Turn.16
せめて君だけは
休み明けの仕事はとある子どものボディガード。期間は一ヶ月。時間帯は朝夕合わせて30分程、日によっては数時間。
担当になった私とうまのすけさんは依頼主の自宅へ訪問した。
相変わらずどうして私とうまのすけさんがセットなのか外城さんに尋ねたところ、曰く「お前らは息がピッタリだからな」との事。
外城さんは他の社員もよく観察していて、人間関係や性格の相性などをきちんと見ているようだ。流石リーダーなだけある。息がピッタリかどうかはわからないけど。
それに比べてサブリーダー……うまのすけさんはもう少し外城さんを見習うべきだよね。
依頼主の家へ到着してチャイムを鳴らすと、綺麗な女性が出迎えてくれた。
「初めまして。水鏡秤と申します」
「どうも、今回ボディガードを勤めさせて頂く内藤と、こちらは苗字です」
「よろしくお願いします」
家の中へ招かれ、テーブルに案内されて席につく。私とうまのすけさんは隣に座り、向かい側には依頼主の水鏡さんと息子の詩紋君が座っている。
「実は少し前から詩紋に変な手紙が届くのです」
「変な手紙?」
水鏡さんの話によると、どうやら詩紋君の元へ何通も手紙が来ているらしい。見せてもらうと、可愛らしいレターセットとは裏腹に文章には脅迫まがいな言葉がズラズラと並んでいた。
詩紋君はまだ子どもだが、立派な子役俳優として英都撮影所で働いている。その演技力さながら、若い女性や奥様には人気が高い。それゆえに行き過ぎるファンも出てきたのかもしれないとの事。
ひとまず私達は一ヶ月の間、詩紋君を必ず守りますと契約を結んだ。
警護は詩紋君の登下校中と撮影中の間。私とうまのすけさんは、本日の登校準備を済ませて玄関から出てきた詩紋君の横についた。詩紋君は私達をじっと見て、無言で歩き出した。
「……」
「苗字、行くぞ」
うまのすけさんの言葉に、私も歩を進めた。車で送迎するのは詩紋君に却下されたのだ。
「オッサン達も暇だよな」
「まだオッサンって年じゃねえよガキ」
少し歩いていると、詩紋君が私達に聞こえるように言った。オッサンと言われた事にピクリと反応するうまのすけさん。
「オバサンもな」
「……安心してください、ちゃんと守りますから」
オバサンなんて言われたの初めてだ……ちょっとショック……。しかし子どもの言うことだ、気にしちゃいけない。
15分ほどで学校に到着し、私達は詩紋君が校内へ入るのをしっかり見届ける。
下校時刻は聞いてあるので、私たちは一旦会社へ戻る事にした。
「なあ苗字。あのガキ、ナマイキじゃねえか?」
「うまのすけさんが言ってはいけない言葉を……」
「ああ? なんつった?」
「いえ、何でも」
私達は会社に戻り、デスクに座って詩紋君の話をしていた。
やけに大人びて、子供に似つかわしくない落ち着きを持ち、周りの人間を信用していない――そんな印象を受けた。まだ若いのに、何かを諦めているような表情が見ていて少し辛くも思った。
「それにしてもまさか、中学生だったとはな」
「ええ、小学校へ行くかと思ってました」
***
下校時刻10分前、私達は詩紋君の中学校の校門前へ到着。校門から出てくる学生達は私達を見て動揺している。そりゃ、黒いスーツを着てビシっと突っ立っている大人二人が校門に居たら間違いなく怪しまれるだろう。一応、学校側に話は通っているので通報はされないだろうけど。
しばらくして詩紋君が出てきた。私達を見た途端、眉間に皺が増える。
「……帰る」
「はい」
私とうまのすけさんは早速両隣へついて家路へと歩き出した。周りの視線を気にする詩紋君。気まずいよね、でもこれも仕事だから。
そして一週間が過ぎた。
下校後にそのまま撮影所へ行ったりもしたが、結局今の所は何も起こっていない。喜ばしい事ではあるのだろうが、問題が解決しないという点では安心できない。
相変わらず登下校時の詩紋君は不機嫌で、よく憎まれ口を言っていた。私は気に留めずに受け流すが、うまのすけさんはいちいち詩紋君の皮肉に反応するので、何だか兄弟みたいで微笑ましかった。
本日も撮影が終わり、家へと帰る詩紋君にピッタリと付く私とうまのすけさん。詩紋君はひと気のない道で、ピタリと足を止めたので私達もそれに倣って止まる。
「……もう面倒くさいんだけど」
「え?」
「こういうの、もういいよ。俺、命なんか狙われてないし。母さんがやれっていうからやっていただけだ。俺にボディガードなんかいらない!」
そう叫ぶと詩紋君は走り出した。私とうまのすけさんは突然の行動に驚いたが、すぐに追いかける。
「待って詩紋君!」
「おいガキ!」
間違いなく詩紋君は今も狙われている。私達がボディガードについてもなお脅迫まがいの手紙は送られていた。私達は水鏡さんから聞いていたが、詩紋君は聞かされていなかったようだ。
詩紋君は信号を無視して横断歩道へ飛び出した。一瞬心臓が凍りついたが、不幸中の幸いか車通りは少なかった。
「付いて来んなよ!」
「それは無理なお願いです!」
道路の真ん中で詩紋君が叫ぶ。その声は怒りで溢れていた。
「ふざけ――」
「詩紋君!」
トラックが猛スピードで道路を走ってきた。その直線上には詩紋君。私はガードレールを飛び越え、急いで詩紋君を抱きかかえながら横断歩道の向こう側へ跳んだ。
間一髪でトラックの前を抜け、なんとか命は助かった。詩紋君は私の腕を払い除けて立ち上がる。元気そうに動く彼を見てホッとする。良かった、怪我はないみたいだ。
「苗字!」
青信号になり、うまのすけさんが私達の元へやってきた。
「おい大丈夫か!」
「大丈夫ですよ……アイタタタ!」
無事というのを見せる為に両腕を上げるが、鈍い痛みが襲って顔を歪める。それを見たうまのすけさんは眉間に思いっきり皺を寄せて怒鳴った。
「テメエ! この命知らずが!」
「ご、ごめんなさい……でもボディガードは依頼人の命を……」
「うるせえ! 口答えすんじゃねえ!」
「はい……すみません……」
本気で怒っている。当たり前だ、無茶をした私が悪い。しゅんと項垂れていると上着を引っ張られ、目をやると詩紋君が今にも泣きそうな顔をしていた。
「……ごめん」
「ごめんで済むかクソガキ!」
「ちょっと、うまのすけさん!」
うまのすけさんは詩紋君にも怒鳴りつける。詩紋君は目に涙を溜めながら震える声で言った。
「……俺、怖いんだよ。変な手紙もそうだし、アンタらも信用できなかった」
「詩紋君……」
その時、私の知っている少年と詩紋君の顔が重なってしまった。ううん、彼は違う。首を横に振って、浮かんだ少年の顔を消す。そして詩紋君と目線を合わせるように屈んだ。
「大丈夫だよ、絶対に私達が守るから」
「……うん」
そうだよね、詩紋君はまだほんの13歳なんだから本当はとても怖いはず。そんな男の子が必要のない恐怖を感じている事に憤りを感じる。
「チッ……」
うまのすけさんは納得しない様子で舌打ちをした。けどこれ以上怒鳴りつけることはしなさそうだ。
「そろそろ帰りましょうか、うまのすけさん」
「……だな」
詩紋君に手を差し伸べると、最初は戸惑っていたけど応えるように手を繋いでくれた。私よりも小さな手だ。この子を守ってあげたいという気持ちがより強くなる。
詩紋君と居ると、昔の事を思い出さずには居られない。そんな自分の心の弱点を打ち破りたいという意地が今の私を動かしていた。
(20120125)
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Smotherd mate