Turn.18
守りたいから
翌日、私とうまのすけさんはいつも通り詩紋君の迎えに行く。私は少し腫れた目でうまのすけさんの隣を歩いていた。
昨夜はうまのすけさんの胸で、子どもみたいに泣いてしまった。恥ずかしくて会社でも目を合わせられなかった。けどうまのすけさんが居たから、安心して涙を流す事が出来たんだ。私はお礼を言おうと、ゆっくり口を開く。
「あの……昨日はお恥ずかしい所をお見せしてすみません……」
「……謝罪なんかいらねえよ」
「あっ、ありがとうございました!」
「お前の過去に何があろうと、詩紋ってガキとお前の救った少年は違う。お前はお前なりに詩紋を守るんだ。いいな?」
「はい!」
うまのすけさんが急に大人の男性に見えて、少しときめいてしまった。いや大人なんだけど、今までとは少し違うように見えるというか。
目だけ動かしてうまのすけさんを見る。横顔がいつもより一段とかっこよく見える……って、やだな、私、なに考えてるんだろう! きちんと仕事に集中しなくては!
契約期間の最終日。
いよいよ今日で詩紋君の警護が終わる。私達が護衛をしている間、何も問題は起きなかった。
今は下校中で、詩紋君はゆっくり歩いていたが、足を止めて私達を見上げた。
「なあアンタら、今日でもう終わりなのか?」
「はい。詩紋君が無事で良かったです」
「ふぅん、じゃあもう会えないんだな」
……どうしたんだろう?
私はうまのすけさんに目を向けるが、「わからん」という顔をされた。
「じゃあ帰りましょう」
「うん……」
再び足を家路へと運ぶ。帰宅すると水鏡さんが私達にお礼の言葉を告げる。
結局、怪文書を送ってきた犯人は現れなかった。飽きたのか諦めたのかわからない。
また何かあったら依頼すると言われ、私達は会社へ戻った。
帰社すると、うまのすけさんは早々に休憩へ行ってしまった。
私はデスクに座る外城さんに声を掛ける。
「ただいま戻りました。……外城さん、お話があるのですが」
「ご苦労。どうした苗字?」
「ここではちょっと……」
「わかった。場所を変えよう」
私は外城さんと一緒に屋上へ向かった。ドアを開けると真っ赤な夕焼けが空いっぱいに広がっていた。
「話とは何だ?」
「外城さん、お願いします! 今日から1週間休みを下さい!」
「どうした突然」
もちろんそんな話が簡単に通るわけがない。私は詩紋君の警護について、順を追って説明した。
「……というわけで、ストーカーまがいの事をされているのですが、私とうまのすけさんの警護中はサッパリでした。けど、それで諦めるような相手ではないような気がするんです。だから、警護は終わったと見せかけて、詩紋君に近付いて来るであろう犯人を捕まえたいんです」
「苗字、それは俺達の本業ではない。それは警察に任せるべきだ」
当然、断られると思っていた。私がどれだけ馬鹿げた事を言っているのか、重々承知している。
それでも私はもう、後悔はしたくない。
「警察なんて、事件が起こらなければ動きません。私はそれで人を救えるだなんて思えません!」
「苗字!」
つい頭に血が上って言いすぎた。一体何様のつもりなのだろうか、私は。しかし、引き下がるつもりは毛頭ない。
「……私が人ひとり救えないのがこの仕事のせいならば、ボディガードなんて今すぐ辞めます」
「お前、何を言っているかわかっているのか?」
「はい。私は本気です」
サングラスの奥から睨んでくる外城さんの視線が突き刺さるように痛く感じる。張り詰めた空気がより緊張感を増幅させる。長いように思えた沈黙を外城さんのため息が破った。
「……三日だ」
「外城さん!」
「苗字、お前はこの会社に必要な人員だ。それ以上抜けられては困る」
「はい! ありがとうございます!」
私は勢いよく腰から頭を下げて外城さんにお礼を言った。そして屋内へ戻り、支度をしようとオフィスへ向かった。
「だそうだ、内藤」
「……人が休んでいる時にやかましいったらないッスね、リーダー」
「誰も屋上で休憩しているとは思わんからな」
外城が屋上の塔屋に視線を向けると、寝転んでいた内藤が起き上がった。
「盗み聞きは良くないぞ」
「アンタらが勝手に来て勝手に話していったんじゃないですか」
不機嫌そうに答える内藤に、外城は何食わぬ顔で言った。
「ああ。そういうわけで頼んだぞ、サブリーダー」
「は?」
いきなり「頼む」と言われても何を頼まれたのかわからない。内藤は口を開けてポカンとした。
「今日から三日、苗字の警護を頼んだ」
「ハハハッ、ボディガードを警護するってのか! 面白いこと言いますね」
「笑い事じゃない。あいつは真剣だ。苗字は腕が立つが、一人では突っ走る事もある。お前が苗字のブレーキになって、しっかり止めてやるんだぞ」
内藤は少し考え、そして一言。
「了解」
とだけ言い、頭の後ろで腕を組み、再び寝転んだ。
(20120125)
[
←
|
title
|
→
]
Smotherd mate