Turn.3
トーナメント 前編
午後は訓練という事で、私は女性用更衣室で再びジャージに着替えた。訓練場へ向かうと既に皆は並んで待っていた。緊張しながら走り寄る。
最初に準備運動をして二人一組でストレッチをし、続いて外城さんの警護術の話が始まり、いよいよ訓練開始となった。
今日は私の実力がどれほどなのかという目的も含めてトーナメント式になった。楽しそうだなぁ、と密かに心躍る自分が居た。
初戦は図体のでかいスキンヘッドの男性。外城さんの合図とともに試合が始まった。
「よろしくお願いします!」
「オス! 容赦はしねえぞ!」
速攻で掴みかかろうとする相手をするりとかわし、相手の力を利用して足を掛けながら腕を掴んでそのまま宙へ投げた。
ドスンと大きな音を立ててマットに寝そべる対戦相手。きょとん顔で何が起こったのかわからないようだ。周りも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「し……勝者、苗字!」
外城さんの言葉に一拍置いて、周りからワーッと歓声があがる。
「何だー!?」
「スゲェー!」
「怖ぇーッ!」
様々な声が上がる中、一人面白く無さそうな顔をしている人がいた。うまのすけさんだ。
次の試合が始まるので、邪魔にならないよう部屋の隅に座り込む。すると、うまのすけさんが隣にやってきた。
「へっ、やるじゃねえか。お前と決勝で当たるのが楽しみだ」
「うまのすけさんと当たるのは準決勝ですけどね」
「"まのすけ"だ! 次は俺だ、見てろよ」
「はーい」
私のやる気ない返事に舌打ちするうまのすけさん……ではなく、"まのすけ"さんか。うまのすけさん、でも良いと思う。むしろそっちの方がしっくり来る。でも怒られるからなぁ……サブリーダーとでも呼ぶか。
「サブリーダー……サラブレッド……馬……やっぱり、うまのすけさんか」
思考を巡らせながら独り言を呟いていると一つの答えに行きつき、頭上に電球マークを浮かべ、右手で左の手のひらをポンと叩いた。
「テメッ! サブリーダーの次から既に流れがおかしいだろうが!!」
「聞こえてましたか?」
「こんだけ近けりゃなぁ!」
「内藤、早くしろ」
外城さんの声でうまのすけさんは自分の番だということを思い出し、慌てて走って行った。
うまのすけさんの顔、まだうっすらと手のひらの形が残ってたなぁ。そんなに強く叩いたっけ。まあ、全部うまのすけさんが悪いということで。
「なあ、苗字さん」
「はい何でしょう?」
一人どうでもいいことを考えていると、隣にいた同僚たちに声を掛けられた。
「すげえな苗字さん。海外で鍛えただけあるな」
「ありがとうございます」
「やっぱ外国だと本格的なんだろうな」
「向こうは体の鍛え方が違いますので、男女関係なく凄いですよ!」
私が海外での訓練や仕事を大雑把に説明していると、同僚たちから感嘆の溜息が洩れる。
会話も少しずつ弾んでいた時、ふと影が落ちてきた。見上げるとそこには息を切らしたうまのすけさんが居た。
「お疲れ様です」
「お前……見てねえだろ……!」
「すごかったです。寝技とか」
「寝技なんか使ってねえよアホ! 完全に棒読みじゃねえか!」
私とうまのすけさんの掛け合いを見て、隣に座っていた同僚たちが声を上げて笑った。それに気付いたうまのすけさんは彼らに鋭い眼光を向ける。
「オラ、次はお前らの番だろ」
「うっす!」
「おっす!」
二人が行った後、うまのすけさんは私の隣に腰を下ろした。他にも空いている場所はあるのに、何だか気まずい。何を話せば良いのだろう。
「……」
「……」
沈黙が続く中、静寂を最初に破ったのはうまのすけさんだった。
「今朝は悪かったな」
「え?」
意外にも、彼は素直に謝罪をしてきた。
顔を見ると至って真剣だったので、決して茶化しているつもりはないのだろう。
「見ての通りこの警護課は男だけだ。まさかシャワーを使ってるのが女とは思わなくてな」
「えっ、なのにドアを開けたって事は、まさかうまのすけさんソッチの気が?」
「んなワケあるかドアホ! 誰が居んのか確認しようとしただけだ!」
ただの冗談なのに、額に青筋立てて物凄い勢いで怒鳴られた。
「まさかビンタ一発で意識を飛ばされるとは思わなかったけどな」
「てへへ」
頭を掻きながら照れる私に対して「褒めてねえ」と冷たい一言を放つうまのすけさん。それにしてもちゃんと謝ってくれるなんて、この人は意外と良い人なのかもしれない。少しだけ、彼に対する印象を改めてみようかと思う。
「しかしお前、良い体してる割には足りねえ部分が……」
「…………」
前言撤回。
私の沈黙にうまのすけさんはハッとして身構える。しかし私は前を見据えて独り言のように呟いた。
「……準決勝が今から楽しみです」
その言葉にうまのすけさんが凍りついたのは言うまでもない。
(20120116)
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Smotherd mate