Turn.24
素直になれない
今回の依頼人は、ストーカーの被害に遭っている女性。小さな子どもやか弱い女性が狙われて、ボディガードに相談するのも少なくない。
そして相変わらず、私とうまのすけさんのコンビで依頼人の家へ行くのであった。
「今度はストーカー被害ですって。女性だからって浮かれないでくださいよ?」
「誰が浮かれるか!」
依頼人の自宅前でうまのすけさんに冗談を言ったらと本気で怒られた。これ以上はやめておこう。
うまのすけさんがチャイムを鳴らすと中から女性の返事がして、ドアが控えめに開いた。
「お待たせしました」
彼女の名前は河合青子さん。
ゆるいウェーブのかかったロングヘアーに、どことなく頼りなさを感じる女性。男性が見れば、守ってあげたいと思わせるような、そんな印象を感じた。
部屋に招かれ、河合さんから話を伺うと、どうやら仕事帰りに何者かに尾けられているようだった。なので私達は彼女の帰宅中の警護をする事となった。
了承をすると河合さんの顔はパッと明るくなり、うまのすけさんの手を握った。
「ありがとうございます!」
「うおっ、……はい」
その予想外の行動にうまのすけさんは少し戸惑いつつ、返事をした。依頼開始は来週の月曜からで、夜は駅へ迎えに行く事になった。
河合さんの家から会社へ戻る途中、うまのすけさんが口を開いた。
「用心した方がいいな」
「河合さんの可愛さにですか?」
「違えよ! ストーカーにだ!」
「ふうん」
「何だよ、妬いてるのか?」
からかうように河合さんに握られた手をひらひらと見せつけてくる。見ないようにしても、視界の端に手がチラついて少し苛立つ。
「うまのすけさんはやはり女性に騙されやすいタイプですね」
「どういう意味だよ!」
「そのままの通りです」
「チッ、可愛げのねえ女だぜ」
可愛くなくて結構。仕事にそんなもの必要ない。うまのすけさんがどんな女性と仲良くしようと、触れ合おうと、私には知ったことではない。
何だか心が落ち着かないけど、月曜の夜から仕事が始まるのだから、それまでにちゃんと気持ちを落ち着かせておかなければ。
***
「お疲れ様です、河合さん」
「ありがとうございま〜す」
警護時間になり、私とうまのすけさんは駅前で河合さんを迎えた。河合さんは私達を発見してすぐに駆け寄り、うまのすけさんの腕に抱き付いた。
「うおっ!?」
「えへへ……帰りましょう〜」
私とうまのすけさんは河合さんからの思わぬ接触に驚いた。ボディガードにベタベタする依頼人なんて初めてで、思わず固まってしまった。
「すみま……」
「申し訳ありませんが河合さん、俺達はボディガードです。貴女を守る存在であり、それ以上でも以下でもない。こういった行為はお控え下さい」
「そっかぁ……ごめんなさい」
私の言葉を遮って、うまのすけさんは自分の腕に絡みついてきた河合さんの腕を離させた。筋の通ったその言葉は効き目があったらしく、河合さんはしょんぼりしていた。でもうまのすけさんは満更でもなかったのかもね、なんてまた余計な事を考えた。
私達は河合さんの左右について帰路を歩く。河合さんは相変わらずうまのすけさんがお気に入りなようで、よく話しかけたりちょっかいを出したりしていた。私は気にしないように、黙々と歩いていた。
「……!」
微かに、小さな足音が遠くから聞こえた。確実に私達の背後のものだ。うまのすけさんと河合さんは会話に集中していて気付いて居ない様子だ。
このまま犯人が現れてくれればその場で解決するだろうなんて、安易な考えは持たなかった。
なぜなら、足音は1つではなかったから。
「では、おやすみなさい。戸締りはしっかりとお願いします」
「は〜い、明日もよろしくお願いしますっ」
無事に河合さんを家まで送り届けると、彼女は事の大きさがわかっていないのか、子どものように両手を振って私達を見送った。
なんだか疲れる依頼人だと思いながら、うまのすけさんと会社へ戻り始める。
「うまのすけさん、気付きましたか?」
「何にだ?」
「足音です。何者かが河合さんをストーキングしているんです。少なくとも3人は……」
「何だと!」
私の言葉に声を荒げるうまのすけさん。人差し指を口元に置いて「静かに」と諌める。
「すまん」うまのすけさんは短く謝って、私に詳細を尋ねる。しかしそれ以上の事はまだわからないので、首を横に振った。
「依頼人に対して鼻の下を伸ばしすぎなんじゃないですか? そんなだから初歩的な事にも気付かないんですよ。ボディガード失格ですね」
「オイ、苗字。いくら何でも言葉が過ぎるんじゃねえか? 俺はお前の上司だぞ」
「真剣な話に上下関係を持ち出すなんて卑怯とは思いませんか。上司だからなんだと言うんですか!」
「おい!」
生意気な態度に業を煮やしたのか、うまのすけさんが私の腕を引っ張って乱暴に壁へ押し付ける。両手で私の左右の壁を叩き、逃げられなくした。
うまのすけさんは真っ直ぐに私を見据え、私もまた彼の眼光に負けないように睨み返す。
「確かに、俺は依頼人に対して少し隙を見せたかもしれねえ。だがそこまで言われる筋合いはねえはずだ。違うか?」
「さあ。私がそう感じたままに発言したまでです。それに怒るという事は図星ではないんですか?」
「違うな。俺はお前の誤解を解きたいだけだ」
私の誤解? 別に誤解なんて何もない。むしろ2人が不自然なくらい近しい距離にある方がおかしいじゃないか。
……けれど確かに、私も言いすぎたところはある。どうしてこんなにイライラしているのか自分でもわからない。
「俺は仕事とプライベートは混同しない。ましてや依頼人となんて有り得ねえ。なぜなら俺は……」
うまのすけさんは言葉を止め、続きを言うのをためらった。壁についていた腕を離して私から距離を取る。
「……何ですか?」
「何でもねえ」
その言葉の続きを彼の背中に問うが、一蹴された。彼が私を叱ってくれたおかげで、私も少しだけ冷静になった。
「……私の失言でしたね。すみません」
「いや、構わん。お前の言う通りあの依頼人には気をつける。……帰るぞ」
「はい」
こうして微妙な空気のまま、うまのすけさんとは一言も喋らずに会社へ戻った。
オフィスで報告書を書き上げ、家に帰宅してからも心ここにあらずという状態が続いた。
河合さん、ストーカー、そして……うまのすけさんの事。
考えれば考えるほど、頭がいっぱいになって、心が苦しくなっていった。
(20120201)
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Smotherd mate