Turn.28
どっちの味方
本日から、市長選挙を控えた男性の警護が始まる。
依頼人の名前は御堺乃蔵(みさかいないぞう)さん。とある中小企業の社長だが、辞任して市長選へ出馬するらしい。
選挙を控え始めた頃、身の回りに怪しい人物が現れた。大事な選挙に影響が出てしまう事を恐れてうちの会社に依頼が入ったそうだ。
私とうまのすけさんは御堺さんが選挙活動をしている期間中、警護をする事になった。
そして今日は演説予定地で集合。
現場へ到着して御堺さんと顔を合わせる。
「ボディガードの方ですね。どうも御堺です。よろしくお願いしますな、ハッハッハ」
「自分は内藤です。彼女は部下の苗字。期間中は我々にお任せ下さい」
「よろしくお願いします」
簡単な挨拶を済ませて私とうまのすけさんは御堺さんの選挙カーの傍についた。
まずはここで30分ほど演説し、そこからまた移動して演説……を繰り返す。
街頭演説の3ヶ所目に来て、同じようにマイクを持ち、演説を始める御堺さん。
「御堺乃蔵、御堺乃蔵をよろしくお願いします!」
今のところ特に問題はないが、油断してはならないと、周りの人だかりを見回す。うまのすけさんが眉間に皺を寄せながら周りを注視しているのが目に入った。
「……ん?」
明らかに1人、御堺さんの話に耳を貸していない男が居た。
男の視線は御堺さんだけを捉えていた。その視線には異常な程の憎悪を感じる。
「こちら苗字。うまのすけさん、聞こえますか」
私はインカムでうまのすけさんに話しかける。
「こちら内藤。どうした苗字」
「後ろの方に居る白のワイシャツ、黒縁の眼鏡、短髪で細身の男性に気をつけて下さい。怪しいです」
「わかった」
これでうまのすけさんもしっかりとその男を見ていてくれるだろう。
しかし、私達の心配は杞憂となりその日の活動に支障は出なかった。
本日の活動が終わり、御堺さんを事務所から自宅まで送り届けて、別れの挨拶をする。
「お二方、ありがとうございました。明日もよろしくお願いしますな〜ハッハッハ!」
「問題が無くて何よりです。では失礼します」
今のところ私の中では、御堺さんは至って普通の男性という印象。心配事は私達に任せて、ただ選挙活動に集中して欲しいと思った――その時。
「御堺ィィ!」
「!!」
知らない男の大声が後ろから聞こえ、振り返る。
そこには、昼間見かけた白いワイシャツに眼鏡の男が立っていた。
「よくもヌケヌケと……!」
「苗字……」
「大丈夫です」
うまのすけさんは、きっとまた私が突っ込むと思ったのだろうけど、そんな事はしない。私とうまのすけさんは身構えて御堺さんを守るように立つ。
「御堺、お前だけは許さない!」
「……君か」
御堺さんの反応は、男を知っているように見えた。
男の目はギラギラと血走っていて、今にも襲いかかりそうな勢いだった。これが、私達が御堺さんを警護する理由だと気付いた。
「もう君に用は無い。さっさと消えてたまえ」
「用が無いとは言わせない! 僕達を一斉にリストラしやがって! その金でどうせ……!」
……どういう事だろう。
御堺さんはとある中小企業の社長だという事を聞いていたが、その社員であったが彼は……いや、複数の社員は、解雇させられた?
「全く、ボディガードさん方にあらぬ誤解をさせてしまうではないか。君達が勝手に辞めていったのだろうに。まあ、経費削減の為にも助かったがね」
「ふざけるな! お前のせいで僕達は今苦しんでいるんだ!」
男はその言葉を皮切りにこちらへ走り出してきた。私は男の目の前に飛び出し、腕を締め上げてそのまま地面へ叩き付ける。
「ぐうぅッ……!」
「ハッハッ! 負け犬には地べたがお似合いだ!」
「くそ! 離せ!」
うまのすけさんに守られ、安全な場所で笑う御堺さん。私は少し考えた後、地面でもがく男の耳元で囁いた。
「ッ……!?」
男は一瞬驚いた顔をして私を見た。
「苗字さん。もういい、その男は離してやれ」
「はい」
男を離してやると、一目散に逃げて行った。
多少のアクシデントはあったが、本日の仕事は無事に終わった。
「おい、どこに行く苗字。会社と逆方向だぜ?」
「ちょっと用があるんです」
「何だってんだよ……」
あの後、私は会社とは別の道を戻り始めた。
目的地に到着し、今度はひたすら待つ。
「どうしたんだ、苗字」
「うまのすけさん、ここから先は他言無用でお願いします」
「……何だよ?」
「私はこれから、ある方のプライバシーに関わる話を聞きます。でもそれは人の為になると思っての事です。……私は間違っているかもしれません。その時は、止めて下さい」
うまのすけさんは怪訝な顔をしていたが、その内ため息を吐いて頭を掻き始めた。
「さっぱりわかんねえ。……けどお前の言いたい事だけはわかった」
「すみません……」
「俺達は2人でチームなんだ。付き合ってやるよ」
「ありがとうございます」
その時、誰かの足音が聞こえた。その音は少しずつ近付き、私とうまのすけさんの前へと姿を現した。
「良かった、来てくださいましたね」
「あの……どうして?」
やって来たのは、先程御堺さんの家の前で一悶着あった男性。うまのすけさんは予想外だったようで驚きの声を上げた。
「こいつ、さっきの男じゃねえか!」
「はい。さっき倒した時に『30分後、この場所でお会いしましょう』とお願いしたんです。ひとまず場所を変えましょう。なるべくここから離れないと」
「は、はい……」
先程とはうって変わってどこか臆病な雰囲気だ。怒りという感情が彼を豹変させたのだろう。
私達は隣町のファミレスへ移動した。
私とうまのすけさんは隣に座り、テーブルを挟んで男性が座っている。
「いきなりお呼びしてすみません。私は苗字、彼は内藤さん。御堺さんのボディガードをしています」
「僕は生地那汐(いくじなしお)です。それで、お話というのは?」
私は手を組んでひと呼吸置き、口を開いた。
「私は信用出来ない人を警護するつもりはありません。そして先刻の生地さんと御堺さんのやりとりでいくつか不審な点がありました。良ければお2人の関係を教えて頂けませんか?」
「……わ、わかりました」
うまのすけさんは何も言わないが、きっとまた私が馬鹿な事をしていると思っているだろう。それでも止めないのは、彼も真実を知りたいと思っているからだろうか。
ぽつりと、生地さんが話し始めた。
「元々、僕は御堺の会社の社員でした。御堺はとにかく金に目が無くて、金儲けばかりを考えていました。そんなある日、市長選に立候補すると言い出したのです。そして社員の半分をいきなりリストラし始めて……僕もその内の1人でした」
これだけしか話していないのに、既に御堺さんは最低な人間だという事がよく分かる。
生地さんは続ける。
「クビにされた皆はわけが判らず、もちろん抗議をしようとしました。それぞれみんな家庭があり、職を失えば生活が出来ない。……けど、僕達は聞いてしまったんです」
「……何をですか?」
「抗議をしにいこうとドアの前まで行った時、中から声が聞こえたんです。今思い出しても腹立たしいのですが……内容的には、僕達のクビを切って浮いた人件費を賄賂に回すという話でした」
「「!!」」
私とうまのすけさんは生地さんの言葉に憤りを覚えた。しかし想像通り、と思うところもあった。
「それだけでなく、僕達を散々こき使っておきながら、影では聞くに堪えない暴言を吐いていた。……だから僕はどうにかして、ヤツの悪事を世間に知らしめたいんです! でも僕は無力だから……」
目に涙を浮かべて語る生地さん。拳を震わせ、今まで溜め込んでいた胸中を吐き出す。
「僕は……僕は、他人を犠牲にして成り上がろうとする御堺が許せないんです! 人を裏切ってまで得た地位に一体何の意味があるっていうんですか!」
同感せざるを得ない。
もし彼の話が本当であるなら、私が今やるべきことは御堺さんの護衛などではないのだが、依頼を請けた以上そういうわけにもいかない。
「生地さん、貴方はこれからどうしたいですか?」
「僕は、奴を市長選挙から排除したい。そして奴が行った賄賂という悪行を世間に知らせたい。あんな人間が、人々の上に立ってはいけないんだ!」
生地さんは嘘を言っているようには見えない。それに御堺さんの態度……やはり何か裏がありそうだ。
「……なら証拠を集めろ。探偵でも弁護士でも雇って、確実な証拠で法的な手段を取れ。一緒に解雇された奴らも本気なら助けてくれんだろ。アンタこのままじゃ、ただの小せえ犯罪者で終わるぜ?」
生地さんの怒りに満たされた言葉に返答したのは、私ではなく今まで黙って聞いていたうまのすけさんだった。呆気にとられていると、生地さんにはその言葉が響いたのか、強い眼差しで答えた。
「僕、やります。皆にも声を掛けて、絶対に奴を市長なんかにさせません!」
話はまとまり、生地さんと別れた。
助言をしたうまのすけさんは帰社する間ずっと無言で、何か考え込んでいるようだった。
(20120207)
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Smotherd mate