Turn.26
恋バナin女子会
最近は何故かどんな時もうまのすけさんが頭によぎってしまう。仕事中は隣の席で集中出来ないし、休憩時間もつい目で追ってしまう。帰宅した後も寝る前までうまのすけさんの事を考えてしまう。
私はこの不思議な気持ちを誰かに聞いて欲しくて総務事務課の人とランチの約束をした。そう、更衣室の下着泥棒の件で相談を持ちかけた彼女達だ。あれから何度かメールのやり取りをしてはたまに食事に行っている。会社の中では気のおけない友達だ。
約束の時間になり、私は市藤(いちふじ)さん、仁貴(にたか)さん、三奈須(みなす)さんと共にテーブルを囲む。運ばれてきた料理を食べながら会話に花を咲かせた後、食後のお茶を頼み、それがテーブルに並んだのを確認して私は口を開いた。
「今日お声掛けしたのは、皆さんに相談に乗って頂きたく思い……」
「名前ちゃん、そんなに畏まらなくて大丈夫!」
「私達がお世話になったんだから」
「そうだよ、話ならいくらでも聞くよ?」
彼女達はそう言って優しい笑みを浮かべる。包容力を感じる笑顔に安心し、私は改めて言葉を紡ぐ。
「実は最近、ある人の事が頭から離れなくて……」
私の告白に「きゃ〜!」と黄色い声を上げる3人。……なんか、とんでもなく恥ずかしい事を口走ってしまったのではないだろうか。そんな不安な気持ちとは正反対に、3人は楽しそうに目を輝かせた。
「ねえ誰!? それ、誰!?」
「い、言えません!」
身を乗り出して聞いてくる市藤さんに対し、私は首を横に振る。そんな市藤さんを三奈須さんは「まあまあ、まずは話を聞いてから」とたしなめた。
「その人にはとてもお世話になって……私が辛い時や涙を零した時も、ずっと傍に居てくれました」
詩紋君を警護している期間中、うまのすけさんの胸で泣いた事を思いだした。それだけじゃない、うまのすけさんはいつだって私の隣に居て、気にかけてくれていた。
「だから私はその人に恩返しをしたいんです。でも何をどうしたらいいのかわからなくて……こんなの初めてで……」
「はあ〜、なんだかピュアすぎて私がドキドキしてきた……!」
「名前ちゃんっていつもはすごく頼りになるのに、恋愛沙汰になると純情で奥手なんだね〜」
れ、恋愛沙汰!? そそ、そんなつもりは! な、なんだろう……この場に居るのが恥ずかしくて堪らなくなってきた。じんわりと額と背中と手のひらにも汗をかいているのがわかる。
「名前ちゃんはその人が好きじゃないの?」
「すっ……!? ええっ、ち、違います! そんな事、ありえないと思います!」
その直接的な単語に驚き、今度は両頬に手を添えながら否定する。心なしか顔が熱い。
「私はただ、そう、お礼がしたいだけなんです!」
声が裏返ってしまった。けど、私の必死さは伝わっただろう。頭が混乱して、顔がすごく熱くて、ゆでダコにでもなった気分だ。
「そっか〜。その人の好きなものは何かある?」
「チェスですね。あとよくコーヒーを飲んでます」
三奈須さんの問いかけにさらっと答えると、3人が察したような表情をした。
……そうだった、彼女たちは一度うまのすけさんに会っている。それにうまのすけさんは警護課のサブリーダー。課は違えど同じ社内の人間であれば知っているであろう。
「すみません、聞かなかった事にして下さい!」
「大丈夫だから落ち着いて!」
「ほ、ほら、お水でも飲んで……!」
水の入ったグラスを仁貴さんから受け取って、私はそれを一気に飲み干した。少しだけ体の火照りは静まった気がするが、それでもまだ胸はドキドキしていた。
「じゃあコーヒーに合うお菓子でも贈ったら良いんじゃない?」
「お菓子、ですか」
「もちろん手作りで!」
「名前ちゃんはお菓子作りできる?」
「はい。簡単なものなら。海外に居た頃は色々作っていました」
「いいね! きっと手作りの方が喜ぶよ!」
手作りのお菓子か。日本に来てからはそんな事も忘れてトレーニングにいそしんでいた。鈍った腕を磨くには良い機会かもしれない。コーヒーに合うお菓子ならクッキーやマフィン辺りが作りやすいかも。……が、頭の中でまとまりそうだった考えに一つの不安が生まれる。
「でも、手作りって重くないですか?」
「チッチッ……名前ちゃん、男ってのは手料理が大好物なの! むしろ美味しくなくたっていい! 愛さえ込もっていればラブイズオッケー!」
市藤さんは勢いたっぷりに私の言葉を否定した。
あ、愛、か。良いんじゃないかな、込めなくても。
「そう! どんな高級料理も高級スイーツも、自らの手で作り上げたそれには及ばない! 例えて言うならクリームの入ってないシュークリームか、クリームの入ったシュークリームか! それくらいに等しいものなの!」
仁貴さんが続いて語るが、前者はもはやシュークリームと言わないのではないだろうか。2人の暑苦しい程の言葉に収拾をつけるかのように、三奈須さんが落ち着いた様子で続けた。
「確かに手作りは重いと思われるかもしれない。でも、どう思うかは人それぞれ。それにきっと、手作りの方が思いは伝わるんじゃないかな」
「三奈須さん……」
……そうだ。私は、今までの感謝の気持ちをうまのすけさんに伝えたいだけだったんだ。話が変な方向へ脱線しかけたけど、三奈須さんの言葉で本来の目的を思い出した。
食事に誘うという手も頭に浮かんだが味気ない気がしてやめたのは、そういうことだったんだ。私は頭がスッキリし、3人に頭を下げた。
「ありがとうございます! 頑張って作ります!」
「うん、頑張って!」
「応援してるよ!」
「報告よろしくね〜」
話もようやくまとまり、私たちはお店を出て会社に戻る事にした。3人が私を応援してくれるのが嬉しくて、私は俄然やる気が出てきた。
「あっでも別に好きとか……そういうアレではないですからね!」
私は彼女達に改めて否定をするが、それは自分に言い聞かせているようにも感じた。3人が「諦めが悪いな」という風に苦笑いするが、口には何も出さなかった。
(絶対そうだと思うんだけどなあ……)
(でも面白いから黙っておこう)
(うん、いつか自分で気付いて欲しいからね)
私は自分のデスクに戻り、席に座って一息。
「ふぅー……」
「何だ、久々に事務の奴らと飯に行ったのか」
「のわあああ! うまのすけさん!!」
同時に背後からうまのすけさんに声を掛けられてビクリと体を揺らした。うまのすけさんは私の狼狽ぶりに笑いながら自分のデスクに座った。
「驚きすぎだろ」
バレたのは、総務の3人とランチに行った事だけだよね……きっと。
まだ頭の中で先程の話を反芻している時に、話の渦中に居た人物がこうも近くにいると落ち着いていられない。好きだとか何だとか、そんなのよくわからないし。
恋愛に夢中になったせいで、自分を見失って仕事に支障をきたすのは望まない。平静を取り戻そうと考えているとだんだん気持ちが暗くなってきた。
「いいじゃないですか、たまには女子会したって」
「何が女子会だよ、笑わせんなって」
私から聞きなれない単語が飛び出して、うまのすけさんはプッと吹き出した。失礼な。
これ以上ボロが出る前に、私は自分の予定を率直に告げる。
「それと、今日は私早めに上がります」
「奇遇だな。俺も今日は早めに上がる予定だ」
「駄目です!」
「は? 何でだよ?」
咄嗟にうまのすけさんの言葉に否定をし、慌てて口をつぐんだ。
今日はお菓子の材料を買いに行こうとしていたから、もしうまのすけさんとバッタリと出会ったりしたら……絶対に面倒な事になる。しかし私にはうまのすけさんを残業させる術なんて無い。
「え、ええと……すみません、冗談です」
「変なヤツだな」
不自然なごまかし方だったけど、うまのすけさんにはこれで通用したようだ。うまのすけさんと鉢合わせしないように時間をずらして退社しよう。
結論から言おう。
駄目でした。
終業のベルが鳴り、早く上がると言ったくせに席を立とうとしないうまのすけさんに業を煮やし、私が先にタイムカードを切るとそれに合わせたように彼も仕事を終えた。会社を出て2人で並んで歩く。どうしてこうなった。私の行動に不信感を持ったうまのすけさんが勝手に付いてきたわけだが、今日ほどそれを嬉しく思わない日はないだろう。
「お前はこれから何か用でもあんのか?」
「あったとしても言う必要はありません。うまのすけさんこそ、何で今日に限ってこんなに早く退社したんですか?」
「暇だからな」
「私は暇じゃないんですが」
暇つぶしに私の計画を邪魔されちゃたまったものではない。どうにかして彼を撒かなければ。
「どうせトノサマンのDVDを見るとかだろ。男っ気の無い暮らしは寂しいねぇ」
カッチーン。自分だって女の影すら無いくせに、人を馬鹿にできる立場なのか。
険しい顔をしながら両手の拳をバキバキと鳴らし始めると、うまのすけさんは「しまった!」と顔を青くして、腕でガードしながら目を瞑った。
すかさず私はその場から走って逃げ出す。
「……ん? っておい、苗字!」
「さんじゅーろっけーにげるにしかずです!」
「待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいません!」
うまのすけさんが追い掛けようと走り出すが、すでに大分離れていた私に追いつくのは不可能に違いない。そのまま私はうまのすけさんを振り切った。
うまのすけさんには悪いけれど、作る前にバレたら意味がない。
私はショッピングモールの女子トイレに逃げ込み、息を整えてから目当てのお店へと足を運んだ。
(20120201)
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Smotherd mate