大寿くんと出会った時を振り返るとなると、私たちには出会いが二度あったという話になってくる。
一度目は、ワンちゃんにココくんと揃って紹介された時。黒龍を再建するとなった時、私はその証人替わりに二人に引き合わされたのだ。まあ初代総長の妹を名乗っていて、八代目総長も私の兄で、九代目総長に至ってはペットのようなものだから黒龍とは並々ならぬ縁がある自覚がある。六代目総長も投げ飛ばしたことがあったはずだ。
その時は大寿くんは私の自己紹介を聞いてひとつ鼻を鳴らして帰ってしまって、私とココくんの交流がメインになった。私はあの時初めてワンちゃんにイヌピーというあだ名があることを知ったのだっけ。
ともかく、一度目の出会いはそれ。その後も何故か何度か黒龍の集会に遭遇することがあって、大寿くんとはお互いの名前ぐらいは認識している知り合い以下の仲だった。
二度目の出会いが、高校の入学式のあの日。受験期に竜胆くんと喧嘩をして三人とは別の高校に進学することを決めた私は、正直自分のその選択をずっと後悔していた。クラスを確認して教室に入り、出席番号順の座席で私の前に座る大きな背中を見つけるまでは、ずっと。
本人かを確認するよりも早く声を上げた私に煩わしそうに振り返ったその人こそが、大親友、柴大寿くんだったのだ。あの瞬間に私は大寿くんと大親友になるべきなのだと神様の声を聞いたような気になってしまった。運命だ。この高校に入学したのも、大寿くんと同じクラスになったのも、出席番号が前後だったのも、全部運命。私たちは大親友になるべくして二度も出会った。
その大親友は、案外私との共通点が多かった。お互いチームのトップだし、実家が太いし、何よりきょうだいを深く愛している。私たちは大親友であり、弟妹を愛する兄と姉だった。
私がごねれば黙らせる為にぽつりぽつりと話してくれた弟妹の話が、その愛を何よりも証明していた。何も思ってないならあんなに優しい顔で、優しい声で、ぶっきらぼうな態度でも大切さなのだという気持ちが滲み出るほどに優しくきょうだいの話をしたりできない。
不器用な人だ。愛し方を教わることもできなかった人。自分なりの愛し方でしかその愛を伝えることもできなかった人。
私には人の愛し方のお手本を見せてくれる存在が沢山いた。兄もそうだし、両親もそうだし、祖父だってそう。シンイチローくんにもイザナにも、私は誰かを愛するお手本を沢山見せてもらってここまで来た。みんなを真似るようにして、それでも私なりの愛し方できょうだいたちを愛している。
でも大寿くんはそうじゃない。大寿くんには愛の手本なんて存在しなかった。一から十まで、まだ幼かった大寿くんが必死で考えた愛し方。愛してもらいたかった子どもが、自分よりも小さいきょうだいに愛を与えようと考えた愛し方なのだ。
それを否定するなんてこと、やっぱり私には出来ない。もちろん大寿くんの暴力で支配するやり方は間違っていると思う。それは違うでしょうと何度も伝えてきた。それじゃあなたの愛は伝わらないよと言葉を尽くしたつもりだ。
でも、だからってやっぱりその愛を否定することなんて出来そうにない。同じ兄と姉で、大親友で、きょうだいを愛するその気持ちが痛いぐらいに分かるのだ。分かってしまう。だから私には大寿くんの愛を否定することは出来ない。
そして虫のいい話ではあるけれど、出来ればゆずちゃんと八戒くんにもその愛を否定なんてしないで欲しいと思ってしまうのだ。受け入れられなくても、理解なんて出来なくても、否定だけはしないであげてほしい。差し出した愛をそのまま否定して捨てられるのは、辛いことだから。
この一年にも満たない短い付き合いでも分かるのだ。大寿くんの愛は、やり方を間違えていたって、受け入れがたくたって、いつだって本物だった。
数十分バイクを走らせて到着した教会のすぐ側にバイクを停めながら、そう願う。束ねていた髪を下ろして整えるように頭を振って、首を伸ばして教会の方を見た。見覚えのある特服姿の人が大勢いる。
「なんであんなにいるの……」
「百は居そうだな。どうする、バイクで突っ切る?」
「流石にコイツで人轢くのは躊躇いがあるといいますか……でも、そうだよね。単騎じゃどっかで止められそうだ」
多分一人でどうにかできるとは思うけど、少々心許ないし時間が掛かりすぎる。竜胆くんは頼めば一緒に突っ込んでいってくれると思うけれど、マンジローの誘導に外に人がいてほしいのも事実なのだ。辺りを見てもバブは止まっていないから、多分まだ来ていないだろう。
私に続いてバイクから降りた竜胆くんが、同じように教会の方を覗き込んでいる。その腕に触れながら、どうするかと考える。ここでマンジローが到着するのを待つには時間のロスが大きすぎる。なるべく早く中に入った方がいいことは間違いないのだ。手を引くと約束した以上出来ることはないが、そんな私でもゆずちゃんを止めるぐらいのことは出来る。
「どうしよう。あんまり目立ちたくないけど、そんなこと言ってらんないよね」
「まぁ確かに、オレもリコも下手に他所の抗争に首突っ込むと面倒なことになるよなあ。あ、でももういいんじゃね?」
「え?」
「これ、マンジロークンのバブだろ。イザナの聞いた事あっから分かる」
竜胆くんの言葉に耳を澄ませば、別にそこまでせずとも確かに独特な排気音が聞こえてきた。マンジローのバブだ。安堵のあまり息を吐き出す。相変わらずタイミングが最高な弟。
間もなくしてケンチンくんを乗せたマンジローが見えてきたので、軽く飛んで跳ねて体の動きを確認して肩を回す。うん、問題なく行けそう。
マンジローが到着次第突っ込んで行けそうなことを確認してから、竜胆くんを見る。
「竜胆くんはここで待ってて」
「別にオレも行けるけど」
「でも、待っててよ。お願い。ちゃんと帰ってくるから。ね?」
「……はあ。仕方ねえなあ……」
「ふふ、竜胆くんならそう言ってくれるだろうと思ってたよ。じゃあ行ってくるね」
心配そうにしている竜胆くんの背に腕を回して抱き着いて、抱き締め返されて数秒してから体を離す。鼻の頭に落とされた唇を甘んじて受け入れて私からも頬に唇を落とした。どうやら待機は承諾されたようだ。
数メートル先でバブから降りたマンジローが軽く首を回してるのを見て、目が合ったので頷き合う。タイミングはそっちに合わせよう。マンジローの考えていることは大体わかるので、タイミングを合わせるのもおちゃのこさいさいだ。
足取り軽く駆け出したマンジローの後に続いて突っ込んでいって、ひたすら奥を目指す。雑魚には構っているだけ無駄なので突っ切るスタイルだ。目標は奥の教会だし。
「なんだテメッ、は⁉︎ フェニックス・ガリ子⁉︎ なんでここに!」
「フェニックス⁉︎ 嘘だろ、今日は来ないはずじゃ……!」
「呼ばれてるぞ。返事してやれよフェニックス」
「黙りな。お姉ちゃん怒るよ」
最悪なあだ名で呼ばれて思わず拳を振りかざしてしまった。頬にクリティカルヒットした雑魚が吹っ飛んでいく。軽すぎでは? ペットボトルかな?
私をそのリングネームみたいな最悪なあだ名で呼ぶのは殴ってくださいの合図だったと思うのだが、雑魚は怯んで下がっていく。マンジローがその隙を逃さずに駆け抜けて行ったので、私も中指を立てて後でボコボコにしてやるからなと怒鳴ってからその後に続いた。
というかコイツら、いつもは私のこと総長の大親友として丁重に扱ってくれてたのに裏ではその呼び方してたのかよ。本当にムカつくわ。
「偶数の代の黒龍は潰していいみたいなルール作ってくれないかな」
「そのルールじゃリコしか得しないだろ」
「侮辱されてるのは私なんだから私が潰してあげようかなって」
「厚意でやってるみたいな言い方やめろ」
すんなり階段を駆け上がって扉を開け、内部に入る。私は大寿くんと約束をしているから直接手は出せないと手短に説明して、その代わりに道を開くようにマンジローの前に立ってもうひとつの扉を開いた。案外重いな、この扉。
先立って入室して早々に、奥の方にいるワンちゃんと目が合う。数度の瞬きの後にワンちゃんは手に握っていた鉄パイプを椅子の上にそっと置いて、他所を向いた。じとりとその横顔を睨み付ける。おい、分かりやすすぎるんだよ。誤魔化し方がド下手くそ。絶対その鉄パイプで誰か殴ったんだろ。
しかしそんなこと追求できる空気でもないので、内部をぐるりと見回す。ココくんは私を見ないふりで通すことにしたらしく、目が合いそうになると器用に少し目線を逸らした。本当なんで私のことそんなに嫌うの? 友だちでしょ?
ボロボロのタケミっちと千冬、八戒くんに三ツ谷くんが呆気に取られたように私とマンジローを、正確には私を見ている。私は事前に手を貸せないとタケミっちに言っていたから、ここに来るとは思っていなかったのだろう。エマちゃん辺りから毎年クリスマスは両日とも竜胆くんと過ごしているとも聞いていたのかもしれない。
説明はあとあとと誤魔化すように笑みを浮かべて、そのまま大寿くんを見る。上から下まで見てみたが、若干殴られた跡がある以外は大丈夫そうに見える。でもさっき目が合ったゆずちゃんはきまり悪そうに目を逸らしてたからなあ。うーん、こうなったら本人に直接聞くか。
「大寿くん、こんな日に邪魔してごめんね。怪我は?」
「刺されはしたが致命傷じゃねえ。お前は何しに来た? この件からは手を引けと言っただろ」
「そう、無事なら良かった。それから、手は引いたよ。キミたちの問題には関わらない。ゆずちゃんに話があって来たんだ。あとそれからワンちゃんに聞きたいんだけど、キミ、その鉄パイプは何? 何度も言ってるよね。私は素手の相手に後ろから獲物持って殺す気でかかる奴が一番嫌い」
両手を広げて手を引いたことをアピールしながらゆずちゃんの名前を出したあたりで、大寿くんは顔を顰めつつも私の乱入には目を瞑ることにしてくれたようだった。私の斜め後ろでさっきから無言で突っ立っているマンジローの方を警戒している。
なので私もこのタイミングでワンちゃんに声を掛けておくことにした。ワンちゃんは呼ばれた瞬間こそこちらを見たものの、目が合うとすぐに視線を逸らして頑なに私を見ようとしない。無言は肯定と捉えるぞ。次のカレーは自分だけ人参しか入ってないことも覚悟しておけよ。
「分かった、認めるってことね。あとで殴ります」
歯ァ食いしばって殴られるのを待ってろよと言外に告げれば、見るからに肩を落として同情を誘うような目でこちらを見てきた。お前が悪いんだぞ。躾のなってないワンちゃんめ。
すっと一歩引いて最後列のベンチに向かい、通路側に腰掛ける。そのまま腕を上げて、不干渉を示した。いつも喧嘩の最中に停戦の申し出と交渉でこれを使っているので大寿くんにも伝わったのだろう。スッと眉根が寄せられる。
「何度も言うけど、この件には干渉しないよ。その代わりと言ってはなんだけど前々から言ってた賭けをしよう。悪いけど今日のコレは東卍の勝ちだ。私はそっちに賭けるから、もしも当たったら……そうだな、今度何かあった時に私のお願い聞いてよ」
あくまでも私はゆずちゃんと話をするために、止めるためにここに来ただけだ。今回の件には元々関わる気がない。大寿くんもそれは分かっているのか、賭けに関しては面倒そうに舌打ちしつつも何も言ってこなかった。私を関わらせないことが一番大切なのだろう。手負いの大寿くんじゃ本気の私に勝ち目は欠けらも無いからね。
まあだからってマンジローになら勝てるのかと言うと全くもってそんなことは無いし、マンジローは私に拮抗するかそれを超えるかするだけの力を持ち合わせている。流石の私も確実にマンジローを仕留めたい時は兄とイザナと鶴蝶くんを呼び出して協力させるぐらいにはマンジローの攻撃力は凄まじいのだ。油断してると一瞬でやられる。
しかしそんなことを忠告出来る空気でもないので、背もたれに背を預けて目を瞑る。今の私は観客だ。主役ではないのだから、大人しく口を閉ざして観劇するに限る。
とはいえ私の弟が負けるはずもないので、結果は分かり切っているのだが。
+
私が立ち上がるのと、マンジローの手で扉が開け放たれるのはほとんど同時だった。膝を伸ばしながらマンジローの隣に並んで、その唇から流れる乾きつつある血を拭ってやる。頑張ったねという意を込めて頭を撫でてやりながら、ワンちゃんに支えられて立ち上がった大寿くんを見遣る。相当な衝撃だったろうから動かない方が良い気がするんだけど、今私が何を言っても跳ね除けられてしまいそうだ。怒りと焦りの滲む大親友のその顔に気付かれないようにひとつため息をついてから、足早に扉を越えていったココくんに道を譲る。
予想通りにこの勝負はマンジローの勝ちで終わった。大親友としてはもし怪我をしていなかったらもう少し善戦したと思うんだけれど、まあもしもはもしもでしかない。いつか再戦する時があるならその時に期待だ。
途中でマンジローがシンイチローくんとケースケの話をし始めた時は三ツ谷くんもタケミっちもかなり動揺してマンジローを疑っていたけれど、事情の分かっている私からすれば筋の通った発言ではあった。
シンイチローくんは二年前のあの事件以来運動量をセーブして、仕事も自分で調整している。頭の怪我だったし今でも激しく動くと立ちくらみや目眩が出るのだ。だから今日のようなクリスマスでもマンジローと一緒に走ることは出来ない。ケースケも言わずもがなで当分の間激しい運動は控えろとお医者さんからも言い含められているし、お母さんを泣かせてしまったことが相当響いたらしく本人が大人しく自粛している。だから、マンジローはシンイチローくんに譲られたバブとケースケのお守りを持って、二人と走っているような気持ちでバブを走らせていたということ。
まあその辺りの事情を理解していないと、マンジローが突然この場にいない上に走れない二人と一緒に走っていたと捉えられることを言い出したようなものだろうから、それこそ気でも狂ったかと思ったのだろう。
もう一通り終わったかな、外の連中は大サービスで私がちょちょいのちょいっとやってしまうかとかんがえながら、勘違いされて悲しいねえと言葉に出さずにその髪を梳く。口ではやめろと言いつつも手を引きはがそうとしない弟の遠回りな甘え方に呑気に笑っていたから、ココくんが開けた扉の方を何となく見て、普通の顔をして入ってきたその人に思わず飛び上がってしまった。
「外終わったけど、こっちも終わったみたいだな」
「えっ、え⁉︎ ……え⁉︎」
「怪我してなさそうで良かった」
「リンドーくん、コイツ座ってただけだから心配する方が間違ってる」
「座ってただけでも怪我する可能性はあるだろ。よし、リコ帰ろうぜ」
「……竜胆くん⁉︎ 待って、え、待っててって言った! なんで怪我してんの⁉︎」
しばらく呆然とその姿を見つめることしか出来なかったものの、マンジローと普通に会話をしている様子に一気に意識が引き戻された。所々血に濡れている。私の心配する前に自分の心配してよ。
バッと手を伸ばして頬に触れながら、額や顎に触れていく。顔の血はほとんどが返り血のようだけど、メガネを外しているあたり喧嘩はしていたのだろう。呆然と膝をつく大寿くんとのんびり入室してきたケンチンくんの様子を見るに、多分外にいた黒龍の雑魚を二人でどうにかしたのだ。
さっきマンジローにしてやったように口端から流れるほとんど乾きかけの血を拭いながら、動揺はまだ残るものの回転し始めた思考であれこれと考えて竜胆くんをじとりと見つめる。
「待っててって言ったのに」
「流石にあの人数はキツイかなって思ったんだよ。ほとんど怪我してないし、な? 許して、リコ」
「……もー、仕方ないんだから! 口の中切れてない? ちゅーするとき痛くなっても知らないからね」
「ちょっとぐらい痛くたって平気だって。今試してみる?」
「だーめ。今はみんな見てるから、竜胆くんのお家着いたらね。私まだやらなきゃいけないことがあるんだから、ちょっと待ってて」
そそくさと私から離れていったマンジローが私たちを指差してケンチンくんに何か言っているのを横目に、スッと近付いてきた顔を両手で押し返して、今はこれだけねと手袋越しに唇に触れるだけのキスをしておく。続きはそれこそまた後で、だ。
大人しく待ちの姿勢を見せてくれた竜胆くんの頬にひとつ唇を落としてから座り込む大寿くんの斜め後ろで呆然と外を見ていたワンちゃんに近寄って、その肩を叩く。呆然とはしつつも大人しく振り返った後に顔を右に逸らされる。右の頬を殴ってくださいってことかな。うん、そうだろう。グーでその頬をぶん殴って、尻もちをついたその頭を掻き回してから踵を返して教会内に戻る。
そのまま、教会内で立ち尽くすゆずちゃんの前に立ち、その肩を掴む。涙の跡は残るものの強い目でゆずちゃんはひとつ頷いた。私もそれに頷き返し、何かに気付いたのか私の名前を呼んだ三ツ谷くんを無視してその頬を手加減しつつ平手打ちする。勢いに負けて顔を横に向けたもののきちんと両の足で立っているゆずちゃんの頬をそのまま両手で抑えて正面を向かせ、目を合わせた。三ツ谷くんと八戒くんが何故だと声を上げているけれど今は無視だ。
「確かに大寿くんの暴力で支配するやり方はどうかと思う。でも、悪いけど、私も殴って止めるのも愛だと思ってここまでやってきてる人間なの。私がこんなに強くなれたのは竜胆くんを殴ってでも止めるため。その隣で一緒に生きていくため。最近気付いたけど、私は最初っから竜胆くんへの愛があってここまでやってこれてる」
誰にも口を挟ませないように矢継ぎ早に言葉を発しながら、ゆずちゃんの瞳を見つめ続ける。泣きそうに潤み出したその瞳には、結局後悔があるのだ。
「リコ……」
「大寿くんのやり方は間違ってる。でも大寿くんの愛までは否定できないし、したくないの。それにゆずちゃん、殺しはダメ。そればっかりは許せない」
「……」
「でも、不器用な人なんだよね。あなたたちは結局、距離を置くのが正解なのかもしれない。それでもきょうだいは、血が繋がってなくたって、離れて暮らしてたって、そばにいられなくたって、どれだけ変わっちゃったって、きょうだいなんだよ。家族なの」
ゆずちゃんはまだ大寿くんへの憎しみと愛の狭間で苦しんでいる。許すことなんてきっと一生できないのだろう。それでも大寿くんやゆずちゃんと同じようにきょうだいを愛する私は、どうかその愛だけは否定しないでくれればいいと願ってしまうのだ。大寿くんがゆずちゃんたちにぶつけた不器用な愛も、ゆずちゃんが憎しみと一緒に抱くその愛も、結局正解なんてない愛なのだから。
ボロボロと涙を零して泣き始めてしまったゆずちゃんの涙を何度か拭ってから、その背に腕を回して抱き締める。抱き締められていないゆずちゃんは少し迷うようにして、私の服の裾をそれでも力強く掴んだ。今はそれでいい。いつかきっと、あなたの全てを抱き締めて受け入れてくれる人が現れる。これはその時の予行練習のようなもの。
「私にとっての愛が何か、だったよね。私も本当はよく分かってないの。そばにいたい。一緒に生きていたい。迷う時は手を引いてあげたいし、泣きたい時は胸を貸してあげたい。歩けなくなったなら前を向けるまでそばにいたいし、背中を押してあげたい。ダメなことをしたら叱って、言葉を尽くしても止まらないなら殴ることだってするよ。それからこうやって、抱き締めてあげるの」
ゆずちゃんはまだまだ泣いている。その涙でどんどん肩が濡れていくのが分かるのだ。泣くのだって慣れていないのだろう。私が言うのもなんだけど、声を押し殺して誰からも隠れるような下手くそな泣き方。震える背中を撫でて、サラサラな髪を梳いてあげる。きっと、ずっとゆずちゃんが誰かにして欲しかったこと。
「そういうのが全部、本当に全部私にとっての愛なんだと思う。ゆずちゃんもゆっくりでいいから、自分の愛を見つけて。誰かの愛を否定するんじゃなくて、理解出来なくたっていいし、受け入れられなくたっていい。でも、愛に正解なんてないんだってことは分かってて」
私は大寿くんの大親友にはなれるし、ゆずちゃんを妹だと思うことだってできる。これから先ゆずちゃんと八戒くんと大寿くんの連絡役になることだってできるだろう。でも、ゆずちゃんたちのお母さんになることは出来ない。
だからこれはただの真似事で、どちらかと言えば姉としての行為だ。
ゆずちゃんの頭を撫でる。これまでずっと一人で頑張ってきた、普通の女の子。痛いのだって辛いのだって苦しいのだって嫌に決まってる。私だってそんなの嫌だ。でもこの子は、弟のためにこれまでずっと耐えてきた。私が今のこの子に掛けてあげられる言葉はそう多くない。
「泣いていいし、痛いって言っていいんだよ。あなたはもう、一人じゃないんだから。ずっと一人で、ここまでよく頑張ったね、柚葉」
とうとう背中に痛いぐらいに回された腕を甘んじて受け入れて、その頭を撫でて髪を梳いて何度も名前を呼ぶ。顔を上げたら呆然としている八戒くんと目が合ったので、ひとつ笑って手招きした。たじろぐその背中を三ツ谷くんが無理矢理押して連れて来てくれたので、そのまま一思いに腕を伸ばして三ツ谷くんごと八戒くんを抱き締める。ぴしりとフリーズしてしまったその背を叩くように、あやすように撫でながらもう一度声に出して言ってあげる。
「みんなよく頑張った。だから今はもう泣いてもいいの。困ったらお互いを頼って、泣きたくなったらちゃんと相談して。一人で抱え込んだりしちゃダメ。きょうだいで、家族なんだから。弱くたって泣き虫だってわがままだって、不器用だって、きょうだいはあなたのことを愛してるの」
よく頑張ったねと名前を呼びながら、押し黙ったまま泣き出してしまった八戒くんの背を撫でる。三ツ谷くんも笑いながらその背を撫でて、遠慮がちにゆずちゃんの肩を叩いている。ゆずちゃんはともかく八戒くんの力でここまで強く握られたら服が伸びそうだなと思いながらも引き剥がすことはせずに、何とか腕を伸ばしてその頭を撫でた。あなたたちのお母さんにはなれないけれど、姉の真似事はできるのだ。
揃って上手じゃない泣き方で泣き続ける二人をあやしながら、視線を感じて顔を上げる。その先にいた少し不満そうな竜胆くんにごめんねの気持ちを込めて笑いを返し、タケミっちには軽く首を傾げて見せれば力強く頷かれた。それにしてもタケミっちは刺傷を作った大寿くんを除けば誰よりも怪我をしてるし、また泣いてる。本当に泣き虫なんだから。
+
軒並みみんなが立ち去った後の教会で、呆然と膝を付き続ける大寿くんに近寄って落ちていた黒龍の特服をその背中に掛けてあげる。背後にいる竜胆くんに視線を送ってから、大寿くんの隣に座り込んだ。
「賭けは私の勝ちだね」
「……だからなんだ」
「特になんでも?」
茫然自失とはしながらもちゃんと返ってきた言葉に少し安堵して、その背中を軽く叩く。喋る気力があったんなら良かった。
既に雪の止んだ空を見上げ、どれぐらい白くなるか試すために吐息を吐き出す。案外降ったようで所々雪が積もっている。地面が凍結する前に帰らなくては。竜胆くんを乗せて事故なんて冗談じゃない。
「大寿くんには真似事でもお姉ちゃんは出来ないなあ」
「……」
「だって私たち、友達だもんね」
「…………」
「ねえ、数学の課題終わった? アレ難しくない?」
「……休みに入る前に終わらせてる」
「えー、さすが! 今度写させて! また連絡するから、ちゃんと電話出てよ!」
「……ふざけんな、テメェでやれ」
「私には無理無理。年明けたら絶対写させてもらいに行くからね。あ、ちなみにこれはさっきの賭けとは無関係のただの大親友からのお願いでよろしく。初日の出見に行くから、写真送るねー。なんかそういうのってご利益ありそうだし」
膝を叩いて立ち上がりながら、ぐっと伸びをする。もうすっかり日付も変わってしまった。このまま家に帰ってあれこれしていたら昼過ぎに起床確定コースだ。先に階段を降りだしている竜胆くんの背を追って、その手を後ろから握り締めながら私も下に降りる。
それから、あっと思い出して竜胆くんを引っ張って足を止めた。こちらを見ている大寿くんを振り返る。
「刺されてから結構時間経っちゃってるんだから早めに病院行けよ、相棒!」
「うるせえ。テメェの相棒になった覚えはねえぞ」
「えー、大寿くんの意地悪ー! 風邪引くなよ、またねー!」
煩わしそうに声を上げる大寿くんは本調子とまではいかないものの、前を向けるようにはなったようだ。手を振って再び背を向け、竜胆くんに手を引かれて歩く。
空を見上げてオリオン座だとまた教えてくれるその指の動きを追って、竜胆くんが私の手を引いて歩いていてくれるから私も誰かの手を引いて歩けるのだと思った。程近くに停めていたおかげですぐにバイクのそばに辿り着き、その瞬間に思わず名前を呼ぶ。
「竜胆くん」
「どうかした?」
「大好き」
突然の私の発言に竜胆くんが驚いたかのように目を見開き、数秒後に目を細めて笑う。そのまま顔が近付いてきて、触れるだけのキスが唇に落とされた。それからやっと、そう言えばメガネを外しっぱなしなんだと気付く。メガネの有ると無しとで何が変わる訳でもないけれど、やっぱりどっちも好きだ。
私からもその頬に両手で触れて顔を近付けキスをしようとした時に、口と口の間にサッと手が挟み込まれる。手袋を取った竜胆くんの骨ばった手のひらが私の唇に触れているのを感じて、瞬きをしてから竜胆くんを見つめた。
「オレは愛してる」
ゆるりと柔らかく目尻が緩められて、取払った手のひらの向こうから現れた唇がまた私の唇に触れる。ついていけなくてもう一度瞬きをすれば、ほろりとひとつ涙が溢れてきた。竜胆くんの唇がその涙に触れて歪に拭われていく。
嬉しすぎると人は泣くのだ。竜胆くんと一緒にいると、私は嬉しくてよく泣く。些細な日常や会話のあちこちに幸福を感じて、涙が出てくる。
私もと返した震える声はきっと竜胆くんに届いていたのだろう。背中にゆっくりと腕が回されて、キスをされる。竜胆くんの口の中は血の味がした。
雨降ってデブ固まる