何年も前にマンジローやケースケやエマちゃんたちと遊びに来たあの公園で、いつかの夜みたいに軽くブランコを揺らしながら最近テレビか何かで聞いた曲の鼻歌を歌う。太陽が眩しくて何度か瞬きをした。もうすっかり朝だ。どこかで鳥が鳴いている。
ギイギイと音を鳴らすブランコが壊れやしないかと少し心配しつつも、ひとつ欠伸をして足を伸ばす。別に眠くはないけれど昨日は一日中慌ただしくしていたから、身体は疲れているようだ。ここでしばらく時間を潰してから帰宅して、ヒョウたちのお見舞いに行く前に一眠りするか。ブランコの上で腕と背中を伸ばす。
結局タケミっちのあの言葉を聞いてから、家に帰ることが出来ずにここに来た。二人に早く帰りなさいと声を掛けることは出来たけれどタケミっちを家まで送る余裕はなかったし、私としても混乱していたのだ。いやまあ、今もしているけれども。
私は死ぬ。イザナを庇って、二月の二十二日に。竜胆くんの腕の中で。
タケミっちまでは話が降りてなくて知らないようだったけれど、二月二十二日と言えば例の抗争の日と定めたばかりだ。恐らくそこで何かあって、私はイザナを庇うのだろう。そしてその場には竜胆くんもいて、私は竜胆くんの腕の中で死んでいく。予想でしかないがそんなところだ。
自分は未来から来たのだとタケミっちは言った。間違いなくあれば事実だ。そばにいたヒナちゃんは否定することも嘘だと指摘することもなかったし、どこまでも強く信じる目でタケミっちを真っ直ぐに見ていた。そしてなによりタケミっちがあの場でそんな嘘をつける子だとも思わない。
思い返せば、やっぱりなといった感じなのだ。私だって前から魔法使いのようだと何度もタケミっちをからかっていたし、その度にタケミっちは図星ですとばかりの顔をして目を逸らしていた。嘘や隠し事が下手くそ。
東卍と芭流覇羅のハロウィンの抗争の数日前に、私とクマに何かは言えないけれど何かあるから集会に参加しないでくれと言ったのは、きっとあの日タケミっちが来なければ私とクマはあのまま刺殺されていたから。どこで未来が変わったのかは分からないけれどタケミっちは未来を変えて、私もクマも多少の怪我はしたものの生きている。
その何度か会った時に聞かされた私じゃない私と約束したという言葉はそのまま、本当に未来の私と約束をしたから。竜胆くんと兄を救ってくれと、その未来の私がタケミっちに願ったのだろう。タケミっちはその約束の通りに竜胆くんと兄を救った。
私に会う度に泣いていたのは、その直前に見た未来では私は幸せなんかじゃなかったからだ。死んでいるか、竜胆くんと兄を亡くしておかしくなっているかしていたのだろう。そして次に待ち構えるその未来でも、私は死んでいる。だからタケミっちは泣いたのだ。何をしてもいくら手を尽くしてもどれだけ未来を変えても幸せになれない私を思って、泣いてくれた。
優しい子だと思う。人のために泣ける。誰かの幸せを思って足掻ける。
だけど私はその優しさに報いることが出来ない。出来そうにない。出来るはずが、ない。
ひとつため息をついて地面を爪先で蹴ったと同時、聞き慣れた排気音が聞こえてきた。思わず顔を上げてそちらを見れば、公園の入口でこちらを見つめて驚いたように瞬きをするケースケがいた。その顔を見ていると笑いが込み上げてきてしまって、足を組んで声を掛ける。
「バイク、また乗り出したの?」
「もうだいぶ傷も良くなったからな。リコはなんでこんな時間にこんなトコ居んだよ」
「用事があってこっち来たんだけど、なーんとなく帰るに帰れなくなっちゃって色々考えてたとこ。ケースケは? 暇ならこっちおいでよ」
顎で隣のブランコをさせば、ため息をつきつつもケースケは大人しくバイクから降りてこちらに来てくれた。そのままブランコに座ってくれたので、顔を覗き込むようにしながらどこかに行っていたのかと聞く。ひとつ欠伸をしながらも手紙を出しに行っていたのだと答えてくれた。なるほど。
そういえば私も先週出したなと思い出しつつ、もう虎の字は間違えることなく書けるようになったのかとからかえば怒ったように睨まれる。その顔にまた笑ってしまった。
「何回も同じ間違いするわけねーだろ。ほら見てろよ」
都合よく落ちていた木の枝を使ってケースケが地面に羽宮一虎と大きく書いていく。所々書き順が怪しくてまた笑いそうになってしまったけれど、何とかその笑いを堪えて最後まで見守った。確かに漢字は全部あっている。
サービスなのかなんなのか自分の名前と千冬の名前までフルネームで書いてくれたので、マンジローの名前も書いてと強請った。満更でもなさそうな顔をしてケースケが地面に書いたのは佐野マイキー。そうくるか。
「万次郎でしょ。ほら、こう」
「それは知ってっけど、マイキーはマイキーじゃね? イザナ、リコ、マイキー、エマでカタカナで揃えればいいじゃん」
「いいじゃんって、一応言っておくけど私もちゃんと書けば漢字だからね?」
「あー、知ってる知ってる。お前とリンドーくんの惚気で散々聞かされてんだからもういい」
「分かってなさそー」
堂々とルリと書き出しているケースケに今度は隠さずに笑って、手を伸ばして木の枝をひったくって瑠璃と書いてやる。ごちゃごちゃして見にくいと失礼すぎる感想が返ってきた。ムカついたのできょうだいたちの名前を書き出して、マンジローと鶴蝶くんの間にケースケの名前も書く。
誕生日的に言ってケースケを入れるならここだろう。そう思っての行動なのに、オレの方がマイキーの兄だのなんだのと言ってきた。身長が上だからだそうだ。アホかな。
「こういうのって大体誕生日でしょ。お兄とイザナもなんだかんだ言いつつそれで年が一緒でも次男三男扱いになってるんだし」
「いや、オレとマイキーならオレの方が兄貴だろ。アイツずっとチビだし馬鹿だしお前に甘えてばっかだし」
「自分は私に甘えてないみたいな言い方するね」
「は⁉︎ オレ、リコに甘えてんのか……⁉︎」
ケースケは私の言葉にぎょっと目を見開いて、そのまま動揺しつつも確かにそうなのかもしれないと神妙な顔で頷き始めた。私は適当に言っただけだったのに、流されやすすぎるし馬鹿すぎてなんだか心配になってくる。
しかし本人にはあれやこれやと思い当たることがあるらしく、腕を組んでぶつぶつと何か言っている。そんなケースケを横目に、地面に書いたきょうだいたちの名前を順番に目で辿った。七人だと私がちょうど真ん中で、ケースケも入れて八人になれば私とマンジローが真ん中だ。
木の枝を動かして、イザナの名前を丸で囲む。私の愛しいお兄ちゃん。きょうだいたちの中では兄に続いて一番付き合いが長い。何せ私が五歳で、イザナが七歳の時からの付き合いだ。
イザナを庇って死ぬことに躊躇いはない。イザナでなくとも、きょうだいたちの誰だって庇って死ねるという自信がある。シンイチローくんでも、兄でも、イザナでも、マンジローでも、鶴蝶くんでも、エマちゃんでも、私はなんの躊躇いもなくきょうだいたちを庇うことが出来る。それぐらい愛しているのだ。
でも、タケミっちから話を聞かされて家に帰れないと思ってここに来てしまった。己が死ぬ未来に怯えている。きょうだいたちを庇うことに否やはない。もし庇うことが出来ずにきょうだいたちが死んでしまったら、それこそ死んでも死にきれない。だから私は、例え己が死ぬのだと分かっていてもきょうだいたちのための盾になれる。
だけどやはり、怯えているのだ。死を恐れている。死にたくないと思って、思い出に縋るようにしてここに来てしまっている。
きょうだいたちの名前を順番に丸で囲って行き、最後にケースケの名前も囲む。この子も大切な私の弟。馬鹿なのに優しくて真っ直ぐで、可愛い弟だ。
丸をつけられずに残った己の名前を線と線を繋げて四角で囲う。私一人の犠牲できょうだいたちが生きていけるのであれば安いものだと本当に思う。思うけれど、ならばどうしてこんなに怖がっているのか。
ぐるぐると再び考え込んでいれば、ふとケースケが声を上げた。甘えているか否かに関してはどこかに飛んだらしい。
「っつーかリコさ、例の抗争の日、誕生日の次の日だろ」
「そうだけど。もうマンジローから聞いたの?」
「昨日呼び出されて聞かされた。稀咲の野郎、オレらの特服使ってヒキョーなマネしやがって。許せねえ」
「許せないからって無茶はしないでよ。まだ本調子じゃないんでしょ?」
顔を覗き込めば、はんとひとつ笑ってオレを誰だと思ってるんだと返される。馬鹿な弟だと思ってるよと言えば姉貴面はやめろと顔を顰められた。
口ではそんなこと言っているが本当に嫌ならもっと暴れるはずだと分かっているので適当に流して、背を逸らすようにして上を向く。雲ひとつない青い空だ。散歩中の犬の鳴き声が聞こえてきて、ケースケがじっとそちらを眺めているのが気配でわかった。今も昔も動物が好きなんだよなあ。
将来の夢はペットショップを開くことだっけと思い返しながら、私はケースケの開いたペットショップに訪れることが出来るのかと殊勝なことを考える。タケミっちはこれまでにも私の未来を変えてくれた。この先の未来だって変えてくれる可能性が高い。そうなれば私は、生きていられるんだろうか。
またため息をついて更に背を後ろに倒す。空が青すぎて目に痛い。
「マイキーが気にしてたぜ」
「ああ、抗争の日のこと? 別に気にしなくて言ったのに。そもそも二十二日にしようって言い出したのも私なんだしさ」
「でも、自分たちは毎年当日に祝われてんのにリコだけ祝えないのはなんか違うっつってたし、ホントはお前も当日に祝って欲しいんじゃねーの?」
思わず押し黙り、体を起こしてケースケを見る。表情を取り繕うことも出来ずに真っ直ぐ見つめていれば、ケースケはしてやったりとばかりの顔で笑った。またため息が出てくる。
本当にこの子は変なところで聡いのはどうしてなんだろうか。額に手を当てて項垂れながら、そういうわけではないんだよと返す。惜しいけど、そういうわけじゃない。ただ今更になって二十二日に死ぬんなら二十三日に祝ってもらうのは無理だなあとか考えちゃってるだけで。
「お前ら毎年毎年誕生日はチョー騒がしくしてるもんな」
「なんだかんだ言いつつその騒がしい誕生日会に参加しまくってる奴がよく言う……あのね、勘違いしないでよ。別に当日にいつもみたいに祝ってもらえないことを気にしてるんじゃないの。みんな優しいからおめでとうって言ってくれるだろうし、正直それで十分」
「じゃあ何気にしてんだよ」
「……」
妙に勘のいいケースケは、私がなにか気にしているということに気付いたらしい。しかし、タケミっちに自分が死ぬ未来に関して聞かされたんだなんで言えるはずもなく、再び押し黙ってじっとケースケを見つめるだけになる。
どうにかこうにか騙されてくれるか、話を逸らすかしてくれないだろうか。そう思っていたのが伝わったのか、ケースケは思い付いたとばかりの顔をして口を開いた。
「あ、分かった。リンドーくんのことだろ。そういやマイキーとエマが誕生日までリコのことリンドーくんに取られるって前に文句言ってたわ」
これが正解だろとばかりに笑ってそう言ったケースケに、思わず瞬きを繰り返して呆然とそちらを見てしまう。マンジローとエマちゃんがそんなことをケースケに言っていたのか。今年の誕生日会は竜胆くんも一緒でいいかと聞いた時は別にどうでもいいという顔で二人して頷いていたというのに。
あの時の二人のどうぞご勝手にとばかりの声音とケースケの話の中の二人が上手く結び付かなくて、なのにその姿があまりにも簡単に想像出来てしまうものだから、だんだんおかしくなってきて笑い出してしまった。一緒になって溢れ出してきた涙を指で拭う。それでも涙が止まらなくて嗚咽まで出てきてしまって、隠すように下を向いて手で顔を覆えばぎょっとしたようにケースケが私を呼んだ。
弾かれたのかと思うぐらい俊敏に立ち上がって一歩もないほどの距離を大股で近寄ったケースケが、なんで泣いてんだよと困った声でいいながら躊躇いがちに私の背を撫でてくる。笑ってるんだよと言って顔を覆っていた手を外してケースケを見上げても、その表情は強張るばかりだった。
「オレなんか変なこと言ったか?」
「いや、全然。ただマンジローとエマがそんなこと言ってたんだなって思ったら笑えてきちゃって、涙もついでに出てきた感じ」
「ついでって量じゃなくね」
「でも本当についでなの。マンジローとエマが私のこと大好きなんだなあって嬉しく思ってぐらいなのに、あはは、なんで止まらないんだろ……」
とうとう私のそばにしゃがみこんだケースケが泣くなよと困った声でいいながら私の背を撫でるものだから、ますます涙が止まらなくなってしまう。
出会った頃は私より小さいぐらいだった身長はもうとっくに私を追い抜かしたし、私より小さかった掌もすっかり大きくなった。マンジローに負けたと癇癪を起こすケースケの背を撫でたあの日が懐かしい。今では私が撫でられる側になってしまった。
言い訳がましいよなあとは思いつつ、涙と一緒に言葉をこぼす。
「本当に、その気持ちが嬉しいの。私のことを祝いたいって、そばにいたいって思ってくれるのが嬉しい。それだけで、もう十分なんだよ」
「ああ、分かった分かった。だから泣きやめよ、な? オレも二十三日に千冬に頼んで猫見せてやるよ。千冬の飼ってるペケJ、黒猫なんだけどさあ、めちゃくちゃ可愛いんだぜ……リコ?」
喉から息を吸い損ねたみたいな音がして、もう顔を上げていられなくなってしまった。ケースケはますます慌てて私の背を撫で、それだけでは足りずに頭を掻き回すみたいにして撫でてくる。その手を甘んじて受け入れながらも、クリスマスに竜胆くんとした約束を思い出してしまって、胸の中で巣食う恐怖が何なのかに気付いてしまって、涙が止まりそうにもなかった。
誕生日は一日一緒に過ごす。その次の日も、猫を見に行く。これから先の誕生日もずっと一緒。そう約束したのだ。
竜胆くんはきっと、今年が無理ならじゃあ来年と言ってくれる。でも私にはその来年があるかどうかも分からない。竜胆くんと過ごせる日々にはもうタイムリミットが定められていて、今はカウントダウンの最中なのかもしれない。
きょうだいたちを庇って死ぬことに躊躇いなんてない。愛しているからだ。永遠に愛していると誓えるから。己の身を投げ出したって、この命を捨てたって、生きていってほしいと思う。
でも死ぬのは怖い。竜胆くんと一緒に生きていけないのは怖い。私が死んで、竜胆くんがいきていけなくなるのが怖い。それだって愛しているからなのだ。
タケミっちにその言葉を託した竜胆くんがどうなったのかなんて、何を選んだのかなんて、私は怖くて聞けなかった。聞けるはずもなかった。
矛盾している。そんなの分かっているのだ。でもどちらも愛で、どちらも大切だから、たまらなく怖い。
私は竜胆くんがいなければ生きていけない。でも竜胆くんには私がいなくたって生きていってほしいと思う。最悪なぐらいわがままで傲慢なことを言っていると理解している。でも、それが結局本音だ。
置いていくことより置いていかれることの方が怖いはずなのに、置いていくことだって怖くてたまらなくなってきてしまった。
ケースケが困ったように私を呼ぶ声と背を撫でてくれるその手に、今だけは甘えさせてほしい。十月のあの日姉ぶってお手本を見せてやるだなんて豪語したのに、今はもう、答えは決まっているのにどうすればいいのか分からないのだ。
朝を告げる鳥が、私になにか伝えるみたいにまだ鳴いていた。
+
重傷じゃないから軽傷だからと言うけれど、骨折は十分すぎるほどに重傷だろう。何かフルーツが食べたいと駄々を捏ねられたので下の売店で買ってきたカットフルーツを皿に適当に盛り付けてベッドサイドに置いてやりながら、その意を込めてじとりと睨み付ける。困ったように笑われたが、私からすれば何を呑気に笑ってるんだといった感じだ。
鶴蝶くんが手ずからフルーツを食べさせてやっているのを見ながら、椅子の上で足を組んで肘をつき、手のひらの上に顎を乗せた。キウイが美味しいらしくキウイを寄越せとまた駄々を捏ねているその姿に緊張感の欠けらも無い。
じっと見つめていれば私の視線に気付いたのかこちらを見て、一度瞬きをしてから情けない笑みを浮かべられる。ごめんなと謝られたけれど謝罪が聞きたいわけではなかった。
「シンイチローくんの中では骨折は軽傷なんだ?」
「うっ……いや、ほら、生きてるし。な?」
「生きてるしって言葉が出てくるのは死にかけた人間だよ! もー、本当に心配したんだからね」
「ごめんごめん。ただの骨折だよ。医者にも綺麗に折れてるって言われたし、平気だって」
骨折に綺麗もクソもあるのかと鶴蝶くんが呟き、些か乱暴な手つきでシンイチローくんの中に林檎を突っ込む。シンイチローくんはというと、呑気に美味いと言っていた。私たちの怒りと心配が伝わっていないようだ。
マンジローから電話が来たのは昨日の夜のことで、私は集会中だったけれど急用かもしれないからと迷わずその場で応答した。電話口に聞こえるその声は冷静なものだったから特に急用というわけではないのか、ならば後でもいいかと聞いたのだけれど、いや一応今話すと言われてしまったのだ。で、告げられたのがシンイチローくんが誰かに突き飛ばされて階段から落ちて骨折したとかいう最悪な報せ。
動揺して今から行くと喚いた私をマンジローは冷静に、シンイチローくんも全くもってピンピンしているしもう夜も遅いから来るなら明日来いと言いくるめ、こうして私は今日シンイチローくんのお見舞いに来ている。
鶴蝶くんが一緒なのは、どうせなら一緒に行こうかと昨晩話し合った結果だ。イザナは制止を振り切って昨日のうちに横浜から駆け付け、後を追う様な形で鶴蝶くんもこちらに来たらしい。でもその時点で面会時間を過ぎてしまっていたので、佐野家で一泊してから私と落ち合ったことになる。
そしてそのイザナはというとシンイチローくんと鶴蝶くんに言わせれば荒れに荒れているらしく、今頃道場でマンジローと互いをボコボコにしあっているだろうとのことだ。その気持ちはよく分かる。私も正直腸が煮えくり返りそうなのだ。
「誰かに突き落とされたって聞いたが」
「そうそう。マンジローとタケミっちと駅歩いてたんだけど、階段降ってる時に思いっきり後ろから背中押されてさ。二人が咄嗟に引っ張り上げてくれたから軽く落ちただけで済んだんだけど」
まあ生きてるしとなんてことは無いとばかりに笑うシンイチローくんに鶴蝶くんがため息をつく。それから危機感が足りないだの怪我をしてからでは遅いんだのと説教を始めた。縮こまって大人しく言われるがままになっているシンイチローくんと、時にイザナとマンジローすら正座させて叱り付ける末の弟とのやり取りを黙って見つめる。
シンイチローくんが誰かに突き飛ばされて骨折をしたと聞いた時、真っ先に数週間前にタケミっちから受けたあの宣告を思い出した。
あの数日後ケースケから私が泣いていたとでも聞いたのかタケミっちは再び私を呼び出して、絶対に助けますと言ってくれたのだ。私を助けて、必ず竜胆くんと一緒に生きる未来を作ってみせる。あまりにも強い目をしていたから、私はそれを受け入れるしかなかった。
その時に軽く、これまでずっとヒナちゃんを助けようとタイムリープをしていたと聞いた。だから大切な人とまた会いたいと願うその気持ちはよく分かるとタケミっちは、未来の私と竜胆くんを思って少し泣いてくれたのだ。泣き虫で優しい子。私の周りにいる年下の男の子はこんな子ばかりだ。
聞けばマンジローはどの未来でも巨悪になってしまっているらしい。私はそれを止められる状況ではないか、止めようとしているかのどちらか。やっぱり竜胆くんがいなければ私はダメになってしまうんだと。笑えないけれど、笑える話だ。
タケミっちはヒナちゃんだけではなく、私たちとマンジローの未来も変えると約束してくれた。だから私とイザナが殴ってでも止めて、シンイチローくんとエマちゃんがマンジローに寄り添うという形で役割分担をしているという話をしたのだ。それから、稀咲が狙うとしたらシンイチローくんとエマちゃんなんじゃないかと私たちは予想しているという話もした。
だからタケミっちは何をどうしたのかシンイチローくんとマンジローと行動を共にし、シンイチローくんのことを救ってくれたのだろう。もしかしたらその未来ではシンイチローくんも死んでしまっていたのかもしれない。それを知っていたから、タケミっちは本当に未来を変えてくれた。そう考えると話の筋道が通っている気がしてくる。
だとしたら、このまま身を任せていればタケミっちは私のことも生存できる方向に導いてくれるのではないか。でもそうしたら誰がイザナを庇うのかという話になってくる。もちろん撃たせなければいいだけのことだが、もしも止めるのが間に合わずイザナが撃たれてしまったら。その時私は、イザナを庇わずにはいられない。
きょうだいたちのためならばこの命だって惜しくはないが、やはり竜胆くんが私が死んだせいで生きていけなくなってしまうのは怖い。私は竜胆くんがいなければ生きていけないのに、竜胆くんには私がいなくても生きていってほしいと願うのは傲慢だとは分かっている。でも、願ってしまうのだ。
ひとつため息をついて足を組み変えてから気付けば下に向けていた顔を上げれば、シンイチローくんと鶴蝶くんがまじまじとこちらを見つめていた。思わず何度か瞬きをしてどうしたのかと聞けば、言葉もなく鶴蝶くんに口に林檎を放り込まれる。案外美味しいなと大人しく食べていたのだが、まだ二人はじっと私を見ているものだから困ってしまう。
もう一度どうかしたのと聞いたタイミングで、ようやく二人が顔を見合わせてため息をついてから私に向き直った。シンイチローくんが仕方ないものを見るように笑いながら口を開く。
「なにか悩んでるんだろ」
「……やっぱり、分かる?」
「分かるよ。全部顔に出てる。鶴蝶からも何か言ってやれよ」
「ああ。リコは自分で思ってるより隠し事が下手だってそろそろ気付いた方がいい」
「えー……全部顔に出てるってほどではないと思うんだけど……」
思わず頬をぐにぐにと触っていれば、鶴蝶くんがまたフルーツを刺したフォークを差し出してくれたので口を開けてそれを受け取る。キウイだ。シンイチローくんの言う通り本当に美味しい。
私が黙って咀嚼している間に二人がまた顔を見合わせて、あの時はどうだったとかこの時はどうだったとか聞かせてくれるものだから、手を上げて降参の意を示す。そんな、夏休みの課題が終わっていなくて絶望していた時とか、師範のお気に入りの湯呑みを割って慌てていた時とか、誰だって感情が顔に出る時をチョイスしないでほしい。
「他には……あれだな。エマと買い物に行く時とか前日からめちゃくちゃデレデレしてるだろ」
「イザナと遊びに行く時も何日も前からずっとソワソワしてるし」
「分かった、もう分かったから、ストップ。認めるから」
「お、ようやく認めるか。な? リコは全部顔に出てるんだよ。オレらに話すだけ話してみればいいだろ?」
「黙ってろって言うならここだけの話にするし、誓って口外はしないが」
向けられた優しい言葉に曖昧に笑って返し、迷うような声を上げる。二人なら私と一緒に背負ってくれるんだろうなあと思ってしまうからこそ、話せない。ケースケにお手本を見せてやると言ったあの時の自信が帰って来てくれればいいのに。人に背負わせられないのは私の方だ。
「いつか話すから、それまで待ってて」
「……分かった。あ、でもなるべく早く話してくれよ。オレに彼女が出来たら束縛されちゃうかもしれないし」
「妄想の中の彼女に束縛されるとかやめてよ」
「妄想っつったな⁉︎ 見てろよ、来年の夏こそ彼女と海でデートしてやるからな!」
「シンイチローには無理だろ」
「ね。カクちゃんの言うとおり、兄さんには無理だよ」
なんだかんだ言いつつ彼女より私たちきょうだいを優先してしまってフラれるのが目に見えている。今までもなんだかんだと六割ぐらいはそれでフラれてきているんだし、長続きしたいなら一人暮らしとかしなきゃ。
そう思って鶴蝶くんと笑っていれば、唇を噛み締めてこちらを睨んでいたシンイチローくんがふっと肩の力を緩めた。
「まあ、別にいつでもいいんだよ。いつでもいいから、いつか聞かせてくれ」
「……うん」
「それから、オレは意地でも二十一日にリコのこと祝うからな!」
「オレも、今はお互いチームのことで忙しくて時間が取れるかもわかんねえけど、電話はする。竜胆と話してて出れなかったとかやめてくれよ」
「信用ないなあ。兄さんとカクちゃんからの電話に私が出ないわけなくない?」
愛しいきょうだいたちからの電話に出ないような私ではない。ふふんと鼻を鳴らして絶対出るよとアピールすれば、シンイチローくんと鶴蝶くんが笑った。私もつられて笑い、一気に空気が和やかになる。
「二十一日、楽しみにしてる」
それぐらい待ち望んだって、許されるだろう。三週間と数日後のその日に思いを馳せながら、プレゼントは何がいいかと聞いてくる二人に強請るように口を開いた。
念力デブをも通す