Turn.20
そして私はあなたと
詩紋君のストーカー事件の翌日、私は早めに出社して席に着く。次に出社してきたのは外城さん。私は立ち上がって元気よく挨拶をした。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう苗字」
「外城さん、この度は本当にありがとうございました。おかげで犯人を捕まえる事が出来ました」
私は深々と頭を下げる。外城さんは、私は会社に必要な人材だと言った。その上で自分勝手な行動を起こしたのだ、どんなお叱りだって……。
「いや、よくやったな。お手柄だぞ、苗字」
「外城さん……!」
怒られると思っていたが、外城さんは意外な言葉を掛けてくれた。更に外城さんは私の事を、誇りに思う、とさえ言ってくれた。嬉しくて堪らなくて、少しだけ目の前が滲む。
「これからも頼むぞ」
「はい、ありがとうございます!」
うまのすけさんに自分の過去を明かした時から感情が豊かになった気がする。自然と笑顔になったり、涙が零れたり。昔はそれが嫌だったけど、今はそんな些細な事にも喜びを感じる。
そんな私に向かって、外城さんはゆっくりと手を伸ばして頭に手を置いた。
その時、オフィスのドアが開いた。
「おはようござ……あ」
同僚が私と外城さんを見て固まる。
「おい何ドアの前で止まってんだよ、早く入れ! って、……え?」
「苗字さんにリーダー、何してんですか?」
「おはようございまー……あらやだ!」
続々と仲間が出社してきては私と外城さんを見て固まり、オフィスに入ろうとしない。
なんか誤解されているような気がする。外城さんは慌ててみんなに弁明する。
「いいかお前ら、勘違いするんじゃないぞ!」
「外城さん、まずは私の頭から手を離さないと」
「あ……ああ、そうだったな、悪い」
パッと手を離すも、すでにうまのすけさんも出社してその光景を目に焼き付けていた。
うまのすけさんの表情は無。対する私は何故か罪悪感が芽生えて胸がチクリと痛んだ。
「いいからお前ら、さっさとデスクにつけ! 10秒以内に座っていなければ全員スクワット300回!」
「げっ、それだけは勘弁!」
「うわあああああ! 急げ!」
「おい、どけよ! そこは俺の席だ!」
外城さんの声に皆が急いでそれぞれのデスクへ向かって走り出す。しかしうまのすけさんはオフィスに入らず、どこかへ行ってしまった。
私は騒がしいオフィスを足早に抜けて、すぐにうまのすけさんを追いかけた。
「やっぱりここでしたね」
「チッ……」
私がうまのすけさんを見つけたのは会社の屋上。
塔屋に掛かっている梯子を上り、寝転がっているうまのすけさんを上から覗き込む。
「何か怒ってます?」
「怒ってねえよ」
「とか言っちゃって。でも本当は怒ってます?」
「怒ってねえって」
「眉間に皺寄ってますよ?」
「うるっせえなぁ!」
うまのすけさんの怒号にびっくりして、私は口をつぐんだ。自分の声が思ったよりも大きかった事に驚いたのか、うまのすけさんは一瞬ハッとし、だがすぐに気まずそうに顔を逸らした。
「……戻れよ。仕事の時間だろうが」
「うまのすけさんこそ」
「俺は良いんだよ、ナンバー2だからな」
うまのすけさんは至って頑固で譲らない。けれど私も「はいそうですか」と立ち去るわけにいかない。
うまのすけさんの隣に座り、寝転がっているうまのすけさんの頭に手を伸ばして撫でた。
「な……!?」
うまのすけさんは私の突然の行動に驚いて目を白黒させた。
……うまのすけさんの髪の毛って意外にサラサラしてる。刈っている部分はちょっとチクチクしてるけど、揃えられているから気持ちいい。
「な、何してんだよ!」
いよいよ我慢できなくなったのか、うまのすけさんは起き上がって私を睨みつけた。私は撫でていた手をゆっくりと自分の方へ戻す。
「いい子いい子ーってやつです」
「だ、だから何で、んなことすんだよって」
先程の噛み付かんばかりの勢いが少し収まった様に見える。うまのすけさんはドギマギしていて、今の感情をどう表現すればいいのかわからないみたい。
「初めて触りました。サラサラですね」
「へっ、これでも手入れはしてんだよ」
うまのすけさんは自分の金髪の部分を撫でるようにして自慢する。私も髪のお手入れはちゃんとしなきゃ……なんて思っていると再びうまのすけさんは寝転んだ。
「ありがとうございます、うまのすけさん」
「……名前をちゃんと呼べりゃあ、もっと気持ち良く礼を受け取れたんだがな」
「え? うまのすけさんじゃないんですか?」
「馬乃介だって言ってんだろうが! いや、もういいや……好きにしろ」
「はい!」
そよそよと吹く風が気持ちいい。今の時期は陽光も温かくてぽかぽかする。何より、一緒に居る相手がうまのすけさんだというのも、この穏やかな時間の大切な一部だ。
「うまのすけさんのおかげで、少し心が楽になりました。今度お礼させて下さいね」
「勝手にしろ」
「はい。……それとさっきの外城さんとの件なんですけど」
うまのすけさんの顔がまた少し険しくなったのを私は見逃さなかった。
「私が詩紋君の件で、勝手な事をしたから外城さんに謝ったんです。でも外城さんは叱るどころか私を褒めてくれたんです」
「ふん……」
「本当にそれだけで、深い意味はないんですよ」
「そうかい……」
誤解を解けたかはわからないけど、嘘は言っていない。けれどうまのすけさんは、やっぱりどこかご機嫌ナナメだった。
「お前ら、覚悟はいいか?」
「……んが?」
「……はえ?」
目を開けると、そこには背後に般若を背負った外城さんが居た。上から私とうまのすけさんを覗きこんでいる。
私は体を起こして隣にうまのすけさんが居る事を確認。自分の頭をフル回転させ、現状を把握した。
しまった、完全に寝ていた。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこの事か。
「あ、はは……その、外城さん……」
「リーダー、違うんです。コイツが勝手に俺を誘惑してきて……俺は寝たくなかったッス」
「そんな事してません!」
平気で嘘を吐くうまのすけさんに、私は間髪いれずに突っ込む。しかし外城さんは私達の話の聞く耳を持たない。
「言い訳無用。貴様らは特別にスクワット500回にしてやろう」
「「ぎゃああああああ!!」」
かくして、私とうまのすけさんの悲鳴は綺麗にハモって屋上に響いたのだった。
翌日の私とうまのすけさんはものすごい筋肉痛で、歩くのもままならなくなったのは言うまでもない。
それでも私は、うまのすけさんと一緒だったから苦しさよりも楽しい気持ちの方が大きかった。
私はこの会社でうまのすけさんとずっと一緒に仕事が出来たらいいな、と思い始めていた。
(20120126)
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Smotherd mate