Turn.32
エアライン・ハード 前編
いよいよ今日から西鳳民国へ出張となる。私は高鳴る鼓動を抑えながら羽咲空港へと向かった。
既に羽咲空港へはメンバーがほとんど揃っており、あと数人ほどだった。
ようやく全員が揃い、外城さんが点呼を取る。その後、飛行機へと搭乗した。
行きは普通のエアライン。その後は西鳳民国の大統領専用機で各国へ飛びまわるらしい。
配られたチケットに書かれた番号の席へ座ろうとした時、隣がうまのすけさんである事に気付いた。
「……なんだ、うまのすけさんか」
「おい何だよ、見るからにガッカリしやがって」
チケットはランダムで配られたはずなのに……もしかして仕組まれた? そんな事あるわけないか。
「あまり世話を焼かせないで下さいよ?」
「こっちの台詞だっての」
いつものくだらない掛け合いをして、私は自分の荷物を上の棚にしまい込んだ。
やがて離陸が始まり、心の中で日本にお別れを告げる。さようなら日本。こんにちは西鳳民国(まだ着いてないけど)。
『――本日もゴーユーエアラインをご利用頂きありがとうございます』
機内にアナウンスが響く。優しい女性の声がまるで子守唄のようだ。
昨日は準備で色々と手間取ったせいで、あまり寝れなかった。おかげで今はすごく眠い。
どうせまだ着かないだろうし今の内に睡眠を取っておこう。
目を瞑ると、私はすぐに夢の中へ落ちていった。
***
「苗字……って寝てんのか。仕方ねえな」
暇を持て余していた俺は、隣の苗字に相手をしてもらおうと思ったが、随分と気持ち良さそうに寝てるから起こし辛い。どうすっかな……。
そう思っていた時――
バン、と乱暴に扉が開き4人の男達が入ってきた。
男達は全員、目と口の開いたマスクを被って銃や刃物を持っている。
機内に居る人達はざわめき、そしてアナウンスが始まった。
『――機内に居る者達に告ぐ。この飛行機は占拠した。行き先は西鳳民国からボルジニアとなる。サメの餌になりたくなきゃ、大人しくしている事だ』
ハイジャックか!? くそっ、何でこんな時に!
座席の間には2本の通路があり、左列に3席、真ん中の列に4席、右列に2席が前から後ろまでずらりと並んでいる。俺と苗字は右列の2人席で、俺が通路側だ。
男達は2本の通路に2人ずつ、等間隔で立った。操縦室にはきっとボスが居るのだろう、全員で5〜6人といったところか。
機内の緊迫した空気をぶち壊すかのように、1人のCAがあくびをしながら扉を開けてやってきた。
「ふあ〜……何の騒ぎですかあ?」
「白音さん!」
制服の胸元は思いっきり開いていて、見事な谷間が見える。髪の毛はボサボサで、まさに寝起きといった様子だ。コイツ本当にCAかよ。
同僚のCAがその女に近寄ると、男が得物を構えた。
「動くな! このエアラインは俺達が乗っ取った。大人しくしていろ」
「は、はい……。ほら白音さん、こっち」
「はあ〜い」
俺は外城に目をやると、ちょうど目が合った……気がするんだが、おいグラサン外せよ。
外城は手を開いて制すようにしながら『まだだ』と口パクする――が、何かに気付き、こちらに向かって指をさす。……何だ?
俺は隣の苗字に目をやった。
「……ぐう」
ま だ 寝 て や が る !
コイツどんだけ眠いんだよ! よくこの状況下で眠れるな! 図太すぎんだろ!
「おい……、おい苗字……!」
極力小さな声で、肘で小突きながら苗字を起こそうとする。
「……すうすう」
起 き ろ よ ! !
すうすうじゃねえよ! どんだけ可愛い寝息なんだよふざけんなバカ! いい加減にしろ!
「おい貴様! そこで何している!」
「……何もしてねえよ」
武装した男に怒鳴られ、俺は渋々苗字を起こす事を諦めた。
「静かにしていろ。変な事しやがったらタダじゃおかねえ」
こんなやりとりがあったにも関わらず、相変わらず苗字はのん気に寝てやがる。起きたら十発はデコピンかましてやる。
もしこの状況が俺達ボディガードだけだったら、すぐにでも取り押さえてやるが……この機内は一般人も乗り合わせている。機会を待つしかないだろう。
こういう時、苗字ならどうする……って、俺は何でコイツの思考回路を真似ようとしてんだ。
もちろん苗字を起こす事も考えている。だがもしコイツがまた突っ走ってしまったらと思うと、下手なことは出来ない。
くそっ……どうしろってんだ、この状況。仲間達に目配せするが、今はただ座っているしかねえな。
***
1時間程が経っただろうか。
機内では膠着状態が続き、順調にボルジニアへ向かっているだろう。CA達は全員後ろ手に縛られ、乗客達は怯えている。
「……んあ? ……おはようございます、うまのすけさん……」
「……はあ」
ようやく起きたか、このアホ女。色々とツッコミてえが今はそれどころじゃねえ。
俺が返事をせずにいると苗字は機内の張り詰めた空気を察したのか、小さく呟いた。
「うまのすけさん、状況を」
「ハイジャックだ。今はボルジニアに向かってる」
「ありがとうございます。……あの男が身につけているバンダナの模様、見たことがありますね」
「本当か?」
俺は苗字の言葉を聞き、男達に目を移す。確かに全員赤いバンダナを着けている。それには蛇のような蛙のような、生き物を合成させた感じの奇妙な生物のマークが入っていた。
「昔、海外に居た時に《バルバロイ》という麻薬密輸組織を聞いた事があります。あの模様が彼らのマークです。でも摘発されて全員捕まったはずなのですが……多分、残党でしょう」
「つー事は、もう一度その組織を立ち上げる為の悪あがきってところか」
相手の情報を知れば怖さは不思議と軽減された。
俺は苗字にもう1つ聞いてみる。
「お前ならどうする?」
「そうですね……銃が4丁、刃物が3本。厄介ですね……下手に動けば怪我人が出ます」
「苗字、お前はバカか」
「な、何でですか?」
「俺達が居るだろうが。1人で何とかしようとしてんじゃねえよ。ったくこれから西鳳民国へ行くっつうのに、だから危なっかしいんだお前は」
「うまのすけさん……!」
苗字はしばらく考えた後、周りを見渡した。
そして俺の耳元で作戦を言い始めた。
***
「へっくしゅ!」
「なんだ!」
少し大きめなくしゃみをすると、当然だが周りの視線が私に集中した。その一瞬の間に外城さんや、組織の男共に近い席に座っている仲間に視線を送る。
「すみません、風邪気味なもので」
「静かにしろよ。次はその鼻ちぎってくしゃみすら出来ないようにしてやる」
そう脅すと男達は私から視線を反らした。
一斉に奴らを押さえるにはタイミングが重要だ。外城さんとうまのすけさんが頷き、私達の心の準備が整った――その時。
――パパパパン!
後ろの方でけたたましい破裂音がした。
もちろん私達は何もしていない。まさか、奴らが発砲したのか?
「何だ!?」
「様子を見て来い!」
発砲……ではないようだ。近くに居た男が後ろへと走って来る。
そして私達の横を通り過ぎざまに――
「おら!」
「うおッ!?」
うまのすけさんは勢いをつけて足払いをかけ、男を派手に転ばせた。
「ぐぅっ!」
うまのすけさんは頭から盛大に転んだ男の上にのしかかり、足を交差させて押さえつける。私もすぐに飛び出して男の手を踏みつけ銃を奪い取った。
男の仲間が激昂しながら大声で叫ぶ。
「テメエら、殺されてえか!」
他の者がこちらに気を取られたと同時に、会社の皆が一斉に立ち上がって近くの男達に掴みかかる。
奴らの腕を締め上げて武器を奪い、全員を床に寝そべらせる。流石、毎日訓練しているだけあって皆さんお見事。
「ふぅ……なんとかなりましたね」
「全く、冷や冷やさせやがって」
うまのすけさんが小言を言いながら私にデコピンしてきた。1発じゃ終わらないようで、2発、3発と続けて中指をぶつけてくる。功労者に対して酷い事をするものだ。しかしどうやら、このデコピンには別の意味があったらしい。
外城さんが腰に手を当てながら溜息を吐いた。
「あまり俺の寿命を縮めるなよ、苗字」
え、私、何かした?
わけがわからずうまのすけさんに尋ねると、「よだれ」と一言。慌てて口元を拭った。
「結果オーライだがな。……しかしまだ、仕上げが残っている」
そうだ。操縦室には男達のボスが居る。
男達がまだ服の中に武器を隠し持っていないか検査をした後、強く縛りあげて動けないようにした。
そして私達は、男共の見張りと、ボスが居る操縦室を制圧する二手に分かれる。
「ここからどう操縦室を攻めるか、だ」
「CAさん、他に操縦室へ入れるところは?」
「申し訳ありません、扉は1つしか……」
真正面からなんて、入った瞬間こちらが撃たれるかパイロットが撃たれるか、とにかく最悪な状況しか考えられない。
「通気口とかは無いんですか?」
「ええっと……そうですね……」
「ありますよお〜」
しっかりとしたCAさんが返答に困っていると、隣に居ただらしなさそうな女性が答えた。
なんだか緊張感がないな……それに、胸元が開きすぎで男性陣が目のやり場に困っている。
ハッ、まさかうまのすけさんも……?
横目でうまのすけさんを見ると、頬を少し赤く染めて複雑そうな表情をしていた。
それを見た瞬間、何故か急に苛立ちを感じた。
「といってもーすごく狭くて入れないかも。あ、でもあなたなら入れそう」
そう言って彼女はゆらゆらと指を差した。周りの仲間達もそちらへ視線を送る。
「……え? 私ですか?」
皆の視線の中心に居たのは、紛れもなく私だった。
(20120211)
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Smotherd mate