Turn.23
外城VS内藤
本日も訓練が始まり、私はいろんな人と組み手を始めた。体格の良い男性を投げ飛ばすのも大分慣れてきて、もう私に投げ飛ばされていない同僚は居ないのではないだろうか。
「……ん?」
ふとうまのすけさんを見ると、外城さんとペアを組んでいた。珍しい事もあるものだ。私は訓練をしながら横目でチラチラと見ていた。
「リーダーさんよぉ、いっちょやってやるぜ」
「どういう心境の変化かは知らんが、お前が自ら俺の元へ来るとはな。相手になってやる、来い」
「うおおおおー!」
うまのすけさんが外城さんへ向かって走り出す。しかし外城さんは見事な構えで、隙だらけのうまのすけさんに反撃をする。
あ、やられてる。
あ、また投げられてる。
うまのすけさんは相変わらず腕っ節が……というより、外城さんが強すぎるのだろう。私も敵わなかったし、この会社で外城さんを倒せる相手が存在するのかもわからない。
……あ、すごい。ジャイアント・スイングだ。
それからも訓練の時間になると、うまのすけさんは毎日のように外城さんに挑んでいた。外城さんに及んではいないのだが、うまのすけさんは着々と力を付け、対等に戦えるようになっていった。
そしてある日、訓練の時間でもないのにうまのすけさんが外城さんに言った。
「リーダー、ちょっと良いか」
「どうした内藤」
「仕事が終わったら俺と手合わせしてくれ」
うまのすけさんの果たし状は社内のみんなの耳に入っていたと思う。無謀にも聞こえる挑戦が心配で、私はひっそりと耳を傾けた。
確かにうまのすけさんは最近強くなった気がする。でも果たして外城さんに敵うのかといえば答えはノー……だと思う。
「苗字、お前も来いよ」
「え……はい」
外城さんとの会話が終わったうまのすけさんに、まさかの言葉を掛けられた。しかし本当にうまのすけさんは突拍子もない事をするなあ……。
仕事が終わり、19時頃。
訓練所では、2人の男が向かい合っていた。
室内の空気は冷え切り、そこにいる者全てが息を飲み込む。
呼吸の音すら響かせない程の張り詰めた空気が漂う空間。
そこには、2人の男が向かい合っていた。
……なんて、凄い重々しく言ってしまった。けど、それくらいうまのすけさんの顔は真剣で、とても茶化す雰囲気ではなかった。
「リーダー、俺はアンタを倒す!」
「フッ、今まで俺に手合わせを挑んできたのはこういう事か。良いだろう、お前の壁になってやる。いつまでも乗り越える事の出来ない、な」
不適に笑う外城さんが心なしか楽しそうに見えた。
「始め!」
合図によりうまのすけさんは外城さんへ特攻。相変わらず特攻が好きだな、この人。外城さんが真っ直ぐに向かって来るうまのすけさんを捕らえようとしたが、うまのすけさんはその手を避けた。
「おお!」
それだけで私は何故か驚きの声をあげてしまった。しかし、周りもびっくりしているようだ。
「っおらあ!」
右ストレートで外城さんに殴りつけるが外城さんは左手で上手く受け流し、右で殴り返す。うまのすけさんはそれを仰け反ってかわす。すかさず外城さんがうまのすけさんに足払いをかけると、うまのすけさんは体勢を崩した。
「っと、危ねえ!」
背中から倒れそうになったところ、しっかりと受身を取ってそのまま足を後ろへ流して後転した。うまのすけさんの居た場所には外城さんの左腕がマットにめり込んでいた。うまのすけさんは体勢を持ち直して外城さんに言う。
「流石リーダー、一筋縄じゃいかないっすね」
「む……お前もなかなか腕を上げたようだな」
口元に笑みを浮かべて余裕を見せるうまのすけさんと、内心の驚きを隠せない外城さんが睨み合う。
正直なところ、うまのすけさんがここまで腕を上げていたとは思わなかったから、とにかく私は驚いている。以前は簡単に足払いされたり、パンチすらまともに届かなかったというのに。
もしかしたらこれは、もしかするのでは……。周りも真剣に2人の戦いを見ていた。
「アンタには最高の一発をお見舞いしてやる!」
「来い! 俺も手加減はしない!」
うまのすけさんは右腕を構えたまま外城さんへと向かった。外城さんもうまのすけさんを見据えたまま右腕を構えた。
「あっ……!」
ドゴ、という鈍い音が重なって響き、私はつい声を上げてしまった。
うまのすけさんと外城さんのパンチは見事にお互いの顔にクリティカルヒット。緊迫した空気の中、2人はお互いそのまま立っていたが……。
最初に崩れ落ちたのはうまのすけさんだった。ドサッと重い音を立ててマットに倒れ込んだ。
「良い戦いだったぞ、内藤」
「へっ……」
外城さんは立て膝でうまのすけさんに手を差し伸べた。うまのすけさんは口内を切ったのか、口端に血が少し付いていたが、気にせず外城さんの手を取って立ち上がる。
「お前のパンチは威力が足りない。もっと力をつけろ。フットワークの軽さは十分だ」
「……はいよ」
こうして、男達の戦いは幕を閉じた。
「イテテテ……もっと優しくやってくれよ」
「じっとしててくださいよ」
今、私は控え室でうまのすけさんの傷の手当をしている。救急箱を取り出し、傷に消毒液をぶっかけてはティッシュで拭いて、口元の血も丁寧に拭う。
「慣れない受身なんかするから……」
「うっせ」
外城さんも手当てをしようとしたが断られた。どうやら怪我らしい怪我はしていないらしい。うまのすけさんの方が重症だろうからしっかり診てやれと言われたのだ。
「でも、どうして急に外城さんに勝負を挑んだんですか?」
「別に何でもねえよ」
「何でもないというのは何でもある時に使う言葉です」
私はうまのすけさんの瞳を見つめて再び問う。
「何でですか?」
「…………だ」
「え?」
「……強くなりたかったからだ!」
うまのすけさんが顔を真っ赤にして必要以上に大きな声で叫んだ。強くなりたいという気持ちを恥じる事なんてないのに、複雑な人だ。
「どうして急に……」
「……お前が、外城みてえな強い奴が……とか、言うからだ」
「……私が?」
確かに、言った。
外城さんのような強くて頼れる人なら、誰でも憧れると思う。そう、憧れだ。異性のタイプというよりは、"目標"という意味合いが近い。
「あの、あくまで外城さんは例えであって。何というかその……」
「うるせえな! 良いからさっさと手当て終わらせろ!」
「わ、わかりましたよ……」
フォローを入れようとしたら怒られた。やっぱり外城さんに負けたのが悔しかったのかな。
「でもうまのすけさん、凄かったです」
「……あ?」
「あんなに強くなってるとは思いませんでした。格好良かったです」
「ばばば、ばかやろう! も、もう良いって言ってんだろ!」
うまのすけさんは私に背中を向けて、会話を無理矢理終わらせようとした。控え室のドアに手を掛けて去ろうとするその背に、私は言葉を放つ。
「冗談ではなく、本当にそう思っています。これからも頑張ってください。私、応援してます」
「……おう」
短く返事をして、うまのすけさんは控え室を出て行った。
うまのすけさんは無鉄砲だし、どこか子供っぽくて単純な所があって心配になる。
男はみんな子供だとはよく言うが、うまのすけさんもやっぱりそうなのだろうか。
けれど彼は、私が今まで見てきた人の中で誰よりも真っ直ぐだ。だからこそ、その真っ直ぐさが折れないように彼を支えたい――と思うのは、今まで面倒を見てもらった感謝ゆえの気持ち、だけ、なのだろうか。
(20120131)
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Smotherd mate