Turn.15
サーカス日和
午前10時、羽咲空港。
ジンクさんの警護もまもなく終わる。今はジンクさんの警護に付いていたメンバー全員でジンクさんの見送りをしているところだ。
「ジンクさん、また日本に来てくださいね」
「世話になったな。名前もまたボルジニアに来るのだぞ!」
「はい!」
笑顔で答え、ジンクさんと握手をする。そして搭乗し、ジンクさんの乗った飛行機は飛び立った。
その後、私達は会社へ戻り、報告書などをまとめてからそれぞれ帰宅。
来週からまたすぐ仕事が入るので今日明日はゆっくり休むように、と外城さんに言われた。
翌日、私はいつも通りひょうたん湖公園でジョギングをしていた。1時間ほど走った後、ベンチへ座ろうと向かうと、見覚えのある人が既に座っていた。
「よっ」
あれ? デジャビュかな?
私は盛大なため息を吐きながらうまのすけさんの元へ歩いて行く。挨拶された以上、無視は出来ない。
「はあぁ……」
「精が出るな」
「うまのすけさん、何しているんですか? また夜勤明けですか?」
うまのすけさんの隣に腰掛けて問いかける。あんまり興味はないけど。
「んなわけあるか! 一緒に仕事してただろ!」
「ああ、そうでしたね」
確かに今日のうまのすけさんはスーツではない。カジュアルな格好をしている。
「お前どうせ今日暇だろ? 出かけようぜ」
勝手に決めつけられた挙句、私の返答を聞く前に私の腕を掴んでズルズルと引っ張っていくうまのすけさん。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、うまのすけさん! どこへ行くっていうんですか!」
「あーとりあえずお前んちだな。支度しねえといかんだろうし」
「はあ、まあ……」
なにやら含みを帯びた笑みを見せ、うまのすけさんは私の家へ引きずって行く。心なしか、今日のうまのすけさんはどこか浮かれているように見えるので、まあ付き合ってあげよう。
「……で、どこへ行くんですか?」
シャワーを浴びて私服に着替え、リビングでくつろぐうまのすけさんに尋ねると、ニカッと笑って答えた。
「俺の友達がタチミサーカスで働いててな。この間チケットを貰ったから行こうと思ってよ」
「サーカス! 楽しそうですね!」
「だろ? 二枚貰ったから、どうせならお前でも誘うかと思ったわけさ」
「な、何で私を? 会社の人なら他にも……」
一瞬ドキッとした。うまのすけさんなら誘う相手の10人や20人は居るかと思ってた。……ちょっと言い過ぎか。
「野郎と一緒にサーカス見て何が楽しいんだよ。お前は外見だけは可愛らしいからな」
「ほほーう……」
両手の関節の骨を鳴らす。バキバキグシャメキゴキィと女が出したとはさほど思えぬ音が響いた。
「というのは冗談で、俺には勿体無いほど聡明で容姿端麗な名前さんをお誘いすべきだと俺の男としての本能が心の底から訴えてきた次第です」
「仕方ないですねぇ、一緒に行ってあげますよ〜」
私の態度の変わり様に、うまのすけさんは「やれやれ」と言った。
こうして本日の予定は、うまのすけさんと一緒にタチミサーカスの公演を見に行くことに決まった。
「草太!」
「あ、馬乃介ー」
タチミサーカスへ到着し、さっそく楽屋室へ行きご友人の方に挨拶をする私達。
「こいつは俺の部下の苗字だ」
「よろしくお願いします」
「僕は猿代草太、よろしくね」
草太さんに手を差し出され、応えるように握手をする。草太さんは既にメイクを終えていて、真っ白な顔にピエロのペイントを施されていた。メイクの上からでも優しそうな人だというのがわかる。
「草太さんは猛獣使いなんですよね。楽しみにしてます!」
「えっ、僕、そんな事言われたら緊張しちゃうよ! ムリムリムリムリ!」
「大丈夫だって草太なら。じゃ、俺達は客席で見てるからよ」
私とうまのすけさんは簡単に挨拶をしてすぐに出ようとした。しかし草太さんに引き止められた。
「あ、待って!」
「どうした草太?」
「もし良かったら今夜、一緒にご飯食べない?」
「いいぜ、三人で飯食いに行くか。な、苗字!」
「はい、是非!」
「……じゃあ、また後で!」
草太さんと一緒に肩に乗った猿のルーサー君も手を振ってくれる。私はお辞儀をして、うまのすけさんと楽屋室を後にした。そしてサーカス内へ入り席に着く。
「今まで草太からサーカスのチケットを何度か貰ってたが、いつも一人でな。ようやくチケットを無駄にしなくて済むぜ」
「うまのすけさん、草太さんが好きなんですね」
うまのすけさんが草太さんと接している場面を見てよくわかった。会社では見られない柔らかさや優しさを感じた。
「ああ。あいつだけが俺の親友だからな」
「そうだったんですか」
うまのすけさんの意外な面を見た気がする。そういえば私、うまのすけさんの昔の事なんて何も知らなかったな。
「うまのすけさん、またチケットを頂いたら誘ってくださいね」
「おう」
「あ、でも彼女が出来たらちゃんとそちらを誘うんですよ」
「バーカ、んな相手出来るかよ」
うまのすけさんは皮肉交じりな笑みを浮かべて言ったので、私も笑いながら「ですよねー」と返したら怒られた。自分で言ったくせに。
そうこうしている内に、会場には人が増えてきて室内が暗くなる。
そしていよいよ、サーカスが始まった。
***
「草太さん、とっても凄かったです!」
「ああ、今日もすげえ面白かった!」
「そ、そうかな……」
公演が終了し、今は三人で食事中。
私とうまのすけさんは口々に褒め称えるが、当の草太さんは恥ずかしがるばかり。
あんなにすごいアクションが出来るなら、もっと自信を持って良いと思うのに。特に象にふっとばされるシーンなんて迫力があって印象に残っている。
「そうだ名前ちゃん。アドレス交換しよ?」
「良いですよ、宜しくお願いします」
「これからもサーカス見に来てね」
「はい、もちろんです!」
やがて、食事会は和やかに終わり、私は帰り道が危ないという理由でうまのすけさんが送ってくれる事になった。
「まあ、お前みたいなヤツでも不意打ちとかには弱いだろうからな」とグダグダ言っていたけど気にしない。どうせ断っても付いて来るんだろう。本当に素直じゃないんだから。
お互い皮肉を言い合いながら歩いている内に、マンションへ到着。一応お礼を言っておこうと口を開きかけた時、思いがけない一言がうまのすけさんの口から出た。
「今日はありがとうな」
「えっ、あ、はい」
「あいつも……草太もきっと、今日はお前が居たおかげで一段と楽しめたと思うぜ」
「そんな、私の方こそ誘って下さりありがとうございました!」
恭しく頭を下げると、うまのすけさんは穏やかな笑みを浮かべた。
「またよろしくな」
「……はい!」
うまのすけさんが私に素直にお礼を言うなんて。びっくりして雪でも降るんじゃないかと思ったけど、今はそんな場違いな冗談を言う雰囲気でもない。
「じゃあな、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
うまのすけさんは背を向けて家路へ帰って行ったので、私もマンションへ入る。
今日は何だか、一層うまのすけさんと近付けた気がする。草太さんとも仲良くなれたし、私はこれからも日本で頑張っていける気がした。
しかしその気持ちは、思いがけない形で崩れかけてしまうのだった。
……次の仕事によって。
(20120124)
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Smotherd mate