Turn.17
消えない罪をなぞった
詩紋君の警護を始めて二週間が経った。
詩紋君は私達に打ち解け始めてくれたが、私の気持ちはどこか晴れないままだった。
今日の仕事が終わると、うまのすけさんに「顔を貸せ」と言われたので、二人でひょうたん湖公園へ向かった。
ベンチに座り、自販機で買ったミルクティーを喉に流し込む。隣に座っているうまのすけさんはコーヒーを飲んでいた。
周りには私達以外に誰もいない。外灯が私とうまのすけさんを優しく照らしていた。
「お前、どうした? 最近おかしいぞ」
「何がですか?」
「見ててわかんだよ。今までの依頼人と、今回の詩紋ってガキの扱いの違いが」
ぴく、と缶を持つ手が微かに反応した。隠していたつもりだったけど、やっぱりうまのすけさんにはお見通しだったみたいだ。しかも今回は私と組んでいるのだから、嫌でも私の挙動不審さが目に付いたのだろう。
「先週だって簡単に命を放り投げやがった」
「あれは仕方ないですよ。別に放り投げたつもりは無いんですけどね」
「いいや、お前なら道路に飛び出す前に捕まえる事が出来たはずだ」
「……過大評価です」
実に痛い所を突いてくる。まるで尋問されている気分だ。出来ればこれ以上突っ込まれたくはない。けどうまのすけさんは一個人の私情よりももっと大事なことがあるのを知っている人だ。
「あのガキが何か関係あるのか?」
「いえ、その……なんと言うか……」
次々と核心を突く言葉に私の心は動揺し、口ごもってしまう。そんな私の様子に気付いたうまのすけさんは、そっと私の手を握り締めた。
私よりも熱い体温が伝わってくる。大きくてごつごつとした男らしい手は、「彼を頼りたい」という気持ちにさせられる。
「言ってみろ」
「……本当に、あなたは誤魔化せませんね」
大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。私は腹をくくり、全てを話す事にした。
「私の昔話、聞いてくれますか?」
「ああ……」
そして私はうまのすけさんに話し始めた。広い公園のベンチに座る2人の小さな世界を中心に、私の弱々しい声だけが存在した。
私は生まれも育ちも日本。
父の教育方針により、中学に入る頃には柔道や空手などあらゆる護身術を身に付けさせられた。今の世の中は物騒だから何があっても自分を守れるようにしなさい。両親からはそう言われていた。
私が高校に上がる時、父の海外赴任が決まり、私と母は父について行った。友達と離れるのは寂しいけど、家族と離れるのはもっと辛いから。
海外へ行ってからはますます体を鍛えるようになった。銃も撃たされるようになった。力を付けていく内に、私は自分を守るだけでなく誰かを守りたいと思うようになった。
そうして私は18歳の時、ボディガードを目指した。
何度も試験に落ちては何度も訓練し直した。絶対に諦められない夢だった。
そして念願のボディガードとなり、各地を転々とした。まだ若かったからあまり大した仕事は任されなかった。けれど、どの仕事も私を成長させてくれたし、誇りにも思っている。
2年後、私は20歳となり周りから少しずつ認められてきた。女性特有の勘の鋭さや、磨いてきた銃の腕前、どんな時も諦めない強固な意志、周りは私をそんな風に認めてくれるようになった。
今思えば、きっと私は自惚れていた。自己陶酔や自己満足で頭がいっぱいだった。
やがて、ある少年の警護の仕事が入った。
それは長期間の仕事で、私達は10人のチームを二つ作り交代制で仕事に臨んだ。その少年はとても人懐こく、人と関わるのが苦手で距離を取ってしまう私にも明るく話しかけてくれた。
『初めましてボディガードさん。よろしくね』
『はい、任せてください』
少年はボディガードの皆と打ち解けていった。
後にその少年は国の大統領の隠し子と知った。そして大統領は自分が命を狙われている事を知り、万が一の事も考えて少年のボディガードも頼んだのだ。
私達には隠されていた真実。だがしかし、少年は知っていたのだ。
『名前、今回は非常に重要な任務だ。必ず彼を守りきれ』
『了解です』
チーム全員が常に緊張感をまとっていた。私なんて無愛想で面白い話も出来ないのに、少年はいつも私に笑顔で接してくれた。
『名前はどうして笑わないの?』
『笑ってませんか?』
『全然! 怖いカオしてる!』
「こんな感じ!」と自らの顔をいじって面白い顔にする少年。それを見て吹き出す私。
『あ、笑った!』
『ふふ、だってその顔……おかしいです』
『あははは、名前が笑った!』
少年は素直で、本当にとても良い子だった。ボディガードと依頼主の子ども、という壁は少しずつ崩れていった。
『ねぇ名前。もしこの仕事が終わってもまた僕と会ってくれる?』
『はい、また私と遊んで下さいますか?』
『もちろんだよ! ありがとう名前!』
犬みたいに人懐こい少年の事が大好きだった。次第に少年の存在は私の心の中で依頼人以上の存在になっていた。
それから一ヵ月後。
父親である大統領が暗殺された。テロリスト達はそれだけでは止まらず、隠し子である少年まで追ってきたのだ。
隠れていた屋敷はテロリストからの襲撃を受け、銃撃戦が始まった。私と少年は奥の部屋へ逃げ、少年を背にしっかりと守る。私は銃を抜いて戦闘態勢となり、ドアに集中していた。
しかし、背後の窓ガラスが割れるけたたましい音と共に一方的な銃撃を食らってしまう。手にしていた銃で対抗しようと試みるも、相手は複数。しかも弾は無制限だと言わんばかりに乱れ撃ちしてくるので全く反撃が出来ない。何発もの弾が私の体に穴を開けていった。
『名前ッ!!』
『ぐっ……!』
痛い。すごく痛い。
もしかしたら、死ぬかもしれない。
それでも私は……この腕の中で震える少年の命だけは助けたかった。
私を貫通した弾は少年にも傷を負わせ、二人で血まみれになりながら床に倒れた。少年の名前を叫びながら、自らもゆっくりと意識を失っていった。
目が覚めたのは病院の一室。
起き上がるとベッドの横に両親が居た。
どうやら私達ボディガードはほぼ全員が意識不明の重体だったらしい。テロリスト達は生き残ったボディガードと、後からやってきた警察によってほとんどが逮捕された。
私は三日間眠りっぱなしだった。傷口はなんとか塞がっていた。生きているのが奇跡とも言われた。
両親に少年の事を聞くと黙ってしまった。そして「お前のせいじゃない」という言葉の後、重々しい口調で説明された。
――少年は生きている。
――しかし、弾の当たり所が悪かったせいで永遠に目覚めることはない。
私はショックだった。
たった一人の少年すら守れない自分の無力さに、ただ涙を溢した。
永遠に目覚める事はないなんて、生きてるって言えるの? 私が守れなかったせいであの子は……!
それから私はボディガードを辞めた。
同僚には心配されたけど「大丈夫」とだけ残し、私は姿を消した。
そして家で塞ぎ込んだ。自らの命を断とうと思った事もあった。
両親は常に傍に居て私を心配してくれた。あんなに厳しくて強かった両親が、私を心配して壊れ物を扱うように優しく接している。それがさらに私の心を痛めた。
……強くならなければ。
一年後。
私は再びボディガードとして立ち上がった。いろんな国でボディガードとして働いた。その後、父の紹介で日本で仕事をすることになった。
私はやっぱり誰かを助けたい。守りたい。今度こそ誰も傷付けさせたくない。そう思いながら生きてはいるけれど、やはり私の心はあの日に置き去りのままだった。
「――以上です。父が私を日本に送ったのは、私が心配だからじゃない。足手まといだからです」
「…………」
うまのすけさんは、私の話を真剣に聞いてくれていた。全てを話し終えた時、気付けば熱い涙が瞳からぼろぼろと零れ落ちていた。
「私があの時、死ぬべきだったんです」
「苗字……」
うまのすけさんが私の肩を抱き寄せる。触れた部分が温かい。いつもはあんなに意地悪でぶっきらぼうなうまのすけさんが、今はとても安心できる。
「私は怖いんです。あの時の少年と詩紋君が、重なってしまって……」
「大丈夫だ苗字、俺が居る」
「嫌です……誰も傷付けたくない……」
「馬鹿野郎!」
うまのすけさんの怒鳴り声に驚き、体を揺らす。
「一人で全部抱えようとすんなよ。俺も皆も居るじゃねえか。お前は独りじゃない。それだけはしっかり心に刻んどけ」
「……はい……」
「少年がそうなったのもお前のせいじゃない。お前は自分に出来る精一杯のやり方でそいつを守ったんだ。お前が少年の命を救ったんだ」
「はい……!」
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。でも、そんな事は今どうだっていい。
私はずっと自分を責め続けていた。私は、私の罪を忘れてはいけないんだって。
ずっとあの時の記憶が私の心を蝕んで、でも誰かに否定して欲しくて、怖くて堪らなかった。
「きっとお前にしかその少年は守れなかったさ。お前の親父だって、足手まといだからじゃなく、お前が心配だったからこの会社を選んだんだ」
「うまのすけさん……もうちょっと胸を貸してくださいね……」
「おう。今日は思いっきり泣いとけ」
「はいぃ……!」
うまのすけさんの胸元に顔を埋め、堰を切ったように泣いた。心の中に溜まった悲しみと悔しさを全て出し切るように。
あの日の少年を思って、ただ泣き続けた。
誰かの胸を借りて泣くことがこんなにも安心できるものだなんて、私は知らなかった。
(20120125)
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Smotherd mate