どうして。震える声で吐き出されたその言葉が頭から離れなくて、下を向いた。だけどそうしているとどうにも涙が出てきそうで、堪えるためにも顔を上げる。泣きたいのはオレじゃない。
ここにいても何も出来ないし辛いだけだからと言ってリコちゃんのご両親が出ていった後、多分三十分は経っただろう。誰も何も一言も喋っていない。最初は誰かに連絡していた竜胆くんとガリ男くんも今では押し黙って座り込み、俯いて祈っているか、目を瞑って顔は前に向けているかだ。
竜胆くんの隣で先程から微動だにしないマイキーくんはただただ呆然としながら頭と肩を壁に預け、正面の何も無いクリーム色の壁を見つめている。時折鳴らされる鼻の音とふと正気にかえったかのように呟かれるエマちゃんとリコちゃんの名前がなければ、目を開けたまま死んでいるように見えてもおかしくないような表情の何も無い顔だった。
気付くのが遅かったのだと今では思う。あの未来でマイキーくんが喪ったのはシンイチローくんとリコちゃんだけじゃなかった。エマちゃんも稀咲によって殺されていたのだ。
思い返せば、未来で会った大寿くんはリコちゃんの死に関して触れた時に「きょうだいたちのことで思い詰めていた」と言っていたじゃないか。個人を指していたんじゃない。あの言葉は、シンイチローくんとエマちゃんの両方を指していたんだ。だから分かりやすいぐらいにきょうだいたちを愛していたリコちゃんは、あの未来でなんの躊躇いもなく血の繋がらない兄のために命を投げ出した。これ以上きょうだいたちが死ぬことのないように、と。
いや、リコちゃん自身がそういう人間なんだろう。きょうだいたちの為ならば自分の命を差し出せる。未来を捨てられる。出会った時からずっと、リコちゃんはそういう人だった。
さっきだってそうだ。オレたちに向けていたエマちゃんにそっくりな笑顔が強ばるよりも先に、リコちゃんはもう駆け出していたのだ。エマと強く叫んで、守るように抱き締めて、きっとあれは何も考えずに反射で動いただけの事だった。リコちゃんは躊躇わないんじゃない。躊躇うことが出来ないんだ。
竜胆くんが震える声で譫言のようにリコちゃんを呼び、キツく指を組む。オレが連絡をして一時間程で駆け付けてきてくれた時、こちらを見ながら嘘だろと小さく呟かれた言葉が思い返されてまた涙が出てきそうだった。竜胆くんに向けられたマイキーくんの虚ろな瞳とガリ男くんの嘘じゃないという淡白な一言が、全てだったのだ。
足取りの覚束無いシンイチローくんを引っ張るようにしてリコちゃんのお祖父さんと場地くんはエマちゃんの手術が行われている方に向かっていった。終わったらこちらに来ると言っていたから、まだそちらも手術中なのだろう。こちらもこちらでランプが消える兆しも一切見えない手術中の表示を見つめる。
その時、足早に駆ける音がした。誰が来たのかと振り返り、息を切らしてこちらに寄ってくるドラケンくんを見て知らず知らずのうちに入っていた肩の力を抜く。相当急いで来たのだろう。膝に手を付いて息を整えながら、一瞬マイキーくんたちの方を見た。その乾いた血に塗れた手を見たのか分かりやすく顔が強ばり、絶望の色が浮かぶ。
「タケミっち、エマは……」
「まだ手術中です。血は出てたから油断は出来ないけど、手術室に運ばれるまでちゃんと意識はありましたし、応答もしっかり出来ていました」
シンイチローくんに手を握られて、自分だって怪我をして痛いだろうにボロボロ泣きながらなんでどうしてとリコちゃんの名前を呼んでいたその姿を思い出す。手術室に運ばれるその時までエマちゃんを見送ったのはオレとシンイチローくんだ。
ほっと息をついて、余裕が出てきたのかもう一度マイキーくんたちを見たドラケンくんがつまりと小さく呟く。何も言えなくて頷くことしか出来なかった。苦々しげに眉が寄せられ、やるせなさを堪えるかのように斜め下を見たドラケンくんにオレも下を向く。
ストレッチャーに乗せられたエマちゃんのコートは左半身が夥しい量の血で濡れ、赤黒く染っていた。なのに普通に話して泣いていたエマちゃんの様子に、お医者さんも最初は首を傾げていたのだ。だけとひっくり返った声でお姉ちゃんと泣くその様子に、その血が誰のものなのかに気付いたようだった。
頭の怪我はもちろん臓器のダメージも深刻だとリコちゃんのご両親が聞かされていた話を思い出す。一度止まった心臓は動き出したけれど依然として脈拍は弱く、出血が止まらない。一命を取り留めても目覚める保証はないし、奇跡が起きて目を覚ましたとしてもこれまで通りの生活はまず出来ない。
蒼白な顔でよろめいてそれでもと頭を下げたご両親の姿を思い出して、そこまでは伝えられずに下を向き続けていれば、遠くから足音が聞こえてきた。イザナくんかカクちゃんが来たのかと思って顔を上げてそちら見たのだが、予想外の人物に思わず声を上げる。
「大寿くん……⁉︎」
オレの声に合わせてぎょっと振り返ったドラケンくんも驚きに目を見張り、視界の隅でのろのろと顔を上げた竜胆くんが弱りきった声でその名前を呼ぶ。恋人の大親友、大親友の恋人というだけあって案外親しいのかもしれない。現実逃避をするみたいにそんなことを考えた。
注目を浴びた大寿くんは煩わしそうに眉を寄せながらも、状況は分かっているのかため息をひとつつく。
「お前らここに集まってるようだが、兄貴と妹の方はどうした?」
「え?」
「妹の方の名前しか呼んでなかったが、高賀は元々黒川イザナを庇って死ぬ気だったろ。庇われた連中は無事なのか」
「……エマちゃんは今手術室に入ってます。イザナくんは……ここには来てません。横浜にいるんだと思います」
これまでとは意味合いの違う沈黙が場を支配する。何を言っているんだとばかりにドラケンくんは困惑していたけれど、背後の竜胆くんとガリ男くんから刺すような視線を感じた。そりゃそうだろう。この二人はなんとなく、オレに隠し事があることが分かっている。
特に未来での様子からして、竜胆くんはオレのタイムリープ能力にほぼほぼ当たりをつけていた。アレはここから十二年の年月を掛けて確信に至ったものだったとしても、今の時点で疑惑は抱いているはずだ。
しかしここでそれを打ち明けるわけにはいかない。何とか場を誤魔化すか話を逸らすかしなくてはと思ったのだが、大寿くんはまたため息をついて、高賀はと呟いた。どういうことかとその顔を見て黙り込んでいれば、苛立たしげに舌打ちした後に手術室の方を見てもう一度同じことを繰り返される。
「高賀は今どうなんだって聞いてる」
「今、手術中で……」
「何があった」
「エマちゃんを庇って殴られたんです。相手がバイクに乗ってたから衝撃かデカくて」
そう説明すればその顔が少し不愉快そうに歪められる。それからボソリと、きょうだいを前にして勝手に体が動いたってかと呟かれた。恐らく大寿くんとリコちゃんはそういった話をしたことがあったのだろうと察した。
リコちゃんは抱え込みがちだとエマちゃんやマイキーくんは以前に言っていたけれど、聖夜決戦での大寿くんとの様子を見る限り仲は良いようだったし、何よりリコちゃんは大寿くんを大親友だと公言している。弟や妹には話せないことでも、大親友になら話せる。そういうことなのだろう。
リコちゃんが稀咲に殴られる直前まで電話をしていたのは大寿くんだということも分かっていた。ガリ男くんの元にもご両親の元にも連絡をしてくれたそうだし、わざわざここまで来てくれたのはリコちゃんを心配してのことなのか、何か話があっての事なのか。
ゴクリと唾を飲んで大寿くんを見上げれば、なんとも興味がなさそうに見下ろされ、すぐに視線がオレの向こう側に移った。そのまま三人が座るベンチの方に移動し、座り込む竜胆くんを見下ろす。
「おい灰谷、高賀からテメェに言伝だ」
「……は?」
「わざわざこんなことオレが伝えてやる義理はねえが、このまま死なれても寝覚めが悪ぃ。仕方ねえから一から伝えてやるよ。アイツは黒川イザナのために死ぬ覚悟を決めてた」
死なれても寝覚めが悪いという言葉に反応したのか思わず立ち上がった竜胆くんも、続いた大寿くんの言葉に押し黙る。思わずドラケンくんと揃って大寿くんと竜胆くんの間で視線を右往左往させてしまったのだが、竜胆くんは分かりやすく潤んだ瞳をそのままに呆然としているし、大寿くんは面白くなさそうに鼻を鳴らしていた。
リコちゃんがイザナくんのために死ぬ覚悟を決めている。それは、オレだって知っていた。でも未来を知っているのはリコちゃんだけじゃない。稀咲がイザナくんを撃とうとすることはオレだって分かっているのだ。だからどうにかして最悪な未来を変えようと思っていた。撃つ前に拳銃を奪うとか、やり方はいくらでもある。
それにリコちゃんは警察官であるお祖父さんに頼んで調べてもらったのか稀咲が拳銃を手に入れたことを証拠付きで把握していたし、イザナくんには個別に忠告をしていると言っていた。未来の約束だってしていたのだ。二十三日はきょうだいたちに誕生日を祝ってもらうのだと言っていて、エマちゃんやマイキーくんだってあっと驚かせてみせると気合を入れていた。意気込む二人を見守るシンイチローくんも笑いながら後の兄二人もケーキを作るだのなんだのと言っていたと教えてくれたし、そもそもリコちゃんがイザナくんにケーキを作ってくれとお願いしたのだと聞いていた。
オレと千冬が誕生日をプレゼントを用意していると言った時だって楽しみにしていると笑ってくれたし、リコちゃんはどこからどうみたって本気で未来を望んでいた。なのに、それなのに、死を覚悟していたなんて。
オレのそんな混乱も分かっているかのように大寿くんは口を開き、分かっているだろうがと前置きをした。
「アレはそういう人間だ。今後何があったって、テメェのことは選べねえ。自分もテメェも捨ててきょうだいを救いに行く」
「……」
「高賀が別れ切り出す前にテメェから何があったって別れないっつったらしいな」
「……当たり前だろ。本心だったならもっとまともに取り合っても良かったけど、リコのあれはオレを手放すための嘘でしかなかった」
普段のリコちゃんと竜胆くんの様子からは想像できないその言葉に思わずギョッと目を見開いて飛び上がってしまった。ガリ男くんも想像していなかったのか驚いたように竜胆くんを凝視している。マイキーくんは相変わらず呆然と壁に頭を預けてどこかを見ていて、その表情が変わることはなかった。
別れ。別れを切り出す。しかもあのリコちゃんから竜胆くんに?
思い出したのは十二月一日、病院でのことだ。竜胆くんに文字通り泣き縋って、そばにいてくれなきゃもう生きていけないとただただ竜胆くんと生きていくことだけを願っていた。あの時に、リコちゃんは竜胆くんがいなければ本当にダメになってしまうのだと心の底から思ったのだ。
その後に未来で見た竜胆くんの言葉を思い出す。リコがいなければ生きていけなかった。ずっと一緒に生きていたかった。ずっと、愛している。全部が本音だ。ヒナを助けるためにここまでタイムリープを繰り返してきたから、愛しい人を救えずにその死を抱えて足掻く苦しみが痛いぐらいに分かった。
聖女様と呼ばれがらんどうになってまで消費され続けたリコちゃんも、稀咲への復讐のためだけに十二年間ラピスラズリを抱いて生き続けた竜胆くんも、お互いへの想いは変わりやしなかった。例えどれだけ道を踏み外して、愛した人に望まれた自分からかけ離れようと、二人の想いだけはずっと二人のものだった。死以外の何もかもが二人にとっての救いではなくなろうと、二人は永遠にお互いの全てを求めて笑って死んでいったのだ。
咄嗟に別れるなんてダメですと叫ぶように言ってしまえば、竜胆くんはオレを潤んだ瞳で睨み付けてから苦しそうに口を開いた。大寿くんはそもそもオレに興味が無いのか、死にかけの友人から託された「このまま死なれても寝覚めの悪い言伝」を伝えるためだけにここに残っているのか、こちらを見ようともしない。
「お前に言われなくたってそんなこと分かってる。オレの全部がリコのもので、リコの全部がオレのものだ。別れて誰かにくれてやるぐらいなら全部オレのものにしたまま死んだ方が百倍マシなんだよ。オレは絶対にリコと別れない。このままリコが死んだって、オレが死んだって、アイツは永遠にオレのもので、オレはアイツのものだ」
「つくづく酔狂な呪いだな」
「呪いでもなんでもいい」
間髪入れずに言い返した竜胆くんに対して大寿くんは口角を上げて珍しいものを見るようにして笑い、なんとも愉快そうにそちらを見下ろした。そのまま何を考えているか分からない瞳でその後ろでベンチに座るマイキーくんとガリ男くんを見て、再び竜胆くんを見る。
「呪われる覚悟はもちろんあるんだろうな」
「……は?」
「高賀に呪われる覚悟はあるのかって聞いてんだよ。テメェらのその辛気臭え顔見るに、アイツが生きるか死ぬか、もう死ぬ確率のが高ぇんだろ? その死人の呪いを永遠に抱えて、呪われたまま死人を愛して生きてく覚悟があるのか」
「ある」
即答だった。まだ瞳は潤んでいるし声音には縋るような色が見えたが、それでも迷いは欠けらも無い。
竜胆くんのそんな様子にひとまず及第点と認めたのか大寿くんは、今度は少し面倒そうな顔を作りつつ口を開く。
「自分はテメェが居ねえと生きていけねえが、テメェもそうなら悲しい、だとよ」
「それで?」
「とはいえお前に既に呪われてるし、どうせ死ぬんなら呪ってから死んでやる。忘れるな、他の女なんて好きになるな、永遠に自分だけ見てろ」
その言葉に息を呑んでしまったのはオレたちだった。
文字通りの呪いだ。死んでも永遠に残り続け、残された人を縛り続ける。どの未来でもお互いを想って苦しみ続けた二人も、きっとお互いに呪われていたのだろう。だけどその呪いを言葉にしたりなんてしないまま死んでいって、置いていかれた。だから二人は形に残されなかった呪いに苦しんで、足掻いて、最後の最後にお互いを求めて笑うしかなかったのだ。
その呪いが今、目の前で言葉にされた。呪いに形が与えられた。永遠に形の変わらない感情がなくたって、愛でさえ緩やかに朽ちていったって、この呪いだけは残り続ける。二人の想いと呪いだけは、永遠に変わったりなんてしない。
確かにこれはこのまま死なれても寝覚めの悪い言伝だ。大寿くんが竜胆くんに伝えなければ形にならないけれど、形にならなくたって呪いのまま、下手したら大寿くんを媒介にしてこの世に残り続ける。大親友とはいえ恋人に向けた呪いという愛を遺されていかれてはたまったものではないのだろう。
大寿くんは竜胆くんから目を逸らして、手術室の扉を見つめる。横顔すら見えなくなってしまったのでどんな表情をしているのかは見えなかったけれど、その背中に滲むのはこの場の誰よりも真っ直ぐなリコちゃんへの信頼に見えた。
「きょうだいたちのために死ぬことに迷いはねえと口では言いつつ、この一月以上ずっと悩んで迷ってお前のそばで生きていくことを望んでいた」
気付いてるんだろと竜胆くんを見もせずに呟き、面倒そうに分かりやすくため息が吐き出される。どこか呆然とそちらを見る竜胆くんを横目で見てから、また手術室の方に目を向けて口を開いた。
「アイツがお前に伝えたいっつったことはこれだけじゃねえが、いくら言伝だとはいえテメェに愛の言葉なんざ伝えんのは虫唾が走る。アイツ本人がお前に伝えるのでも待っとけ」
竜胆くんの顔が分かりやすく歪んで、オレまでまた泣きそうになってしまった。
やっぱり、リコちゃんのことを一番揺らぐことなく信じているのは大寿くんだ。生きるか死ぬかの瀬戸際だと分かっているはずなのに、口では死人だのと言ってもリコちゃんが生きることを疑ってなんていない。現実逃避なんかじゃなく、心の底から信じているのだ。
本当はリコちゃんが竜胆くんに向けたという愛の言葉まで含めて言伝なのだろう。だけどそれを伝えないことを選んだ。リコちゃんが竜胆くんに直接伝えたいと願ったそれを、きょうだいのために死ぬとしても、呪いになるとしても残したいと願ったそれを、その意志を、大寿くんは尊重している。
竜胆くんにもそれは分かったのだろう。手術室と大寿くんとの間を視線を往復させた後にベンチに座り込んでしまった。ガリ男くんがその背を叩いているのを大寿くんも見て、思い出したかのようにそう言えばと口にした。
「伝えられそうなことがまだあったな。これの方が呪いになりそうだが、どうする? これ以上呪われたくねえってんなら言わねえでいてやるが」
「……いや。聞かせてくれ」
「死ぬんなら、お前を呪ってその心の中で一生生き続けていたい」
本当に気狂い同士似合いの二人だなと呆れたように続いた言葉に、堪えきれなかったのか竜胆くんは左手で目元を覆って下を向く。そのまま空いている右手で投げ出されていたマイキーくんの左手首を強く握ってみせた。
その瞬間になんの感情も滲ませなかったマイキーくんの瞳が分かりやすく揺れて、壁から竜胆くんに視線が移される。そのまま自分たちの手を見て、数秒迷った後にもう乾いているであろうリコちゃんの血に塗れた手で竜胆くんの手に触れた。すぐに離してまた目を逸らしてしまったけれど、確かなその動きに背後のドラケンくんの気配が揺れる。
竜胆くんはそんなことを気にせずに、それでもマイキーくんの手首を離そうとはせずに震える声で弱々しく呟いた。
「リコがいないと生きていけないのはオレの方だ」
大寿くんは再び手術室から目線を竜胆くんに移し、何を考えているのか分からない顔で竜胆くんの姿を見ている。
「またあしたって言ったのはリコなのに、なんで……なんでこんな……」
「目の前で妹が殺されそうになってたらアイツが何するかなんて最初から分かってたことだろ」
「分かってた! そんなこと分かってたよ! 分かってたけど……! なんでオレには何にも話してくれなかったんだよ……」
「オレには話したのに、か?」
そんなの分かりきったことだろうと大寿くんは呆れたように言って、代われるならこれも代わってやるがと呟いた。竜胆くんは俯いたままでそれに返事をしようとしない。
「アイツに言わせればオレたちは大親友だ。それに言っておくが、アイツはお前にちゃんと話そうとしてた。まあオレは死んでも高賀の恋人にはなりたくねえが、お前が高賀の大親友になりてえなら譲ってやるよ。あの馬鹿に振り回されるのはもう御免だ」
「……」
「まあテメェは今の時点でオレ以上に、しかも望んで高賀に振り回されてるように見えるがな」
「……」
「テメェが言ったんだろ」
「……は?」
「弱くても、泣いてばっかでも、わがままでも、そのままでいいって高賀に言ったのはテメェなんだろ。アイツはテメェに振り回してもいいっつわれたって泣いてたぞ」
その言葉に咄嗟に顔を上げてしまったのか、竜胆くんが呆然と大寿くんを見上げた。その瞳からはらはらと涙が流れ落ちていく。いつだったかリコちゃんがその名前の色だと妙に嬉しそうに笑いながら言っていたその瞳だ。お互いに名前の色をしているのだと笑っていた。お揃いで、そういうお揃いを見つける度に出会えてよかったと、好きだと思うのだと。
「……泣いてたのか」
「ああ、泣いてた。テメェを想ってな。テメェのこと以外じゃそう泣かねえだろ」
「…………大寿から見たって、リコはオレよりきょうだいを優先するように見えるんだよな」
「誰にだってそう見えてるだろうよ」
「でも、だけどさ……そうなんだよな。そうだったんだよ。リコはもうずっと、あの日から、オレのことを想って泣いてくれた」
また俯いた竜胆くんが、涙混じりの声で少し笑う。
「きょうだいたちに笑って愛を捧げたリコが、泣きながら愛を求めたのはオレだけなんだよな」
竜胆くんのその言葉に大寿くんは面倒そうに顔を顰め、ガリ男くんは以前こぼしていたように妹のそういう話はそこまで聞きたくないのか呆れたように顔を逸らした。
「本当はもうやめてくれって思う。きょうだいたちのことばっかで、その二択になったらオレは選ばれないんだよ。リコはオレを選べないんだ。そういう所は嫌いだ。憎い。だけど、結局、その全部が好きで、愛してる」
「惚気ならオレはもう帰るが」
「違う。大寿は誓いの証人」
「おいふざけんな、揃ってオレを巻き込むんじゃねえ」
ひとつ笑って、竜胆くんは伏せていた顔を上げた。まだ涙の流れる瞳で、どうしようもないリコちゃんを慈しむみたいに、許すみたいに笑う。その笑顔は未来で見た竜胆くんの笑顔とは違っていた。許しと救いとお互いだけを求めて全部諦めた笑顔なんかじゃない。全部受け入れて、許す笑顔だ。
「呪いでもなんでもいいんだよ。最後の最後でオレに話そうって思ってくれたなら、もうそれでいい。迷ってばっかりでなんでも抱え込むような馬鹿だけど、そんな馬鹿なとこも含めて全部好きだ。この先ずっと変わらずに愛してる」
大寿くんは本当に帰りたそうにしているが、一応最後まで聞いてくれるつもりのようだ。目を瞑っていても分かるぐらい面倒ですという顔をして青筋を立てながらも、その場から退こうとはしない。
竜胆くんはそれが分かっているのかまたひとつ笑って、言葉を続けた。その笑顔が少し、リコちゃんに似ていた。マイキーくんが瞬きをしながらいつの間にかその横顔を見つめている。
「オレはリコのきょうだいにはならないし、大親友にだってならない。なる気もないし、なりたくもない。でもリコの隣で生きていくのはオレだ。オレとリコの二人ときょうだいたちで天秤にかけてオレごと切り捨ててきょうだいたちを救うんなら、それを受け入れる」
「選ばれなくたって構わないってか」
「いや、もう十分その時点で選ばれてるだろ? きょうだいたちを切り捨てられないリコが自分ごとオレのことは切り捨てられるってんならそれでいいんだよ」
「……やっぱり高賀よりお前の方が重いな」
「やっぱりって、リコにオレのが重いとか言ったのかよ。リコはまだそこまでよく分かってないんだから放っておいてくれって」
「言ってねえよ。本人が自分は重いとか気にしてたってだけだ。まあ、その調子じゃオレが言わなくたってお互い呪いあって共倒れしてただろうな。話は終わりだ、帰る」
「ん。大寿もわざわさありがとな」
「馴れ馴れしく話し掛けるな」
っつーか名前で呼ぶなと吐き捨てた大寿くんは踵を返してオレとドラケンくんの横を通り過ぎてさっさとこの場を離れていく。竜胆くんはどこかスッキリとした顔でその後ろ姿を見送り、こちらを見てエマちゃんの方に案内してやればと言ってきた。
そうだ。思わず竜胆くんと大寿くんの話を見守ってしまったけれど、ドラケンくんはエマちゃんの方が気になるだろうし、あちらもあちらで手術中だったのだ。同じ階とはいえ少し離れている。案内しますと言って足を動かせば、ドラケンくんはまだマイキーくんの方を気にしつつも着いてきてくれた。
振り返った時に見えたのは、何事か話す竜胆くんとガリ男くんと、竜胆くんに背を撫でられて俯いているマイキーくんの姿だった。
秋茄子はデブに食わすな