Turn.31
パートナー以上の
「皆に重大な知らせがある。心して聞いてくれ」
朝礼中、外城さんがそう言った。
何の話だろう。全員が外城さんに注目する。
「アジアの《西鳳民国》という国の大統領、王帝君様から警護の依頼が入った」
外城さんの言葉にどよめきが起こる。困惑や、信じられないといった様子だ。私も皆と同様に驚きを隠せなかった。
「西鳳民国は知っての通り、偽札問題で世界的に信用が無くなりかけた国だ。しかしオウ様は国の為に必死に動き続け、ようやく立ち直ってきている。もう一度信用を取り戻す為にも各国で演説会を開きたいと仰っているんだ。しかし自国のボディガードはあまり信頼は出来ない、だからうちの会社に声を掛けたという事だ」
……何だか凄い話だ。まさか一国の大統領を警護する事になるなんて。
「というわけで、全員で長期の出張だ。期間は3ヶ月……それ以上になる場合もあるかもしれん。まずは西鳳民国へ行き、挨拶だ。来週末には出発の予定だ、各自準備をしておくように」
「「はい!」」
外城さんは朝礼を終え、自分のデスクに戻る。皆も席に着き、それぞれの仕事を始めた。
道理でここ最近はゆったりとしたスケジュールだと思った。私は書類にペンを走らせているうまのすけさんに声を掛ける。
「何だかドキドキしますね」
「お前、外国は慣れてんだろうが」
「そうですけど、ブランクもありましたし、大統領のボディガードだなんて……」
「へっ、お前もまだまだだな」
うまのすけさんが鼻で笑う。
人のことを馬鹿にしているようだけど、うまのすけさんこそどうなんだか。
「ところでうまのすけさん。書類が逆さまですよ」
「え……? あ、ああー!」
「どっちがまだまだなんでしょうかね」
「うるせえ!」
バツが悪そうに、うまのすけさんは新しい用紙をファイルから取り出した。
「さて、今日は早めに上がりますかね……」
「そうだな」
仕事が一段落して独り言を呟くと、隣のうまのすけさんからも賛同の声が上がった。残業をしそうな雰囲気だったから、少し意外だ。
「うまのすけさんもですか?」
「悪いかよ」
「いえ別に……」
私とうまのすけさんは同時に退社し、会社のロビーへから外へ出た。
退社後に一緒に歩いていると、クッキー作りの時を思い出す。こちらの気も知らず、無理矢理ついて来ようとした強引なうまのすけさんを。
ジト目で見ていると、うまのすけさんは眉をひそめて「何だよ」と言うが、「何でも」とだけ返した。
「苗字、飯行こうぜ」
「どうしたんですか急に」
「ちっと話があってな」
いつになく真剣に言うので、私は冗談も言わず彼の後に付いて行く。
しばらく通りを歩いていると、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。
「名前さん、奇遇だな」
「……御剣さん?」
振り向くと、赤いスーツにヒラヒラのスカーフがよく似合う御剣さんが居た。肘を曲げ、胸元に手を添えて丁寧に挨拶をしてくれる。
「本日の仕事は終わりだろうか? 良ければ、これから食事でも……」
「悪いが、コイツには先約があるんでね」
御剣さんが私に一歩近付くと、遮るようにうまのすけさんが立ちはだかった。長身のせいで御剣さんの姿が見えなくなる。
また変なことをして……と呆れながら、私は彼の背中の脇からひょっこりと顔を出す。
「ふム。名前さん、どうだろうか」
「俺を無視してんじゃねえ!」
相変わらず、この2人は犬猿の仲だ。私に言わせれば、うまのすけさんは誰とでもそうなる気がする。
御剣さんからせっかくのお誘いだけど、先に約束をしたのはうまのすけさんだ。私は御剣さんに頭を下げて断る。
「ごめんなさい御剣さん。これからちょっとうまのすけさんと体育館裏でやり合わなければ……」
「ム、ならば刑事に加勢を要請しよう」
「やらねえよ! サシでもお前には勝てる気がしねえよ!」
なんだ、うまのすけさんの話って、そういう流れではなかったのか。
「では残念だが、日を改めてお誘いしよう」
「ごめんなさい御剣さん。私達、仕事の関係でしばらく日本から居なくなるんです」
「何だと!?」
御剣さんにそう告げると、眉間に皺を寄せながら白目をむいて仰け反った。オーバーリアクションな気もするが、彼は至って真剣なのだろう。
「戻ってきたら、よろしくお願いします」
「うム。海外は色々と危険が多い。もし何か事件に巻き込まれた時は私に連絡をしてくれれば、いつでも駆けつけよう」
事件に巻き込まれた時……って想像したくないな。
それに、さっき「刑事」って言ってたけど、御剣さんの職業って何だろう。
「そういえば御剣さんは何のお仕事をされているんですか?」
「検事をしている」
「そ、そうだったんですか!?」
そう言われればそう見える、と思うのは私が単純な人間だからだろうか。
「戻って来ようとも来なくとも、お前に会うつもりは毛頭ねえよ」
「そのようなアレは困る。私は貴様に興味はない」
「苗字の気持ちを代弁してやったんだよ、感謝しろ」
「随分と無能な翻訳家のようだな、出直したほうが良いと思うが」
ああ、なんかすごく火花が散っている……。喧嘩するほど仲が良いとは言うし、むしろそういう事にしてこの場を収めたい。
「すみません。そろそろ時間なので……」
「ああ、すまない名前さん。貴様、名前さんをしっかり守るのだぞ」
「お前に言われんでもな。行くぞ、苗字」
「はい。では失礼します、御剣さん」
うまのすけさんは私の手首を掴むと足早に歩き出したので、慌てて御剣さんにお辞儀をしてその場から離れた。
到着した先はファミレス。
私とうまのすけさんはテーブル席に案内されて、向かい合う。
「明日から準備で忙しくなりそうだから、先に話しておこうと思ってよ」
「……話って何ですか?」
「正直、俺はお前が西鳳民国へ行くのをあまりよく思っていない」
うまのすけさんの言葉に、私はショックを受けた。
これから大仕事を迎えるというのに、どうしてそんな事を……。私は足手まとい、なのかな。
次々と良くない言葉が浮かんで暗い気持ちに浸っていると、うまのすけさんが察したように否定して、続けて言う。
「お前はもう少し命を大事にしろ」
「し、してますよ?」
「平然と嘘吐くなよ。確かにボディガードは命を懸ける仕事だ。だが想像つくんだよ。お前、大統領が狙われたら真っ先に盾になるだろ。自分を犠牲にするようにな。お前はそういう奴だ」
返す言葉もない。うまのすけさんには全部お見通しだ。でも今までだって同じようなことが何度もあったのに、どうして今更。
「私をパートナーだって、言ってくれたじゃないですか……!」
「……ああ。だが、駄目だ」
「どうして……!? 私だって一人前のボディガードです、そろそろ認めてくれたって……!」
喉から必死に絞り出した声は微かに震えていた。
この会社で、私なりに誠心誠意、頑張ってきたつもりだ。それなのに、うまのすけさんには私の仕事に対する熱意が届いていなかったのだろうか。
「悪いな、これは俺のわがままだ。俺はお前に、死に急いで欲しくねえんだよ」
うまのすけさんが肘をついて額に手を当てながら言った。苦しそうな表情をしている。きっと彼なりに悩んだ結果、出した答えなのかもしれない。
「お前と、もっと仕事がしたい。けどこれ以上、苗字に危ない目に合って欲しくねえんだ。……わかってんだよ、自分でも矛盾しているって」
「うまのすけさん……」
「俺はお前が――」
そこまで言いかけて、うまのすけさんはハッとするように口を閉じた。
言葉を止めたうまのすけさんに対し、私は胸に拳をあてて、自信満々に言った。
「安心してください。銃で撃たれたって死ななかった女ですよ? そんな簡単に死ぬもんですか!」
「…………くっ……」
少しの沈黙の後、間を置いてうまのすけさんが笑った。バシバシと腿を叩きながら大口を開ける。
「ハッハッハ、確かにお前は普通の女じゃねえな! 複数の男相手に余裕勝ちしたしよ、実はターミネーターなんじゃねえの? ハッハッハッハ!」
「あはは、うまのすけさん! ショルダースルーとボディスラムとラリアット、どれが良いですか?」
「何でプロレス技をそんなに使えるんだよ! 冗談だろうが!」
私が言うのだから実際に出来るのだろうとうまのすけさんは戦慄した。ジャイアントスイングはまだですけどね、と言うと「笑えねえ」と返された。
話が一段落し、私とうまのすけさんは少し冷めてしまった料理をそれぞれ食べ始めた。
うまのすけさんと食事を終えた後、マンションまで送って貰う。「家まで送る」と言われる度に申し訳なくて断るのだが、うまのすけさんはそこだけは絶対に譲らない。
普段から人のことをゴリラ扱いしているくせに、こうういう時ばっかり過保護なんだから。
「ご馳走様でした。では、おやすみなさい」
「おう、また明日」
別れの挨拶をし、うまのすけさんは背中を向けて歩き出した。2、3歩ほど進んだ所で足を止め、背中越しにうまのすけさんが話し出す。
「安心しろよ苗字。お前は俺が守ってやる」
「えっ」
「じゃあな」
「あっ……」
思いがけぬ言葉に上手く答えられず、その背中をただ見送ることしか出来なかった。
まさか、うまのすけさんにそんな言葉を言って貰えるなんて、思っていなかった。
私だってうまのすけさんの事を守りたいし、支えたい。
『外城さんに嫉妬している』という、うまのすけさんの本音を聞いた時、初めて彼の心に一歩近付けた気がした。
あなたは強がりだから、自分の胸の内をさらけ出したのなんて、初めてだったんじゃないだろうか。
きっと私達は知らず知らずの内に、お互いの心に深く踏み込んでしまっているんだ。
(20120209)
[
←
|
title
|
→
]
Smotherd mate