六本木で竜胆くんたち兄弟と出会って一ヶ月。私と竜胆くんは休日に予定が合えば二人で遊びに行く仲にまでなった。お互いホームタウンでは顔が知られているからということで比較的安全だろうと推察されるシマに行くことが殆どなのだが、今日は上野公園の大噴水の近くで適当に買ってきたものを食べながら話をした。あと二ヶ月ほどでゴリラのモモコが出産を迎えるそうで、二人で上野動物園に入るのはそれまで待っておこうという話になっている。私も竜胆くんもお楽しみは後に回す派なのだ。

 そうして下は下で仲良くしているわけだが、上も上で私たちの知らないところで仲良くしているらしい。この前学校から帰ってきて玄関を開けたらお兄さんが家に居て本当に驚いた。しかも母がイケメンだなんだとお兄さんにデレデレで、私と母の好きな顔面のタイプが一致していることが分かってしまってなんだか微妙な気持ちになったし。
 お兄さんは会う度に蘭ちゃんと呼べと言ってくるのだけど、私の天敵なのでそんな呼び方はできない。初手気道塞ぎは殺意が高すぎる。しかも色々なところでデブと私のことをガリ男とガリ子と呼んでいるらしく、私は発狂しそうになった。デブのことをガリ男と呼ぶのは一種の笑いを誘うのでいいかもしれないが、私をガリ子と呼ぶのは許せない。デブとセット扱いされているようで叫び出したくなる。
 それに私はあくまでもデブの妹でしかなくチーム夜のゴミとは無関係であるとしていたのに、ガリ男とガリ子としてセットで扱われ始めたせいで夜のゴミの一員として扱われるようになってきた。この前も上野動物園でパンダのトントンを眺めていた時に不良に絡まれて、本当に最悪だったのだ。後ちょっとで私まで出禁になる所だった。
 不良は雑魚だったので私でもどうにか出来たが、デブのチームの一員だと思われるのは頂けない。このままじゃ私がボコられるからあのあだ名で呼ぶのを辞めさせてと兄に言い、兄もお兄さんに進言してくれたのだが反応は芳しくなかった。

「別にオレがガリ子って呼ばなくたってガリ男の妹だったら絶対面倒なのに絡まれるって。それに何も今始まった話じゃないんだろ〜? ガリ男が守ってやればいいじゃん」

 適当言いやがって、と母の出したクッキーをぱくぱく食べているお兄さんに中指を立てそうになったのだが、デブは馬鹿なのでなるほどとそれに納得してしまった。オレが守るからな! と血気迫る勢いで肩を掴んで揺さぶられ、投げ技をかけてしまったのは私のせいではないはずだ。暑苦しいデブが悪い。

 クッキーを食べるだけ食べてふらふらと帰宅していったお兄さんの後ろ姿を思い出し、また苛立ってくる。数日後にとうとう六本木を締めているチームのトップとタイマンを張るという竜胆くんを駅まで送ってから帰宅路に着いたわけだが、すれ違う見慣れた特服の不良たちがお嬢お嬢と頭を下げるのが目障りでしかなかった。近所の人たちの慣れた視線が背中に突き刺さる。本当にやめて。元からそんなものはなかったけれど、平穏な生活を返して欲しい。こういうことを馬鹿共が何度言っても辞めないから私まで夜のゴミの一員だと思われるんだよな。

 馬鹿共を無視しながら数分歩いて辿り着いた自宅のポストをいの一番に確認する。そろそろ文通仲間からの手紙が届く頃である。塾の勧誘やら父への手紙やらをごっそり取り出して、やはり文通仲間からの手紙は二通揃ってポストの一番底にあった。手に取り持ち上げ、あれ、と思う。律儀に毎回返事をくれる片方は置いておいて、もう片方から送られてきた手紙がそれなりに重かった。珍しい。いつもなら手紙を書いた日の食事メニューしか書かれていないことが殆どなのに、便箋何枚分かの重さがある。しかも、もう一通よりも重いほどであった。
 珍しいこともあるものだなあと思いながら玄関を開ける。ただいまと声を上げる前、何気なく足元に視線を移してぴたりと固まった。心做しか旋毛にじとりとした視線を感じる。今日来るって言ってたっけいや言ってなかったよなとぐるぐる脳を動かしながら、頭はあげられずに俯いたまま小さくただいまと呟く。家は母が厳しいので、デブも私もこういった挨拶は欠かさないように教育されているのだ。だから今も挨拶をした、ん、だけど。

「あ? 聞こえねえなあ?」
「やっぱ居るよ……」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も言ってません! ただいま帰りました!」

 軍隊かな? 扉の影から私を見つめるだけでは飽き足らず、歩み寄ってきて旋毛をぐりぐりと親指で抉ってくる。会う度にこれをやってくるので、私は近い将来旋毛の周辺だけ禿げる気がする。文句を言うと抵抗するなんて生意気だと尻を蹴っ飛ばされるので、余程のことでもない限りは従うのが吉だと私も学んだ。
 一通り私の旋毛を抉って満足したのか、さっさと手洗ってこいと言って私から手紙の束を奪うとリビングに入っていってしまう。私の家のはずなのになんでこんなに堂々としてるんだろう。遠慮ってものが欠片も見えない。そもそもそんなもの頭の中の辞書にないのか、どこかに捨ててきたかの二択だろう。私は前者に五百円賭けたい。

 人の家で王のように振る舞う姿にため息をつきたくなりながらも、指示に従って洗面所に向かって手を洗う。遅れたらまた尻を蹴っ飛ばされるからだ。暴力反対と何度言っても聞き入れてくれないことはもう分かっている。私の足癖の悪さは絶対アイツの影響だろう。いや、本人の前でアイツなんて呼んだら殴り殺されるわけだけども。
 また何か言われる前に私もリビングに向かう。兄は今日集会がある日だから帰ってくるのは遅いだろうし、父も祖父も仕事で出ているし、母は昔とても世話になったという施設出身のコイツには甘いしで、私がひとりで戦うしかない。げんなりとしながらドアを開けば、これまた我が物顔でソファーを占領してクッキーを貪りながらテレビを見ている姿が視界に飛び込んできた。

「ねえあのさ……」
「遅ぇよ。オマエの分のクッキー全部食ったからな」

 流石に人の家でその態度はないだろ、もっと畏まってみせろよとマイルドに言おうとしたが、言葉を被せて無視された。というか私の分のクッキー全部食べたって本当に王様のつもりかな? 人の家で?

 しかし何を言っても無駄なことは知れたことだ。これでも長い付き合いで、最初のうちは大人しかったこいつも慣れたのかなんなのか傍若無人っぷりに拍車が掛かってきている。王と言うより最早暴君の域に達していると私は思っているが、そんなことをいえばやっぱり尻を蹴っ飛ばされるので口を噤む他ない。
 何を言っても無駄だと判断してため息は隠さずに、母に挨拶をしてからソファーの対面になる位置に移動して腰を下ろす。と、そのタイミングでちょうど影になっていて見えなかったもう一人の客人に気付いて動きが止まる。来ていると思わなかったので驚いてしまった。いつもは遠慮して訪ねてこないのに、今日はどうしたんだろうか。

「鶴蝶くん、久しぶりじゃん。いつも手紙ありがとうね。クッキー食べれた?」
「リコちゃん、久しぶり……クッキーはイザナが…………」
「えーっ、イザナ、鶴蝶くんからもクッキー取ったの? 食い意地はりすぎだよ。デブじゃないんだからやめなよ」
「食うのが遅いのが悪い。てかオレをデブと一緒にすんな」

 心底嫌そうに言ったあと、イザナはリモコンを鷲掴んでテレビのチャンネルを適当に替え、誰にもやらんとばかりに膝に抱えた皿からクッキーを食べる。イザナが来る時は母も多めにおやつを作るのだが、いつもいつもこいつの食欲がそれを上回っていくのだ。成長期の食欲って怖いな。でもイザナはお菓子や肉だけではなく野菜も食べるので、そこがデブとは違うところだろう。デブは油っこいものと肉ばかり食うから、日を増す事に体重も増していく。電車に乗っても一人で二人分の幅をとって邪魔だから、デブは公共交通機関を使わずに走って移動して欲しい。幸いにも運動は出来るデブなんだし。

 竜胆くんとお昼は食べたといえ私だってお腹は空く。そばの戸棚を空けてデブから隠しておいたチョコレートを取り出し、缶を開けた。祖父がくれたものなので高級そうな缶に入っているのだ。英語の店名が書かれているが読めなかったため、食べてみて美味しかったら祖父に直接缶を見せてまた食べたいと言おうと思っている。
 一つ一つ個包装になっているチョコを適当に手掴みで取り出し、ローテーブルの上に撒く。包装の色が微妙に違うため、何種類もあるようだった。缶を手に取った鶴蝶くんとどれがどの味か確かめながら二人で食べられるようにそれぞれ二つずつ並べていく。

 鶴蝶くんは、イザナと同じ施設で暮らしている年下の男の子だ。イザナと私はイザナが施設に入った頃からの付き合いでもう六年ばかり定期的にあって文通している仲だが、鶴蝶くんに出会ったのは一年ほど前。母に連れられてイザナに会うために施設に行った時に紹介された。
 私を警戒すると言うよりも怯えていた鶴蝶くんをイザナは下僕だと言ったけれど、イザナの下僕だといえど私の下僕ではないし、そもそも私は下僕というものがよく分からないしでお友達もどきとしてやらせてもらっている。最初はイザナの後ろから出て来なかったし会話もイザナを介してのものが殆どだったが、徐々に私にも慣れてきて今ではこうして、極たまにだがイザナと共に家まで来てくれるようになった。
 イザナの傍若無人っぷりに振り回されて下僕という言葉通りに扱われているのではないかと私は最初疑っていたのだが、これでイザナも鶴蝶くんを大切に思っているらしく仲良くやっているらしい。まあイザナはしばらく会えていないという妹との仲も良かったようだし、年下には優しいタイプなのかもしれない。年下の私をゴミみたいな扱いをしてくるのは多分、気心知れた故の気の緩みだろう。そうじゃなきゃ許せない。

 イザナを睨み付けるようにしていれば、パチリと目が合う。どうにも眠そうにしているので、うつらうつらとして割られては堪らないからと立ち上がってテーブルの反対側に回り込み、皿を回収する。そのまま差し出された手のひらにチョコを載せてやった。ビターとミルクを載せたのだが、二つ一気に食べてしまったので感想は貰えなかった。高いチョコなのに勿体ない消費の仕方だ。兄が見たらムンクの叫びみたいな顔をしたことだろう。
 包装紙も奪って適当にソファーの背凭れに掛けていたブランケットを体に掛けてやってから離れる。食べたら眠くなるなんて幼児かなと毎度毎度思うのだが、寝ている間はイザナは静かなのだ。無駄に顰蹙を買って尻を蹴っ飛ばされることもない。だから眠そうにしている時はさっさと寝かし付けるに限る。環境さえ整えてやれば後は勝手に寝ることは分かっていた。
 間もなくすやすやと眠りについたイザナを起こさないようにテレビを切り、鶴蝶くんと密やかに会話を交わす。イザナはまた施設の子達と揉めたらしい。暴力沙汰は目立たないようにやればいいのに、そこまで考えても居ないのだろう。兄は踏み越えてはいけないラインをきちんと把握しているが、イザナはそうではない。灰谷兄弟もそのラインは曖昧だろう。

「私、最近友達が出来たんだけどね」
「……それ、イザナが気にしてた」

 その友達もイザナみたいに喧嘩っ早くてと続けようとした言葉が、鶴蝶くんの気まずげな表情で遮られる。私は思わず目を見張ってしまった。イザナが? 私の友達事情を気にしていた? あの、イザナが?
 傍若無人の権化とも言える人が私の交友関係を気にするなんて、明日流行りが降るのかもしれない。ベタなことを考えながらも、相変わらず気まずげにイザナを気にしている鶴蝶くんに続きを促す。相当口にし難いことなのか渋ったものの、チョコを握りこませれば案外気に入っていたのか口を開いてくれた。

「多分、リコちゃんがイザナのこと友達だと思ってないから……」
「えっ……そんなことイザナが気にしてたの?」
「うん。だから今日もリコちゃんのお母さんに、家に行きたいって言ったんだと思う」

 なるほど。確かに筋は通っている気がする。以前出した手紙でも私は散々竜胆くんのことを初めての友達だと書き連ねたから、鶴蝶くんの言うようにそれが気に入らなかったならば、今日突然来襲してきたことにも納得が行く。

 母は自分の出身の施設の手伝いを週の半分ほどしている。だから私はイザナが施設に入ってすぐに、歳が近いし話も合いそうだからと母によってイザナと引き合わされたし、今でもイザナは時折母に連れられて我が家に泊まりに来る。大抵は事前に申告があるのだが、今日はそれがなかった。文字通り突然、手伝いに訪れた母に泊まりに行きたいと強請ったのだろう。イザナに甘い母がそれを断るはずもなく、鶴蝶くんも連れて帰ってきたに違いない。
 鶴蝶くんはイザナを絶対に起こさないようにとばかりに声をいっそう潜めて、イザナは私と友達のつもりだったのだと教えてくれた。……なるほど。

「でも確かに、そうかも」
「そうって?」
「いや、私とイザナって昔から一緒にいたし、幼馴染みみたいに育ってきたんだけど、幼馴染みと友達ってそう言えば両立出来るものだったなあって。だから確かに、私とイザナは友達だね」

 ね、イザナ。

 呼び掛けてやれば、分かりやすくギュッと目を閉じて赤くなった顔を隠すようにして寝返りを打つ。ソファーの背に顔を押し付け、もごもごと何か言っているものの照れ隠しだろう。鶴蝶くんは気付いていなかったようだが、こいつは耳聰いので私たちの話に気付いて途中から狸寝入りをしていたのだ。
 鶴蝶くんはあわあわと私とイザナを見比べて慌てているが、まあ問題ない。二人揃って尻を蹴っ飛ばされるかもしれないが、愛ある痛みということで。

「ってことは私、今お友達が三人いるってことか」
「? 二人じゃないの?」
「んー? 竜胆くんとー、イザナとー、鶴蝶くん……鶴蝶くんは私とお友達って嫌?」
「えっ、い、嫌じゃない!」
「じゃあ鶴蝶くんもお友達! さ、お母さんの手伝いしに行こ! イザナはどうする? もうちょっと寝とく?」
「……オレも行く」

 私の友達発言に嬉しそうに可愛らしく頬を染めている鶴蝶くんの手を引いて立ち上がってついでにイザナにも声をかければ、期待していなかったのに芳しい言葉が帰ってきて二人揃って驚いてしまう。鶴蝶くんは家に来る度に私と母の手伝いをしてくれていたのだが、イザナは適当に寝たりテレビをしたりゲームをしたりで時間を潰していることが主だった。なのに今日は手伝いをしてくれるらしい。
 むくりと起き上がったイザナが未だに赤い顔を隠すようにして私たちを置いてキッチンの方に歩いていく。母の嬉しそうな声が聞こえてきて、思わず鶴蝶くんと顔を見合わせてしまった。それからどちらともなく笑い出し、キッチンから勢いよく顔を出してきたイザナに言葉なく睨み付けられる。それでも止まらずに、私も鶴蝶くんも笑い続ける。とうとう駆け寄ってきたイザナに尻を蹴っ飛ばされても、不思議なぐらいに笑いが止まらなかった。もしかして幸せすぎて頭がおかしくなったかも。

 こうして我が家での和やかな昼下がりの時間は過ぎていった。


 +


 イザナと鶴蝶くんが家を訪れてから数日。あの日はデブと私のあだ名がガリ男とガリ子であることを知ったイザナがデブをからかって、キレたデブがイザナの食事を奪って取っ組み合いの喧嘩になったりもしたが、まあ平穏に終わった。翌日も昼過ぎに施設に戻るというイザナと鶴蝶くんと一緒に上野動物園に行き、動物たちを見てご飯を食べて現地解散になった。二人は母に連れられて帰って行き、私は一人で帰宅した。
 イザナも鶴蝶くんもやっぱり男の子で、ライオンやトラなどの猛獣が好きなようだった。私がパンダを見たいと言ってもライオンゾーンから動かなかったし、爬虫類館ではイザナは暇そうな様子を隠しもせず私を苛立たせた。それでも楽しい時間ではあったことは認める。今度あった時はもうちょっとゆっくり回ろうと約束して、うん、すごく楽しかった。

 兎も角そんな楽しい日々から数日過ぎた今日、イザナと鶴蝶くんに送る手紙を書いていた私に非通知で電話がかかって来た。時刻はとうに日付が変わっており、休日でなければ私ももうとっくに眠っていただろう。今日は集会もなく食べてすぐ寝たデブを起こさないようにと少しは気遣いながら、誰かも分からないが一応電話に出る。私の電話番号を知っている人でこんな時間に電話をかけてくる人なんて、一人しかいない気がしたから。

「もしもし?」
「あ、リコ? オレ、竜胆」
「やっぱり竜胆くん? どうしたの、携帯からじゃないよね」
「うん、公衆電話から掛けてる」

 やけにハキハキとした声で私の名前を呼んで、竜胆くんは少しだけ申し訳なさそうに寝ていたかと聞いてくる。寝てない。寝てたら出ていない。そう伝えて、携帯を使わずにわざわざ公衆電話から電話をかけてくる意味を考えた。なんだか嫌な予感がするのは、気の所為だろうか。
 こんな夜中にどうしたの、とか、何かあった? とか。多分聞いた方が良くて、聞かない方がいい。どんどんうるさくなる嫌な予感から逃げるようにして、私も殊更明るい声を心掛けて口を開いた。

「竜胆くんは? 寝ないの?」
「あー、オレ? オレは……今日、前会った時に言った狂極とタイマン張る日だったんだよ」
「今日だったんだ。怪我してない?」
「うん、オレはしてない」
「……お兄さんはしたってこと?」
「兄ちゃんが? してるわけないじゃん。オレたちは全然平気だよ」
「…………」

 なんとなく言いたいことが分かってしまって、もう聞きたくないなと思った。学校で配られたプリントを引き寄せて、余白に犬や猫を書く。イザナと鶴蝶くんが気に入っていたライオンと虎。私が好きな蛇とパンダ。竜胆くんと見に行くと約束したゴリラ。
 不格好なそれらを量産して無言を貫き通す。寝たのかと聞いてきた竜胆くんに寝てないよと返して、それからまた無言だ。耐え兼ねたのか、口火を切ったのは竜胆くんだった。

「ごめんリコ。一緒に動物園行けないし、明日も会えない」
「……うん」
「オレと兄ちゃん、人殺したから、この後パクられると思う」
「…………うん」

 パクられると思うなんて言いながら、それはもうほとんど確定だろう。二人は六本木で暴れ回っていたし警察にも目を付けられてる。私と兄とは違って竜胆くんとお兄さんには後ろ盾がない。だから間違いなく捕まるし、少年院に入れられるだろう。十三歳の未成年で初犯。でも人を殺してる。傷害致死で逮捕されたとして、少年院に送致されたとして、どれぐらいで出て来るんだろう。何年かかるんだろう。
 竜胆くんとお兄さんのそういう罪の境界線が曖昧なことは、知っていた。知っていたけど、まさか、まさか人を殺すなんて思っていなかった。私と一緒にいる時の竜胆くんは優しかったから、目を瞑っていたかった。それがいけなかったんだろうか。もっとなにか言えばよかった? そうすれば、もう少し一緒に居られたんだろうか。

「約束守れなくてごめん」
「……ほんとだよ。一番最初にした約束なのに、竜胆くんひどい」
「うん、ごめん」
「私、勝手に見に行くからね。一人で行っちゃうからね」
「うん」
「……竜胆くんも、お兄さんも、馬鹿だよ。…………ほんと、馬鹿だよ」

 イザナに宛てて書いていた手紙が、どんどん滲んでいく。書き直さなきゃいけなくなるのは面倒だから嫌で、でも涙が止まらなかった。竜胆くんが分かりやすく慌てて泣くなと慰めてくるけど、そんなの今更だ。竜胆くんのせいで泣いてるんだから、泣かせたくないんなら何もしないでほしかった。こんなこと、しないでほしかった。
 でも現実に私は竜胆くんの抑止力にはなれないから竜胆くんは人を殺して、私と竜胆くんは会えなくなる。泣き喚けば人を殺さなかったなら、いくらでも泣き喚いた。でも竜胆くんは私が泣き喚いたってきっと、今日、人を殺していた。私は竜胆くんのお友達でしかなくて、お友達はお友達の人生を変えられない。そう考えたら余計に悲しくなって嗚咽が漏れた。本格的に焦ってきたらしい竜胆くんが何度も私の名前を呼ぶ。

 泣き声に気付いたのか、兄が扉の向こうから私の名前を呼ぶ。それを無視して、馬鹿馬鹿と竜胆くんを罵りながら泣いた。泣くしか出来ないのが無力で無力で、余計に泣けてくる。イザナに送る手紙は涙でぐちゃぐちゃで、書き直すのは確定だ。でも多分、この電話が終わって数日はそんな気力ないだろう。

「泣くなって」
「うう……竜胆くんのせいだから……竜胆くんが、私のこと、泣かせてるんだからね」
「……分かってるよ。ごめん」

 電話越しに竜胆くんがお兄さんと話をしている。後ちょっと、まだ話すから。帰ろうと言われているのだろうな。そして帰ってしまったら、私と竜胆くんは多分もう数ヶ月、下手したら数年は会えない。それがやっぱり悲しくて、たった一ヶ月だけの付き合いのお友達なのに、私はこんなにも竜胆くんを大切に思っていたんだとこんな時に気付いてしまった。
 私は泣くことしか出来なくて、竜胆くんは謝ってばかり。言いたいことは沢山あるのに、何も言葉にならなかった。

「竜胆くん」
「うん」
「少年院では、問題起こしちゃダメだよ。刑期が伸びるからね……普通にしててね」
「努力はする」
「…………なるべく早く出て来てね。竜胆くんは私のはじめての友達なんだよ……会えないの、悲しいよ」
「……うん。ごめんリコ、俺もう行かなきゃ」
「……竜胆くん、私、待ってるから」
「……分かった。待ってて」

 電話が切れる音がして、何も聞こえなくなる。携帯を放り出して、机の上に突っ伏す。もう手紙はいい。気が向いたら書き直す。わあわあと声をあげて泣いていれば、問い掛けに応じない私に痺れを切らしたのか部屋に勝手に入ってきたらしい兄が、私の背を撫でてくる。兄の、こうして何も言わず寄り添ってくれるところは嫌いじゃなかった。過ごしてきた年数故か、何も言わなくても分かってくれる。

 竜胆くん。私の初めての友達。竜胆くんと話すのは楽しかった。一緒にいるとずっと笑っていられた。たった一ヶ月しか一緒に過ごせていない、私の大切な友達。
 でもその竜胆くんが人を殺して、そして逮捕される。人を殺すのはいけないことだ。喧嘩の域を逸脱しているだろう。兄も私もそこまではしない。守るべきラインがあるからだ。踏み越えては行けないラインを私たちは知っているから。でも竜胆くんとお兄さんはそれを知らない人たちで、知っていても踏み越えていける人たちで。

 こんなに大切で、大好きで、待っていたいと思うのに、私たちは住む世界が違うのではないかとも思ってしまう。そんな自分が嫌で嫌で、もう涙は止まりそうにもなかった。兄は何も言わず、寄り添うようにして私の背を撫でてくれている。


 私たちに夜明けは、訪れるのだろうか。

隣のデブは細く見える

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