集会帰りに言いつけ通り真っ直ぐ帰宅したマンジローと、一番早く到着したのでエマちゃんの家事の手伝いをしていた私と、その私の次に到着して洗濯物を畳んでいたイザナ。三人揃ったあたりで誰からともなく作業は中断して、イザナの部屋に向かった。室内で喧嘩はやめてねとエマちゃんに言われたけれど、喧嘩という空気ではない。一時間ほど前にファミレスで紙ナプキンに書いたトライアングルのように私たちは床に座し、お互いの出方を伺っている。

 佐野家は私にとって第二の実家のようなものだ。安心できる空間。でも今、その空間でこうやって張り詰めた時間を過ごしている。
 どの道誰かが話出さなくてはならないのだ。もちろん私から話を切り出してもいいのだが、何から話すべきか。マンジローには事前にウチの幹部やヒラが東卍にやられて並々ならぬ事態になっているから話がしたいとはメールをしている。そんな命令をした覚えはないと返事は来ていて、私と兄としても天竺を叩けと命令した覚えはなく、イザナも東卍に兵を動かしてはいないと。簡潔に整理してしまうと、どこから話をするにしても余計に面倒だ。

 しかしいつまでもこうしていても仕方がないので誰から話すよと視線を交し合い、イザナがひとつ頷く。先に話してくれるそうだ。

「指示系統をハッキリさせなかったのはオレのミスだ。悪かった」
「誰がイザナたちの名前を使ってるかは分かったの?」
「いや、まだだ。情報を辿るのに時間が掛かってる」

 もう一度悪かったと謝るイザナを制止して、まだ時間が掛かりそうなことは再度確認する。相手も相当巧妙に隠れているらしい。間に何人もヒラを挟んでいるおかげで、辿るのに余計に時間が掛かっている。

 この卑劣で姑息な手口、どうにも嫌な予感がするんだよなとは思いつつ今度は私からマンジローに話を振る。今私たちはきょうだいとして、チームのトップとしてこの話し合いの場に来ているのだ。お互い話したいことはさっさと話さなくてはならない。

「私としては、東卍の話を聞きたいな。襲われたのは幹部一人とヒラ数十人。何人も意識が戻ってない」
「そんなことはさせてない」
「それは分かってる。でも、実際に東卍の特服きた連中にやられたって言ってる奴らがいて、何人か追い剥ぎみたいなことして特服取ってきてもいるんだよ」

 写真もあるのと言って携帯を弄りながら、ふと、あれと思った。そう言えばこの特服あれじゃないか? 写真を開いて疑惑が確信に変わっていく。嫌な予感はもう予感の範疇を超えてきていた。

 マンジローはこちらに寄って来なかったけれどイザナは携帯を覗き込んできたので、ヒラから送られてきた写真を見せる。数枚に及ぶそれらを見て思わず唸っていれば、マンジローがやっぱりなと声を上げた。私の反応から察したのだろう。
 膝に腕をついてため息を吐き出すその様子に私もため息をつく。どうしてここまで気付かなかったんだろう。分かりやすすぎるぐらい分かりやすく、堂々と書いてあるじゃないか。

「陸、陸、参、陸、陸、陸、参……この二つばっかじゃねえか」
「これ、この特服、これ……」
「やっぱりそこなんだな。そんな気がしてた」
「お前らなんか分かったのか?」

 オレにも話せとイザナが肩を揺らしてくるけれど、私は無理だ。ただでさえ面倒事が起きて問題が山積みだったのに、ここに来てその面倒事と問題の裏にいる人間が見えてきてしまった。膝に顔を埋めてうわあと叫ぶ。最悪だ。
 突然奇行に走った私に動揺しつつもイザナはマンジローに聞くことにしたようだ。うん、マンジローの方がちゃんと説明できるだろう。私の場合はあの羽虫ギッタギタにしてやるとかそういうことしか多分言えない。

「出処にはもう検討がついてるんだよ。ケンチンとも話して、今このタイミングでその条件で仕掛けてくるのはアイツしかいないって話になった」
「確かに、それなら都合良く三つ巴の形にして自分は裏から私たちを操れるってわけね。本当に最悪だ……」
「で? 結局その出処ってどこなんだよ」
「稀咲」
「は? 稀咲?」

 クソッタレとばかりに吐き捨てたマンジローの声にイザナが返した声音が明らかに信じられないとばかりのものだったから、私も思わず顔を上げてマンジローと目を見合せた。数秒の沈黙が訪れる。

 参番隊と陸番隊の特服を工面できるのは稀咲と死神だけだ。何せアイツらはほんの数週間前までその特服を着ることを許されていた、内側の人間だったのだ。わざわざ金を払って用意する必要も無い。元々持っていたのだから、それを使うだけ。
 気付いてしまえば話は早い。配下の人間を使って東卍が夜ノ塵に喧嘩を売ったような状況を作り出して、更に夜ノ塵にやられたと言えと部下を天竺に送り込む。天竺はイザナの名前を使って掻き乱して東卍に喧嘩を売らせた。簡潔にまとめれば。恐らくそういうことをしたのだろう。そして私たちはみすみすとその罠にハマった。


 しかしこれにはひとつ穴がある。天竺内でそこまで暗躍していられるのは何故か、ということだ。兵の動かし方から言って、内側に居なければ無理な動きが目立つのだ。
 マンジローと揃ってイザナを見れば、私のすぐ横で呆然としながらもこちらを見返してきた。僅かに口端が引き攣っている。知ってんだな、とマンジローが問い掛けるようにして言葉を発したが、もう問い掛けというよりかほとんど確信している声だ。

「稀咲ってあの稀咲鉄太か?」
「その稀咲だよ」
「……最近天竺の参謀に引き入れた…………」

 額に手を当てて項垂れるイザナを横目に、マンジローと目を見合せ頷き合う。それでしょ。それだな。三人分のため息が重なった。
 これで全ての裏に稀咲が居ることは分かった。でも分かったのはそこまでだ。何が目的なのかが分からないし、それが分からない以上今後の動きの予想が出来ない。

 しかしこれでも三人揃ってチームのトップを張っているわけで、分かりません出来ませんで話を放置するわけにもいかないし、このまま良いように利用され続けるわけにもいかない。私たちは羽虫の今後の動きを推測してそれを潰していかなければならないし、起きてしまった事態には対処しなければならないのだ。

「なにか不穏な動きしてないの?」
「いや、オレの目につくところでは何もしてない。それどころか率先して動いて情報源を辿ろうとしてた。でもそれも演技だったってことだよな」
「だな。なんなら他の奴に責任押し付けようとしてる可能性もあるだろ。ひとまず探る動きだけ見せてれば誰からも何にも言われねえし、イザナに評価されてもっと上に行ける可能性だってある」
「上に行くことが目標なの? 死神から聞いた限りだと、羽虫の目的はマンジローと私みたいだったけど」
「は?」

 イザナが声を上げ、マンジローは無言で顔を顰める。私はタケミっちから新年一発目の集会での稀咲の発言を何となく聞いていたから、先月死神にカマをかけた時に飛び出してきた「私とマンジローどちらも手に入れるつもりだ」という言葉を真実だと認識したのだが、そういえばそもそもイザナは私たちと稀咲との関係を知らないんだった。
 分かりやすく嫌そうな顔をして斜め下を見たマンジローがボソボソと、オレの影だとかなんだとか言っていたと心底嫌そうに証言する。うーん、相変わらずの気持ち悪さだな。人を聖女扱いしたあとはその弟の影だと自称するとか、本当に思考回路が意味不明で理解できない。

 ギョッとしたイザナが私とマンジローを見比べている。お前もなにか言われたのかとその目が語っているので、一つ肩を竦めてから自分の瞳を指差した。

「よく分かんないけど、この目がいいんだって。いつもの偶像崇拝がお得意なゴミかと思ってたらタケミっちが言うには私を聖女だと思ってるらしいし、何が何だか」
「影? 目? 聖女? はあ? 頭おかしいだろ」
「そうだよ、頭おかしいんだよ。死神が言うにはマンジローも私もどっちも手に入れようとしてるんだって。だからこう、三つ巴にさせて、自分は裏から糸引いて……何がしたいんだ?」

 私とマンジローを手に入れることと現状とがどうにも結び付かなくて首を傾げていれば、稀咲にドン引きした顔のままイザナが仕切り直すように口を開く。お前たちは稀咲に近付くなとの事だ。思わずマンジローと無理に決まってるだろと声を合わせる。
 こうなってしまった以上、表に出ないというわけにもいかない。そしてそうなってくると稀咲の目的の関係上、必ずどこかしらで顔を合わせることになる。

「手っ取り早く私たちを手に入れたいってんでこんな状況にしてるなら、絶対に私たちの目の前に現れはするはずなんだよ。それに向こうは私たちよりも頭がキレる。私たちはこうやって既に後手に回ってるし、前に夜ノ塵をつつかれた時も後手に回って気付いた時にはもう手遅れに近くなってた。それならもうその計画に乗った方が早い」
「でもお前たちが目的なら、それこそ何してくるか分からないだろ。どうすんだよ、目抉られたりしたら」
「この目がいいってそういう意味……?」

 思わず目に手を当ててまさかの可能性に慄いていれば、黙りこくっていたマンジローが、でもと声を上げた。イザナと揃ってそちらを見る。

「リコの言う通りだろ。もうオレたちは後手に回ってる。今更オレが天竺の総長はそんな命令してない、稀咲に嵌められただけだって言っても誰も信じないし、実際こっちも馬鹿にならない被害が出てる。このまま放置しておくことは出来ない」
「そうだね。確かにウチもそうだ。今はお兄たちが何とか抑え込んでるだろうけど、放っておけばヒラが徒党組んで東卍にぶつかりに行きかねない。そうしたらもっと面倒なことになる」
「……つまり、ここはもう三つ巴の状況のまま運んで、オレらが事態をコントロールできるようにするしかねえってことか」

 イザナが大きくため息をついて顔を手で覆う。私とマンジローも否やは無いので各々同意を示し、そうなったらこの後はどうするべきなのかと話を詰めていく。

 死神に関しては、アイツはもうずっと稀咲の命令でしか動かない駒に徹している。そしてそれは裏を返せば稀咲がなにか命令しない限りは動かないということでもある。単体での危険度はそう高くない。
 となってくると、やはり厄介なのは稀咲だ。何せその目的が未だによく分からないし、そもそも何故私とマンジローにそこまで執着するかが分かっていない。私への感情は大雑把に信仰心だと切り捨てたとして、ではマンジローは? タケミっちに聞いた限り稀咲はマンジローに切り捨てられるとなった時にどうやら本気で焦っていたようだし、マンジロー自体に惹かれているのか、それとも何かしらの目的があるのか。

 マンジローもマンジローで腕が立つのはもちろん、眉目も整っているのもあってか、私には劣るが余計なものを引き寄せてくるところはある。別にこれは劣っていてなんぼなので恥じることはない。私もこの厄介なものばかり引き寄せてくる能力は死神あたりに譲ってやりたいなと思っているし。
 なので稀咲がマンジローの人間性やらなんやらにどうしようもないぐらいに惹かれて暴走している可能性もなくはない。私に関する感情はまさにそれだろう。私もたまに魔が差して就職に失敗したらカルト宗教とか作ろうかなと思ったりもする。稀咲は良い太客になりそうだ。

 でも今のところはカルト宗教を作る予定なんざないわけで、稀咲は私にとっては目障りな羽虫でしかない。その羽虫が私どころか弟にまでちょっかいをかけて、更には兄のチームまで使って騒動を起こしたとなれば早急に解決したいというのが本音だ。害虫は駆除されるべきなので。

「稀咲の目的とその目的のために取ってくる手段が分からないと、私たちにはどうにも動けそうにないね」
「目的はひとまずマイキーとリコだとして、問題は手段か。無理矢理三つ巴の状況作り出したこの後に何をしてくるか」
「オレとリコをどうにかしたいんなら東卍と夜ノ塵を潰すとか……」
「きょうだいに手を出す、とか」

 マンジローが途中で止めた言葉の続きを口にすれば、嫌な沈黙が訪れる。イザナもマンジローも可能性としては考えていたのだろう。確かにそれが一番有効だ。少なくとも私は、きょうだいたちに何かあったら必ず足を止める。
 もし竜胆くんに何かあったらそれより酷いことになるだろう自覚があるが、竜胆くんは竜胆くん自身がそれなりの力を持っているし常に蘭ちゃんと行動している。最近は天竺で動くことも多いだろう。そこをわざわざ狙うよりも、きょうだいたちを狙った方が早い。

 それにきょうだいたちに何かあった時に足を止めて潰れるのは私だけじゃない。マンジローもだ。羽虫としては手に入れたい私とマンジローのどちらもが落ちてくる可能性が高い方を選びたいだろうし、きょうだいたちが狙われる確率は低くない。
 その意を込めて二人を見れば、二人揃って形容し難い顔をしつつも頷いてみせた。やはりその可能性には思い至っていたのだろう。

「狙われるとしたらシンイチローとエマだろ」
「オレら三人とリオと鶴蝶は狙われても返り討ちにするぐらい出来るし、やっぱりその二人だよな」
「この後個別に注意はお願いしておこうか。エマちゃんに関してはマンジローがなるべく一緒にいてあげるか、ケンチンくんにそばにいてもらう。シンイチローくんは……ワカさんたちに頼む?」
「いや、シンイチローももうイイ大人だし自衛は出来るだろ。それに一緒に居られる時はオレが一緒にいる」

 それだとマンジローの負担ばかりが大きくなる気もするが、イザナが横浜に籍を置いている今、佐野家に定住しているのはこの三人の中ではマンジローだけだと言うのも確かだ。今後私もイザナもそれぞれチーム内の統一で忙しくなるだろうし、マンジローに任せるのが一番か。

「じゃあ、ひとまず三つ巴になるんだからぶつかる日でも決めとく? その日だって目標定めといた方がお互いチームでやりやすくなるでしょ」
「確かに。一ヶ月後ぐらいにしておくか」

 立ち上がって壁に掛けられたカレンダーを捲り、二月のページを指でなぞる。私の誕生日にしっかり赤で丸がされていた。最高なお兄ちゃんだな。机から勝手にペンをとって二十二日に猫の日と書きながら、ふと思い出した。そう言えば二月の二十二日はなかなか因縁深い日だ。

「二十二日は?」
「さすがに早くね?」
「違うよ、二月二十二日」
「リコの誕生日の次の日じゃん。リンドーくんと予定とか入れてないの?」
「うん? んー、まあ誕生日当日は竜胆くんと一緒に居たいなあって思ってる。でもこの日、シンイチローくんが黒龍結成した日でしょ。理由付けとしてはピッタリじゃない?」

 長兄がチームを結成した日に、そのチームと並々ならぬ縁のある私たちの率いるチームがぶつかる。日程の選択としては理由は通っているだろう。この日を選ぶことで私たちが口裏を合わせていると稀咲にはバレても、ヒラにはバレない可能性が高い。その辺りには自分たちのチームがやられたから全面戦争を決めた、とだけ思わせられればいいのだ。

 確かに理由付けとしてはピッタリだけどと渋る二人に向き直り、カレンダーの二十二日の部分を軽く指先で叩く。私はもうすっかりこの日に抗争をする気満々なのだ。仕込みとはいえ、するならするでちゃんとしたい。

「別に誕生日当日って訳じゃないんだし、私は気にしないから。さすがに前日だから忙しくて竜胆くんにも会えないかもしれないけど、私からちゃん説明するし。ズルズル先に伸ばしたって意味ないでしょ? 二十二日に全部終わりにして、二十三日ぐらいにパーッとみんなで私のこと祝ってよ。ね?」

 言い聞かせるように言葉を重ねれば、顔を見合せた二人はそれならまあと重々しく頷く。そこまで大事に捉えなくてもいいのに。そりゃ今年は一緒に過ごせないかもしれないのも、誕生日当日にサプライズを受けられないのにも思うところはある。でも言った通り、ズルズル先に伸ばしていたって意味は無いのだ。それなら早く終わりにしたい。
 二人がこれ以上なにか言ってくる前にじゃあ二十二日にするからねと再び告げて、カレンダーに記した猫の日の下に抗争と書き足しておく。猫の日と抗争ってなんかちぐはぐだな。

 ペンを机に戻して再び床に座り込んでも、二人はまだなにか重篤な考え事をしているような顔をしていた。思わず笑ってしまう。

「二十三日、楽しみにしてる。イザナもマンジローも知ってるでしょ? 私、楽しみは後に回す派なんだよ」
「……リコがそう言うなら」
「めちゃくちゃ気合い入れてサプライズ考えるからな。覚悟しておけよ」
「なにそれ脅し? まあ分かったよ。覚悟はしないけど、期待はしておく」

 バッと手を伸ばして二人の頭を掻き回して、抵抗してきた二人の手によって私の髪もぐちゃぐちゃにされる。梳かして帰ればどうにかなる程度だけど、抵抗の仕方がなかなか乱暴だ。いつか好きな子が出来たらじゃれついたつもりで馬鹿力で攻撃してそう。
 とはいえこれもまた兄と弟との触れ合いの一部なので受け止めて、しばらく撫でられるままになっておく。撫で方からして犬か猫だとでも思われているのかもしれない。

 暫くしてから満足したらしい二人が腕を退けたので、軽く手で髪を梳かしながらそれでと話を切り出す。一応まだ詰めておいた方がいいこともある。

「この件、お兄とクマと幹部には話すけどいいよね」
「ああ。オレもケンチンと三ツ谷と場地には話す」
「オレは……そうだな、鶴蝶と灰谷兄弟には話す。そういえばリコから稀咲のこと前に聞いてた気がするし、アイツらにも聞かせてるだろ?」
「そういえばじゃないんだよなあ」
「まあ、稀咲に関しては責任持って天竺が見張る。マイキーとリコは二十二日までは接触しないようにしろよ」
「向こうが来ない限り私から行くことはない」
「オレからも多分ない」

 会いたくないもんねーとマンジローと顔を見合わせながら、似たような動作で首を傾ける。うーん可愛い。さすが私の弟。

 シンイチローくんとエマちゃんに何も無いようになるべく三人で傍にいられるようにしようと相談しつつ、立ち上がった二人に続いて私も膝を伸ばしながら立ち上がる。どうせなら夕飯も食べて行けばいいとマンジローには言われたが、そういうわけにもいかない。兄たちになるべく早く説明をしたい。この時間ならまだ集会をやっているだろうし、飛び入り参加して来月の二十二日に東卍と天竺とぶつかることになったと宣言してしまおうか。
 二人の背を追うようにして階段を下り、到着したリビングでテレビを見ていたエマちゃんに手を振ってからその華奢な体を抱き留める。イザナとマンジローはシンイチローくんに説明をするみたいだし、エマちゃんには私から先に忠告をしておこう。可愛い妹は何からも守ると誓ってはいるが、万が一があってもいけない。

 何かあったのかとこちらを伺うエマちゃんに笑みを返してその頭を撫で、口を開いた。


 +


 ヒナちゃんから呼び出しを受けたのは、ほぼ明け方に近い時間だった。

 イザナとマンジローと話し合いを終えて、集会に飛び行って来月の二十二日の抗争に関して宣言し、その後兄と幹部と日付が変わっても数時間話し合い。家に帰ってから適当に入浴を済ませて、学校はサボるにしろ何にしろ起きてからヒョウたちのお見舞いに行く予定だからさっさと寝てしまおうとベッドに入った時、その電話は掛かってきた。

 最初はイザナかマンジローのどちらかかと思ったのだ。なにか緊急の用があって掛けてきたのかな、と。そのどちらでもなかったけれど、この時間にヒナちゃんがわざわざ私に電話を掛けてくるのもまた緊急事態なのではないかとすぐに応答した。

「もしもし、ヒナちゃん? 何かあった?」
『リコちゃん、こんな時間にごめんなさい。話したいことがあって。今ちょっといいですか?』
「別に構わないけど、今どこにいるの?」
『家の近くの公園です』
「それこそこんな時間なんだし、最近物騒なんだから早く帰りなさい。起きてるから、部屋に戻ってからまた電話掛けておいでよ」
『いえ。話があるの、私じゃないんです』

 ハキハキと喋っているあたり、寝起きというわけではないのだろう。まあそんなことは関係ないので早く部屋に戻って欲しいのだが、ヒナちゃんはこれで頑固なところがあるので言葉を尽くしても聞き入れてはくれなさそうだ。
 ひとつため息をついて、壁に掛けた時計を見上げる。ここからじゃどんなに急いでも三十分は掛かるだろう。

「それって電話でも平気な話?」
『はい。ねえタケミチくん、代われる?』
「あ、いい。代わらなくていいよ。今からそっち行く。どうせタケミっち泣いてて話にならないでしょ? 三十分は掛かるけど、そっち着くまでに泣き止ませといて」

 え、とか、でも、とか渋るヒナちゃんを言い含めて電話を切り、適当に着替えてバイクのキーと財布と携帯だけポケットに突っ込む。この時間なら母も父も寝ているし、兄だってもうとっくに寝ているはずだ。一応書き置きを机の上に残してから部屋を出て、そのまま玄関から外に出た。面倒でシャッターを閉めずに車庫にぶち込んでいた愛機に跨り、エンジンをかける。補導対策でいつものようにヘルメットをしてから、アクセルを回した。


 宣言した三十分から数分はみ出しはしたが無事に辿り着いたヒナちゃんの家の近くの公園。以前家まで送ったことがあって道を覚えていて良かった。
 バイクを公園の入口に停めてから、ヘルメットを外す。軽く頭を振って髪型を整えながら降りて、ベンチに並んで腰掛けている二人の元に向かった。飛び上がるようにして立ち上がったタケミっちが呆然とこちらを見ているので、ひとつ肩を竦める。

「久しぶり。ヒナちゃんのことこんな時間に連れ出しちゃダメだよ?」
「あ、違うんです! 最初はタケミチくんナオトのこと呼び出してて、ヒナがそれに気付いて出てきたって感じで……」
「言い訳無用。女の子なんだから、夜はなるべく外に出ないようにしなさい」

 パッと立ち上がってタケミっちを庇うヒナちゃんの頭を些か荒い手付きで掻き回してから、座るようにと促す。女の子を立たせておく趣味はないのだ。

 素直に座ってくれたヒナちゃんと、ヒナちゃんに手を引かれるようにして座り込んだタケミっちの前にしゃがみこんでその顔を見上げる。呆然としていて涙のあとの残る情けない表情だ。今だって、気を抜けば泣きそうなぐらいその瞳が潤んでいる。
 この子はなんでこうも泣き虫なんだろう。本当に会う度会う度泣いている。そんなんじゃヒナちゃんに幻滅されちゃうぞ。いや、ヒナちゃんはそんなことでタケミっちを嫌いになったりはしないんだろうけど。

「それで、どうしたの。私に話があるんでしょ?」
「……あの、リコちゃんはラピスラズリって聞いて何か思い出しますか?」

 話が斜め上に飛んだぞ。てっきり三つ巴の抗争に関して何か聞かれるのかと思っていた。東卍の方ではまだ三つ巴になるとは言われていないのかもしれないけれど、天竺との抗争に関しては昨日の集会で触れられているだろう。その真意を聞かれるとか、そんな所かと思っていたんだけど。

 予想外な質問ではあったけれど、それでも答えないわけにいかないので胸元のネックレスを掴んで掲げて見せる。タケミっちは目を見開いてから、泣くのを必死で堪えるように歯を食いしばった。何かあるらしい。
 なんなんだろうなあと思いつつ口を開く。こんな顔をしたタケミっちと、そのタケミっちに寄り添って腕に手を添えているヒナちゃんと、二人の正面にしゃがみこむ私。これじゃあ私が泣かせてるみたいだ。

「思い出すも何も、私の名前の由来」
「……えっ?」
「私の名前の由来、瑠璃だから」

 ラピスラズリって瑠璃のことでしょと続ければ、また見開かれたタケミっちの瞳から一粒大きな涙がこぼれ落ちる。それを皮切りにしたように、タケミっちはボロボロ泣き出してしまった。ヒナちゃんは何も言わずにタケミっちを見つめていて、私は何が何だかとついていけずに何度か瞬きをする。

 嗚咽しながらも潤みに潤んで充血した瞳で私を見たタケミっちが、つっかえつっかえ言葉を口にする。

「その、そのネックレス……竜胆くんから…………」
「うん。クリスマスにもらったの」

 竜胆くんから聞いてたの? と聞けば、返事は返ってこなかった。代わりにとうとう顔を手で覆ってわあっと泣き出してしまったタケミっちの嗚咽だけが聞こえる。思わずヒナちゃんに助けを求めれば、少し困ったような顔をして笑みが返ってきた。
 意味もなく手を伸ばして泣いているタケミっちの頭を撫でながら、泣かないでよとかなんだとか声を掛けてみる。この子が泣くところはこれまでに何度も見てきたけれど、慰めたことはなかった。弟じゃない子の慰め方の正解がよく分からないのだ。

 数分そうしているうちに、まだまだ涙は流れ続けているもののタケミっちは顔を上げて情けない顔で私を見つめてくる。言葉にしてくれないと分からないので首を傾げてしまった。

「お願いです……」
「うん?」
「お願いだから、竜胆くんと生きてください」
「……え?」

 宥めるように少し上げていた口角が、その言葉を聞いた途端に引き攣る。聞き返すようにしてこぼしてしまった声に明確な返事はなく、タケミっちのお願いは続いた。
 嫌な予感は何もしていないのだ。もしかして「人間スカウター」だけじゃなくて、こっちまで馬鹿になったのかなと思うぐらい、何にも。

「死なないでください。幸せになってください……! リコちゃんと竜胆くんは、幸せになるべきなんです……何回も何回も二人は傷付いて、引き裂かれて、なのになんで……」
「……なに、どういうこと? 何が言いたいの?」

 らしくもなく声が震える。もう一度助けを求めるようにヒナちゃんを見たけれど、返ってきたのは毅然とした眼差しだけだった。嘘でしょ?

 もう朝が来たようだ。朝日が目に痛い。どこからそんなに出てくるのかと思うぐらい溢れているタケミっちの涙が陽の光に照らされて、場違いなぐらいにキラキラと輝いていた。自分の掌に爪を立てるようにして胸元のラピスラズリを握り込む。

「リコちゃんがあの時言った通りなんです。オレ、未来から来たんです。未来の竜胆くんに託されたんです」
「やめて……聞きたくない…………」
「リコが居なきゃ生きていけなかったって。ずっと一緒に生きていたかったって。ずっと、愛してるって……託されたんですよ……!」

 なにか言おうと口を開いたものの、何も言葉が出てこない。嘘だろうと言いたいのに、何となくタケミっちが嘘をついていないと分かってしまうのだ。今までのその行動のあれもこれもそれも、タケミっちが未来から来たのだというその言葉があれば辻褄が合ってしまう。タケミっちは未来が分かっていたからあの日私とクマを救ったし、竜胆くんと兄を救った。

 依然として泣いているタケミっちを見つめながら、思わず立ち上がる。真っ直ぐ立っていられなくて何歩か後退った。ぽつりと、口から言葉が落ちる。

「私、死ぬの? ……竜胆くんを、置いて?」

 情けなく震えた声に、タケミっちはこちらを見上げて泣きながら頷く。次の瞬間には視界が潤んで、鼻の奥がツンとした。ひとつ瞬きをすれば頬が濡れる。

 嫌な予感は本当に何もしないのだ。逆に不自然なぐらい、何もしない。予感なんかじゃないからなのか。嫌な予感なんかじゃなくて、それが定められた未来だから。


「……はい。イザナくんを庇って来月の二十二日、撃たれて……竜胆くんの腕の中で」

屠所のデブ

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