも今はリンドークンとお付き合いしてんだろ? 友達ゼロ人に逆戻りじゃん」
「大親友の大寿くんがいるから」
「ぜってー相手は大親友なんて思ってねーだろ」
愉快そうに笑いながら酷いことを言う死神を睨み付ける。私たちは大親友ですけど。大寿くんはちょっと照れ屋さんなだけで、私のことを大親友だと思ってるに決まってる。きっと多分恐らく。……なんか不安になってきたな。
写真をまとめて封筒に仕舞い、死神はまた煙草に火をつける。本当臭いがキツイから吸うのやめて欲しい。せめて私のいるところでは吸うな。
「そう言えば聞いてなかったけど、その写真何に使うの? 小児性愛は流石に絶縁レベルなんだけど」
「は? なわけねえだろ。オレのことなんだと思ってんだよ」
「性癖がヤバいかもしれない死神」
「性癖ヤバくねえから。これは普通に稀咲にやんの」
「は? お前それの方が重罪だわ、ふざけんなよ」
何が普通だよゴミクズがふざけんな本当に。
一気に捲し立てて中指を立て、写真を奪い返そうと手を伸ばしたがサッと立ち上がって腕をあげられてしまった。クソ野郎が。リーチの差をここで発揮するなアホ。
ニヤニヤ笑いながら説明してきたのだが、なんでも最近の羽虫が私のことを知りたがっているらしい。知ろうとするな。羽虫こそストーカーだろ。本当にキモい。キモすぎて泣きそう。
というかそもそも死神も死神で、知りたがってるんなら小さい頃の写真を工面してやろうと思ったじゃないんだよな。しかもそれを本人に普通に要求するな。このクソ野郎の要求を飲んでしまった私が馬鹿だった。
「オレのせいで怪我させたって気にしてたぜ〜。花とか家に届かなかった?」
「千冬に預けて来やがったからケースケの病室に置いてきた。ってかアイツが私の家知ってるってマジなの?」
「そりゃマジだろ。色々調べさせてたからな」
「ほんっとに気持ち悪い! 死神年上でしょやめさせてよ」
「え〜、おもしれ〜じゃん」
「アンタが面白くても私は全然面白くないの!」
噛み付くように吠えれば、めんどくせえとばかりの表情で肩を竦められた。ぶん殴るぞ。個人情報の概念知ってんのかコイツ。ペラペラペラペラと人の情報暴露しやがって。
睨み付けても意味が無いようでヘラヘラ笑っているので脛を狙って蹴りを放ったのだが、難なく避けられる。当たらなければ攻撃ではない理論を展開する私たちなので、今のは攻撃ではない。よってルール違反にもならない。なのでもう一度避けられると分かっていて蹴っておく。
しばらく蹴りと避けの無言の応酬を交わしたあと、どちらからともなくパイプ椅子に座り込む。一時休戦だ。
「アンタ知ってるでしょ。私、ああいうの嫌いなの」
「ああいうのって?」
「私のこと神様かなんかだと思ってるような奴ら。人の何見てんのか知らないけど、昔から一定数湧くわけ。アンタもウチにちょっかい出した時に見たんじゃないの」
「あー、リコさんは上に立つべき人だー、みたいなのは居たなあ」
「そうそれ。そういうのが大っ嫌い」
悪態をつきながら、頬杖もつく。煙を吐き出しながらもこちらを横目で見ている死神は思い当たるところがあるのかうんうんと頷いており、私は言い含めるようにしてもう一度やめさせてと伝える。一つ鼻を鳴らして笑いだけが返ってきた。響いていなさそうだ。
死神に言った通り、ああいうのは昔からいる。私の何がそんなに害虫を引き寄せるのかが分からないのだが、害虫は揃いも揃って私を神様のように信仰するのだ。何がしたいのかもさっぱり分からない。殴れば付け上がらせることになるので放置していたし、竜胆くんと一緒にいるようになってからは少しはマシになってきていたのだが、ここに来て特大の害虫を引き寄せてしまった予感しかしない。
耳か頭が腐っているらしく、私が何を言っても良い方にしか受け取らないのだ。私を偶像崇拝の対象としてしか見ておらず、無意味な信仰を捧げることでしか意思表示すら出来ない愚図共。気が狂っているとつくづく思う。大寿くんやココくんは私を気狂いだと言うけれど、あれらの方が百倍は気が狂ってるだろう。
「まあ確かにヤベェとは思うけどさあ、やっぱ見てて楽しーんだって。お前に狂った稀咲がどうなっか見てみてえの」
「正気? ろくな事にならないでしょ。マンジローにご執着だと思ってたから、まああの子が何かされるぐらいなら私がなにかされた方がマシだけど」
「そりゃもちろんマイキーだって手に入れる気だろ」
「はあ?」
「不死鳥ちゃんもマイキーもどっちも手に入れる。欲深くて良くね?」
「全然良くない」
舌打ちをひとつ落として、足を組む。カマをかけただけだったんだけどやっぱり羽虫の狙いはマンジローか。最初にウチをつついてきたのもマンジローを手に入れるために私が邪魔だったから。そうなってくるときょうだいたちにも個別に警告する必要が出てきた。まだ余計な感情を向けられている私の方が安全圏にいる。
携帯を開いて時間をチェックしたが、もう始業時間はとっくに過ぎていた。そろそろ行かないと三限の英語に間に合わない。隣の席の人との共同発表とやらが近々ある予定なので、行かないと大寿くんにタコ殴りにされるのだ。
このまま死神と話をしていても進展はないと判断して立ち上がり、ぐっと伸びをする。座ったままぼーっとこちらを見上げてくる死神に中指を立ててやり、薄っぺらい鞄を持ち上げる。お弁当ぐらいしか入れてないのだ。あとは大寿くんに渡す野菜。
「行き過ぎた信仰が齎すのは破滅だよ。あの羽虫に少しでも情が湧いてるなら止めさせた方がいいんじゃないの」
「情? 何言ってんだよ、オレと稀咲はそんなんじゃねーから。それにオレはその行き過ぎた信仰を向けられ続けた不死鳥ちゃんがどうなるかも見てみてえの。その先にあるのも破滅だろ?」
「……趣味が悪い」
本当に趣味が悪すぎる。誰がお前たちの思い通りなんかになんてなってやるかっての。
+
三限には遅刻し、机は消えた。残された椅子に腰掛けながら、投げ飛ばされて痛む背中を摩りつつ黒板を見る。
英語は苦手だ。日本語だけで良くない? と大寿くんに入学以来度々愚痴を言っているのだが「馬鹿の手本みたいな発言」「お前は一生国内から出るな」「日本語が完璧になってから文句を言え」「二度と喋るな」と散々な罵倒を受けている。大親友相手に辛辣すぎるし、最後のは本当に悪口。
これでも私は真面目な不良を自称しているので、授業はサボるし抜け出すし喋り倒したりもするが課題は出す努力をしているタイプの人間だ。一応教師に最低限のアピールはしてストレートで卒業させてもらおうという媚び売りである。大寿くんは頭が良いので大寿くんの課題を写せば私も大抵評価はA。ラッキー。
写させてと言う度に大喧嘩になるが、最近では私も学んできて大寿くんが問題を解いている横から覗き込んで写すことにしている。その時は私への妨害と暴力よりも自分の課題を優先する人なのだ。縋り付いて見せてと喚けばビンタと引き換えに写させてくることも増えてきた。うーん、愛のムチが痛い。
机がなくなってしまったのでノートをとることも出来ないし、近くにある空席を引っ張ってくるのも面倒だしで黒板を見つめ続ける。殴り書きされる英文を目で追っていたのだが、どうにも眠くなってきて欠伸が出た。今日は朝から頭を使ったせいで疲れている。死神とのくだらない会話のせいだ。
ちょっと休憩しよう。出席することに意味があるので、寝ていてもいいだろう。目を閉じる。
「で、発表いつって言ってた?」
「十二月一日」
「すぐじゃん! えー、そろそろやり始めないとヤバいな……」
がやがやと喧騒が広がるクラスの窓際後方で、一つ前の空席から引っ張ってきた机にお弁当と大寿くんから支給されたメロンパンを置いて、先にメロンパンを食べながら隣の席の大寿くんと会話をする。会話とは言っても私の一方的な独り言のようなものだが、要所要所で重要事項には返事が来るスタイルだ。特に英語の共同発表に関しては大寿くんの成績にも密接してくるので答えてくれる。
さっさと食べ終わったメロンパンの入っていた袋を畳んでお弁当を開き、喋りながら食べ進めていく。ワンちゃんが私のことをココくんのストーカーだと信じているのをどうにかしてくれと頼めば、一つ鼻で笑って事実だろと返された。そんなわけないだろうが。なんでコイツらは揃いも揃って人をストーカーにしたがるかな。
違うとか違くないとか応酬を交わしながら、最後に取っておいたミニトマトを飲み込む。蓋を閉じながら携帯を取り出し、届いていた二通のメールにそれぞれ返事をした。
今日、今日かあ。今日は流石にちょっと。攻略方法にもならない攻略方法のようなものをポチポチ入力しながらふむと唸る。明日だったら全然大丈夫だったんだけど、今日は集会があるからなあ。集会を投げ出してまでそちらに行く義理は、悲しいけれどない。
返信の終わった携帯を閉じてスカートのポケットに仕舞い、珍しく席を立って教室を出ていっていない大寿くんを見る。机の上にプリントと筆記用具を出して何か書き出しているあたり、どうやらこの昼休みの時間を使って共同発表の原稿を進めたいらしい。了解了解と言いながら空の弁当箱を鞄に仕舞い込んで席を立ち、鞄をロッカーにぶち込むついでにプリントを探す。年中通して置き勉派なので教科書やプリント類が乱雑に突っ込まれているわけだが、最新のプリントは大抵上の方に重ねているのだ。取り出してパラパラと捲る。うーん、ない。ウケる。
「大寿くん、プリントなくした」
「死ね。一昨日は学校に置いてきたっつってただろうが」
「置いてきたと思ってたんだけど、ないんだよね。ウケる」
「……はあ。適当な裏紙に写せ」
「えっ、写していいの⁉︎」
「逆に聞くが、お前は自分で考えてスピーチ原稿なんて書けんのか?」
「書けない!」
ロッカーから適当に取り出した進路調査票を裏紙にしようと席に着けば、その瞬間に大寿くんに張り倒された。椅子から転がり落ちて床に崩れ落ち頬を手で抑えながらそちらを見上げる。コイツ不意打ちで本気のビンタかましてきやがった。私じゃなきゃ意識飛んでたぞ。
抗議の意も込めてじとりと大寿くんを睨み付ければ、私の進路調査票を鷲掴んで目の前にしゃがみこみ、地を這うような低い声でこれは出してこいと命令された。何だ、そんなことか。
「これ三週間前とかが期限だから今更出しても迷惑じゃない?」
「良いから今すぐ出してこい」
「はあい……」
大人しく立ち上がり、進路なんてまだまだ考えていないので第一希望から第三希望まで大寿くんと同じ内容で埋める。何故知っているのかと青筋を立てて問われたが、大親友なんだから知らないことがあると思わないで欲しい。私は大寿くんの母子手帳だって見た事があるんだからな。
さすがにそこまで言うとゆずちゃんや八戒くんが大寿くんにシバき倒されそうだったので大親友マジックと誤魔化して、そのまま教室を出て職員室に向かう。そのタイミングで予鈴が鳴ったので教室に戻ろうとしたのだが、提出するまで教室に足を踏み入れるなと怒鳴られてしまった。もう。そんな怒ってばっかりだと血圧上がるぞ。
教室に向かって歩く生徒たちとは逆方向に進み、モーゼの十戒の如く壁にへばりついて道を開けてくれる皆さんにペコペコと頭を下げておく。そんな怯えなくても取って食ったりしないのだが、私はなんだと思われてるんだろうか。
職員室に担任が居なかったので机の上に進路調査票を置いておき、メモ帳を借りて遅れてごめんなさいとも書いておいた。一応ね。出す気もなかったものだけれど、出すからには一言残しておこうかとね。
授業が始まっているであろう教室に戻るのも面倒だったが屋上で時間を潰すのももう寒くなってきているしなんだかなあと思って、結局教室に帰る。人気のない廊下をすたこらさっさと進み、どうして一年生は教室が三階なんだろうと考えた。二年生の一部も三階なので、来年は教室配置が二階のクラスになりたい。何となく大寿くんともまた一緒な気がしているし、二人で先生にアピールしたら二階の教室にしてくれないかな。
「あれ、授業は?」
「……自習だ」
「なんだあ、じゃあサボれば良かった」
がらりと勢いよくドアを開いたことで一瞬で静まり返った教室も、私と大寿くんの会話の最中に徐々に騒々しさを取り戻していく。教師の方でなにか用事が出来たらしいという所まで話してくれた大寿くんに相槌を打ちつつ、改めてロッカーから適当な紙を選ぶ。二者面談の報せ。これでいいや、もう終わったし。
そのまま席について、強請るまでもなく差し出されたプリントを写していく。後々発表しなくてはいけないものなので発音チェックをお願いする意味合いも込めて読み上げていれば、いちいち細かいところで注意が入る。大寿くん細すぎない? これぐらい良くない? と聞けば、オレの成績が悪くなったらどうしてくれると睨まれた。えーん、怖いよー。
発音チェックはしてくれたが私の愚痴は無視の通常運転のままの大寿くんに今朝のことや羽虫のことを愚痴りつつ、怒られたくないので手は動かす。
「ほんっとにキモいんだよね。アイツの方がよっぽどストーカーだよ」
「……」
「死神も死神でさあ、賭けだからってあんなことする? 人の写真勝手に流すなよな」
「……」
「あ、せっかくだから私たちもなんか賭けとかする?」
「テメェは口を動かす前に手を動かせ」
「……はーい」
大寿くんよく見て、私手を止めてないよ。……大親友からの扱いがあまりにも悪いのでは。
勝ってデブは腹を緩めよ