Turn.22
トノサマン観賞会
「おはようございます、うまのすけさん」
「おう」
出社してきたうまのすけさんが席に掛けたのを見計らって挨拶をする。せっせと書類をまとめているとうまのすけさんが話し掛けてきた。
「トノサマン結構面白かったぜ」
「でしょう!?」
うまのすけさんの言葉に椅子を90度回転させ、隣の席に体を向ける。トノサマンの感想を期待するように、爛々と目を輝かせながら次の言葉を待った。
「食いつきイイなオイ!」
そんな私のリアクションにうまのすけさんはすかさずツッコミを入れたけど、すでに気持ちが熱くなった私は気にせず彼の手を握って語りだした。
「特にあのトノサマン・スピアーの必殺技、回転どしゃぶり突き、かっこよすぎですよね! あ、もちろんアクダイカーンも私は好きですが、やっぱり正義は必ず勝つんですよ!」
「落ち着け苗字! とりあえず手を離せ!」
「ハッ……!」
うまのすけさんの手を離して周りを見渡すと、皆が私達に注目していた。いけない、好きな物の話になるとつい我を忘れてしまう。その上、自分でも気付かぬ内に椅子から立ち上がっていたようだ。
私は静かに椅子に腰を降ろして、咳払いを一つ。自分のデスクに向き直りつつ口を開いた。
「……それでですね、トノサマンは――」
「まだ話すのかお前……」
「あ、そうだ! DVD観ますか?」
「……観てえのは山々だが、俺ん家には再生機がねえからなー」
うーん……私の家に呼ぶしかないか。うまのすけさんなら何度も来たことあるし、信用出来る人だから別に良いか。何よりトノサマンをもっと知って欲しいし。
「じゃあ私の家で観ますか」
「お、良いのか? 悪いな」
「では今夜19時にどうですか?」
「構わん」
***
「……19時前、だな」
俺は苗字の住むマンションの前に立ち、腕時計を確認した。まさかここまでトントン拍子に事が運ぶとはな。
べ、別に何もやましい気持ちなんざねえ。これもアイツの好きなトノサマンについてよく知る良い機会だ。それに苗字と一緒なら、より楽しめるんじゃないかと思っただけだ。
何となく逸る鼓動を抑えながらマンションのエントランスに入り、テンキーで苗字の部屋のチャイムを鳴らす。
「うまのすけさんですか?」機械を通した苗字の声が聞こえ、それに答えてロックを解除してもらう。部屋の前まで来てチャイムを鳴らすと苗字が出迎えてくれた。
「こんばんは、うまのすけさん。いらっしゃい」
「おう。これ、ケーキ買ってきたから食おうぜ」
「わあ、ありがとうございます!」
俺はその辺の店で買ってきたケーキの紙袋を苗字に渡すと満面の笑みを浮かべた。たったこれだけて喜ぶなんて可愛い所もあるじゃねえか。こんなもん、いくらでも買ってやるよ。
玄関で靴を脱いで部屋へ上がり、リビングへ案内されると……
「あ、馬乃介だー」
「なっ……草太!?」
そこには俺のよく見慣れた顔の先客が居た。
「なんでお前がここに!?」
「暇だったから名前ちゃんに電話したんだ。そしたら馬乃介とトノサマンのDVD鑑賞会するっていうから、僕も観たいなと思って」
「ふーん……」
苗字と二人きりだと思っていたから、俺は少しだけテンションが下がってしまった。いや、だが三人でも楽しいに違いない。気を取り直して草太の隣に腰を下ろす。
「飲み物をお持ちしました」
苗字がトレーに紅茶とコーヒー、それと俺が買ってきたケーキを乗せて持ってきた。テーブルに置いてそれぞれの前に並べる。俺と草太のカップにはコーヒーが入っていた。
苗字は以前コーヒーが飲めないと言っていたが、何で家にあるんだ。まさかどこぞの男相手に普段から……そんな事を頭の中で考えていると苗字が言った。
「うまのすけさんの為にわざわざコーヒーを用意したんですよ。ちゃんと飲んでくださいね」
「悪いな」
嬉しい感情を顔に出さないよう、必死に堪える。何だよコイツ……さっきから可愛いとこありすぎじゃねえか……?
「ケーキはうまのすけさんが買ってきてくれたものですよ〜」
「へえ、気が利くね馬乃介」
「まあな」
気が利くのは苗字もだ、と思ったが口には出さない。んなこっ恥ずかしい事、わざわざ本人を目の前にして言えるか。
「ところで、名前ちゃんはどうして馬乃介を"うまのすけ"って呼ぶの?」
「んー……馬っぽいから?」
「ブフォオオ!」
「小首傾げるな苗字! お前も吹くな草太!」
苗字の答えに俺は顔を赤くした。くそ、こいつ絶対いつか泣かす!
「じゃあ観ましょう」
苗字のその言葉にすぐに反応して声を掛ける。
「ここ座れよ」
「あ、はい」
右から草太、俺、苗字と座るように誘導する。しかし草太がそれを止めた。
「馬乃介の隣じゃ危ないから、こっちにおいでよ名前ちゃん」
「えっ、どうしよう……」
草太め、余計なことしやがって。苗字が困ってるじゃねえか。
「いいから、苗字」
「馬乃介は黙ってて」
「わかりました、こうします!」
そう言うと苗字は俺と草太の間に座った。苗字にしては大胆な行動だと思う。
俺は少しだけ驚いて、苗字の顔を確認しようとしたが髪の毛で隠れてよく見えない。しかし微かに頬が赤くなっていたのはわかった。
年上の言い合いを止めるなんてそう出来る事ではない。苗字にとっては勇気の要る行動だったのだろうと思い、何も言えなくなってしまった。草太は苗字が隣だったら何でも良いのか、機嫌が良さそうだった。
「はあー……! やっぱりトノサマン最高!」
「そうだな」
「なかなか面白かったよ」
トノサマンのDVDを観終わり、きゃっきゃと笑う苗字と草太。馴染んでるなーコイツも。
「お腹空きませんか?」
「確かにちょっとお腹減ったね〜」
「どっか食いにでも行くか?」
正直言うとまた苗字の飯が食いたかったが、今から作るのは大変だろう。
「僕、名前ちゃんのご飯が食べたいなー!」
「えっ……!?」
ってオイこら草太! お前なに勝手な事を言い出してんだありがとうございます!
「うーん……じゃあ残り物で簡単に作りますね」
「おう」
よし! 良く言った草太! いや草太様!
俺は無表情のまま答えながらも、心の中でガッツポーズをした。
「馬乃介はさ、名前ちゃんが好きなの?」
「バッ……! 何言ってんだよ草太! んなわけねえだろ!」
苗字がキッチンで料理を始めた頃を見計らい、草太は俺に小さい声で聞いていた。俺の返事を聞くと草太はにっこりと笑った。
「本当? じゃあ僕が名前ちゃんに……」
「駄目だ」
「え?」
「あっ、いや……」
咄嗟に出た自分の言葉に、草太だけじゃなく自らも驚いてしまった。矛盾じみた自分の言葉に苦虫を噛み潰す思いになる。
「……アイツはやめとけ。ずっと日本に居るとは限らねえからな」
「それでもいいよ」
「よくねえだろ」
いい加減な事を言いやがって。ああくそ、なんか知らんがイライラする。
「出来ました! 名前さん特製チャーハンですよー!」
不穏な空気をぶち破るように、ガラリとドアを開けて皿に山盛りのチャーハンを乗せた苗字がやってきた。お前、どんだけ作ってんだよ! ていうか今の話聞かれてないよな?
苗字は俺達の心配をよそにチャーハンを取り分けていく。
「名前ちゃんはどんな男がタイプなの?」
「ななっ、何ですか突然!」
「なんとなくね」
いきなりこいつは何を聞いてるんだ!……そう思いつつ俺も内心気になっていたので、止めるつもりはない。だが、何故だろうか。ドキドキというかハラハラというか、よくわからない感情が俺の中に渦巻いている。
「そうですね……強くて頼れて紳士的で、私を引っ張っていってくれるような……」
「へえー」
「ほう……」
「外城さんみたいな方ですかね!」
まさかの回答に俺はずっこけた。
よりによって外城かよ! 変に心配して損したじゃねえか!
「トジロ?」
「ええ、うちの会社のリーダーなんですが、とても厳しくお優しい方です」
「へえー……そうなの馬乃介?」
「俺に振るな」
ああもうなんだかアホらしい。さっきまでの不安はどこかに吹っ飛んじまった。
「ま、外城はお前みてえな小娘は相手にしねえだろうけどな」
「嫌ですね、例えですよ。何怒ってるんですか」
「怒ってねえよ」
「怒ってるじゃないですか」
「怒ってるよ馬乃介」
苗字と草太が二人して俺を責めてきやがる。くそ、こういう時ばっかり息を合わせやがって。
「いいから飯くれよ」
「はいはい、どうぞ」
こうして、楽しい時間は過ぎて行った。苗字のチャーハンはすごく美味かったし、コーヒーもまた飲みたいと思った。
だが俺の心には少しだけ、わだかまりが残ってしまった。
(20120130)
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Smotherd mate