Turn.2
ダブル紅葉
朝の小さな騒ぎは社長の一言で静まり、ミーティングルームでの朝礼は無事に終わった。
警護課のオフィスにて自分の席を案内されるが、私は最悪な気分でいっぱいだった。今は椅子に真っ白に燃え尽きた状態で座っている。
更に私を地獄へ突き落としたのは、私の裸を見た男──うまのすけさん(とか言ったっけ?)が私の隣の席だった事だ。お互い顔を反対方向に向けたままの気まずい空気の中、角刈りとサングラスがよく似合っているダンディな男性がやってきて数枚の書類を差し出した。どうやら入社時に必要な契約書や同意書などのようだ。
「俺の名は外城だ。警護課のリーダーをしている。よろしく頼む」
「はい、外城さん! よろしくお願いします!」
「苗字、今日はお前に仕事のスケジュールを簡単に教える」
なるほど、この方がリーダーか。どうりで同僚の中でも一際貫禄がある。
そして信じられない事に、私の隣の席の人(うまのすけさん)がサブリーダーだという。本当に信じられない。
「俺達は毎日外での仕事が入るわけではなく社内の仕事も沢山ある。時には見回りや報告書を書いたりする。後は訓練だな」
「はい、わかりました」
「これから身体検査と体力測定がある。控え室へ案内しよう」
「お願いします」
椅子から立ち上がってオフィスを軽く見回すと、うまのすけさんと目が合った。お互いに『うっ』という苦い表情になる。
「今度は覗かないでくださいよ」
「チッ、誰が覗くか貧乳」
本日二度目の清々しい破裂音が社内に響いた。
***
「内藤とは知り合いなのか?」
「知り合いなんかじゃありません! あの人は──……!」
控室に向かう廊下で外城さんに話を振られたが、言葉の続きが出てこなかった。誰にも言えるわけがないし、今朝の事はあまり思い出したくない。せっかく決まった勤め先で初日からとんでもない噂が広まったら、もう私は生きていけない。
私のなんとも言えない様子を見て察したのか、外城さんはそれ以上深入りしてこなかった。
「まあいい。同じ会社で働く仲間なんだ、仲良くするように」
「はあ……」
「俺達はチームだ。一人でも場にそぐわないのが居ると全員の輪が乱れてしまう。頼むぞ」
「はい……」
すでに私の心は乱れまくっているのだが、渋々と了解した。でも確かに外城さんの言う通りだ。個人的な感情で仕事に支障が出ることは避けたい。
控え室に到着し、外城さんにジャージを渡される。女性サイズがなかったので男性サイズの小さいものだった。
「まずはこれに着替えてくれ。俺はドアの外に居るから終わったら声を掛けるように」
「わかりました」
「あと一応鍵をかけておけ」
外城さんが部屋から出た後、私はドアを閉めてしっかりと鍵を掛けた。流石リーダー、うまのすけさんと違って紳士だ。
窓のカーテンを閉めてスーツを脱ぎ始める。下着の上に渡されたジャージを着て、脱いだものはしっかり畳んでロッカーにしまう。
準備を終えてドアを開け、外城さんに声を掛けた。
「終わりました」
「よし、行くぞ」
身体検査は身長・体重・血液……その他諸々あったがすぐに終わった。
直後に簡単な体力測定も行うと、外城さんに「しっかり体を作っているな」と褒められた。毎日欠かさず運動をしてきて良かった。おかげでブランクがあったけど、すぐに仕事に復帰出来た。
体力測定を終えると、私は再びスーツに着替えて外城さんと共に警護課のオフィスに戻った。……しかし部屋が何だかムワッとして、微妙に暑い。息切れしている人まで居るし、一体何が……。
「今日は一日の流れを把握してくれればいい。午前の残り時間はこの書類を読んでいてくれ。午後は訓練があるから体力を温存しておくように」
「わかりました」
早速、午後から訓練があるのか。一体どんな風に行うのだろう。楽しみだ。
***
──遡る事、一時間前
あの暴力女は外城と身体検査に行ったようだ。
クソッ! 俺に二度もビンタしやがって! 両頬がじんじんと痛んで仕方ねえ。
外城と苗字が居なくなった事を確認すると、周りの奴らが寄ってきた。
「サブリーダー! 新人と何があったんすか!?」
「教えてくださいよサブリーダー!」
「サブリーダーってば!」
サブサブうるせえなこいつらは!
人が気にしている事を!
「別に何もねえよ」
顔を逸らして目を瞑るとすぐにあいつの体が頭に浮かんだ。
濡れた四肢、引き締まった二の腕、タオルから少しはみ出た二つの柔らかな……
「サブリーダー鼻血が!」
「うるせえ!」
デスクに置いてあるティッシュで鼻を拭くと、当てた部分が少しずつ赤黒く染まっていった。
「サブリーダー、スケベだな」
「男の子だかんな」
「う・る・せ・え!!」
もう一枚ティッシュを取って血で赤くなった方を丸く包み、デスク横のゴミ箱へ捨てた。
「なあ、どうせならちょっと見に行かないか?」
「何をだ?」
「身体検査だよ!」
「やべえな! 滾る!」
俺を置いてバカみてえに騒ぐ部下共。こいつらは思春期の中学生か。別にアイツのことはどうでもいいが、サブリーダーとしてここは止めておかねえと。
「やめとけ。バレたら俺みたいに紅葉が咲くぞ」
「まだ紅葉狩りには早いですよサブリーダー」
「バレないように、ササーッと!」
こいつら、あの女のビンタの威力をわかってねえな。あれは女のビンタじゃねえ。もはや一流力士の全力をもってして生み出された最強の張り手だ。顔が変形していなくて良かった、生きていて良かったと思える程だ。
「俺はパスぅぐぐぐ」
「じゃ、行きましょう!」
「確か控え室に向かいましたよね!」
構わずに俺の首根っこを掴んでズルズルと引っ張っていく部下共。
こいつら本当に俺のことをサブリーダーだと思ってんのかよ!
*
「すげぇ……」
そこで俺達が見たものは、ちょうど体力測定を行っている苗字の姿だった。動きが素早く、何より正確だ。海外で学んだボディガードの技術はきっと本物なのだろう。
「残念、着替え終わってましたね」
「本当だな」
隣で覗いている部下はがっかりして溜息を吐いていた。「駄目だこいつら」と思いながら、俺は再び苗字の方へ視線を戻す。
どうやら体力測定も終わったようで、出入り口であるこちらに向かってきた。……こっちに?
「やばい、早く逃げるぞ!」
「おー!」
足音を立てないように俺達はそそくさと逃げ出す。急いでオフィスに戻ると、その数分後に苗字と外城も来た。
苗字は皆の呼吸が少し乱れている事に疑問な顔をしていたが、どうやらバレずに済んだようだ。
(なんて勘の鋭い女だ)
安堵の溜息を吐きつつ、もしバレたら次はどこに紅葉が咲くのかと考えた。
(20120116)
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Smotherd mate