Turn.30
逆転の選挙
それから数日間、御堺さんの選挙活動が続いた。
その間、生地さんは全く姿を現さず平穏な日々だった。
そんなある日の事だった。
御堺さんの選挙カーの側へ歩み寄ると、車の周りには誰も居なかったので、ドアをノックして中を確認しようとした時だった。
「本当に金の無駄遣いだな……あいつらなど雇わねば良かった……」
車の中から御堺さんの声が聞こえた。私とうまのすけさんはアイコンタクトし、身を隠して盗み聞きをする事にした。
運転席の窓は開いていて、そこから声が漏れているようだ。ミラーに映らないように気を付けて見を潜ませる。
どうやら後部座席の方で電話しているみたい。話に夢中で私とうまのすけさんの存在には全く気付いていない。
「……あの男が私を狙っているからボディガードを雇ったのに、あれから何もないじゃないか! ただの穀潰しを雇わせおって!」
穀潰しとは――間違いない、私達の事だ。
しかし、電話の相手は誰だろうか。
「あいつら突っ立っているだけで何もしないぞ! どうせなら誰か雇って暴れさせるか? 女の方は意外に腕も立つようだし、パフォーマンスにもなる。面白そうじゃないか! ハッハッハ!」
「苗字、俺はこのオッサンを殴りたいんだが」
「だ、駄目ですよ。……期間中は」
うまのすけさんの握りこぶしに手を添える。
それからも延々と私達の陰口を言っていたので、ひとまず私とうまのすけさんは選挙カーから離れて近くの木陰へ移動した。
「生地さんの話は本当みたいですね」
「ああ。だが、今俺達に出来る事は何も無い。生地のオッサンが動くのを待つしかねえな。今回は簡単に契約破棄も出来ねえだろうし」
「もうすぐ選挙運動期間も終わってしまいますが、それまでにはきっと動いてくれますよ」
「……だと良いがな」
うまのすけさんは面白くなさそうに吐き捨てた。
そして何も起きないまま、数日が経った。
2日後に投票を控えた御堺さんは依然として選挙活動に勤しむ。
生地さんはまだ姿を現さない。
「フン、頼むぞ君達」
「はい」
「はい」
御堺さんが私達に声を掛ける。
しかし、当初の頃の様な謙虚さはなく、今は図々しいオッサンがそこに居るだけであった。
「しかし君達も楽な仕事だったなぁ、もうあの男も現れんし」
「御堺さんが無事だったという証拠です」
「フッハッハッハ、上手い事を言ったつもりか」
うまのすけさんがうすっぺらい笑顔を作って御堺さんに応える。
うまのすけさん……青筋立ってますよ……。
「さて、行って来るかな」
「では我々も配置へつきます」
「ああ。暇だからって、立ちながら寝たりするんじゃないぞ」
「チッ」
うまのすけさんが小さく舌打ちをした――のが聞こえないように、私は慌てて口を開いた。
「私達は仕事に誇りを持っています。そのような事は一切有り得ませんのでご安心を」
「フハハ、冗談も通じないのか」
「……失礼しました」
「行くぞ、苗字」
うまのすけさんに背中を押され、自分の位置へ連れて行かれた。耳元で「何言っても無駄だ」と囁かれた。同意だ。
演説を始めて15分が経った頃には沢山の人が集まっていて、ローカルのTV局もやってきた。
「……だからこそ、私はこの街を変えたく……」
周囲の人たちが御堺さんの話に集中し、演説の山場を迎えた時だった。
「――待った!」
どこからか、聞き覚えのある声が響いた。
人混みの奥の奥、そこに立っていたのは生地さんを初めとした十数人の男女。
生地さんは左手に拡声器を持ち、右手の人差し指で御堺さんを指す。聴衆は一斉に生地さんに注目し、ざわめきが起こる。
「もうアンタの思い通りにはさせない!」
そこには、数日前の弱々しい男ではなく、燃えるような瞳で真っ直ぐに立つ生地さんが居た。
私は完全に勝利を確信して胸が躍った。インカム越しにうまのすけさんに歓喜の声を上げると、「気が早えぞ」と諭されたが、彼の声も微かに喜んでいるように聞こえた。
「皆さん、御堺の言葉に騙されないでください! 僕達は、あの御堺の会社の社員でしたが、ここに居る皆がリストラされました!」
「だ、誰かアイツを黙らせてくれ!」
しかし御堺さんの言葉に誰も動こうとしない。
無論、私とうまのすけさんも。
「なっ、だ、大事な選挙の邪魔をするんじゃない! ボディガードさん方、あいつを黙らせてくれ!」
「申し訳ありませんが、それは我々の役目ではありません。あのような小物を相手にしている間に御堺さんが狙われては本末転倒です」
「この役立たずめ!」
うまのすけさんに怒鳴りつける御堺さん。
しびれを切らした御堺さんが生地さんの元へ行こうとするが、それを私とうまのすけさんが阻む。
「そこをどけ!」
「危険ですのでお下がり下さい」
「うるさい! 構わん!」
「いけません」
私とうまのすけさんは暴れる御堺さんを押さえる。
生地さんに視線を送ると、彼はこくりと頷いて言葉を続けた。
「私達がリストラされた理由は経費削減だけではなく、賄賂の費用をかき集める為でした! その時点では証拠はありませんでしたが……遂にその証拠を掴みました! みなさん、これを受け取ってください! そして真実を知ってください!」
生地さんの後ろに居た人々が聴衆に紙を配る。近くの2階建てのビルからも撒き散らし、飛んできたその紙を私も手に取った。
そこには御堺さんが、明らかに選挙関係者の人に賄賂を渡している写真が印刷され、日付や時刻などもしっかり明記してあった。
「そして、これを聞いてください!」
生地さんは拡声器をICレコーダーを当てた。
数秒の間を置いて声が流れ出す。
『……チョロイもんだな、選挙というのも。金さえあれば簡単じゃないか……』
御堺さんの声だ。会話の内容はどれも常軌を逸するレベルの最低なものだった。
「こ、こんなのは嘘だ! デタラメだ!」
「こんな人間が、私達市民の上に立って良いわけがありません! 皆さん、真実を受け止め、悪事を減らし、より良き街にしていきませんか!」
「やめろおおおおぉー!!」
御堺さんは叫び、そして力無く膝から崩れ落ちた。
聴衆は生地さんの言葉に耳を傾け、もはや御堺さんの立場は無いに等しかった。
生地さんは御堺さんの元へ近付き、見下ろす。
「覚悟しろよ。アンタが僕達にした所業は、こんなもんじゃない」
「ぐくっ……こんな事が、許されると……!」
御堺さんが下から生地さんを睨みつける。
そして勢いよく立ち上がり生地さんに掴みかかろうとしたが、私とうまのすけさんはそれを制止した。
「他人を踏み台にする人間が、上手くいくわけないじゃないですか」
「諦めの悪い男だ。これこそが疑いようのない証拠じゃねえか」
「くっ……! くそおおおおおぉ――――!!」
今度こそ観念したのか、御堺さんはただ吠えた。
これで全てが、終わった。
「本当に、ありがとうございました!!」
「「「ありがとうございました!!」」」
生地さんを筆頭に、他の方達が私とうまのすけさんに頭を下げる。
「内藤さん、苗字さん。あなた方のおかげで僕達は復讐を果たす事が出来ました!」
「いえ、私達は何も……」
「やり切ったのはアンタだぜ、生地のオッサン。仲間にも感謝するんだな」
うまのすけさんはカッコ付けて言った。生地さんはその言葉にすら感銘を受けて涙ぐむ。
「それでも、あなた方がいなければ僕達は泣き寝入りするしかありませんでした! 本当に……ありがとうございます!」
生地さんは再び深く頭を下げて感謝した。
私とうまのすけさんは何だか歯痒い気持ちになる。でも人助けは悪いことじゃない。結果的に沢山の人を救えたのは本当に素晴らしい事だ。
「それで、これからどうするんですか?」
「僕達で会社を作っていこうと思います。今度は周りにきちんと顔向け出来るような立派な会社を!」
「おう、頑張れよ」
「はい!」
まるで別人のように生まれ変わった生地さんはとても生き生きしていて、これからすべき事が沢山あるだろうに、幸せそうだった。
私たちは本日の仕事を終え、会社へと歩きだす。後日、御堺の元へは請求書が届くだろう。払えるかは知らない。
会社へ戻る途中、見覚えのある人物を発見した。
「うまのすけさん、ちょっと待っててください!」
「あ、おい、苗字!」
うまのすけさんにそう言って、その人物に走り寄って名前を呼ぶ。
「哀牙さん!」
私の声に反応した相手はゆっくりと振り向き、得意気にポーズを決めた。
「あいや! 名前殿ではありませぬか!」
彼は星威岳哀牙さん。
探偵事務所を営んでいるが、実は以前、高菱屋で起こった宝石泥棒の犯人だ。しかし私が彼を追い詰めたところで宝石は返され、結果的に犯行未遂で逃がしたのだ。
「生地さんが頼んだ探偵事務所は哀牙さんの所だったんですね?」
「まさしく! このような熱き仕事は久々で、我が腕がそれはそれは鳴り響きましたぞ!」
「ありがとうございました!」
私が頭を下げると、哀牙さんは驚いて「頭を上げて下され」と慌てた。
「名前殿、レディが頭を下げてはなりません。これで貸し1つ、という事にはなりませんかな?」
「以前あなたを逃がしてしまったのは、私の責任です。警察でも検事でもないので、あなたを捕まえようなんて、もう思いませんよ」
そう言うと、哀牙さんは安心したような笑みを浮かべた。
「ありがたきお言葉。やはりボディガードには惜しい人材ですな」
「いえ、私はボディガードが良いんです。では、人を待たせているので失礼します」
「さあれ! ぜひいずれ、我が探偵事務所へ紅茶でも飲みに来てくだされ!」
「ありがとうございます」
別れの挨拶を交わし、清清しい気持ちでうまのすけさんの元へと戻る。哀牙さんが探偵として活躍しているように、私もきっとボディガードが天職なのだろうと思い始めていた。
「うまのすけさん。今回の件では本当にありがとうございました」
「どうした突然、悪いもんでも食ったか?」
茶化してくるうまのすけさんに、違いますよ、と大きめの声で否定する。うまのすけさんが私の勝手な行動を咎めず、かつ協力してくれたおかげで大団円を迎えることが出来たのだ。
「お前はトノサマンにでもなった方が良かったかもなしれねえな」
「えっ、どうしてですか?」
「ボディガードというより、ヒーローって感じがするからな」
天職だと思った次の瞬間に否定されたような気がして、心臓が少しヒヤッとする。
それは褒められているのだろうか。それとも、暗に「ボディガードに向いてない」と言われているのだろうか。
それでも私はこの仕事を続けたい。辞めたくない。
「確かにボディガードとしては失格ですよね……。でも私は、父の『守るべき相手を見誤るな』という言葉が芯にあって、だから……」
「守るべき相手を見誤るな、か」
「私、相応しくなくても……それでもボディガードで居たいです。お願いします!」
私の真剣な眼差しに、うまのすけさんは呆気に取られたような顔をした。あれ、やっぱり私の深読みだったのかな。
不安げにうまのすけさんを見つめていると、フッと吹き出して言った。
「別に辞めろなんて言ってねえだろ。これからもよろしく頼むぜ」
「……はい! 宜しくお願いします!」
うまのすけさんは優しい。それでいて強い。私が持っていないものを、彼は持っている。
だからこそ、私は確信している。
うまのすけさんは人の上に立つ資格も器も力もあるという事を。
いつか、あなたがナンバー1になるのを楽しみにしています。
うまのすけさん、私はあなたを信じています。
だって、大事な人を疑う人間なんて、どこにも居ないのだから。
(20120207)
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Smotherd mate