Turn.29
彼の心
生地さんと話した帰り道、うまのすけさんは口をつぐんだままだった。彼の様子が気になり、声をかけてみる。
「どうしたんですかうまのすけさん。さっきから黙りっぱなしで」
「……お前は御堺のオッサンが悪いと思うか?」
「うまのすけさんは思わないんですか?」
思いがけない質問に驚いて、私は目を見開いた。
生地さんにアドバイスをしておきながら何を言い出すんだろうと思っていると、うまのすけさんは足を止め、私もそれに続いて止まった。
「上に成り上がりたいっていうのはそんなにいけねえ事か?」
「それは……悪くないと思います」
「そうか?」
「けどそれは、誰かを踏み台にしてまでの物なんでしょうか……私は、違うと思います。なんて、青い考えですよね」
「いや、すまん。くだらねえ事を聞いたな」
「いえ……それより、早く帰りましょう。明日もまだ、御堺さんの警護ですから」
「そうだな」
微かに感じていた不安の中身が見えた気がした。
……うまのすけさんはきっと、外城さんの事を妬んでいる。外城さんをリーダーとして素直に認められない部分があるのを、私は薄々と気付いていた。
だから御堺さんに多少共感してしまう部分があるのかもしれない。
うまのすけさんの顔を見ると、どこか遠くを見つめていた。その元気がない様子に、私は一層胸騒ぎがして、意を決した。
「うまのすけさん!」
「何だ苗字……ってうおおお!?」
私はうまのすけさんの返答も聞かずに腕を掴んで走りだした。
向かう先はひょうたん湖公園。ここから10分程かかるが、気にせず私は走り続けた。
ひょうたん湖公園へ到着し、うまのすけさんをベンチに座らせて、囲うようにしてベンチの背もたれに手をかけた。
「単刀直入に聞きますがうまのすけさんは、外城さんに嫉妬していませんか?」
「!」
いきなり核心を突く言葉にうまのすけさんは肩を揺らした。
しばらく黙った後、低い声で一言。
「……お前にはわかんねえよ」
「え?」
一瞬で、私の熱かった心は急激に冷やされたような気がした。
「苗字、お前にはわからねえよ。周りに頼られて順調に右肩上がりで進んでいるお前にはな」
ドクン、と心臓が嫌な感じに脈を打つ。
うまのすけさんが私の手首を掴み、その手には少しずつ力が込められていった。
「でけえ壁のせいで、俺の道は塞がれちまってんだよ。気ままに生きてるお前と違って、上を目指す俺の気持ちなんかお前にはわからんだろうな」
「そ、そんな事……!」
「嫉妬の何が悪い? 周りから認めてもらいたいと思って何が悪い」
「わ、悪くなんかないです……! 嫉妬は誰にだってある感情じゃないですか! わ、私だって……」
「ハッ、またお前のありがてえご高説か! 身に沁みるぜ!」
更にうまのすけさんの手に力が入り、骨が小さく軋む音がした。痛みから顔を歪ませる。
駄目だ、ここで負けちゃいけない。
苦しんでるんだ、うまのすけさんは。
「それに、お前には関係ねえだろ!」
「私は、私の傍に居る人が苦しんでいるのを黙って見ていられません! それに、うまのすけさんはただの上司なんかじゃない、大事な人だから……!」
「……ッ!」
「大事な人が悩んでいるのを黙って見ていられません……! うまのすけさんは私が悩んでいる時、胸を貸してくれた。今度は私がうまのすけさんの為に動く番です! 人ってそうやって支え合って生きていくものなんじゃないんですか!?」
思い当たる節があるのか、納得したような顔をしたうまのすけさんは手の力を弱めた。
すまん、とうまのすけさんは頭を下げて謝る。私はうまのすけさんの隣に腰を下ろして、大丈夫です、とだけ返した。
「……自分でもわかっちゃいるんだよ、外城はすげえヤツだ、俺よりリーダーに相応しいって。だが心のどこかで、それを認められねえ自分が居るんだ」
「うまのすけさん……」
「だから今回の依頼人が、自分と被っちまったのかもしれねえ。上を目指してえって思うのは俺も一緒だからな……汚え人間だ」
「いいえ、違います」
私は瞬時に否定する。
うまのすけさんがあんな男と同類? 笑わせないで頂きたい。
「うまのすけさんは誰かを犠牲にしてまで自分だけのし上がるなんて事は出来ませんよ」
「そんな度胸もねえってか?」
うまのすけさんが自嘲交じりに鼻で笑った。私は手を振って自分の考えを述べる。
「いえ、うまのすけさんはそんな事するような人ではありません。だって、私がよく知ってますから。何ヶ月一緒に仕事してると思ってるんですか?」
「おいおい、たった数ヶ月で俺の何がわかったって言うんだよ」
「ええと、スケベで、猪突猛進で、デリカシーが無くて、いつも偉そうで……」
「駄目なところばっかじゃねえか!」
うまのすけさんが元気にツッコミを入れる。
良かった、どうやらいつものうまのすけさんに戻ったみたい。
「それと、ひたむきに前向きで、向上心を忘れない真っ直ぐな人って所です! 私は外城さんに真っ向勝負を挑んだうまのすけさんを忘れませんよ!」
「……当たり前だ、舐めんなよ?」
いつも通りのうまのすけさんの笑顔。しかしハッとしたように、私のスーツの袖を捲くった。
見れば、私の手首にはうまのすけさんの手の痕がくっきりと残っていた。
「……悪い。強く掴みすぎた」
「いいんですよ、うまのすけさんの力じゃこんなの痛くも痒くもないですから〜」
「ほう、言ったな?」
うまのすけさんが私の頭を両手でガッと掴む。めりめりとうまのすけさんの手のひらと指が私の頭に食い込んでいく。
「というのは冗談で……い、痛い! 割れるぅ!」
「全く、お前にはほとほと呆れるぜ……。それと、俺のパートナーがお前で良かった」
「はい! これからも任せてください!」
私は、パートナーという言葉の響きがなんだか嬉しかった。そしてうまのすけさんに認められた事も。
「胸糞悪いが、明日からまた頑張るか」
「はい!」
苗字、俺はお前に何度も救われているんだ。
お前だけが俺に救われていると思うなよ。
絶対お前には言ってやらねえけどな。
だが、お前との話で悩みが全部無くなったわけじゃねえ。
やっぱり心のどっかでくすぶってるところはある。
それでも苗字、お前のおかげで気持ちが大分楽になったんだ。
俺は素直じゃねえからな。
心の中で言わせてもらう。
……感謝してるぜ、苗字。
「? 何か言いました?」
「いいや、何も。ほらさっさと帰って寝ないと明日の仕事に響くんじゃねえのか?」
「言われなくたってわかってますよ〜!」
いーっと歯を見せる苗字。
ああきっと俺はこいつが居ないと生きていけないんだろうなと、心の奥底でひとり、確信した。
(20120207)
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Smotherd mate