熱い。暑いんじゃなくて、熱い。それからなんとなく柔らかい。


 髪を梳いて額を撫でる指先の冷たさと子守唄のように呼ばれる名前が心地好くて、この微睡みを手放すことを心惜しく思いながらも目を覚ました。見慣れた瑠璃色の瞳と目が合う。しかし、コンシーラーで隠せないほどに色濃く刻まれた隅と見るからに不健康な青白さは見慣れないものだ。至近距離で顔を覗き込まれ、緩く巻かれた金の髪が頬にかかる。色素の薄い髪色も、青のメッシュも、よく似合っていた。

「起きた?」

 小さくこぼされた声と控えめな笑みに、咄嗟に言葉が出てこなくて頷きだけ返す。嗅ぎ慣れない甘い香水の匂いが鼻についた。目線を逸らせばワインレッドの上質な生地が目に入る。その近さでようやく、自分が膝枕をされているんだと気付いた。

 理解できない状況に途端にぎょっとして起き上がろうとしたものの、伸びてきた両手で肩に触れて押し留められる。そのらしくもない弱々しい力にまたぎょっとして、動きを止めた。
 ゆっくり細められた瞳とゆるりと上げられた口角。見たことの無い笑い方だ。オレの知っている笑顔はもっと溌剌としていて、まるで太陽のように明るい。なのに今目の前で浮かべられた笑みはどこまでも消極的で、寂しいものだった。


「もう少しだけこうさせて。ね、お願い」
「いい、けど……リコ?」
「…………うん。リコだよ」

 数秒の沈黙の後に、リコはまた見たことの無い顔で笑う。それから再びオレの髪を梳いて、さっきもこうしてたんだけど分かったかとのんびりと聞いてくる。分かってたよと答えれば、嬉しそうに目尻が緩められた。その顔はオレの知っているリコによく似ていて、理由もなく少しだけ安堵する。


 今オレを膝枕しているのは間違いなくリコだ。本人もそう名乗っているし、声や雰囲気が一致している。今より濃い化粧をしているし見るからに痩せていて顔立ちは若干変わっているけれど、それでも大きな違いはない。強いていえば髪色と笑い方の違いが目立つぐらいだろう。
 顔を上げて正面を見ながら何か鼻歌を歌っているのを見上げたけれど、やっぱり本人にしか見えない。だけど、オレの知っているリコとは何かが違う気もするのだ。まじまじと見つめてその違いを探していれば、再びオレを見下ろしたリコと目が合った。数秒見つめあった後にリコは困ったように笑う。

「今いくつ? 来年は何歳になる?」
「……分かんねーの?」
「ううん、分かるよ。でもキミの口から聞きたくて」
「十八。だから来年は十九になる」
「若っ!」

 眉を下げてお願いされれば断れるはずもなくて、そのオレの口から年齢を聞きたいという要望に応えた。その途端に、リコの隣からもう一人誰かがこちらを覗き込んできて、心底驚きましたとばかりに声を上げる。こちらも見慣れた顔だ。しかし髪型も髪色も違うので、思わず目を見開いてしまった。そのまま身を起こしてリコの膝から頭を持ち上げ起き上がり、半身で振り返ってそちらを見る。

「は? 兄貴?」
「そうそう、兄ちゃんだぜ〜。ってか、お前めちゃくちゃ若いなあ。リコより十も下じゃん」
「もう、蘭が急に出てくるせいで驚いちゃったでしょ。あと、私が年取ってるみたいな言い方しないで」
「誰も年取ってるとは言ってないだろ? オレたち三人ともまだまだ若い方だったって」
「何、は、はあ? 待って、何? リコ? 蘭? いや、二人ともいつの間に名前で呼び合うような仲になってんの?」

 呑気に喋り出した二人を遮るようにして声を上げれば、二人は目を合わせた後にこちらを見てそれぞれ笑みを浮かべて見せた。リコ同様に座り込んだ兄が膝に腕をついて顎を乗せ、愉快そうに口角をつり上げる。

「そりゃオレらは十年以上ずっと一緒にいたから、名前の一つや二つ、なあ?」
「そうそう。一緒にいるうちに、ついね。そもそも私って、その頃蘭のことなんて呼んでたっけ……蘭ちゃん?」

 懐かしむようにそう言って小首を傾げ、兄と揃ってリコは笑う。唖然としながらその笑顔を見ていると、やはり違うなと思うのだ。オレの知っているリコと今目の前にいるリコは、同じだけど何かが違う。


 リコは何も返さないオレのそんな感情にも気付いたのか、少し困ったように眉根を寄せて兄を見た。兄はどうしようもないだろうとばかりに肩を竦めて、そのまま上体を逸らして奥にいる誰かを呼ぶ。
 その視線を目で追って、最初に感じた熱さの正体にふと気付いた。体育館や講堂のステージのようなこの場所を残して、周囲が燃えている。まさしく業火というに相応しい勢いの炎だ。

「いや、なんで燃えてんの? っつーかここどこだよ」
「ああ、これ? 私たちには燃え移らないから、そこは安心して。でもその分止めることも出来ないんだけど、ちょっと熱いぐらいで害はないから。ここは……集会所、みたいな?」

 本人もよく分かっていないのか疑問形でそう言って、オレを安心させようとばかりに笑ってみせる。だがそんなもので安心出来るはずもなく、余計に混乱した。燃え移らない炎やら集会所やら、意味が分からない。
 そもそもオレは何故ここにいるのか。ここで目が覚める前までは何をしてたっけ。

 あ。

「そうだよ。死にかけてんの」

 真上から降ってきた声にそちらを見上げれば、短く切られた黒髪に見慣れたピアスをした人影がこちらを見下ろしながら、複雑な表情を浮かべていた。二つ揃いの芒に月のそのピアスが、カラカラと音を立てる。
 兄が呼んでいたのはこの男だと察した。

「マンジロークン?」
「うん。やっぱり若いね」
「……一応聞いとくけどマンジローくんとかリコって今何歳?」
「オレは今……リコ」
「万次郎は確か、二十七。それで私が二十八で、蘭は三十かな」

 つまり今から十二年後のリコたちということだ。オレを見下ろしていたマンジローくんはリコの隣に座り込み、三対一で床に座り込んで向かい合う形になる。三者三葉ではあるが、揃いも揃ってこちらを見つめる瞳はオレの知っている三人のものとは違って感じられた。多分勘違いなどではない。
 まじまじとオレを見つめてくるその視線にえもいえぬ居心地の悪さを感じながらも、思い出した記憶を振り返る。マンジロークンにも肯定されたし、イザナを庇って撃たれたあの記憶は間違いなどではないらしい。

 というか、何故十二年後のマンジロークンが死にかけているというオレのこの夢ともなんとも言えない妙にリアリティのある、便宜上夢の中に出てくるのか。リコと兄ならばまだ分かるけれど、マンジロークンが出てくる理由はない。

 オレのそんな考えを察したのか、三人が顔を見合わせる。先程から垣間見えるその迷った時にまず顔を見合わせて何を言うか目線だけで相談し合う姿に、兄が言った十年以上ずっと一緒にいるという言葉が嘘では無いのだと実感させられた。多分、マンジロークンも含めて一緒にやってきたのだろう。

 相談を終えたのか、また揃ってこちらを見た三人のうち、代表するようにしてリコが口を開く。浮かべた笑みはオレの知らない寂しげなものだった。

「キミ、無茶したでしょ」
「無茶っつーか……うん、まあ、したかな」

 するべきだと思ったことをしただけだとか、リコのしたかったことをしてやりたかっただけだとか言い訳をしようかと思ったけれど、また寂しげに笑われてしまって素直に認めることにした。その笑顔は苦手だ。

「やっぱり。私たちさ、全部が分かるわけじゃないけど、そっちのこと何となく分かってるの。タケミっちに色々託しすぎちゃったからなのかは分かんないんだけど、成仏も出来なくてね。三人でずっとここでキミたちを見てた」
「成仏」
「というか、地獄に落ちるって言うべきかな」
「……三人とも死んでる、と」
「うん、死んでるよ。沢山人を殺して、色んな人を不幸にして、最期に全部タケミっちに託して、私たちはここで自殺した。煙にやられてさっさと意識は飛ばしたからちゃんとは覚えてないけど、多分全員焼死だったんだと思う。だからここは、火が消えない」

 すっと小首を傾げて、リコがあどけなく笑う。全部吹っ切れましたとばかりのその笑顔を見ていると、言いたいことは沢山あるのにそのどれもが言葉になりそうになかった。

 何も言わずに三人の顔や髪型を見比べて、なるほどと気付いてしまった。この三人が十年以上ずっと一緒に生きていた理由も、三人揃って死んだ理由も、全部その見た目にハッキリと出ている。
 兄はそもそも顔立ちがオレにそっくりだし、マンジロークンの髪型はその長兄のもので、ピアスはイザナから引き継いだのだろう。リコの髪型はエマちゃんを真似していて、髪色はオレだ。リオに関しては寄せるまでもなく、兄とオレのように顔立ちが似ている。

「まず最初に、お礼を言わせて。お兄ちゃんを庇ってくれてありがとう。キミのおかげで、お兄ちゃんは生きてる」
「まあ捨て身で庇いに行くのはどうかと兄ちゃんは思うけどな」
「それはアレだろ、リコに似てきたせい。リコも同じことしそうじゃん」
「ふふ、確かに私もそうしたかも。でも蘭の言う通り。ああ言うやり方はどうかと思うな。見てて肝が冷えたよ。キミが死んだら、なんの意味もないんだから」

 伸ばされた指先が、オレの頬に触れて首筋を辿り、心臓の部分に辿り着く。触れられた瞬間から鼓動が身体のうちで木霊するように聞こえ出した。逸る事もなく一定のリズムを刻むそれにリコはスッと目を細めて、また寂しげに笑った。

 やっぱりその笑顔は苦手だ。今にも消えていきそうで、どうにも見ていられない。そんな無理をして笑うぐらいなら、いっそのこと笑わないでくれてもいいのにと思ってしまう。


 リコの指がオレの胸から離れていって、今度はリコ自身の胸の前で祈るようにして両手が組まれた。妙に慣れたその動きに、いつだったか聞いた稀咲のリコへの歪な崇拝の仕方を思い出す。聖女様。馬鹿なことを言うなとあの時は笑い飛ばしたし、不快だと躊躇わず口にした。リコはオレのリコで、稀咲の聖女様なんかじゃない。
 けれど今のリコは、まさにその偶像の型に当て嵌められてはいないか。

「私たちね、キミにまた会えるなんて思ってなかった。キミは天国に行って、私たちは地獄に行く。そういう気持ちで死んだんだ」
「……」
「会えて嬉しい。私たちからすれば十二年ぶりなんだよ。覚えてるのが辛くて苦しくて全部忘れたかったから、キミの顔も声も忘れられますようにってずっと思ってた。でもさ、全然忘れてられてなかったよね。キミは私の記憶の中にいるキミのまんまだ」

 震える息が吐き出されて、堪えるように逸らされた瑠璃色の瞳からそれでも堪えきれずに涙が溢れ出す。思わず手を伸ばしてその涙を拭おうとしたが、兄とマンジロークンに止められた。組んでいたのを解かれた両手が、兄とマンジロークンの手の上からオレの手を握る。

 寂しげに笑いながら泣くその姿は、オレの知っているリコにはないものだ。だけどその涙を拭いたいと思う。いくら変わったってリコはリコで、オレの愛する女だから。

「ダメだよ。それはそっちの、キミのそばで生きていく私にしてあげて。私は大丈夫だから」
「いや、大丈夫なんかじゃないだろ」
「……あはは。優しいね。なんにも変わってない。そういう所が、大好きだった。私が泣きたい時に誰よりも早く気付いて抱き締めてくれて、泣いてもいいよって言ってくれるところ。我慢してるのだって一番最初に気付いてくれたよね。キミのそういう所が大好きで、ずっと愛してた」

 瑠璃色の瞳がゆっくりと細められる。大粒の涙を零して眉を下げながら、それでも懸命に笑っている。

「私はもう、キミが知ってる私じゃない。キミとお兄が居なくなって、きょうだいたちみんな居なくなっちゃってさ。許されないことしてきたの。本当に沢山の人を不幸にした」
「それでもリコはリコだろ。お前がどんなに変わったってオレはお前を愛してるし、お前の涙を拭いたいと思う。リコだけが愛してたとか過去形にすんなよ」

 咄嗟にそう言い返してしまえば、分かりやすく顔が歪む。薄く開いた唇から嗚咽が漏れて、兄とマンジロークンがその背を摩って頭を撫でた。三人が三人だけで過ごしてきたという時間が、それらの行動の全てに現れている。オレには踏み込めない何かがあるのだと見せ付けられているようで、場違いにも嫉妬してしまいそうだった。


 オレとリオが死んで、きょうだいたちも死んで、三人だけが取り残された未来。リリコが花垣に託したというそれは、もしかしなくてもあの十二月一日の通り魔との事件だったのではないか。オレたちがあのまま殺されていたとして、その先にはこの未来が待っていたのだとしたら。

 センスも最悪だし諸々気に食わないし、なんだかんだ言ってリコと連絡を取りあっているところがムカつくし、今回の抗争の件だってリコに余計なことを吹き込んで泣かせたのは殴り飛ばしてやりたいほど苛立ちを覚えている。だけど、感謝の一つや二つはしてやってもいいのかもしれない。


 目の前の三人から意識を逸らすようにしてそんなことを考えていれば、相変わらず下手くそな泣き方でぐしゃぐしゃな泣き顔を浮かべたリコが、オレの手を握る両手に力を込めた。オレの知っているリコとは比べ物にならないほど弱々しいそれも、目の前にいるリコにとっては精一杯なのだろう。
 瑠璃色の瞳と目が合って、不格好な笑みが浮かべられた。寂しげだったり控えめだったりする笑みよりも、全然リコらしい笑い方だ。そっちの方がいい。

「ありがとう。でもやっぱり、キミは私の涙を拭わなくていい。私たちが一緒に生きられなかった未来を、キミとそっちの私が生きていくのが、私たちにとっての救いになるから。その傍で私たちの大切な人たちがみんな生きてて、キミが私の名前を呼んでくれれば、私たちだたって救われる。許されるの」
「だけど、じゃあこっちの」

 リコたちはと言おうとしたのに、急に腰を上げて膝立ちになって伸ばされた手のひらによって口元を覆われた。甘い香水の匂いがする。そちらを見上げれば、相変わらずボロボロ泣きながらリコは笑っていた。その隣で、仕方ないものを見る目で兄とマンジロークンがオレたちを見ている。

「呼ばないで。私のことはもう呼ばなくていい。キミを待ってる私を呼んであげて?」
「……」
「こんなところで会いたくなかった。まだ十八なんでしょ? 死ぬには早すぎるよ。高校卒業して、大学も行くのかな。ごめんね、ちゃんと想像出来ないけど、就職とかもしてさ。それで、お願い。そっちの私のこと、幸せにしてあげて」

 嗚咽で途切れ途切れになった声で、リコは必死で言葉を募る。炎の爆ぜるパチパチという音がして、自分たちには燃え移らないと知っているということはリコたちはこの炎の中に飛び込んだのだろうかとふと思った。

 越えないと決めていたラインを飛び越えて、三人だけで苦しんで、最後には自分たちで死ぬことを選んだ。花垣に何もかもを託して、今もこうして自分たちの生きられなかった幸福な世界を望んで、幸せを求めている。

「私たちは上手に生きられなかった。誰かの不幸の上で、自分たちだって幸せになれないまま、意味もなく生き延びちゃったの。利用されるだけされて、傀儡みたいに扱われて……でも、そっちの私たちは、キミたちが居てくれたら上手に生きていける。私は、キミさえいてくれれば、前を向いていられる」

 口から外された手のひらが、僅かに迷ってから頬に添えられる。一瞬だけ見えたネイルの色はオレの瞳の色によく似ていた。

 リコと同じように身を乗り出してきた兄が、無茶をするなだとかなんだとからしくもなく小煩いことを言い出し、突然押し黙ってオレの頭の上に手を置いた。

「ごめんな」
「なにが」
「色々、全部。贖罪にもならないだろうけど、こっちのリコのことはオレが責任持って地獄でも面倒見てやるよ。お前はそっちのリコを大切にしてやって」
「おい蘭、オレは?」
「あー、はいはい。分かってる。万次郎、お前もオレが面倒見てやるから。じゃないとお前ら、朝飯も食わねえだろ」
「起きれねんだから仕方ないだろ。……なあ、イザナのこと助けてくれてありがと。アレで大事な兄ちゃんなんだよ」

 オレの肩を叩いて、マンジロークンは泣きそうな顔で笑った。そのまま自分の耳のピアスに触れて、懐かしむように目を瞑る。
 リコはそんなマンジロークンを横目で見てから、オレに向き直って止まらない涙はそのままに眉を下げてまた笑った。その笑顔はマンジロークンによく似ていて、オレの知っているリコの笑い方とも似ている。

「ごめん。キミにも少し託させて。いい?」
「オレに出来ることなら」
「出来るよ。それどころか、キミにしか出来ないこと。……あのね、私、キミの腕の中で目覚める朝が大好き。そっちの私もそうなの。だからお願い。そっちの私が目覚める時は、キミがそばにいてあげて」

 冷たい指先が分かりやすく震えながらオレの輪郭を撫でていく。堪らなく抱き締めたいと思ったけれど、急に体が動かなくなって抱き締めることはおろか手を握ることすら出来そうになかった。

 リコは笑う。オレの知っている笑みと知らない笑みとの狭間の笑顔で、相変わらず下手くそな泣き方で、頑なにオレの名前を呼ばないままで。


 泣かないでくれと強く思った時には、もう勝手に口が動いていた。

「オレも、リコがオレの腕の中で目覚めてくれる朝が好き」
「……え?」
「オレの腕の中で眠って目覚めてくれるリコと過ごす朝が、好きだよ」

 言葉なくその唇が開いたり閉じたりして、数秒後にギュッと引き結ばれた。俯くことも出来ずにオレを見つめたまま号泣するその背を、あやすようにして兄とマンジロークンが撫でて、名前を呼ぶ。


 その光景を見ている間にも、だんだんと瞼が重くなってきた。撃たれた直後にも感じた抗いようのない眠気だ。リコの冷たい手のひらが何度か輪郭を撫で摩るのを感じながら、微睡み出した視界で必死でそちらを見つめる。

 どれだけ変わったって、オレの知っている笑い方が出来なくなったって、リコはリコだ。いくつ罪を重ねたってそれは変わらない。どうなってしまったってオレはリコの全てを愛している。

 言葉には出来なかったけれどその考えは伝わったのか、リコは涙を流したまま頷く。それから、ぐしゃぐしゃな泣き顔で笑ってみせた。オレの好きな、太陽みたいな笑い方。それでもどこか歪で寂しげで控えめな違和感の残るその笑顔で、リコは口を開く。

「それは、そっちの私に伝えてあげて。私はもう十分過ぎるぐらい、キミにいろんなものをもらった」

 嘘つくなよ。まだ足りないって顔をしてる。まだ一緒にいたかったと表情だけでも雄弁に語っている。


 だけどオレはもうここにはいられない。泣き虫でわがままで、きょうだいたちのためなら命だって簡単に投げ出してしまえるような馬鹿な女がオレを待っているのだ。こっちもそっちもあるかよって感じだけどさ、寂しげな笑い方をするリコと同じで、だけど違うリコが今もまだオレを待って眠っている。

 それにこっちのリコにだって、お前を置いて先に死んだオレがいる。オレはリコと一緒なら地獄にだって落ちるよ。こっちのオレだって、きっとそういうはずだ。オレはずっとリコの全部を愛してるんだから。

「もうここに来ちゃダメだよ。キミはまだ早い」

 笑ってそう言って、顔から離された手に肩を押された。体が後ろに傾く。三人は寄り添って、惜しむように手放すように、愛するようにこちらを見ている。咄嗟に呼んでしまった名前が、聞こえていればいい。


 意識が途切れる。


 +


 瞼が重かった。それで、口が回らない。

 視界に飛び込んできたボヤけた兄らしき人がわあわあと捲し立てる声を聞きながら、回らない頭を動かしてその言葉を拾う。どうやらオレは十日以上意識が戻らなかったらしい。だからこんなに体が重いし全身ダルいのか。

 兄がナースコールを押してくれたらしくわらわらと駆け付けてきた医者や看護師にあれこれ質問をされて適当に頷いたり首を横に振ったりしながら、眼鏡が欲しいと思った。よく見えないのだ。あとは水。喉がカラカラで、これじゃ喋るに喋れない。


 傷は痛くないかと聞かれたが、まあそりゃ動けば痛い。二発も撃たれたわけだし、痛くないわけないだろ。しかし声が出なくて言い返せずに、首を横に振っておいた。めちゃくちゃ痛がっていると伝わったらしい。耐えられなかったら鎮痛剤を出すとのことだ。

 質問攻めの時間がひとまず落ち着き採血をされながらも息をついていれば、すっと近付いてきた兄に眼鏡をかけられた。持っていたらしい。

「兄ちゃんのこと分かるか?」

 首を縦に振る。水をくれと念じたのだが、どうやらそれは伝わらなかったらしく見るからに嬉しそうに笑われてしまって、何も言い出せなかった。オレの無事を喜んでくれていることは伝わってくるのだ。

 にしても、金と黒のツートーンの三つ編み姿の兄を見ているとなんだか違和感がある。もっと短くなかったっけ、とか、色が違った気がする、とか。おかしな夢でも見ていたのかもしれない。

「お前が庇ったイザナも無事だし、鶴蝶はもう退院して今はリオたちの家で一時的に引き取られてる。天竺の他のメンバーは結構しょっ引かれたけど、オレら四人はゆきちゃんにお目こぼしもらって鑑別所にぶち込まれることもないから、そこは安心しとけよ」

 四人とはそれこそオレたち兄弟とイザナと鶴蝶のことだろう。まあ二人が無事なら良かった。きょうだいたちに何かあったら、またリコが泣いてしまう。泣き顔も好きだけど、やっぱり苦手なのだ。出来れば笑っていて欲しい。

 ああ、そうだ。リコ。リコは?

 目線で問えばそれが伝わったのか、兄は目を閉じて軽く肩を竦める。

「アイツは今もまだ意識が戻ってない。容態は安定してきたらしいんだけど、今ちょうどめちゃくちゃ熱出てるらしくて面会謝絶。お前もリハビリは必要だろうから暫くは会いに行けないだろ。まあ、退院出来るぐらいには集中治療室から個室に移動できるぐらいにはなってるんじゃね」

 そればかりはオレにも分からないといって、兄は連絡をしてくると席を立って外に出ていく。水をくれとアピールを続けていたのは結局伝わらなかったようだ。

 それにしても、リコは意識が戻っていないのか。オレが十日以上意識が戻らなかったということは、それと同じだけリコも目覚めていないということになる。


 いつまでだっていくらでも待つと誓えるが、意識不明の状態が長引けば長引くほど起きてから苦しむのはリコだろう。何より、オレも早く会いたい。待てることと会いたいと思う気持ちは別なのだ。


 また眠くなってきて何度か瞬きをした。やはり何か長い夢を見ていた気がする。鼻につく甘い匂いと、頬に触れた擽ったい金の髪。酷く愛しく思っていたはずなのに、誰のものだったのかは思い出せそうにもなかった。

水に燃え立つデブ

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