Turn.19
強くなれたかな
私は三日間の休みを貰い、密かに詩紋君の尾行を始めた。怪文書が送られてくるという事で、私とうまのすけさんが一ヶ月警護をしたのだが結局犯人は現れなかった。
ならばきっとボディガードが居なくなったら現れるのではないかと私は踏んだ。もし私がストーカーならそうする。……まあ、今、詩紋君に見つからないように尾行している私も立派なストーカーに見えるんだけどね。
登校も下校も常に詩紋君を見ていたが、特に問題はない。時折、詩紋君は寂しそうな顔をしていたのが気になった。
一日目は特に何事もなく終わった。
翌日、同じ時間に詩紋君の尾行を開始する。
二日目も特に問題は起こらず、詩紋君は無事に帰宅した。
私は安堵のため息を吐いて踵を返した。
背中越しに詩紋君の自宅に目をやりながら角を曲がると、何かにぶつかってよろけた。
「わっ!……って、うまのすけさん!?」
「イッテえな。慰謝料払えよ」
「どこのヤンキーですかあなたは」
ぶつかった相手はインド人もびっくり……は言い過ぎか。上司のうまのすけさんだ。
「仕事もしねえで何やってんだか」
「うまのすけさんには関係ないです」
「明日現れなかったらどうすんだよ。余計なサクリファイスを払いやがって」
「何故それを!? まさか外城さんから?」
ああ、とうまのすけさんは頷いた。どうやらうまのすけさんは昨日も私を尾行していたらしい。全然気付かなかった。
詩紋君を尾行する私、を尾行するうまのすけさん……という図を想像したらおかしくて笑いがこみ上げてきた。
「うまのすけさんもお人好しですね」
「外城が勝手に決めやがったんだっての……」
むくれるうまのすけさんが何だか可愛く思える。そして私は独りぼっちでは無かったという事に心強さを感じた。
「それでも、ありがとうございます」
「おう。あんまり突っ走りすぎるなよ」
私とうまのすけさんは並んで歩き、それぞれの家路へと向かう。またうまのすけさんにマンションまで
送って貰ってしまった。どこまでも面倒見の良い上司だなぁと感心する。
三日目。
登校は特に問題はない。しかし相変わらず詩紋君の表情は暗いままだった。
下校時間になり、うまのすけさんと一緒に詩紋君が校門から出てくるのを待ち伏せた。まばらに出てくる生徒達の中に詩紋君を発見し、早速尾行を開始する。
「なんか詩紋君、暗くないですか?」
「元から目つきの悪いガキとは思うが」
「目つきの悪さならうまのすけさんも負けず劣らずだと思いますが……」
「何か言ったか?」
「いえ何も」
うまのすけさんがジロリと私を睨んでくる。
ほらソレだよ! その目つきだよ! ていうか聞こえてるじゃないですか!
「あれ? 詩紋君どこに行くんだろ」
「ん?」
詩紋君は自宅と反対の道へ歩いて行った。ちなみにそちらは英都撮影所でもない。
着いた先は小さな公園だった。詩紋君はブランコに座ってゆっくり漕いでいる。黄昏れている姿も絵になっていて、流石子役俳優なだけある。
そしてしばらくの間、詩紋君は公園に居続けた。
詩紋君が立ち上がり、ようやく帰るのかと思った時だった。
誰かが詩紋君に近付いて来る。顔はあまり見えないが、どうやら女性のようだ。会話の内容は聞き取れない。
「……うまのすけさん」
「おう」
詩紋君の声がだんだんと怒りを増して、大きくなっていくのがわかる。会話を耳に入れようと、私達は気付かれないように接近した。
「詩紋君、私の手紙……読んでくれた?」
「……まさかアンタが俺に変な手紙を送ってきたのか!?」
間違いない、彼女だ。
今、詩紋君に話しかけている彼女こそが詩紋君に怪文書を送り続けていた犯人だ。
彼女の様子はどこかおかしい。やたら目をきょろきょろと動かし、右手は常に上着のポケットに入れている。少しばかり息も荒い。
「そうよ。本当はもっと早く詩紋君に近づきたかったんだけど、あの変な2人組みのせいでそれも叶わなかったの……!」
ギリ、と強い憎しみを表すように唇を噛みしめる。その唇から、一筋の赤い血が垂れる。
「でもそれも終わり! これからはずっと一緒だよ詩紋君! 大好きだよ!」
「く、来るな!」
女性が一歩近付いては詩紋君が後ずさる。拒絶するような態度に、女性はわなわなと体を震わせた。
「どうして逃げるの? 何にも怖くないよ詩紋君、だって私は詩紋君が大好きだし、詩紋君も私が大好きなはずでしょ?」
「お、俺はアンタの事なんか知らない!」
「そう、あの女が詩紋君に吹き込んだのね。あの女のせいだね、あの女が居なくなればいいんだね!」
「やめろ! 苗字の悪口を言うな!」
その言葉に女性は反応し、髪の毛をガシガシとかきながら叫んだ。
「あああああ!」
そして詩紋君へ向かって走り出した。上着のポケットからギラリと銀色に輝く刃物を取り出し、それを見た詩紋君は背中を向けて逃げ出した。
「いけない!」
「チッ!」
私とうまのすけさんはすかさず飛び出した。幸いな事に詩紋君はこちらの方向へ走って来たので、詩紋君の腕を引いて背中に回し、女性の前に立ちはだかった。
「苗字ッ!」
「お前……お前だな! 詩紋君を誑かしたのは! 絶対に許さない!」
女性は視界に入って来た私に強い憎しみを抱く。そして刃物を両手で握り締めて私に向かってきた。私は構え、包丁の先が触れる直前に体を捻らせる。
女性の勢いが止まらぬまま私とすれ違う瞬間、頚動脈に手刀を当てた。彼女の手から刃物が落ち、静かに倒れて気を失った。それを確認し、私は詩紋君に向き直って安全を確認する。
「大丈夫ですか、詩紋君」
「アンタ、どうしてここに!……た、助かったよ」
「……無事で何よりです」
詩紋君の前に跪いて目線を合わせ、手を握った。親しみを感じる笑みに安心していると、うまのすけさんが私に罵声を浴びせながら近づいてきた。
「おいこら苗字!」
「いっだああー!」
うまのすけさんに思いっきり頭をベチィンと叩かれた。ああ、私の灰色の脳細胞が悲鳴を上げている。こんなに良い雰囲気を平気で邪魔してくるなんて、酷い。
「また勝手に走り出して突っ込んで、お前は命が惜しくないのか!? 周りのことも考えろつっただろうが!」
「ご、ごめんなさい……。でも今回は一般人でしたし、刃物を持っていたから急がなければと思って……それに怪我もないですし」
「怪我もねえだあ〜?」
うまのすけさんは私の言葉にまた眉間に皺を増やしながら、私の右腕を掴んだ。
「どこに怪我がないって?」
「アンタ、腕から血が!」
腕を見るとスーツが破けて中のシャツは血で赤く染まっていた。痛みよりも詩紋君を守りきれた事で頭がいっぱいだった。
「あれれ?」
「『あれれ?』じゃねえよアホ」
「ごめん……俺のせいで……」
「大丈夫ですよ、伊達に鍛えちゃ……痛た……!」
詩紋君が申し訳無さそうに謝ってくるので心配かけまいと両腕を振るが、動かすと痛みが右腕に走りまた血が流れてきた。
「ったく、さっさと病院に行くぞ。おいガキ、とっとと帰れ」
「何言ってんだよ、そんな事出来るか!」
「はぁー……どいつもこいつも人の言う事を聞きゃしねえぜ全く」
うまのすけさんは警察に電話をかけた後、会社と水鏡さんに報告をしていた。
すぐやって来た警察に女性は連行され、私は病院で治療を受ける事になった。傷は深くないから大丈夫とは言ったが、うまのすけさんからも外城さんからもお叱りを受けて無理やり連れて行かれた。
こうして詩紋君のストーカー騒動は幕を閉じた。
「悪かった」
「え? 何がですか?」
「部下を守れない上司なんざ失格だ。今度またこういう事があったら俺に任せろよ、良いな」
「そんな事、気にしないで下さい」
うまのすけさんの言葉に、私の感情は驚きと喜びが入り混じる。不思議だ。誰かを守る事はあれど、誰かに守られるなんて考えた事もなかった。
診察を終えてロビーへ行くと、詩紋君と水鏡さんが私を待っていた。
「本当にありがとうございます、苗字さん」
「その……悪かった。助かった、ありがとう」
水鏡さんと詩紋君からお礼を言われ、私は彼を守る事が出来たんだと改めて実感する。
「いえ、出すぎた真似をしました。けれど詩紋君が無事で良かったです」
「私の大事な息子が無事なのも、あなた方のお陰です。感謝してもしきれません」
「そんな、こちらこそ……」
何度も感謝を伝えられて照れてしまう。私は詩紋君と水鏡さんにお辞儀をし、出入り口へ向かってうまのすけさんと歩き出した。
「……待ってくれ!」
すると、詩紋君に引きとめられて私は振り返る。詩紋君は気恥ずかしそうに頬を染めていた。
「俺が大きくなっても、アンタの傷が残って嫁の貰い手がなかったら……俺がアンタを貰ってやる!」
「はあ!!?」
「詩紋君……!」
って、なんで私よりうまのすけさんが驚いているんですか。
詩紋君は顔を真っ赤にして頬をぽりぽりとかいている。私はその好意をありがたく受け取って、詩紋君に手を振った。
「ありがとう、詩紋君」
「ああ、またな!」
そして詩紋君と水鏡さんとお別れをした。でもきっと、またいつか詩紋君とは会える。……そんな気がした。
会えなくても、彼が元気で居てくれれば十分だ。立派な俳優に成長するであろう詩紋君を、これからも応援し続けよう。
「あれ、うまのすけさん。なんか機嫌悪いですね」
「くだらねえ口約束しやがって、呆れてんだよ!」
「はいはい……」
「ケッ!」
私とうまのすけさんは小突き合いながら夕焼けで赤く染まった道を歩き出す。
うまのすけさん。
私はとても感謝をしているんです。
あなたのおかげで、私のトラウマは少しだけ小さくなった気がするんです。
だから、うまのすけさん。
これからも、私の隣でサポートをお願いしますね!
「おい何ニヤニヤしてんだよ」
「いえ、何でもないです」
「何だよ、気持ちが悪いな」
「えへへ」
私の顔が赤く染まっているのは夕焼けのせいだけではないというのを、私だけが知っていた。
(20120126)
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Smotherd mate